1.9.今度はこちらから
待ってくれていた者達の所まで戻り、先ほどの事を説明した。
木幕が帰ってくる間に、レミも何とか持ち直したようだ。
あの状況から、こんなに早く立ち直ることができたレミに少々驚いた。
「じゃあ……本当に燃やすんですね……」
「無論。でなければ勝てぬ。向こうで火の手が上がり、騒ぎがそちらに集中したら今度はこちらが攻め込み、男たちがまた火を付ける。その間に女達は民を助けよ」
戦は男がするものだ。
なので女に直接戦わせることはしない。
男達には適当な武器を持たせ、女たちは小さな刃物を持たせる。
とは言ってもこれは数が非常に少ないので、器用な者にだけ持たせることにした。
「よいか。一人で戦おうとは絶対にしてはならぬ。一人に対し、二人から三人で攻めよ」
『はい!』
この少ない兵で何処まで行けるか……実際の所は分からないが、後はなるようになる。
村手前まで移動して、合図をただひたすらに待つ。
後ろで待機している者達には頭を下げさせ、出来るだけ肌が見えないように心がけさせる。
素人でもじっと見られていれば、気配を少なからず感じ取ることが出来るものだ。
なのでこれには気配を殺すという事も含まれている。
コーン! コーン!
遠くから木を固い何かで殴るような音が聞こえた。
木と言うより竹に近い物の音だったようだが、叩いた物には中が空洞になっているのかも知れない。
よく響く。
「なんだ?」
「鍋叩いたみたいな音がしなかったか?」
「いや、あれは木を叩いてるんだろ」
どうやら作戦通りに注意を逸らす事が出来たようだ。
後は、火がついていることに気が付けば……。
「おい。なんか赤くないか?」
「あっち松明あったっけか?」
「いや……誰かが向こうを見て回ってるのかもしれないな」
「そっか。…………でも明かりでかくね?」
「え?」
その瞬間、火の手が一気に回り始めたようで、ここからでもその炎の大きさが確認できた。
流石の山賊達も、状況が分かったようですぐに動き始めた。
「も……燃えてる……俺達の畑が!」
「ああ……!」
捕らわれている者達は悲痛とも言える声を上げながら、燃えている畑を見ているだけだった。
燃えている畑はこの村の二割と言ったところだろうか。
それだけでは大した被害には見えないように感じるが、畑のほとんどは隣接しているため、時間が経てば全てに火が回るだろう。
山賊達が大きく騒ぎはじめ、火消し作業に取りかかる。
山賊がこの時期を選んだのは収穫を狙っての事だ。
なので畑が燃えてしまえば何も残らない。
さて、この状態で呼び寄せた山賊達は一体何を思うのだろうか。
来てみれば畑は燃やされており、村人もほとんどいない。
これはまだ木幕の中で予測でしかないのだが、もしそうであれば非常に愉快なことになるだろうと思っていた。
「よし。行くぞ!」
その合図で一斉に動き出す。
わたわたとしている山賊達を、村人が棍棒で頭を殴り、その持っていた武器を他の男に渡す。
つたない戦い方ではあるが、木幕が指示したように一人に対して二人以上で当たったため、怪我人はいなかったようだ。
しかし、身内相手によくやるものだと感心した。
ただ手加減ができていないだけかもしれないが。
その場はすぐに制圧され、女性達による救助活動が行われた。
燃え行く畑に絶望を隠しきれない者もいたようだが、今の状況を考えて冷静になって欲しい。
でなければ命を落とす。
「聞けい皆の者! 某は恩を返すため、あの山賊どもを屠る為にここに来た! 某と共に来た者も同じである! お前らの中に我こそはという武人はおらぬか! 居らぬのならここよりすぐに立ち去れ! 邪魔である! もし! いるのであらば! 武器を持て! 己の故郷を守るのだ!」
馬に乗っていないと何とも締まらない喝だと思いながら、葉隠丸を手に取る。
そして、隣にあった大きく篝火を畑の方に蹴り倒す。
「おい!! 何してんだ!」
「いいんだ! これでいいんだよ!」
「なんでだ!? いいわけないだろ! なにしてんだあいつ!」
やはり説明していない助け出した者達の反応はこの様なものだ。
理由を知らなければ怒るのも当然であろう。
