3.3.さて、どうしようか


 鐘の音を聞いて馬車に戻って来た木幕は、深いため息をついてから荷台に乗り込む。

 御者は全員が乗った事を確認すると、手綱で馬を叩いて馬車を動かす。


 なんとも面倒くさい奴が今回の敵になった。

 やりにく過ぎるったらありはしない。


 あの女性、水瀬清はどう考えても日ノ本の住人だ。

 それに加え、刀を二振り携えていた所を見るに、おそらく侍だろう。

 女性を侍というのはおかしな話かもしれないが、この世界では女性も普通に戦場に立つ。

 あの女神は男性女性関係なく、戦える人物をこの世に転移させてきたのだろう。


 木幕は女性を斬るなどという事はしたくなかった。

 女性に刀は似合わない。

 そう何度も言う木幕は、戦場に出るのは男だけだという認識をこの世界でも未だ崩していなかったのだ。


 それに、今現在、水瀬清を斬る理由がない。

 依頼だと割り切ってしまえばそれまでではあるが、女神の言う事だけに従うのは癪に障る。

 自分で納得する理由を見つけ、そして戦いたいのだ。


 槙田正次の時もそうだった。

 刀を取り戻した後、戦えと交渉し、理由を作ったのだ。

 簡単な理由だが、男であればこれで十分である。

 しかし、女となるとそうはいかない。

 ただでさえ斬りたくないと言っているのに、こんな簡単な理由付けで木幕が満足できるはずがないのだ。


「師匠、どうしたんですか?」

「……ああ。侍に先程会った」

「へー。こんな所で会えるなんて、すごい幸運じゃないですかってええ!!? 会っちゃったんですか!? どうしたんですか!?」

「見逃した」

「なんで!? いや、私としてはとりあえずそれでいいのか……」


 レミは今、女神のこの依頼が正しい物なのかどうかを、自分の目で確かめたいがためにここにいる。

 自分のいないところで勝手に殺されては、話にならないのだ。

 なので、レミとしては今の現状は良かったと言える。


 しかし、ここで侍を見逃すというのは、木幕にとっては大きな痛手なはずだ。

 いつ何処で会えるかわからない日本人。

 それを見逃すとなると、この世界でまた会える確率は非常に低い。

 同じ場所に向かっているとも限らないのだから。


「で、どんな人だったんですか?」

「女だったな」

「へー。強そうでした?」

「……女とは戦ったことがないからわからんな」


 女という動きの分からない相手に加え、使うのは二振りの刀。

 つまり二刀流。

 木幕は二刀流を使う敵と遭遇したことは無かった為、その動きは一切わからない。

 どういう動きをするかはそれなりに予想はできるが、相対する事になれば何処まで反応が出来るかわからなかった。


 刀で挑むべきか、それとも次の国で槍を見繕い、槍で戦うべきか。

 少し悩んだが、木幕は刀の方が得意である。

 慣れた物で戦わなければ、確実に負けてしまうだろう。


「ああ、そうだ。そいつはレミと違って、感受性に溢れていたぞ」

「ぅぐっ……」


 水瀬清と会話したのはとても短い時間だった。

 だが、その時に彼女が言った言葉を木幕は覚えていたのだ。


『このような綺麗な場所で戦いたくはなかった』


 それだけで、彼女がどれだけ周囲を見ているかという事がわかる。

 見たところ釣りが好きだった様ではあるが、それ故に周囲をよく見る癖がついていたのだろう。

 あの場所を美しいと思える感受性。

 それは木幕も同じであり、久しぶりに良い物が見れたとも思った。

 この世界で同じ様に風景を楽しむ者がいるという事に、少し懐かしさを覚えていたのだ。

 

