3.14.水瀬の弟
「それは……どういうことだ?」
水瀬は弟を殺してくれと頼んできた。
それにより、いくつかの疑問が生まれてくる。
まず、この発言から読み取れるのは、水瀬の弟がこの世界に来ているという事だ。
そして水瀬は一度その弟と接触しているという事になる。
そうでなければ、この世界に弟が転移させられているという事は知らないはずだ。
水瀬は一度レミの方を気にしてから木幕に向きなおり、少し小さめの声で話し出す。
「貴方もこの国に入ってぎるど、という場所に行ったのであれば、極悪人のお話は聞いているでしょう?」
「……まぁ、今某が受けている仕事であるな」
「でしたら話は早いですね。その下手人こそが私の弟、西形正和です」
凶悪殺人犯だが、名前も顔も分からなかった存在の面影がようやく見えてきた。
だがそれが、まさか日ノ本のから転移させられた侍だとは思わなかった。
しかし何故そのようなことをする必要があったのだろうか。
衛兵の者から話を聞いた限りでは、随分と異質な恰好をしていたと聞くが……。
それはあまり関係がないだろう。
考えられることはいくつかあるが、それでも居酒屋にいた者の首を全て刎ねるなどという発想にはいきつかないはずだ。
何かよっぽどのことがない限りは。
それに加え、ニ十四人だ。
それだけの人数の首を刎ねるのは不可能である。
だが、西形という男はそれをやってのけた。
おそらく奇術を使用しているに違いない。
もしそうであれば、戦う時は苦戦を強いられるかもしれないのだ。
「……して、何故殺すと? 実の弟を。普通であれば守るであろう」
「あのような愚弟、生かしておく価値はありません」
「いいおるな……」
実の姉にそこまで言わせる弟とは。
一体何をしでかしたのか……。
とは言え、それは分かり切っている事ではあるが。
「弟は嫌いか?」
「いいえ」
「だが許せぬと」
「はい。人を無意味に殺める者は許しては置けません。それが血族であるのであれば尚更です」
水瀬は刀を少し力強く握った。
もう水瀬の中では、弟を殺すと決まっているのだろう。
確かに西形のやった事は許されるべきことではない。
あの場所に居たのは罪のない者たちであったはずだ。
それに、西形のやったことは一度ではないだろう。
衛兵からその様な話は聞いている。
「木幕さん。貴方と私の目的は同じです。どちらが勝ったとしても、生き残ったほうが前に進むだけ。これは避けて通れない道なのです」
「……つまり?」
「貴方はどうしたってこの願いを聞かなければならない」
「確かに」
木幕は十二人の魂を刈り取らなければならない。
今の木幕にとって、この情報は捨てたくても捨てきれない物なのだ。
水瀬はその事を知っている。
木幕も、水瀬と目的を同じくするものだと理解している。
やることはお互い一つしかないのだ。
水瀬も戦う事を望んでいるようだったので、木幕としてはやりやすかった。
相手が刀を向けてくるというのであれば、それに応えるだけなのだから。
この世あの世という屁理屈などもう必要ない。
「……まぁ、やる気なのは良いが、まずそいつの事をもっと詳しく教えてくれないか?」
「そうでしたね。では、私の弟について少しお話いたしましょう」
水瀬は馬車の上で背筋をピンと伸ばし、そっと両手を膝の上に置く。
一息ついてから、ぽつぽつと説明をし始めた。
「まず、私の旧姓は西形です。水面流は私の父上である
「む? 親と子で使う武器が違うのか」
「はい。父上は祖父上の槍術を嫌っておりまして……」
「それは何故だ?」
「生光流なのですが、技が一つしかないのです」
そう聞いて木幕はなるほどと納得する。
恐らく水瀬の父親は短気な人物だったのだろう。
槍は突く事が真骨頂。
ただ突き、突き続け、神から許しを請うまで突き続ける。
それこそが槍の使い方であり、槍使いなのだ。
気が遠くなるほどに長い年月をかけて習得する槍術は、短期である水瀬の父親には合わなかったのだろう。
それに、技が一つしかないと来た。
その技も突いて突いて突き続けてようやく習得できる技の筈だ。
一つしか技がないというのに、皆伝までとてつもない時間がかかる。
中々面白い槍術だ。
それを考えた西形幸道は相当辛抱強い人物だったのだろう。
相当な使い手だったに違いない。
「なるほど」
「叔父上も父上も師範を勤める程に強かったんですがね……。父上が私に水面流を教えていたので、弟には槍術を覚えさせる事になったのです。父上はそれも反対しておりましたが……」
「難儀であるなぁ……」
「本当に」
武器や流派の話になるとすぐに話が脱線する。
それに気が付いた水瀬は、一度咳払いをしてまた話を戻した。
「弟はあまり強くないです。性格が優しかったせいか、槍の突きも甘くよく叔父上に怒られておりました」
「……では、首を刎ねられてた者たちは? あれも西形正和の仕業なのだろう?」
「それはこの世で授かった奇術でしょう」
西形正和は、奇術を使いこなしているかもしれないという疑念があがる。
木幕や水瀬は、奇術より自分の持つ剣の腕を信じて戦ってきた為、奇術はあまり好まない。
だがしかし、それを受け入れたとなると戦い方はガラッと変わってしまう。
どれだけ弱くとも、その奇術に補助されれば強くなれる。
それを知ってしまった者は、もう奇術を手放せなくなってしまうだろう。
ここで木幕は、何故水瀬がこのような依頼をして来たのかを理解した。
「水瀬殿。お主、知っておったな?」
「何をでしょうか」
「弟である正和が奇術を使っているという事をだ。話せ。お主は一体何処で正和と会い、何処で分かれたのだ」
まず第一に、この世界に正和が来ているという事を知っている時点で、一度会っているはずだ。
だが、なんらかの理由で離ればなれになってしまった。
その理由は分からない。
そして、相手の奇術を見なければ奇術を使っているとは断言できないだろう。
水瀬は知っているのだ。
何故優しかった弟が、このような殺人鬼になってしまったのかという理由を。
「お主は何を知っている」
「私が知っているですか」
水瀬は空を見上げてから、その問いに答えた。
「神の本性です」
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