1.8.策
木幕のそこ言葉に、レミ以外の全員が驚いた表情をしていた。
まるでこいつは何を言っているのかと言った風である。
しかし、それも無理のない話しである。
今まで丹精込めて育ててきた麦を燃やしてしまうなど、正気の沙汰ではなかったからだ。
だが、燃やすのも理由があった。
「これは某の経験から予測したものであるが、山賊がその様に長い期間潜伏していたとなれば、何か考えが合ってのことだったのだろう。故に……この里を利用して何かするに違いない」
「だ、だからって畑を燃やすなんてできるかよ!」
「では、里の者共を救った後、何処かへゆくか? 某も民全ては救い出せぬ。それに今は収穫の時期であり、生き残りは刈り取りをさせられてるのは目に見えておる。山賊の手に渡ってしまうのであれば、燃やした方が利口だ」
少なくとも山賊はこの里を拠点にすることを考えているはずだ。
最悪の場合……これは滅多にないことではあるが、仲間を募っている可能性がある。
そいつらがここに到着してしまった場合、もうこちらから打てる手はなくなってしまう。
仲間が集まるのであれば、食料の蓄えがなければならない。
集結がもしあるのであれば、収穫の時期を見越して襲撃を実行したのだろう。
なので、行動を起こすのであれば今しかない。
「でも……燃やしてしまったら……私たちは何処に行けばいいの……」
「……大のために小を殺せ。田畑を燃やせば奴らは火を消すのに当たるはずだ。その間に仲間を助け出し、山賊を一掃する」
「戦えって言うのか!?」
「当たり前だ! 愚か者! この世で戦わずして得れる物があると思うな!」
弱ければ強き者に殺されるだけ。
何処に行ってもそうだった。
守れなければ略奪され、愛しき者もいなくなる。
素人だから、弱いから、そう言って逃げている奴らはいつも同じ末路を辿っていたと、木幕は憶えている。
この村人達も、同じような者だ。
助けようとはするが、守ろうとはしていない。
おおよそ、強い者達に任せていたのではあるだろうが、それは全て山賊だった。
もうこの者達を守ってくれる存在はいない。
故に、この者達が立ち上がる必要があるのだ。
「これは良い機会である。山賊を討ち取るために己らが立ち上がれ。よいか、不可能はない。成そうとせねばどうあがいたとて成らぬ! 今こそ成すときである!」
木幕のその言葉に全員が震えた。
夜なので大きく響く声は恐らく村にいる山賊達にも聞こえたかも知れないが、そんなことはお構いなしであった。
「だが……武器がない! 素手で戦えというのか?」
「その様なことは言わぬ。まず相手の様子を見てそれから武器を拝借する。確認することは二つだ。一つ、民が集められている場所。一つ、そこから一番遠い田畑の場所だ。奴らが燃えている田畑に気を取られている間に家屋に入り、武器を取れ。助け出すのはそれからだ」
「ちょっと! まだ燃やして良いなんて言ってない!」
「おい、もうやるしかないんだ。皆のためにも、レミちゃんのためにも」
燃やしてしまえば今年の収穫はほぼ見込めなくなる。
それに、この村にはもう住めないと思い込んでいるのかも知れない。
確かにここにはまだ山賊の援軍が到着する可能性があるので、滞在は危険となるだろう。
とりあえず山賊の生き残りには、その事を聞いておかなければならない。
だが一度は必ずこの村から離れることになってしまうのは確実だ。
そこだけはこの者達に何とかして貰うほか無い。
だが数年の月日が経てば……またこの地に戻ることが出来るはずである。
とりあえず、この者達の士気も十分に上がった。
後は作戦を開始するだけである。
「では……行くぞ」
動けない者は置いておき、動ける者だけは連れてゆく。
全員が戦いの素人であるので、慎重に行動をしなければならない。
まずは村人が集められている場所を調査するため、暗い森の中を進んでいくのだった。
◆
木幕はまず村人達にも言ったように、捕らわれている者達の居場所を探り当てるために、麓付近を歩いていた。
勇気のある若者が数人ついてきているが、身の隠し方が疎かなのには少し呆れる。
もう少し慎重にして貰いたい。
……相手は明かりを常に持っているので居場所はすぐに分かる。
探してみた結果……捕らわれている者達はどうやら一カ所に集められているようだ。
その場所だけ明かりが強く、見てみれば人だかりが出来ている。
場所は分かった。
これであれば一番遠くの畑もすぐに見つけ出すことが出来るはずだ。
「お主らに仕事を任せよう」
「なんですか……?」
「あの場所より一番遠い場所の畑を燃やすのだ。道具は各々準備せよ」
「わ、わかりました」
「どのくらいかかりそうだ?」
「すぐにでも」
それは心強い事だ。
今は時間が無いのでより速い迅速な行動が求められる。
後は……。
「では着いたら合図を鳴らせ。できるだけ大きな音が良い」
「そ、そんなことしたらバレる!」
「バラすのだ。合図を鳴らしたらすぐにでも隠れよ。合図の後、騒ぎを見計らってこちらが出陣する」
一番遠くの畑を燃やすのだから、気付かれない可能性も出てくる。
なのでいち早く発見してもらい、すぐにでも移動させて手薄になったところを叩くと言うのが今考えている策である。
目線だけでもそちらに行かせることが出来れば……それで良い。
後は士気が関係してくる。
それに仲間を救出しながら戦わなければならないという条件はつくが、あの程度は何とでもなると思っていた。
「では頼んだぞ」
「わ、分かりました!」
「もし余裕があればこちらに合流せよ。無ければ隠れていろ」
少しでも戦力を持っておきたい所ではあるが、今ここにいる者達は素人だ。
期待しすぎてはいけない。
とりあえず策も準備も整った。
武器はその辺に落ちている木でも問題は無い。
あとは倒した敵から奪えばこちらが優勢になるのは確実だ。
「こうしておると一揆を思い出す」
久しぶりの戦場に高揚している自分がいた。
やはり何処までも戦人かと思いつつ、木幕は残してきた者達と合流するため、元来た道を戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます