3.7.繁盛しない理由
もう一度レミがこの宿の店主らしき女性を落ち着かせていく。
ちょっとした事でここまで慌てられると、こちらまで心配になってきてしまう。
「落ち着きました?」
「あ、はい……」
そうしている間にも、少女は台所で何やら準備を続けている。
小柄な体を生かして素早く動いているようだが、なんとも無駄な動きが多い気がするのは子供故だろう。
木幕はその様子を見ながら、改めて周囲を確認する。
やはり落ち着いた空間であり、その中にある一つの花瓶の存在感が強い。
木幕にとって、この空間はとても落ち着くものなのだが、他の客はいない様だ。
「……客は某とレミの二人だけなのか?」
「は、はい……。そうなりますね」
「これ程静かで落ち着いた場所は初めてだ。何故客が来ぬのかがわからん」
これは本心である。
確かに少々ぼろくはあるが、それでも雰囲気を考えればそれもまた味だ。
しかし、その言葉は女性店主の体に深く突き刺さった。
他と違うとはっきり言われてしまったからである。
だが木幕には全くの悪気はなく、何故体を反らして胸を押さえているのか理解できなかった。
「……? 何をしておるのだ」
「お、お気になさらず……。あ、申し遅れました。私はこの宿の店主をしているルミアです。あっちで料理の準備をしているのは娘のルア」
「某は木幕善八だ」
「私はレミです」
ルミアは木幕が名乗ると大層不思議そうな顔をして首を傾げる。
どうも名前がこの世界のものとは違い過ぎてよくわからなかったのだろう。
だがこれはもう慣れたことだ。
一体何度名前を確認し直された事か。
苗字と名を一緒に言うと聞き直されるので、苗字だけを言うように努めているが、中々慣れない物である。
やれやれ、といった様子でもう一度名前を言っておく。
この世界ではやはり苗字だけを言っておいた方がよさそうだ。
「して、何故ここはこれ程にまで客が少ないのだ? 値も安いのだから、もう少し客が足を運んでもいいとは思うのだが」
「……あー……」
ルミアはとても言いにくそうに顔をしかめたが、ゆっくりとルアの方を見つめた。
ルミアの向いている方向を、木幕とレミは意識的に見る。
それで何を見ているのかという事がわかったのだが、それによりその原因がルアなのではないだろうかという事まで想像できた。
まだ年端も行かない少女だ。
そんなルアに何か問題があるとは、到底思えない。
確かに喋れるのに喋らない、という妙な物はあるが、別にそんなものは大した問題ではない。
喋らない、という事に何らかの意味があるかもしれないが……。
木幕がそう思った時、ルミアは愛想笑いを浮かべながらゆっくりと話し始めた。
「実は……ルアは呪い子でして……」
「!?」
「……?」
ルミアの言葉にレミは椅子を蹴っ飛ばして立ち上がる。
腕の動きからそれを予想していた木幕はさして驚かなかったが、遠くで作業をしていたルアは少し驚いたようでこちらを見ていた。
それに気が付く、レミは静かに椅子を戻して座る。
呪い子。
これは何だろうと木幕は頭をひねる。
日ノ本では鬼子という言葉が発音的には近いと思ったのだが、恐らくは違うのだろうと思ってその考えを消し飛ばす。
しかし、呪いという言葉にだけ焦点を当ててみれば、それらしい言葉は出てくる。
呪詛。
これは人が人を呪い殺すために行うものだ。
もしかすれば祟りなどもその類に入るのかもしれないが、今聞いた言葉で一番近い物は呪詛だ。
神の天誅などというものとは別のものだろう。
まぁ考えていても分からない。
木幕はルミアに質問をする。
「呪い子、とはなんだ」
「知らないのですね……。呪い子というのは、相手を呪う事の出来る魔術を体に刻まれている子のことなんです」
「刻まれている……? 誰にやられたのだ」
「誰に……といいますと……。まぁ、神様、ですかねぇ……」
「なに……?」
詳しく話を聞いてみると、呪い子というのは生まれながらにして体に呪いの魔術を刻まれている子供の事なのだという。
