3.2.こういうのも悪くない


 ガラガラと馬車が道を進む音が聞こえる。

 今は余り道の整備されていない森の中を走っている最中だ。

 静かに広がる森が色を変え、季節の変わり目だと教えてくれる。


 この場所は道が悪いため、時々馬車の車輪が小石を踏んでガタンと揺れた。


「ふべっ!」

「……口を閉じていろ。舌を噛むぞ」

「…………」

「嚙んだんだな」


 レミが涙目になってこちらを見てくる。

 口を押えているので、既に舌を噛んでしまっていたのだろう。


 だが口の怪我の治りは他と比べて圧倒的に速い。

 二日もすれば痛みはなくなるだろう。

 それまでの食事は地獄を見るが。


 国を出て暫く経った。

 このような街道が続いていたとは思っておらず、ここに来るとき木幕たちは無駄な労力を費やしていたようだ。

 とは言え、レミも余り村から出たことがないと聞く。

 おおよその場所はわかっていても、このような小さな道は知らなかったのだろう。


 木幕は時々外を見ては、森の色付き方を観察する。

 緑から黄色になり、黄色から赤になっていた。

 赤になっている場所は日のあたりが良い場所のようで、木のてっぺんから下に向かってグラデーションがかかっているようだ。

 まだ木の葉が落ちる気配は見せていないが、これだけでも十分風景を楽しめた。


 移動しながら風情を楽しむのも悪くない。

 これは故郷ではできなかったことだ。


 後は川や滝があれば、もっといいだろうなと感じながら、木幕はその風景を楽しむ。

 時々妙な生え方をしている木や、異常なほどに細い枝を見つけてはそれに興味を示す。

 だが御者を止めるわけにはいかないので、ただ見るだけに留めておく。


「なんか楽しそうですね」

「ふむ。いやなに、こういうのも悪くないと思ってな」

「普通の景色ですよ?」

「……お主にはまだ感受性が足りない様だな」

「……は! まさか剣術に必要なんですか!?」

「当たり前だ」


 葉我流剣術は、名前にもある通り葉をイメージして作られている剣術である。

 葉というよりも、木そのものをイメージしているかもしれない。

 こういった山や木、そして流れゆく落ち葉を見ることで、葉のイメージを固定させていく。

 それが出来なければ、葉我流剣術の型は作れないだろう。

 作れないという事は、真似もできない。


 とりあえずレミは、景色を見ることが剣術に繋がると聞いて、食い入るように景色を見始めた。

 そう気張って見て何かを会得できるわけではないのだが、まぁいいだろうと木幕は目をつぶった。

 体は休めるときに休ませておいた方が良いのだ。


 暫く目をつぶっていると、隣から寝息が聞こえてきた。

 もしやと思い目を開けて見てみると……レミが寝ている。


「……」


 額に青筋が浮かぶ。

 あの一瞬でどうして寝ることが出来るのだろうか。

 先程見せたあの威勢は何処へ消えたのか。


 木幕は何も持っていない右手を上げ、手刀の形で今持てる全力の力でレミをぶっ叩いた。


「ぎゃんっ!!」

「起きよ」

「あれ!? 私何時の間に!?」

「……」


 もう何も言わないことにした。


「そう言えばレミよ」

「何ですか?」

「次の国まで後どれくらいだ」

「ん~……三日位ですかねぇ」


 意外と近いようだ。

 次の国の名はミルセル王国という名前である。

 そこに侍がいるかどうかはやはりわからないが、あの国から動かないわけにもいかない。

 自分の足で探さなければ、見つけることはできないだろう。


 レミから聞いていたが、槙田はこのリーズレナ王国で名を馳せて逆に侍を呼び寄せようとしていたらしいが……。

 流石に木幕はそこまで目立ちたくないため、そんな真似はしない。

 槙田は目立ちたがり屋なのだ。


 と、死んでしまった奴の話をしても、仕方がない事だ。

 木幕はすぐに槙田のことを考えるのをやめた。


 すると、馬車が止まった。

 何か敵が出たのかとは思ったが、それにしては周囲は静かだ。

 不思議に思って待っていると、商人の御者が降りてきた。


「皆さん、この辺りで休憩しましょう」

「ああ、そういうことか」


 どうやら馬を休ませたいようだ。

 それであれば、丁度いいので周囲を見て回るとしよう。


「どれくらいの時間休むのだ?」

「んー……そうですねぇ……。では出発するときに鐘を鳴らしますので、それまでという事で」

「わかった」


 この世界には詳しい時間表記がないのだろうか。

 まぁ知らせてくれるというのであれば、別に問題はないのだが。


 では、この景色を少しでも楽しむために、少し歩こう。

 そう思ったと所で、水の流れる音が聞こえてきた。

 行商人を見てみると、馬を川の方へと連れていっているようだ。


「水の音が聞こえたから止めたのか」


 いつあるかわからない水場を見つけたのだから、そこで休むのは当然だ。

 馬を十分に休ませてから、出発する腹つもりなのだろう。


「レミはどうする」

「私は此処でまっときま~す」

「そうか」


 であれば、好きな所へ行こう。

 川辺の方へと歩いていく。


 そこは流れの静かな川であり、綺麗な音が心を穏やかにさせてくれるような気がした。

 木たちも綺麗に色付いており、この辺りは少しだけ木の葉が落ちているようだ。

 時々川の流れに乗せられた葉っぱが下流へと進んでいく。


 やはり音とは良い物だ。

 草木と水の流れる音に加え、時々鳥の鳴き声が聞こえる。

 歩く度にじゃりじゃりと地面が音を鳴らしているが、気にならない程度の物だ。

 だが気にならない物が無くなれば、それは違和感へと転ずる。

 面白いものだ。


 すると、上流の方から誰かが歩いてくる音が聞こえた。

 そちらのほうを見てみれば、とある人物が歩いてきている所だったようだ。


 一際目立つのは、頭に被っている笠。

 そして、腰に携えている二振りの刀。

 他にも短すぎるたも、そして魚籠が腰からぶら下がっている。

 釣りが好きなのだろうか。


「こんにちわ」

「む、女子であったか。女子に刀は似合わぬぞ」

「ふふっ。出会っていきなり説教ですか?」

「すまん。どうも癖になっているようでな」

「いいえ、お気になさらず」


 すると、その女性はテクテクと歩いてきて、笠を取って挨拶をする。


「初めまして。私、水瀬 清と申します」

「木幕 善八だ」


 さて、と木幕は考える。

 まさかこんなところで会えるとは思っていなかった。

 とは言っても……このような形で戦うものか。

 それに、女子だ。

 この世では女子も戦に出るというので、戦っても問題はないはずだが……何ともやりにくい。


「貴方は、私を殺すのですか?」

「……お主も同じか」

「と、言いますと?」


 懐から紅蓮焔の鍔を取り出す。

 槙田も同じ理由でこの世に転生させられていた。

 恐らく、水瀬も同じなのだろう。


「ああ、そういうことですか……」


 どうやら水瀬は、鍔を見て木幕のしてきた事を理解したらしい。

 そして、言葉の意味も。


「目的は同じですか。で、どうします?」

「……興が削がれた」

「あら嬉しい。私もこのような綺麗な場所で戦いたくはなかったのです」


 からんからん。からんからん。


 出発の鐘がなった。

 今木幕はとりあえず仕事中だ。

 優先すべきはそちらの方だろう。


「では、某は行くとしよう」

「そうでしたか。ではまた機会があれば」

「うむ」


 木幕と水瀬は、一度も刀を抜かずに、その場を去ったのだった。


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