2.25.出立


 人々が行きかう街は今日も活気があふれており、様々な場所で人を店に呼び込む声や、口論をし合っている声が聞こえたりしている。

 相変わらずの賑わいだ。

 天気も良く、雲一つない快晴だ。


 こんな人だらけの場所ではあるが、国の周囲には森が広がっている。

 その為空気が澄んでいるように綺麗だ。

 朝になれば冷たい空気が肺を冷やして体を起こしてくれた。


 木幕一行は次の国、ミルセル王国へと行く為、馬車に乗り込んでいる。

 まだ出発の時間は先なのだが、やることもないのでさっさと乗っておきたかったのだ。


 だがしかし、木幕は不満げだ。


「レミよ。なぜ馬ではなく馬車なのだ。馬を買う金はあっただろう」

「いやあのですね……馬は高すぎます。買えはしますが、それでほぼ無一文になるんですよ」

「次の国で稼げばよいだろう」

「無理です。道中で完全に底を尽きます。また行き倒れになりたいんですか?」

「ぐぬっ……」


 木幕はあの日、初めて行き倒れになるという経験をした。

 空腹があそこまで辛い物だとは思わなかったし、そもそもレミに助けられていなければここまで来ることもできなかっただろう。

 木幕は行き倒れという言葉に敏感になっており、是が非でももう同じことは繰り返したくなかった。


「では何故移動するだけなのに仕事をせねばならんのだ」


 今乗っている馬車は商人の物だ。

 だがこれは、ギルドでの護衛依頼を受けて乗せてもらっているものであり、道中で何かが起きた時は対応しなければならなかった。

 優雅な旅を想像していた木幕は、そのことにも不満を持っていたのだ。


 レミは一度小さくため息を吐いて、説明する。


「タダで馬車に乗せてくれる行商人さんがいるものですか。国を移動できて、お金ももらえるんです。これ以上の移動方法はないと思いますけど」

「むぅ……。そう言われればそうなのだが……。はぁ、川でも見ながら茶をしたかった……」

「そんな娯楽ないですよ……?」

「某の故郷ではあるのだ」

「へー……」

「信じておらぬな?」


 どうにもこの世界の住人は、自然という風情を感じるという娯楽が無いらしい。

 楽しむのは茶ではなく紅茶とお菓子。

 これは貴族だけが嗜む物なので、下町の人々には無縁の代物だろう。


 そもそも、下町の人々は総じて貧乏である。

 今日一日をどう生きていくかを考えている者も少なくはない。

 そんな者たちでも風情を感じるという事くらいはできそうなものだが、心の余裕もないのだろう。

 余裕がなければ、楽しめる物も楽しめない。


 ただ、木幕は誰か自分の価値観をわかってくれる者が欲しかったのだ。

 どうやら、この国にはいない様ではあるが。

 そのことには薄々気が付いてはいたが、実際にそう理解してしまうと悲しかった。


「はぁ……」

(……!? し、師匠がしょんぼりしている……!? なんで!?)


 木幕の考えている事がわかるはずもなく、レミは初めて見る木幕の落ち込みように驚いた。

 だが、その一方で少し安心した面もある。

 感情を顔にほとんど出さない木幕が、この時初めてはっきりと感情を露わにしたのだ。

 堅物だと思っていたが、案外そうではないかもしれない。

 それに気が付けたと、レミは内心嬉しく思った。


「なーにを笑っておる」

「ふぇ!? な、なんでもありませんっ! (ばれてるぅ~!)」


 どうやら木幕はレミの感情をよく読み取るようだ。

 というより、レミの表情でどのような感情を抱いているのかが分かり易いだけなのだが、本人がそんなことに気が付くわけもなく、ただただ動揺した。


 そんなことをしている内に、どうやら出発の時間が迫っていたようだ。

 御者である商人が、護衛に選んだ冒険者を確認していった後、ようやく馬車が動き始めた。


 リーズレナ王国。

 滞在時間は本当に短い物だったが、ここではよい経験が出来たと思う。

 それに、覚悟も決まった。

 槙田正次には感謝しておかなければならないだろうが、殺した相手に感謝というのもなんだかおかしな話である。


 今、槙田正次は現世を魂だけでうつろっているだろう。

 もしかしたら、ついてきているかもしれない。

 死後四十九日は、故人の魂の行き先が決まっておらず、現世をあの世の間を彷徨うと言われている。

 槙田もそうなのだろう。


 とはいえ、それがこの世界でも同じかどうかと言われると、どうともいえない。

 この世界で死んだ、同郷の者の魂は一体どうなるのだろうか。

 考えてもわからないことなのだが、ふと気になってしまった。


「モクマクー!!」


 突然、大きな声が城壁から聞こえた。

 一体なんだと思い、見ようとするのだが、その声の主は良く知っている。

 なので見る必要もないが、まぁ呼ばれてしまったのだ。

 出ないわけにはいかない。


 馬車からひょっこりと顔を出すと、ガリオルが城壁の上に立って木幕を指さしていた。

 あんな所で何をしているのか……。

 木幕はそう思い、声をかけようとするが、その前にガリオルがまた大きな声で叫ぶ。


「またなぁー!!」


 たったそれだけを口にし、右腕を掲げる。

 手を振るという事はせず、ただ右腕を掲げたまま動かずに馬車を目で追っていた。


 さて、次に会う事は出来るのだろうか。

 だが、ガリオルはまた会う気満々で、あのポーズをしたに違いない。

 手を振るという行為は、どのような形でも別れを意味する。

 ガリオルはあえて、手は振らなかったのだろう。


 いつ死んでもおかしくないこの世界。

 そう簡単に死ぬつもりはないのだが、木幕はガリオルの行動に見入ってしまった。


「共に戦場には出ておらぬが、戦友のようだ」

「……」


 木幕は、ガリオルに向けて拳を掲げる。

 柄ではないのだが、レミ以外の初めての戦友だ。

 こういうのも悪くない。


 御者は気を使ってくれたのか、馬車をゆっくりと走らせてくれた。

 少しでも長く、互いの姿を見れるように。


 馬車が城門をくぐり、国の外へと出る。

 改めて見るこの世界はなんとも豊かで広大なのだろうか。

 これだけ見ると、故郷を思い出す。


「ふむ。この世も悪くないやもしれぬな」

「良いも悪いも、どうせずっといるんですから慣れてくださいね」

「そう言えばそうであったなぁ……」


 振り返ってみれば、城壁が見えるのだが、もうガリオルの姿はなかった。

 自分の仕事をしに行ったのだろう。


 長い時間を共にしていたわけではないのだが、剣を交えた相手とは繋がり合える。

 またどこかでひょっこりと会うことが出来るだろう。


 木幕もリーズレナ王国の勇者一行と再会できることを楽しみしている。

 後の二人の名前は何だったかと思い出そうとするが、思い出せなかった。

 それもまた会った時に聞いて覚えればいいかと割り切り、馬車に揺られながら木幕とレミはリーズレナ王国を後にしたのだった。

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