3.16.疑い


 ギルドに到着した三人は、馬車から討伐対象であったネズミを降ろしていく。

 三人での作業であり、木幕は男だ。

 レミと水瀬が下水道からネズミを地上に持ってくるより遥かに早い速度で作業は終了した。


 途中、何人かの男が手伝いに来て来ようとしていたが、レミは何故かそれを全て追っ払ってしまう。

 何故だそんなことをするのかと疑問に思った木幕と水瀬だったが、ああいう輩は獲物をこっそり持ち帰って後日納品する奴が多いのだという。

 このネズミの尻尾は薬になる。

 それもあり、尻尾だけを斬って逃げて行ってしまう者も少なくないのだとか。


 二人は何故善意を無下にするのかと疑問に思っていたが、そういう理由があったのであれば仕方がない。


 ネズミの入った袋を五十個程ギルドに持ち込み、解体作業場へと移動させる。

 そこには解体作業員らしき人物がいて、狩って来た獲物を買い取ってくれるのだという。

 レミがギルドで受けた依頼書は、受付にて依頼達成報告をするだけだ。

 これで相当な金が手に入る、というのがレミの計画であった。


 だが……。


「なんでぇ!? ちゃんと依頼達成したじゃないのー!!」

「いやですが……。これは流石に……」


 何やら揉め事が起こっているらしい。

 ギルドの中にいた者たちは、レミが大声を上げた事を気にしている様だった。

 勿論木幕と水瀬も気になっている。

 一体何が起こったのだろうか。


「どうした」

「レミさん、どうしたんですか?」

「ちょっと聞いてくださいよ! 不正をしたとして依頼報酬はないとか言うんですよー!」

「なんですって?」


 それは一体どういうことだろうか。

 二人の頭の中にまた疑問がよぎる。


 これは確かにレミが持ってきた物だ。

 実際には狩っていないのだが、水瀬がそれを承諾している。

 そもそもこれは水瀬がしてしまった事の後片付けで、レミが掃除をしたに過ぎない。

 その事を知っているのはレミと水瀬のみ。

 他の人物は知らないはずだ。


 だと言うのに、何故不正などと言われなければならないのだろうか。


 木幕はその事を知らないので、ギルドの職員に問い詰める。

 弟子が頑張ったというのにそれを不正扱いされたら腹も立つ。


「おい、どういう事だ?」

「い、いやですから、こんなに狩れるはずがないんですって! 数日に分けて狩った物を溜めて置き、頃合いを見て来たのでしょうけど……。流石にこのやり方だとバレますよ」

「何を言っているんだこいつは」


 木幕はこの職員が言っていることが本気で理解できなかった。

 この国に来たのは今日だ。

 獲物を準備する時間などあるわけないし、それを置いておく場所も持ち合わせてはいない。

 そもそもそれに何の得があるのか全く分からなかった。


 不満のあるレミではあったが、まず理解してくれないと話を進めることが出来なさそうなので、怒る前にまず木幕に説明をすることにした。


「まずこの依頼なんですけど、ネズミの討伐数によってもらえる報酬が増える依頼なんです。実際これだけの数を狩ってこれる人は殆どいないでしょう。それで、この人は私たちが不正をしたと思っているんです。仕事場であった地下から狩って来たネズミではないのではないかと疑っているんですよ」

「そうです! それに狩って来たばっかだってのに返り血だってついてない! これだけの数を接近武器で殺しておいて、返り血がないってのはおかしな話です!」


 そういう話か。

 木幕は小さく唸る。


 これでは言ったもん勝ちだ。

 武具であれば洗えば血は落ちるだろうが、布や革で出来た装備はなかなか血は落とせないだろう。

 確かにこれだけの数を狩っておいて返り血がないというのは、レミとしてはあり得ないことだ。

 しかしこれは言いがかりではある。

 はて、どうしたものかと木幕は悩んだ。


「返り血がないって言っても今の私汚いでしょー!」

「そういう問題ではないのです! それに一つの不正で金を巻き上げられてしまったらたままった物ではないですからね!」

「だっかっらっ! 私たちがっ! 今さっき! 狩って来たって言ってるじゃないのよー!」

「信じられませんね! そんな数狩れる人なんて見たことない! 精々一日に十匹が限度ですよ!」


 とうとう口喧嘩にまで発展してしまった。

 これはどう収拾をつけるべきなのだろうか。


 そう木幕が考えていると、水瀬が人知れず動き出していた。

 水瀬は解体作業員の所に行き、話をしている。


「失礼ですが」

「……?」

「貴方は何故黙っておられるのです?」

「え?」


 ニコニコと笑っている水瀬だったが、その表情は少し恐ろしく思えた。

 解体作業員もそれを読み取ったらしく、少しだけ後ずさりする。


 水瀬が二言目に発した言葉は、やけに通る声だった。

 口喧嘩をしていた二人も、その声が聞こえたらしく、ギルドにいる者たち全員が解体作業員と水瀬に目線を向ける。

 解体作業員はその視線に物怖じしてしまっているようだった。

 


