3.6.誰も来ない宿


 少女に連れられて中に入ってみれば、そこは本当に質素と言わざるを得ない内装。

 無機質な木材の目だけが部屋に広がっており、装飾らしい装飾は無い。

 とは言え、最低限の椅子や机などはあるようで、普通に過ごす分には何も問題ない程の家具はある様だ。


 気持ち程度に花瓶があるが、そこに花は活けられていない。

 何故そうしているのかはわからないが、花瓶自体にはそこまで価値を感じることもない。

 本当に普通の花瓶が何気なく置かれている程度だ。

 流石の木幕もそれに趣を感じることもない様で、ただただ何故? という疑問符だけが頭に浮かんでいる。

 まぁこの世界ではこういうのを趣というのだろうと、とりあえず飲み込んで置くことにした。


 中に入ってすぐにわかるのだが、受付らしき場所に女性が座ってこちらを驚いた様子で見ていた。

 入ってきた木幕とレミに驚いているようだ。


「は、はわわ……い、いららっしゃいっしゃしゃいまっせ!」

「……? 落ち着かれよ。何を言っているかわからぬ」


 何を緊張しているのかわからないが、とても取り乱しているように見える。

 しかし歓迎はしてくれているという事はわかった。

 それにとりあえず安心し、二部屋を予約する。

 その間にも受付に立っていた女性は大層緊張した様子だった。

 見ているこっちが心配になってくるほどだ。


「ま、まぁ大丈夫ですかね……?」

「それは知らぬ。某は静かそうだからという理由でここを選んだのだ」

「ああ……はい……」


 ぶっちゃけ木幕にとってこの周辺の宿は煩すぎる。

 前回の宿もそうだった。

 朝も夜も昼も外から中からとやかましいことこの上ないのだ。

 この宿は繁盛はしていない様だが、周囲の宿からは少し離れているし、騒音もあまり聞こえない。


 四六時中騒がしいと気が滅入ってしまいそうだった。

 故に、前にいた宿に泊まっていた時より、馬車で移動していた時の方が心地よかったのだ。


 とりあえず数泊分の宿泊費を払っておく。

 そんなに高い宿ではないようで、今持っている資金だけでも一ヵ月は過ごせる程だ。


 受付の女性から部屋の鍵を貰い、階段を上がって二階へと進む。

 部屋に入ってみると、そこは簡素な部屋。

 ベットに腰を掛けてみるが、硬い。

 あまり良い物は使っていない様だ。

 というかそれ以外本当に何もない。

 窓と小さなものを置ける壁に駆けられた小さな机などはあるが、それに備えられている椅子などは無かった。

 部屋は狭くはないのだが、簡素過ぎる部屋には似つかない家具の配置だ。


「……」

「……」

「!? い、いつの間に……!」


 気配を感じて足元を見てみれば、少女がいて部屋を一緒に見ていた。

 扉は閉じていなかったので、スッと入ってきたのだろうが、やはり子供の気配というのは感じ取りにくい。

 何せ無邪気だ。

 だが、この子供からは子供らしい無邪気さをあまり感じない。

 それ故に気配を感じ取るのがさらに遅れてしまった。


 少女は木幕の顔を見ながら、何かを訴えようとしているようだ。

 だが、表情が全く動かない。

 先程パッと明るくなったと思ったのだが……今は無機質な程にまで無表情だ。

 

 木幕はしゃがんで少女と同じ目線になり、声をかける。


「小娘。お主は喋れぬのか?」


 その問いに少女は首を横に振る。

 という事は、喋りたくないのだろうか?

