3.21.夢の中の死者


 今日の風は強い。

 ガタガタと窓が時々揺れる程の強風だ。

 建物と建物の間に強い風が吹きすさび、ヒュオオという音を何度か奏でている。


 ふと目が覚めてしまった。

 まだ目は閉じているのだが、意識だけはしっかりとある。

 この感覚は、暫く寝れない奴である。


 だが特段することもない。

 今は夜で、隣の部屋に寝ている者たちを起こすわけにもいかないので、そのまま眠りにつこうとする。


 こういう意識のはっきりとある夜中の目覚めは、寝ようとすればいつしかストンと眠りに落ちてしまうものだ。

 もぞもぞと体の上に被せている毛布を肩まで上げる。


 とんとん。


 誰かに肩を軽く叩かれた。

 この部屋には鍵を閉めているはずなので、誰かが入ってくるという事は無いはずだ。

 窓もこの強風であれば、開けられればすぐに気が付くことだろう。


 木幕はばっと状態を起こして肩を叩いた人物を見る。

 その時に葉隠丸を持ってベッドを飛び降りて抜刀の構えを取った。


 しかし、そこには誰もいなかった。

 いや、誰もいないというのは表現が正しくないかもしれない。

 この場合……何もないというのが正しいだろう。


 何せ、今木幕は真っ暗な空間にぽつんと立っているだけだったのだから。

 光も何もない空間なのだが、自分の姿は色が付いているかのようにはっきりと見て取れる。

 不思議な感覚だ。


 だが警戒を解いてはいけない。

 これはあの白い空間に非常によく似ている。

 何が出てきてもおかしくはないだろう。


 チン、と鯉口を切っていつでも抜刀できるようにしておく。

 周囲の音を聞き、まずは聴覚で相手の位置を把握する。

 次に目で相手を目視。

 だが聴覚で相手の位置をある程度把握しても、目視では追いつかない可能性は十分にある。


 なので柄に置いている右手は常に神経を張って反射で動くように努める。

 握る力を利用して素早く抜刀するので、手の平はある程度脱力して待機。

 腕も同じような物だ。

 動かす時に一気に力を入れ、手の平、手首、腕、肩といった順番で一気に力を入れる準備を整える。


 重心は中心に置く。

 相手がどこから来るか分からない以上、全方向へ素早く体を動かすことが必要になってくるのだ。

 この状態だと左側が少し手薄となる。

 なので前に出している右足に少しだけ力を入れ、相手が左から来た場合、左足で地面を蹴って一度下がりながら上に抜刀して斬り下ろすことを意識しなければならない。


 どこから来るか分からない敵は脅威だ。

 それを木幕も熟知している。

 戦闘の準備は整った。

 後は相手が出てくるのを待つだけだったのだが……。


 あからさまに足音を立ててこちらに向かってきている人物がいた。

 その人物にも色は付いており、はっきりと動きを見ることが出来た。


「よぉ……」

「…………」


 目の前に現れた人物は、明らかに日本人だった。

 黒と赤の陣羽織を羽織っており、下の服は少しボロい。

 頭には額当てをしており、見るからに武人だという風に見て取れるだろう。


 見た事のある人物だ。

 それもそのはず。

 木幕がその手で殺した人物であるのだから、忘れるはずもない。


 槙田正次その人物だ。

 立派な顎髭は何故かなくなっており、顔も少しふくよかになっていて血色が良い。

 そして心なしか……若返っているようにも感じた。


「何故お主が……?」

「ふふふふふふ……。わからぬぅ……」

「分からぬのか」


 だが意思疎通はしっかりと取れている。

 亡霊であるのは間違いないだろうが、それでもここまでしっかりと話のできる亡霊など見たことも聞いたこともない。

 夢であるかのようにも感じるが、彼は今しっかりとその場に立っており、触れることも出来そうなほどに鮮明な動きをしていた。


 暫く槙田は笑っていたが、そこで木幕は槙田の持っている日本刀に目を向ける。

 紅蓮焔だ。

 今は沈黙しているようだが、何故かそれも意思があるかのように感じてしまう。


 それに気が付いて少し身構える。


「まぁ……分からぬというのはぁ……嘘だぁ」

「嘘をつくでない」

「ここは魂の檻のような場所ぉ……。これはお主の中にあるようだぁ……。理屈は知らぬぅ……」


 そこまで知っておいてそれは分からないのかと思ったが、そもそも既に死んでいるのだ。

 ここまで知っているという方がおかしな話なのだろう。


 だが槙田は一体何故木幕をここに呼んだのだろうか。

 ここは魂の檻と言った。

 では自分の体は一体どうなっているのだろう。

 死んでいるのだろうか……?


「安心しろぉ……。お主は意識だけがここにいるだけだぁ……。理屈は知らぬぅ……」

「そうか……」


 この事に関してはあまり詮索しない方がよさそうだ。

 考えるだけ無駄である。


 そこで、槙田は紅蓮焔に手を掛ける。


「木幕ぅ……。俺はお前に二つしか技を見せておらぬぅ……」

「……だから何だ」

「これはお主の為だぁ……。勝負だぁ……!」

「何をっ!?」


 止める前に、槙田は斬りかかって来た。

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