3.18.お客さん
ギルドでの騒動がひと段落したが、結局報奨金は貰えなかった。
冒険者が騒ぎ立てて話にならなかったのだ。
この国にあるギルドは一つだけではない。
東西南北に一つずつ位置しており、騒動が起きて一刻後に数人のギルド職員が来て、現場の事情聴取を行い、何とか騒動を鎮めてくれた。
木幕たちが居たのは南のギルドだったが、もうまともに依頼の処理をできる状態には無かった為、今日と明日はギルドを閉めてしまう様だ。
真面目に仕事をしていた冒険者はいい迷惑だろうが、これからは不正の調査が入ることだろう。
レミを騙そうとした職員は何処かに連行されてしまった。
これから南のギルドは違う職員に代わる事だろう。
しかしここで問題が起こる。
木幕たちの泊っている宿は南側であり、そこから東か西のギルドに行こうとすると、片道一時間以上かかってしまう。
流石に仕事を受けに行くだけでそこまでの事はしたくない。
それに、ルミアの所を出て行ってしまうのは良心が痛む。
飯の準備もしてもらっているのだから、尚更だ。
とりあえずルミアの所を出て行くという選択肢は消している。
「ふむ、次の日は少し体を休めるとするか。長旅だったしな」
「そうしましょうか。私もちょっと疲れてしまいました……」
南のギルドが開くまでの間は休むという事で決定だ。
金銭はあのネズミの買い取りで少し余裕があるので、宿に泊まったり飲み食いする分には問題はない。
今は水瀬をルミアの宿屋へと連れて行っているが、水瀬もルアの事を聞いても気にはしないだろう。
新しいお客さんだ。
またルミアが情緒不安定になると思うと、あまり連れて行きたくはないが、宿を決めていないというのであれば仕方がない。
今回の水瀬からの依頼の事もあるし、一緒にいた方が都合が良いのは確かだ。
まだ西形に繋がる事を掴んでいるわけではないし、これからの事もある。
その辺もしっかりと話をしておきたい。
木幕がそんな事を考えていると、宿に到着した。
周囲は既に暗くなっており、華やかな宿がうっとおしく並んでいる。
水瀬もそれが少し気になるのか、目を細くして眩しそうにしていた。
唯一気にしていないのはレミだけだ。
一体この宿の何処がいいのかさっぱり分からない二人だった。
そして落ち着きのある宿に着く。
夜の静けさに紛れるようにして鎮座する宿は、とても落ち着く場所であった。
「ここですか? 良い所ですね」
「えっ?」
「そうであろう? この辺りの宿は皆眩しすぎるのだ。全く、客の事を考えおらん」
「えっ?」
価値観の違いとは言え、やはりレミはそれに驚いてしまう様だ。
まさか水瀬まで同じことを言うとは思っていなかったのだろう。
だがこれは木幕と水瀬の同郷の物であれば、全員が同じことを思うはずである。
この場でおかしいのはレミ。
そう言われている様な気がしてならないレミであった。
「これ私がおかしいんですか?」
「「……」」
二人は無言で宿の中に入っていった。
「ちょっと!!? 水瀬さんまで!!」
二人について行こうとして宿の扉を開けようとするが、そこでレミはルアの事を思い出す。
呪い子。
その言葉が頭の中を一瞬過ったが、木幕の言葉を思い出した。
『この世の神は……碌でもないな』
ルアは何も悪くない。
悪いのは、その呪いをルアに掛けた神である。
木幕はそう言いたかったのだろう。
レミは何度か頭を振るい、邪魔な考えを吹き飛ばす。
悪い子ではないのだ。
考えてみれば、自分の能力を一番よく知っており、それを発動させない為に口を閉ざしている良い子である。
考え方を変えてみると、あれだけ怖かったルアが全く怖くなくなった。
価値観の違いとはこういう事なのだろうかと少し考えたが、そもそもあの二人は生きてきた世界が違うのだ。
価値観が違って当然の事なのである。
「よし!」
大きく頷いて、ようやく宿の扉を開ける。
何の邪念も不安も持たず、勢いよく開けることが出来た。
そして中の様子を見て絶句する。
「かわいいわ~! よーしよしよしよし!」
「~~~~!」
「仲良くなるの速過ぎませんか!?」
あれだけの時間をかけて、ようやくルアに接することが出来るようになろうとしていたレミだったが、水瀬は宿に入って数秒で打ち解けてしまっていた。
ルアも新しいお客さんという事もあり、とても嬉しそうに撫で繰り回されている。
「ルアちゃん凄いわ! 本当に凄い良い子ね~! 自分の力の事をわかって喋らないなんて! なんてけなげなんでしょう! お料理もできるなんて凄い! 可愛い!」
一瞬にして水瀬の印象が変わった二人。
流石の木幕もここまで人を変えることはできない。
どうやら少し引いている様だ。
先程までおしとやか、という言葉が似合う女性だった。
だが子供の前では親バカの様な性格になってしまっている。
ここまでガラッと性格が変わってしまうと、誰だってたじろいでしまうだろう。
だが、水瀬はそんなことお構いなしといった風にルアを撫で続けている。
相当気に入ったのだろう。
「師匠。師匠と同郷の人ってこんな子供好きなんですか?」
「…………知らん」
「あ、そうですか……」
ちょっとだけ安心したレミであった。
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