 そう思い、聞いてみた。

 すると、少女はコクリと頷く。

 何か理由があるのだろうが、それは木幕にはわからない。


 まぁ喋りたくないというのであれば、無理に喋らせることもないだろう。

 無理をさせるのは良くないことだ。

 相手が喋らなくても片方が喋ることが出来れば、意思の疎通は取ることが出来る。

 木幕はそのまま少女に質問をする。


「受付にいたあの女はお主の母か?」


 それに少女は頷く。

 この世界の宿では家族で店を経営するのが普通なのかもしれない。


 とは言え母親より子供の方が落ち着いているとは……。

 情けないとまでは言いはしないが、もう少ししっかりと母親らしく振舞ってもらいたいものだ。


「そうか。ここでは飯は出るのか? 出るのであれば帰って来た時夕食として頂きたいのだが」


 すると、少女の表情が変わった。

 笑顔になってとても嬉しそうに頷いている。

 何がきっかけで表情が変わるのか分からないが、やはり子供は表情豊かなほうが自然だ。


 少女はパタパタと部屋から出て行き、下に降りる。

 木幕もそれに続いてゆっくりと部屋を出た。

 すると、何か浮かない顔のレミが立っており、大きくため息をついている。

 何かあったのだろうか。


「どうしたレミよ」

「あ、師匠。いや……もう少しいいところで寝れるかなぁって思ってたんですけどね……」

「? 何を言う。よい所ではないか」

「えぇ……」


 落ち着いた内装。

 静かな部屋。

 それに加えて子供もいる。

 家としての役割をしっかりとになっている場所であり、よい宿だと言えるだろう。


 確かに寝床はそこまで良い物とは言えないが、それでも木幕にとってはこの宿が他の場所とは比べ物にならない程の安心感が感じ取れた。

 今まで入ってきた宿よりは、とても良い場所だろう。


 だが、この雰囲気はこの世界ではあまり通用しないのだろう。

 派手さを好むのか、それとも賑やかさを好むのかは分からないが、こういった落ち着いた場所を好む人物は少ないと理解できた。

 それ故に客がいないのだ。

 違う世界でここまでの差が現れるとは、なんだか面白くもある。

 木幕はそのことに一度軽く笑い、階段へと足を進めた。


「師匠? どこに行くんですか?」

「……レミ。お前が言ったんだろう? 宿は取った。次は冒険者ギルドではなかったか?」

「あ」


 そうだったと思い出した様に、レミは惚けた声を漏らす。

 そこまでこの宿に入るのが嫌だったのだろうか?


 因みにだが、リザードマンの鱗は既に全て売却してしまっている。

 なんせ前回泊まった宿が高かったのだ。

 宿に金を掛けなくてもいいだろうと思ったのだが、レミは断固としてそこだけは譲らなかった。

 金の面倒はレミに任せているので、その辺は余り口うるさく言えない立場ではあるのだが、もう少し考えて使ってもらいたい物だ。


 だが所詮楽をして稼いだ金。

 そんな物は早々に使い果たしてしまうのが良いに決まっている。

 だがこれからは、少しは自分で稼いだ金は持っておいた方が良いだろうと思った木幕だった。


 二人は階段を降りて一階に降りる。

 すると、少女がなにやら前掛けの様な物を来て走り回っているのが見えた。

 まだ子供故にぶかぶかだ。

 一体何をしているのだろうかと見ていると、母親が慌てた様に止めに行く。


「こ、こらこら! ルア! 駄目ですってば!」


 母親はそう言いながら止めに入るが、少女はその動きを止めようとはしない。

 機敏な動きで母親を躱し、何かしら準備を整えていく。


「き、器用な物だな……」

「うぇ!? あ、ああ! すいません!」


 木幕たちに気が付いた母親は一気に取り乱す。

 母親の一瞬の隙を見つけた少女は、その部屋から母親を一気に押し出して退出させた。

 素晴らしい身のこなしだと木幕は感心するが、流石に何をしているのかわからない。


「いや気にするな。しかし、何をしているのだ?」

「すごい動きですね……」

「ああああ申し訳ございませんんんん!」

「気にするなと言っておるのに……」


 それでも母親は未だ取り乱している。

 これは少し落ち着かせた方がよさそうだと思い、冒険者ギルドに行くのを後にしてとりあえず母親を座らせた。


 動きを邪魔されなくなった少女は、台所らしき場所で何やら準備に勤しんでいるようだ。

 レミはそれを見て、母親に聞いてみた。


「もしかして……あの子料理作ろうとしてます?」

「あ、えっと……そ、そうですねぇ……」

「ないか不味い事でも?」

「い、いいえいいえ! そんなことは無いのですが……。本当に久しぶりに来てくださったお客様に対して子供が作った物を提供してよい物か……」


 確かに恰好だけは一人前の料理人だ。

 しかしぶかぶかな前掛けを着ているので、少し不格好ではある。

 レミはそれをかわいいなぁ、というような目で見つめているが、母親は気が気でないようだった。


「子が飯を作るのは変なことなのか?」

「この世界では一般的ですね」

「……??」


 では何も問題ないではないか。

 それはレミも同じ意見な様で、別に嫌とは思わなかった。

 子供が一生懸命客に対して食事を作ってくれているのだ。

 確かにこちらは気を使うかもしれないが、そんな事は些細な事である。


「別に気にはせん。それに、某が小娘にそう頼んだのだからな」

「え? そうだったんですか?」

「うむ。知らぬ間に部屋までついてきておったわ」

「はああああうちの子がごめんなさいいいいい!!」

「やかましいな……」


 なんとなく、この宿が繁盛しない理由の一つがわかった気がした木幕なのだった。

 

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