 しかし、それとは別に、水瀬は侮れない人物だという事もわかった。

 そう思った理由は、水瀬の被っていた笠にある。


 一見普通の笠。

 いや、何処からどう見ても、どんなに弄繰り回そうと普通の笠なのだが、それにはいくつかの血が付いていたのだ。

 女の身でありながら、水瀬は人を殺している。

 殺し慣れているのかもしれない。

 何ならその血は随分と新しい物だった。


 この世界で何人の人を殺そうと、木幕は特段何も感じない。

 だが、それが水瀬清という女であるという事に問題がある。

 一人で旅が出来るという事は、それなりに力のある人物だという事だ。


 この世界に盗賊は普通にいるようだし、いつ何処で襲われるとも限らない。

 それに加え、魔物という異形が蔓延っているのだ。

 それらを斬りながら生きていくのは、一人では相当難しいはずである。


 だが水瀬清は生きていた。

 服にも特に目立った傷や汚れはなかったし、刀はよく手入れされているのか、新品そのものの様に美しかった。


 笠に血が付いているという事は、何かを斬ったに違いない。

 しかし、それで汚れの一つもついていないというのは不自然だ。

 恐らく何処かで手入れをする時間を作ったのだろう。

 旅にそれだけの余裕がある。

 これが水瀬清の強いところだ。

 数日で餓死しかけた木幕とは大違いである。


「で、でも……どの道斬るんですよね……?」

「無論だ。理由付けが欲しいがな」

「理由? 師匠の場合、依頼をされているからでいいのでは?」

「……そういう訳にはいかぬのだよ」


 もう一度大きく息を吸いこみ、ため息をつく。

 簡単な頭であれば、それも可能だったかもしれない。

 むしろそっちの方が楽だ。

 今からでもその考えに至るような何かがあれば、一体どれだけ楽になるだろうか。


 刀は武器である。

 しかし、刀を向ける時は必ず何かの理由があって向けるものである。


 金欲しさに刀を向けて追いはぎをする者がいた。

 これで既に理由が出来ている。

 急に刀を向けられた相手は、自分の身を守る為に刀を向けるのは必然。

 どちらにも刀を向ける理由が作られた。


 理由のない間合いなど、作られることは無い。

 木幕は自分の納得する間合いを作りたいのだ。

 依頼どうこうというのは一切抜きにして、である。


「簡単な頭で羨ましい」

「え!? 今普通に馬鹿にしましたよね!? ね!?」

「やかましい」

「なぁっ……!」


 レミは何か言いたげだったが、ついに不貞腐れた様にそっぽを向いた。

 預けている槍がレミの肩に体重をかける。


「……。そういえば、そいつに名前はあるのか?」

「? そいつって誰ですか?」

「槍だ」


 木幕はレミの持っている槍を指差してそう言った。

 槍を研いだ時、名前の様な物は見受けられなかった為、槍の名前を知ることが出来なかったのだ。

 普通であれば、なかごに刻んであったり、刀身の付け根に刻まれてあったりするのだが……。

 これにはそういった物がなかったし、そもそも解体が出来なかった。

 全く面倒くさい槍である。


 木幕の言葉を聞いたレミは、ひたすらに首を傾げる。

 槍をじろじろと見ていたが、やはり名前らしいものはない。


「無いですね」

「無いことないだろう。名のない武器など辛かろうて」

「辛い……ですか?」


 名はその武器の強さを表す。

 それにより性格も出てくる大切なものだ。

 例え見た通りの名前であれども、その見た目の名に恥じぬように、武器は武器としてあろうとする。

 無いはずがない。

 レミはその意味をよくわかっていない様ではあるが。


「お前も分かる時が来る」

「そ、そうだといいんですけど……。でも無いですね。名前」


 木幕ですら名前を見つけれなかったのだ。

 恐らく見えるところには名前は刻まれていないのだろう。


「では、国に着いたら鍛冶屋に行くとしよう。それでお前に会った槍を作ってもらえ」

「分かりました! ですが師匠」

「なんだ」

「まずは冒険者ギルドでお仕事です。武器を作るだけのお金がありません」

「…………難儀な」


 金がなければやりたいこともできない。

 ここは素直にレミの言う事に従っておくことにした木幕なのだった。

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