だが今は説明している場合ではない。
混乱が続いている今、出来るだけ多くの山賊を殺しておきたかったからだ。
未だ口論が続いているが、それでも何とか収束しつつあった。
意外と初めに助けた村人が優秀である。
「動ける者は武器を取れ! 某は火の手の方へ行く! お主らは女子供を守れ!」
「俺達も行きます!」
「好きにせい!」
本来は一人で片付ける予定ではあったが、結局二十人弱の男達と共に山賊に立ち向かうことになった。
人というのはやるときになったらやる者たちばかりである。
だが今回はやる気になるのが遅すぎた。
とは言っても、これまで平和だったのだから致し方のない事ではある。
急に戦えと言われたって、無駄死にするのが関の山だ。
だが今は違う。
この戦いを通して村の人々は確実に強くなる。
これだけやる気に溢れた若人が居るのであるから、今度はこの者たちだけでもやっていけるだろう。
「よいか皆の者! 何度も言うが一人でかかるな! 二人以上で敵を倒せ!」
「はい!」
「……!? レミ殿!?」
妙に高い声が隣から聞こえると思ったら、そこにはレミがいた。
まだ目が赤く腫れているが、しっかりと前を向き、走っているようだ。
「何故レミ殿がここにいる!」
「私だって戦います!」
「女子が戦場に出るでない! 今すぐ戻れ!」
「嫌です! 木幕さんの世界では男が戦うのかも知れませんが、この世界は女だって戦います!」
「いやしかしだな……」
「木幕さん!」
今までに聞いたどんな怒号よりも大きな声で自分の名を呼んだレミに少しだけ怯んだ。
どんな強敵にも、阿呆ほどいる敵の眼前でも怯まなかった木幕がこの瞬間だけ怯んだのだ。
しかし、これに木幕は懐かしさを憶えていた。
母が自分を怒ったとき、この様に怯んだ覚えがある。
母は強しとは良くいったもので、力では勝てないはずの母が、何故か男に勝ってしまうのだ。
理由は分からない。
だが、今のレミはその理解の及ばない強さを持っていたようにも見える。
その目は力強く、女とはいえ戦士の面構えをしていたように思った。
数秒の間の後、絞り出すように、覚悟を決めたかのようにレミはひとことだけ呟いた。
「私が……なんとかします」
それを聞いて大したものだと木幕は思った。
一体どうして立ち直ったのか、その姿を見ていない自分には分からなかったが、それだけの覚悟を持っているのであればこれ以上こちらから言うことは無い。
「……誰か剣をレミ殿に渡してくれ!」
「はい! ってレミちゃん!?」
「へへ……」
レミがいること自体場違いなのだから気が付きそうなものではあるが……皆必死なのだろう。
レミは村の男から山賊の持っていた良い剣を持ち、木幕の後ろを着いていった。
目的地まではあと数十メートルと言ったところだろうか。
ここからでも山賊たちが火消し作業をしているのが見て取れる。
恐らくだが今ここにほとんどの戦力が集まっているはずだ。
そして……いるはずである。
何処かに、この襲撃の首謀者が。
「止まれ! 弓兵! 前へ!」
木幕のかけ声ですぐに後ろに控えていた弓を持った村人が出てきて、膝を地面について弓を構える。
山賊から奪った数しか無いので四人しかいないが、それでもいないよりはましである。
「放て!」
風を切る音がドンドン遠ざかっていく。
暗いし明るいしで何処に矢が飛んでいったのかはわからなかったが、その四人の内三人は握り拳を作って喜んでいた。
「まだ奴らは気が付いていない! 喜ぶのは後にせよ! 次構え! 放て!」
これを3回ほど繰り返したが、相手が気が付く前に矢の方がきれてしまったようだ。
どれだけ火消しに集中しているのかと呆れはしたが、これで勝機が見えてきた。
「これより突撃する! 武器を構えよ! よいか! 離れるでないぞ!」
『はい!』
「着いてこい!」
木幕は脇構えでもって足を運ぶ。
それに村人は必死に食らいついて走ってきていた。
木幕が一人、敵を斬ったところでようやく相手方も気が付いたようだった。
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