3.15.神の本性
「神の本性だと?」
「はい」
「詳しく話してもらってもいいか」
「いいですよ。これも弟の事に繋がることですので」
神の本性。
まず木幕と水瀬の出会った神が同一な者かは分からない。
だが、同一な神である可能性は高い。
木幕は一度しかあの神に会ってはいないが、奴は何かをしようとしているという事はなんとなくわかっていた。
もう既に顔は覚えていないのだが、その性格は覚えている。
刀をあのような考えでものを言う奴に良い奴はいないのだ。
それから、水瀬はポツポツと話し始める。
「少々お待ちを……。
水瀬がぼそりとそう呟いた後、周囲の空気が冷たくなった気がした。
だがそれは木幕たちの周囲だけの様で、道行く人々は特に何も感じていない様だ。
「これは?」
「私の授かった奇術です。名前がないのは味気ないので、行雲流水を借りています」
「空行く雲や流れる水のように、深く物事に執着しないで自然の成り行きに任せて行動する例え。また、一定の形をもたず、自然に移り変わって淀みがないことの例えか。お前が使うのは水か」
「はい。周囲の音は聞こえますが、こちらの話す言葉は外には聞こえない様です。これは神にも聞こえないというのは実証済みなのでご安心ください」
「何?」
実証済み。
その言葉から読み取れるのは、確認することが出来る機会があったという事だ。
という事は、水瀬は神とは少なくとも二回は会っていることになる。
あの神は自分の意思で転移者と会うことが出来るのかもしれない。
今まではあまり神に関しては言及してこなかったが、話が聞かれるという事がわかった以上、これからの発言には気を付けなければならないだろう。
「私は弟と共に転移されました。そして刀を奪われて、鈴のついた女神の様な者に無理矢理この世に連れてこられたのです。そして女神は十二人の侍を殺せと命じました。その中に弟が含まれているという事は、私も弟もすぐに理解しました」
「……で、どう返事をしたのだ」
「私も弟も、当初は受けませんでした」
当然の回答だ。
兄弟で殺し会えと言っているような物。
相当な恨みか因縁がなければ、受けるはずもない内容である。
だが、神は元の世界には帰してくれなかったのだという。
自分たちが十二人の侍を殺しに行かなくても、他の者たちが自分を殺しに来るのだから、受けるか受けないかは大した問題ではなかったのだろうと言うのが、水瀬の見解だ。
転移させられて、奇術をそれなりに修得した二人は、共に歩むことを決めたらしい。
その時に何度か水瀬が今使っている奇術を発動させ、神の考えている事を弟と相談した様だ。
「私たちが考え付いた答えが、ただの暇つぶし」
「……なるほどな」
つまらない日常に一摘みの非日常を混ぜることだけでも、神には暇つぶしになるのだろう。
十二人のコマを見て、あの神は楽しんでいるという事だ。
なんとも腹立たしい事である。
「暫く経った後、また鈴をつけた女神は私たち二人に接触してきました。その時、神について言及していたことは触れられませんでしたので、この奇術の内で話した内容は秘匿されていると理解できたのです」
「接触した時は何と言われた?」
「考えてくれたか。ただそれだけを聞きに来ました。私はそれでも断りましたが……弟はそれを私の目の前で承諾してしまったのです」
「何故だ……?」
「あの女神は……。あやつは弟だけには何度も接触していたのです……!」
水瀬の日本刀を持つ手が小刻みに揺れる。
それにより、カタカタと鍔と鍔がかち合って音を鳴らしていた。
あの神は西形が奇術を習得し始めた後、何度も接触を試みていたらしい。
何を話していたのかは分からない。
だが、水瀬は確かに弟である西形の奇術の習得速度が異常に早かったという事を感じ取っていた。
西形が水瀬の前で、十二人の侍を殺すと言い放った時、水瀬は驚いたが何故西形がそう言ったのかを理解する方が早かった。
たぶらかされていたのだ。
西形の使う奇術は非常に強力な物だ。
それも、神直々に教えてもらった物。
水瀬や木幕が使う物とは全く異なるものであり、それを目で捉える事すら怪しい。
それ故に自身の力に溺れ、負けることがないと確信しているからこそ、あのような発言をしてしまったのだと水瀬は考えている。
奇術なしではあまり強くは無かった西形。
だが、奇術のせいで自分の力量がとんでもなく強い物だと錯覚してしまい、自信を持ってしまった。
「……弟は、姉さんだけは最後にするといって、奇術で何処かに行ってしまいました。当時の私の力では追いかける事すら難しく、そのまま見ている事しかできなかったのです」
「西形の奇術はどのようなものなのだ?」
「端的に言ってしまえば、見えない突きと動きです」
槍の真骨頂とも言える簡単な物だ。
だが見えないとなると、それは神技に近いものになる。
木幕の見た酒場では、全員が首を刎ねられていた。
見えない速度で首を刎ねたとなると、一人として外に死体が転がっていなかったのも頷ける。
全員が逃げ惑う中、店の中で全ての客の首を刎ねる程の速度、精度を持っていると言えるだろう。
それを相手にするとなると……骨が折れる。
面倒くさい相手だと、木幕は心底思った。
「弟と別れてからは、私は後を何とかつけていきました。ですが足の速度が違うので、あれ以来会っていません。ですが弟が通った道には、必ず死体が転がっていました。自分の技量とを人間で試しているかのようです」
「あまりこういう事は言いたくはないが……」
木幕は一拍おいて、思ったことを口にした。
「落ちたのだな」
「……! …………その、通りです……」
水瀬は何か反論しようとしたようだが、すぐに口をつぐんでとても小さな声でそう言った。
西形は自分の急激な成長に錯覚を起こし、奇術さえ使えば勝てない敵はいないと信じて疑わない。
今や殺しを楽しむ下手人だ。
道を外れてしまった、極悪人である。
流石にこれ以上放っておくわけにもいかないだろう。
それに、西形の目的も侍を殺すこと。
木幕と一致している為、もし出会うことがあったのであれば必ず敵対してくすはずだ。
「ちょっとー! お二人ー! 着きましたよー!?」
「む、もうか」
ふと前を見てみれば、確かにギルドの前まで来ていたようだった。
水瀬もそれを確認すると、奇術を解いて会話が出来るようにする。
そのまま二人は馬車から降りて、背筋を伸ばした。
「まぁ、目的は同じだ。協力はしよう」
「お願い致します」
「話を聞いてくださーい! 早くこの袋降ろしてー!」
どうやら随分前からレミは木幕と水瀬に話しかけていたらしい。
少しご立腹だ。
これ以上怒らせても面倒くさいと思ったので、素直にネズミの入った袋を馬車から降ろしていく。
これが終わったら西形の捜索に入らなければならないだろう。
さて、何処で出会えるだろうか。
そんな事を少し楽しみにしながら、木幕は少しだけ口角を上げたのだった。
「面白くなりそうだ」
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