「もう一度問います。貴方は何故黙っておられるのです?」

「な、何故って……。おいらが話せることなんてないからだけど……」

「本当にそうですか?」


 水瀬は何か確信を持って男と話しているようだ。


 だが、いまいちよく分からない。

 何故レミとギルドの職員の喧嘩を止めることが出来るのが、この解体作業員なのだろうか。

 周囲の者たちも何故?

 といった風に首を傾げている。


 すると、水瀬は一振りの日本刀を抜き、ネズミの入っている袋を斬る。

 そして一匹のネズミを掴み、ドンと解体作業員の前にあったカウンターに乱暴に乗せた。


「触ってみてください」

「……?」


 恐る恐るそのネズミを触る。

 すると、彼はあっという表情をしてすぐに手を引っ込めた。

 その顔からは「やってしまった」という事が誰にでも読み取れる。


「触りましたね。どうでした? まだ、温かかったでしょう?」

「……」

「これを狩ったのが約一刻前。個体差はあるでしょうが、一番大きいものであればまだ体温は温かい。という事は、先程までは生きていたという事になります。貴方はそれをいつでも確認することが出来ました。さて、では何故それをしなかったのですか?」


 解体作業員の顔から冷や汗が溢れ出している。

 何か言葉を発してしまえば、水瀬はそれを確実に拾って相手の首をもっと締めていくことだろう。

 だが、相手は喋らない。

 否、喋れないのだ。


 だがそれでは話は進まない。

 水瀬は笑顔を崩さず、冒険者たちに向きなおる。


「レミさんには少し悪い事をしますが、ここは皆さんで確かめていただきましょう! 参加してくださった方々には、触れたネズミの尻尾を差し上げます。これは薬になるらしいので、売れば少しはお小遣いが出来るかもしれませんね~」

「え!? ちょっと水瀬さん!!?」

「おお!? マジか!」

「それは知らなかった! おい行くぞ!!」

「っしゃ任せろ!」

「ふふふふ。触った数が多いだけお金が増えますよー! ただ、温かいかどうかだけは私に連絡してくださいねー! 皆さん小刀を持って! さぁお願いします!」


 水瀬の号令の後、冒険者は我先にと袋に詰まったネズミを触り、尻尾を切断していく。

 その時必ずそのネズミの体をまさぐり、体温のチェックをしてから大声で水瀬に報告をする。


「おーい! これはあったけぇぞ!」

「こいつは小さすぎるから冷たいな……」

「え? でもこれはまだぬくもりがあるぞー?」

「あ、冷たい物は一ヵ所にまとめて置きたいのでー! 私の所に持ってきてくださーい!」

『おおー!』


 それからは作業だ。

 数本の尻尾を確保した者たちは、もうこれ以上焦る必要もないとして、ネズミをじっくりと調べてくれていた。

 冷たいネズミは水瀬の元へ。

 温かいものはそのまま放置。

 これを徹底して行い、ネズミはどんどん仕分けられていく。


 冷たくなったネズミは、最後に水瀬がチェックする。

 その全てはとても小さなネズミばかりだ。

 このネズミは毛に覆われているため、多少は体温を長く保つ。

 それでも小さいネズミだけは冷え切ってしまったようだ。


「なんだかとんでもないことになって来たな……」

「水瀬さぁあん……。どうしてそんなことぉぉおぉお……」

「泣くでない……」


 最後のネズミの尻尾が切り取られる。

 これで確認は全て終了だ。

 そして、その最後のネズミは……。


「こいつはあったけぇ!」


 温かかった為、そのまま放置された。


 周囲には相当な数のネズミが転がっている。

 そして、水瀬の元に集められたネズミは数えれる程度だった。

 この結果から、冒険者一同はこの三人は不正などしてないと理解してくれたことだろう。


「ふふふふ。さて、ではそろそろ答えていただきたいと思います。なぜ、何もしなかったのですか?」


 解体作業員の顔色と、ギルドの職員の顔色が、一気に悪くなった。

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