1.10.疑問


 単体で無策に走ってくる敵に対し、こちらは密集して事に当たっているので怪我人すらでていない。


 油断すればその限りではないだろうが、木幕の指示通り一人に対して二人以上で敵と戦っている。

 これが怪我人すら出ていない理由だ。

 だが慣れないことをしているため、精神的な疲労と、肉体的な疲労が重なって随分辛そうに見える。


 しかし幸いなことに、山賊たちは強いとは言えない。

 力に任せた剣の振り下ろしだけに注意すれば良いだけなので、二人でかかれば問題なく倒すことが出来ていた。


「よし!」

「はぁ……はぁ……」

「良いぞ皆の者! 疲れたのならば中へ入り交代せよ!」


 とは言っても味方は戦いの素人であり、敵を倒す速度は非常に遅い。

 木幕は前に出ているのだが、あまり動けていなかった。


 どうやら敵は村人を集中して狙っているようだ。

 そのため木幕の前に敵はほとんど来なかった。

 警戒されていると言うのは分かるのだが、大将首を狙わないとは……とんだ腰抜けである。


「おい! 増援はまだか!」

「いねぇよそんなもん!」

「はあ!?」


 何やら揉めているようだが、この状況で援軍はほぼ見込めない。

 恐らくだが山賊の殆どは火消しに当たっているはずだ。

 となればここの騒ぎは気が付きにくい。

 どれだけ近くにいても、この炎が木幕たちを隠してくれていたのだ。


 敵もそれに気がついてきたのか、ようやく逃げに回った。

 それを見た村人たちは歓声を上げたが、まだ喜ぶのは早い。

 敵の大将を討たなければこの戦いは閉じないのだから。


「レミ殿! いたか!?」

「いないです!」

「まだ先か……。よし! 大将を見つけるぞ! 皆まだ動けるな!」

「大丈夫です!」

「はい!」

「よし。では……」


 ストッ。


 まだ士気は十分にある事を確認して移動をしようと思った矢先、足下に深々と矢が刺さった。

 それに気が付いた途端、木幕は片腕を上げて後ろにいた村人たちを制止する。


 一歩遅れて矢の存在に気が付いた村人たちは、山賊から奪った盾を前に出して木幕を守る。

 少し動きが遅いがこの行動には少し驚かされた。

 自らの命ではなく、他者の命を守るように行動したのだ。

 結束力が強くなっているし、各々の力も確実に強くなってきていると言うことがこれで証明された。


 これならまだまだ行けそうだ。


「何やつか! 姿を現せ!」


 声を出して自分たちの居場所を相手に認識させる。

 これで出てくればよし。

 出てこなければ追撃へと回るまで。


 そう考えていたのだが、どうやら今回は前者であったらしい。

 燃えている畑のあぜ道からゆっくりと数十人の人影が出現した。


「あんた……やってくれたね」


 声の届く距離まで出てくると、老婆の声がその中に響く。

 その声にはこの場にいる誰もが知っている声であり、即座に武器を構えて戦闘態勢に入る。


 燃える畑の横を歩いてきたのは……レナだった。


「何、一宿一飯の恩を返したまでのこと」

「こう言うのは恩を仇で返すって言うんだよ」

「何を言う。お主ではなく、某はレミ殿に救われたのだ。お主に返す恩はない」

「ここまでくるんにどれだけ苦労したか……! あんたの命で償ってもらうよ! いきな!」

『おう!』


 敵は……約三十人。

 その人数が木幕たち目がけて突撃してきている。

 レナが話している間に敵の数を数えさせて貰った。


 少なくはないが、こちらの兵力、そして戦法を考えてみるに勝てない数ではない。


「皆の者! 某が先手を務める! 五人仕留めた後、戦いに参戦せよ!」

「分かりました!」

「了解!」

「き、気を付けて」


 敵は多いが、先手を務めて士気を上げることが出来れば、この程度捌くことが出来る。

 一番先頭を走っている敵を見て、次の敵を見る。

 数人を絞って誰を斬るか確認して、静かに、そして早く足を運ぶ。


「葉我流剣術・漆の型……木枯らし」


 下段の構えを維持しながらすり足で敵に接近する。

 だが、その時木幕の周囲で不思議なことが起きた。


 技名を口にした途端、落ち葉が周囲を舞ったのだ。

 その範囲は非常に広大で、一度渦を巻いたと思ったらすぐに霧散して、舞い上がった落ち葉は地面にへたりと落ちていった。


 これが何か全く分からなかったのだが、今は気にしている場合ではない。

