2.24.後日談


 槙田正次との戦いから、二週間が過ぎた。


 勇者が居なくなったという事で、王国中が大パニックとなり、暫くはその話題でもちきりだったようだ。

 国民からは不安の声が溢れ出し、「国の守りはどうするのか」「勇者のいない国などあり得ない」などといった言葉が、国に向けてぶつけられていた。


 アベンの存在は、国からすればとても重要なものだったようだ。

 流石にそこまでの考えは回らなかったと、木幕は一人で勝手に反省していた。


 そして、結果から言うと……。

 勇者はアベンを継いで、ガリオルがその空いた席に座ることになった。

 勇者と言うものは、やはり国には必要なものらしく、その事は一週間もたたずに報道されたようだ。

 国中の民も、勇者一行のあのガリオルならということで、とりあえず落ち着いた。


 それからガリオルたち勇者一行は多忙な日々を過ごすことになるのだが、それは別のお話。


 そして……木幕とレミはというと。


「素振り五百回! 握りと足さばきに注意せよ! その次は踏み込み! 次に刀を持ったまま走れ!」

「ひぃぃい!」


 稽古をしていた。

 レミには槍を使わせると決めているのだが、まだ足さばきが完全ではないため、まずは刀を使って足さばきの基礎を叩き込む。

 手の握りも、槍を使う上では刀と同じだ。

 それに、刀を始めに使わせておけば、槍を持った時に剣を持つ相手と対峙したとき、対処がしやすい。


 そもそも、レミは女性であり、体力が極端に少ない。

 なのでまずは基礎を作りながら体力作りを重点的にしていかなければならなかった。


「左手の小指と薬指に力を入れろ! 右手の握りが甘い! 相手を想像し、額の位置で止めよ!」

「はいぃ!」

「お主の想像する敵の頭は喉元にあるのか! もう少し上だろう! ガキを相手にしてどうするのだ!」

「はいぃぃ!」


 レミからすれば完全なスパルタだ。

 初日は筋肉痛で動くことすら辛かったのだが、それでも稽古をさせられて、三日目でようやく筋肉痛が取れた。

 しかし、その度に違う場所が筋肉痛となり、今現在は体のどこか一部は必ず痛みを抱えている。


 だが鍛錬の成果も勿論ある。

 少なからず筋肉もついてきて、足さばきも踏み込みも以前に比べれば見違えるほどに上達していた。

 木幕からすれば、ようやく一歩目を踏み込めたと言う所ではあるが。


「足ぃ!」

「はぁあい!!」


 そろそろ槍を持たせてもいいかなとは思っているのだが、生憎槍はあの重い奴しかない。

 レミの筋力では到底振り切ることのできない代物だ。


 であれば、鍛冶屋に持って行って改造してもらうのがよいかもしれない。

 鍛冶屋でそのようなことが出来るかはわからないが。


「ご、ごひゃくぅ……」

「踏み込み開始!」

「ひぃ!」


 レミは辛くなった腕を上げて、斬り込むと同時に踏み込んで空を斬る。

 残身を残して二歩引き、また踏み込みのを繰り返す。


 これに関しては、木幕が口を出すことはもうない。

 連続での素振りはまだ安定しない様だが、レミの一撃一撃は非常に綺麗なものなのだ。


 木幕が削って作った木刀をしっかりと握り、剣先で円を描くようにして振り下ろす。

 踏み込みの距離も十分。

 威力は流石に出ない様だが、真剣であればよい太刀筋となる。


「二連!」

「はい! すぅー……シッ! ッシ!」


 これは振り下ろしてから、すぐに振り上げる稽古法。

 非常に簡単そうに思えるが、振り下ろした勢いを殺して、再び素早く振り上げるのは意外と難しい。

 だがレミは、しっかりと手首を返して斬り上げる。


 右足から踏み込みだけでなく、左足の踏み込みも追加されるのだが、これも綺麗にやってみせた。

 それからしばらくはそれを続けた後、今度は走らせる。

 これは刀を持ったまま走るのに慣れてもらうためだけにやる物なので、木幕が口を出すところはない。


 レミが帰ってくるまで、その辺に座って瞑想をしておく。

 と、そこで誰かが木幕に声をかけてきた。


「今日も励んでますねあの子……」

「むぅ? ああ、ロストア殿か」

「殿はやめてくださいって……あんたに何回ぶちのめされてると思ってるんですか……」

「八回だ」

「いや具体的に言わないでください!」


 木幕がギルドに初めて行ったとき、絡んできたBランク冒険者だ。

 度重なる木幕のお叱りを受け、すっかりと丸くなってしまった。

 

 今は共にBランクの依頼をこなす仲間だ。

 依頼の時しか一緒に行動はしないが、それでも冒険者としての経験はロストアの方が上。

 学ぶことも多くあった。


 木幕は瞑想をやめて、ロストアを見る。


「して? 今日はどうした」

「あ、そうそう。この依頼を受けようと思うんですけど人が足りなくて。モクマクさんにも手伝ってもらえたらなと思ってたんです」


 手渡された紙を見て、木幕は首を傾げる。


「読めぬ」

「あ、そうでしたね……」


 代わりにロストアが掻い摘んで、その依頼の内容を教えてくれる。

 内容はゴブリンの群れの討伐だ。

 その程度の物はBランクの依頼に入ることは少ないのだが、今回はその数が異様なのだという。


 目撃されたゴブリンだけで、五十匹はくだらないようで、それが巣と離れた場所に集まっていたらしい。

 それだけの数のゴブリンが外にいるという事は、巣の中にはもっと敵がいる。

 出来る事であれば、その巣のゴブリンも全て殺してほしいというのが、今回の依頼のようだ。


「面倒くさいなぁ……」

「確かに……。洞窟の中ってのはちょっと怖いですよね」

「巣は埋めてしまえばいいのではないか?」

「中に人がいるかもしれないんです」

「そ奴らはもう動けぬだろうに……」


 巣に連れ込まれた人がどうなるかというのは、もう木幕は知っている。

 何度か助けたことがあったが、その時はもうまともに会話できる状態ではなかった。

 助けるだけ無駄なのだ。


 というより……木幕はそろそろこの地を離れたいと思っていた。

 あれから情報を集めてはみたのだが、他の侍に繋がる話は一切出てこない。

 もうこの近くに侍はいないのだろう。


 路銀も十分に溜まった。

 馬を買えば、もう旅立つ準備が整う。


 このような無駄な依頼に時間をかけるより、木幕は侍を探しに行きたかったのだ。


「悪いが、今回はやめておこう。某もそろそろ発つのでな」

「ええ! そ、そうですかぁ……。残念です」

「某は冒険者ではなく、旅人だ。同じ地には居れぬ。また帰ってくるかもしれんがな」

「その時はまた手伝ってくださいね」

「無論」


 ロストアはそれだけ言って、何処かへと歩いていった。

 この街も住みやすくはあったが、やはり気に食わないこともある。


「温泉と……米と味噌汁がないというのは……これほどにまで辛いのだなぁ」


 他の場所であれば、もしかしたらあるかもしれない。

 今、木幕がこの国を去ろうとしている一番の理由は、この三つだった。


 そう考えているところで、レミがへばりながら帰ってくる。

 すぐに井戸に行って水を飲む。


「はぁ、はぁ……」

「レミよ。そろそろこの国を発つぞ」

「え、ああ。はぁはぁ……そうですか……。次の場所はどうします?」

「近い国は何処がある?」

「ここからですと……南に行ったところにミルセルという国があります」

「では、そこへ行くか」


 場所は決まった。

 最後に武器屋に行き、馬を買ったら、この国から出ることにする。


「では、この国での最後の稽古だ。こい」

「はい!」


 レミと木幕は木刀を構える。

 その後、三秒でレミが負けることになったのが、この国で最後の稽古となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る