3.19.食卓


 木幕たちが宿に戻って来た時、店主であるルミアは二階の掃除をしていたらしく、騒ぎを聞きつけて降りてきた。

 するとどうだろう。

 娘であるルアが女性に撫で繰り回されているではないか。

 何が何だか分からないといった様子でルミアは混乱してしまった結果……。


「…………」


 ルミアは放心してしまった。

 ただ娘が客に撫で繰り回されているというだけであるのに、少し大げさなのではないかとも感じるが、叫ばれるよりはましだ。


 ルアは母親の事は全く気にしていない様で、水瀬の手を取って食卓まで連れて行こうとしてくれていた。

 水瀬もそれに従い、そのままついて行く。

 そこには既に料理が並べられており、いつでも食べることが出来る様にされていた。


 これを子供一人が作ったのだとすると、凄い才能である。

 だが、水瀬にとってはその全てが見たことがない物ばかりだった。

 それでも食べ物という事には変わりない。

 出された物は全て食べる事こそが、出してくれた者への最高の謝礼となる。


「ここに座ればいいの?」


 水瀬のそう問われたルアは、大きく頷いて椅子を準備する。

 それは木幕とレミの分まで準備されていた様で、二人も座るように促された。


「では頂こう。いただきます」

「いただきます」


 木幕と水瀬は両の手を合わせて一言そう呟く。

 レミはそれに何の意味があるのかよく分からないでいたが、とりあえず真似をする。

 そして、二人は料理を手に取って食べ始める。


 しかし、水瀬は少し戸惑っていた。

 流石に見たことのない料理を手にするのは、少し勇気が必要だ。

 一拍おいた後、一度小さく頷いてから料理を手に取り口に運ぶ。


「美味しい……」


 零れ出る様に出たその言葉は、ルアをより一層笑顔にするに十分な物だった。

 ルアはパタパタと台所へと走り、水の入った瓶を持ってきてくれる。

 湯飲みに水を注ぎ、全員に手渡してくれた。


「かたじけない」

「有難うね、ルアちゃん」


 ルアはドヤッ、という表情をして胸を反らす。

 こうして見ていると、母親よりも有能かもしれない。

 とは口には出さないが、三人は全く同じことを思っているに違いない。

 時々ルミアを見る目が冷たくなっているのだから。


 そして、今食べている料理はとてもおいしいものである。

 味付けもそこまで濃くはない。

 量もあるので満足いくまで食べることが出来るだろう。


 それをこの子だけでやったと思うと、本当に凄いものだと感心せざるを得ない。

 ルアが出してくれた料理は、水瀬や木幕にとってはとても合う味付けだったのだ。


 レミの口にもこの味付けは合った様だが、自分が負けている気がしてならないと少し感じていた。

 美味そうに食べているのだが、どうにもその表情には悔しさが見て取れる。


 この感情を剣術でも活かしてくれれば、成長も速いのだが。

 そうは思うが、それを口に出してしまっては意味がない。

 こういう事は自分で気が付くからこそ身に着く物である。


「はっ!!」

「あ、お帰りなさいルミアさん」

「え、あー……ただいまです。ってそうじゃなああああい!!」


 ルミアは復活してそうそう、叫びだして三人の近くに迫り寄る。


「だ、大丈夫ですか!?」

「何がだ」

「いやっその……っ! お口に合いましたでしょうか……?」

「美味しいですよ。ルアちゃんはとっても料理がお上手なんですね」


 そう聞いて、心底ほっとした様子を浮かべて胸をなでおろす。

 どれだけ心配だったのだろうか。

 ここまであからさまにほっとされると、ルアの方が傷ついてしまいそうだ。


 だが、ルアはそんなことは知らないといった風に、一緒に食事を食べ始めていた。

 図太いのか……それとももう母親の性格を熟知していて無視してるのか……。


「そう言えば、水瀬はこの世の飯は初めて食うのか?」

「そうですね……。こうして暖かい料理を食べるのは久しぶりですね。いつも木の実や魚などしか食べていませんでしたから。お米が欲しいですねぇ……醤油も欲しいです。ああ、味噌も……」

「よせ……。無いものをねだっても出ては来ぬ……」

「確かに……」

「いや、その短い会話で何があったんですか!?」


 二人は故郷の食べ物を名残惜しく思い、少ししゅんとしてしまった。

 レミからすればそこまで落ち込むか?

 と思ったほどである。


 しかし、それほどまでに落ち込むとは……。

 二人の郷土料理はどれ程美味しい物なのか少し興味が湧いてくる。

 残念ながらここでは食べる事は出来なさそうだが、いつかあり合わせの材料で食べてみたい物だ。

 木幕に料理の知識があるのかは微妙なところではあったが。


 暫くすると、料理は全て無くなってしまっていた。

 全て食べ終えたと同時に、二人はまた手を合わせて一言呟く。


「「ご馳走様でした」」


 ルアとルミアは二人で食器を片付けていく。

 旨い食事に満足した三人は、暖かい飲み物を貰って落ち着いた。

 何から何までしてもらって悪いなとは思ったが、ここは宿だ。

 してもらえることはしてもらおう。


「明日からは西形を探すとするか……」

「お願い致します」


 とりあえず今日は寝ることにしよう。

 色々あって疲れてしまった。

 この状態で探すのは大変だし、見つけたとしても碌に対処する事は出来ないだろう。


 水瀬もこの宿に泊まることが正式に決定した。

 レミアに宿代を手渡す。

 そしてルアに部屋を案内された。


 全ては明日からだ。

 明日から本格的に西形を探すことにするのだった。

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