なのでルミアは、誰に刻まれたという木幕の質問に対し、神様、と答えたのである。
因みに、その呪い子自体に悪影響などは全くない。
普通に喋ろうと思えば喋れるし、何かを食べようとすれば食べれるし、遊ぼうとすれば遊べるのだ。
しかし、問題があるのはその刻まれている魔術。
この魔術は発動条件がわからない。
触れれば呪われる、目を見れば呪われる、作った料理を食べさせれば呪われるなどその種類は様々である。
発動条件が発見されるのは、決まって呪いが何らかの理由で発動した時。
こればかりはどうしようもないのだが、必ず一人はその呪いにかかってしまう。
限定的な発動条件の呪い……例えば相手の体の骨を折る、髪の毛を毟るなどであればそこまで強い呪いはかからないらしい。
だが、触れる、見るなどと言った日常的な物が発動条件の呪いである場合、その致死率は計り知れないものとなる。
「……で、ルアの呪いの発動条件ってのが……喋る事なんです」
「そう……か。故に喋れるが喋りたくはない、と」
あの年で自分の呪いの発動条件がわかっている。
それが今までの行動で理解できた。
誰かと喋ってしまえば、とても強い呪いが相手にかかってしまうという事を理解しているのだろう。
「あの……」
そこでレミがおずおずと手を上げる。
先程から恐怖の色が拭えないが、それでもルアの今の様子を確認して今は安全だと思ったのだろう。
二人が目線を合わせたのを確認したレミは、恐る恐る聞いた。
「呪いの発動条件がわかった時って……いつなんですか?」
「夫が……死んだ時ですね……」
ルアの呪いが初めて発動したのが、四歳の頃。
子供の頃は魔力が少ない。
魔力が十分になければ、どんな呪いであろうと発動することは無いのだ。
しかし、ルアが四歳になった時、この呪いを発動するのに十分な魔力が整ってしまったのだろう。
ルアが父親と会話をしたその瞬間、呪いが発動した。
流石にその内容は教えてはくれなかったが、その時を境にルアは喋らなくなった。
しかし、人が一人死んだのだ。
当時はそのことで混乱を招いてしまったらしい。
それが噂となり、始めから呪い子だと周知されていたルアがその原因だとして、恐怖の対象となってしまう。
これが、ルアが喋らない理由と、ここに客が来ない理由であった。
「……ふむ。そうか」
「あ、すいませんこんな話してしまって」
「レミ、行くぞ」
「はい……。って、え!? 何処に!?」
立ち上がって木幕を見て、レミは急いで止める。
その言葉を聞いてまた木幕は大きなため息をついた。
「冒険者ギルドに行くのではなかったのか……?」
「そうでしたぁっ!」
「ルミア殿よ」
「! えぁ、はい!」
急に名前を呼ばれてルミアは立ち上がる。
しかし、不安が残っていた。
このことを喋って残ってくれた客は今までにいない。
だが、客を騙して宿に泊まってもらおうなど、ルミアにはできなかった。
次の言葉をルミアは静かに待つ。
「ルアに得意料理を作らせておけ。晩には帰る」
「! あ、有難う御座います!!」
それだけ言って、木幕はそそくさと宿から出て行った。
レミもそれに続いて宿を出る。
しかし、レミは少し不安だった。
少しの時間とは言え、呪い子がいる宿に泊まるのだ。
恐くないと言えば嘘になる。
だが、木幕がああ言ってしまった手前、もう宿を変える事は出来なさそうだ。
一刻も早くこの国から出ようと考えたが、そこで木幕がレミに声をかけた。
「レミよ」
「はい?」
「この世の神は……ろくでもないな」
「……え……? …………あ」
木幕の後ろを歩いている為、その表情はわからない。
だが、レミはそこで、呪いの原因について思い出した。
誰もがあんな呪いを抱えて生まれてくるわけではない。
好き好んで生まれてくるわけがないのだ。
悪いのは、あの子じゃない。
それに気が付いた瞬間、宿に対する嫌悪感は何処かに消えていた。
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