 相手が打ち込んで来たのを半身で躱し、刀を脇構えから振り上げて喉を斬る。


 カサッ。


 すぐに足を動かして動揺している敵に切り込むため、すぐに刀を降ろして、斬ったと同時に下段に戻す。


 カサッ。カサカサッ。


 流石に数が多いため、まだ敵の士気は落ちる気配を見せない。

 今度は左右から木幕を突き刺すような形で突進してくる敵がいた。

 ほぼ同時のタイミングであり、良い連携だと静かに褒めたが、右足を軸にして一つの攻撃を躱し、もう一つは斬り上げて弾く。


「かはっ……」

「あ……」

「阿呆め」


 一つの剣しか弾かず、もう一つは避けたために味方同士で刺し合う形となってしまった。

 刺されなかった方を即座に切り捨てて、最後の一人を不意打ちにて殺した。


 カサッ……。


「…………」


 それを合図にして味方が動き出した。


「いくぞー!」

『おおおおー!』


 今まで怪我人もいないことから慢心して行く者が居るかと思ったが、その様なことはなく必ず二人で一人の敵を着実に倒して行っていた。


 これであればなんとかなるだろう。

 敵弓兵の攻撃も盾で耐えることが出来ていたようだし、未だ怪我人すら出ていない。


 だが、木幕は先程の攻防で違和感を感じていた。

 カサカサッとな鳴っていた音だが、あれは最初に周囲を舞った落ち葉である。

 踏み込む毎に何故か確実に落ち葉を踏んでしまっていたのだ。


 故意に踏んだわけでも無く、足を運んだ先にたまたまある。

 だがそれが足を動かす度に起こるのだ。

 流石にたまたま、とは言えない回数である。


「これはなんだ……?」


 目視しながら落ち葉を踏んでみるが、それでもやはり踏める。

 目を瞑っても同じだ。

 異様に落ち葉を踏む音が鮮明に聞こえるが、それ以外は特に変わった事は無い。


「いかんな……戦場で気移りするとは」


 気を取り直して相手を見据える。

 味方は非常に善戦しているようで、過去の仲間であれどやらなければやられる事を理解しているのか、容赦なく相手を斬り伏せている。


 勿論個人的な感情も含まれているだろうが、今この場ではそれは優位に働くだろう。


 木幕もそれに続かんと一歩足を踏み出した。


 ……。


 すると毎回足を運ぶ度に聞こえていた、落ち葉を踏む音が聞こえなかった。

 それに疑問を覚えて足下を見ようとした瞬間、こちらに向かって来ている風を切る音が聞こえた。


「!!」


 すぐにその場を離れて矢を回避する。

 するとまた足を運ぶ度に落ち葉を踏む音が聞こえるようになった。

 その矢は一本だけであったが、先程まで木幕がいた場所に深々と刺さっている。


「これは……もしや……危険を察知するのか……?」


 まだ一度だけなので確信は持てなかったが、少なくとも木幕はそう感じていた。


 しかし、故郷にいたときはこの様なことは無かった。

 普通ではないことは重々承知してはいるが、不思議と面白く感じている。


 もう一歩進んでみると、また落ち葉を踏む音がしなかった。

 次の瞬間、味方の影より敵が現れた。

 しかし……。


「せいあああ!」

「ぬるい」


 上段から跳びかかってきた男に対して、相手が振り下ろすより速く刀を切り上げる。

 男は剣を振り下ろす動作さえ許して貰えず、そのまま地面にどしゃりと崩れ落ちた。


 先ほどはわざと攻撃を相手に仕向けさせて、落ち葉の音を確認していた。

 すると音はならず、それからすぐに敵が斬り込んできた。

 おそらく先ほど木幕が予想した通り、この落ち葉は危機を察知してくれるものなのだろう。


「あんたら何してんの! こっちの方が多いんだよ!?」

「わ、わからねぇ! なんでか勝てないです!」

「はぁ!?」


 単騎で掛かってくる相手に対し、こちらが二人以上で相手をしているだけという簡単な策略。

 何故それが分からないのだろうかと思い、思わずため息をついてしまった。


 そこで最後の数人を村人たちが撃破して、残るはレナと村一番の強者。

 村人たちにしてはよくやったと言う所だろう。

 流石に怪我人も出てしまっているが、誰もが戦闘できる程度の手傷しかおっていない。


「皆の者よくやった! 周囲を警戒し盾だけは構えておくのだ! 後は……某とレミ殿に任せよ!」

「はい!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る