3.8.凶悪殺人犯


 この国のギルドはとても騒がしい。

 騒がしいという事は、人で賑わっているという事に繋がるのだが、今この場にあるのはそれとは違う騒がしさだ。


 酒を飲んだり話し合ったりするのであれば、特に何も感じないのだが、そこら中でいざこざが起きている。

 肩に当たっただけで怒り出す人や、酒が切れたと隣の席から勝手に酒を持って行き、喧嘩に発展するなど様々だ。

 耳障り。

 それがこのギルドに入って一番初めに感じた感情である。


「やかましい事この上ないな」

「まぁ……確かに。こういうのはちょっと慣れませんね……」


 レミも木幕も、自分から苦情を言う様な性格はしていない。

 この空間では、自分をどんどん前に出していった方が後々良いのかもしれないが、目立つような事はしたくない木幕は見て見ぬふりを貫いた。

 関わりたくないのである。


 なので、早速Bランクの依頼が張り出されているボードに向かう。

 ボードの前にも数人の冒険者がいたが、木幕はそれをひょいひょいと躱して一番前まで来る。

 レミは来るのに手こずっている様だ。


「レミ、早くせぬか」

「ちょ、ちょっとすいません、通してください。ごめんなさいねー……」


 謝りながら何とかボードの前まで来たレミは、既に息が切れていた。

 この程度で息を切らすとは……。

 もう少し走り込みが必要だなと木幕はひそかに考える。


 木幕は字が読めないので、依頼を選ぶのはレミの仕事だ。

 早く武器を新調する為、出来るだけ高額な依頼をレミに求める。


 暫くボードと睨めっこをしていたが、何か気になる物が見つかったのか、少し目を見開いてからその依頼を手に取った。

 どうやらその依頼は、犯罪者の殺害、もしくは捕縛の依頼らしい。


「ええぇ……。なんですかこれ……」

「何と書いてあるのだ?」

「あ、はい。確かにとても高額な報酬なんですけど……。その犯人像が全く書かれてないんです」

「……つまり、情報が不足しているという事か」

「ですね」


 木幕から見ても、確かにその依頼の内容には不備があるという事が分かった。

 普通、犯罪者の殺害、捕縛依頼であれば、似顔絵か使用している武器、その人物の名前などが明確に記されているはずである。

 だが、この依頼書には似顔絵はもとより、使用武器、人物名が一切書かれていなかった。


 こちらからすれば、顔も名前も性別も分からないけど、凶悪犯を捕まえてくれとギルドから言われているような物だ。

 このような依頼、出来るはずもない。

 それ故にこの金額なのかもしれないが、この内容であれば適当にその辺の首を持ってくればいいだけの話。

 まだ誰の手にも渡っていなかったからいい物の、他の悪い冒険者がこれを見つけたのなら、偽の首を持ってきてもおかしくない。


 しかし、木幕はその依頼を面白そうだと思った。

 誰か分からない相手を探して殺す。

 まさに敵討ち。

 木幕のいた世界では、敵を討つのは本当に難しい。

 何処にいるかもわからない人物を探すというだけで至難の業なのだ。


 それに加え、今回は名前も人物像も分からないと来た。

 それがより一層木幕の闘争心を燃やす。


「面白そうだ。それにしよう」

「ええ!? 本気ですか……? これじゃあいつお金が入るか分かった物じゃないですよ……。あまり余裕がないんですから、まずは堅実な物から行きましょう?」

「む、そうか。であればこの依頼は某が引き受け、堅実な物をレミが引き受けよ。それでいいだろう?」

「た、確かにそうですが……。はぁ。分かりました。では私はこの依頼を受けましょう」


 レミがボードから引き千切った依頼は、下水道のネズミ駆除。

 何故そんな物を受けたのかと聞くと……。


「すばしっこいので練習になるかなぁ~なんて!」

「……はぁー……」


 小動物相手に本気になってどうする。

 そう言いたかったが、まぁそれも経験して分かる事だと思う。

 そう考えた木幕は、とりあえず頷いて受付へと足を運んだ。


 数多くの冒険者がギルドの中にいるというのに、受付には殆ど人は並んでいなかった。

 一体何をしにここに来ているのだと思ったが、それは個人の自由だ。

 ギルドにとっては迷惑な話かもしれないが、酒も料理もあるのだから、困るという事は無いだろう。


「お! 君可愛いね! どこ……がはぁ!!?」

「触んな」


 レミの肩に男が手を振れたが、レミは持っていた木刀で脇腹を殴った。

 帯刀している状態から、半身回転して右脇に強烈な一撃を与えたのだ。


 それを見て、木幕は思わず「ほぉ」と感心した。

 レミは槍を背中に、木刀を左の腰に帯刀していたのだが、左側にいた木幕に木刀を当てず、木刀を抜ききってから必ず空いている右脇を狙って攻撃したのだ。

 自分の方に置かれている手が右手だと、すぐに理解したのだろう。


 あの一瞬でそこまでのことが出来るようになっていたとは、正直驚いた。

 少し稽古内容を変更する必要がありそうだと、木幕は考える。


「……師匠、何か変なこと考えてませんか?」

「気のせいだ」


 女の勘は鋭いとは、よく言った物である。


「き、貴様……」

「まだ動くのぉ? えいっ」


 レミがもう一撃男に与えようとした所で、木幕が柄でレミの素振り中段で阻止する。


「えっ?」

「倒れて戦意のない男に剣を振るうなど、剣士の振舞ではない。先程の動きは良かったが、不意を狙うのは良くなかった。この男も不用心故の結果ではあるが、剣士であれば正々堂々正面を向いてから斬り合うのだ。よいな?」

「! ……はい」

「なにを……言って……ぐふっ」


 どうやら男は完全に気絶したようだ。

 脇腹はなかなか鍛えれない部位である。

 レミは相当な力を入れて攻撃したのだろう。

 

 気を取り直して、二人は受付に向きなおる。

 受付嬢はとてもニコニコしてはいるが、なんだか引いている様だ。


 そんなことは無視して、レミは二枚の依頼書を受付嬢に提出する。

 その二枚を見て、受付嬢は何やら書き記しているようだったが、すぐに向き直って話をしてくれた。


「下水道のネズミの駆除依頼と……。凶悪犯罪者の討伐依頼ですね」

「ネズミの駆除は場所を教えてください」

「犯罪者については被害の状況を教えよ」


 二人がとう言うと、受付嬢はまずレミのネズミ駆除について教えてくれた。

 指定されている場所は城の地下の様だ。

 それ故に金額が高く、簡単な依頼であるのにも拘らずBランクに指定されているらしい。


 木幕の凶悪犯罪者の討伐依頼については……。


「今の現状、何も分かっていません。被害場所は七つ。最も酷かったのが酒場での殺害です。衛兵も一人やられています」

「傷はどの様な物だ?」

「全員首を刎ねられているのです。なので、大きな武器だと思われます」

「ふむ……。実際にその場を見ることはできるか?」

「可能です」


 首を刎ねられていると言うのであれば、死体を見ても何もわからないだろう。

 であれば現場に残っている傷で、武器を出来るだけ特定したい。

 それが可能かどうかは分からないが、そもそも今は情報が少なすぎるのだ。

 何でもいいから知っておきたい。


「では、レミと某は別行動だな」

「はい! では早速行ってきます!」

「うむ。某も酒場に行ってみるとしよう」


 各々が行く方向が決まったので、ギルドの前で別れ、現場へと向かうことにした。

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