1.3.身の上話

 仕合が終わって村の男達を黙らすことが出来た木幕は、これだけ反対されているのだからと違うところに泊まろうとはしたのだが、やはりそれはレミが許さなかった。


 半ば強引に家に連れ込む結果になったが、木幕としては恩人に逆らうわけにはいかないと、結局レミの家に泊まらせて貰うことになしたのだった。


 やっと村の人たちも仕事に戻り、静かになった所でレミは大きく息をついてた。


「はー……」

「お主は慕われておるな」

「それは分かってるんですけどねー……ちょっと過保護すぎるというか……」

「そうなのか」


 レミは自分に負担が行かないように、怪我をしないようにと、気を遣ってくれていることは理解しているのだが、なんでもしてくれるのはどうにも気が引けてしまうのだ。

 しかし、善意でやってくれているため、キツく言うことも出来ない。

 そのことに生き辛さを若いながらも感じているのだった。


「そんなことより、木幕さんはどこから来たのですか? 貴方の着ている服はこちらでは見たことがありませんし、その武器も初めて見ます」


 誰の目から見てもその格好が普通ではないことは分かる。

 だからこそ、レミは気になって仕方が無かったのだ。

 先ほどの仕合でも、あのような剣の構えはある物の、あそこまで静かに相手を仕留める剣技は見たことが無かった。


 それに、木幕と立ち会った男は村一番の強者である。

 それをあそこまで簡単に仕留めてしまうとはレミも思っていなかったのだ。


「某は日の本という場所から来た。戦乱渦巻く乱世のため、少々生きずらくはあったが……剣に身を落とした手前、良き世でもあったな」

「それは何処にあるんですか?」

「む? 恐らくではあるが、この世には無い。なんせ某は天女に連れてこられた様だからな」

「天女?」


 また初めて聞くような単語に首を傾げた。

 祖母にも目線を送って知っているかと確認したが、静かに首を横に振って知らないと応えた。


「天女とはなんですか?」

「む? 知らぬか。羽衣のような物を羽織っておる女子のことだ。己を神というておったが……某にはとてもそうは見えなんだが」

「え……それって……ナリア様じゃないの……?」

「木幕さん、その天女には鈴がついておりませんでしたかな?」


 そう聞かれて思い出すように目線を上に上げる。

 確かあの天女と出会ったのは、無くなっていた葉隠丸を探している時だったはずだ。

 頭上から鈴の音が聞こえてきたのを憶えているので、その天女には鈴がついていた筈である。


 しかし、木幕はあの天女に興味を一切持っていなかった。

 なのであまり容姿を憶えていなかったのだ

 ただでさえ何も食べれずに数日彷徨った木幕は、興味の無いことを憶えている余裕はなかった。


「鈴がついていたのは間違いなかろう」

「ええ! 本当ですか!?」

「何をそんなに驚いておる」

「だ、だってナリア様ですよ? 神様なんて神父様とかじゃないと会えないんですよ?」

「興味が無いな……」

「ええー……か、変わってますねぇ……」


 変わっているも何も、神は願いを聞くだけで叶えてくれるわけではない。

 結局事を成すのは自分自身で有り、神に願いを届けるのは暗示でしかないのだ。


 木幕も勿論その経験はあった。

 しかし、負けることもあれば勝つこともあり、こちらが神に願いを届けているのであれば、相手も勿論願いを届けている筈なのだ。


 木幕は戦の前によく一人で神社へと赴き、毘沙門天に手を合わせたものだと懐かしい思い出を頭の中で奏でていた。


「ま、それはいいです。木幕のこともっと教えてください!」

「む? つまらぬぞ?」

「異国から来た人の話が面白くないわけ無いじゃないですか」


 そういうものだろうか、と首を傾げたが、教えない理由もない。

 さて何処から話したものかと悩んでいると、レミから話題を振ってくれた。


「さっきの剣術! あれなんですか!?」

「葉我流剣術か?」

「た、多分それです!」


 葉我流剣術。

 これはその剣術の名前にもあるように、木幕が自分で考えて作った木幕だけの流派である。

 樹木を模した剣術であり、先ほど繰り出した技、『発芽』は、何にも邪魔されることなく発芽する芽を模したものであり、相手が来るのに合わせて突きつけるという技だ。


 本来初手に出した反り上げは必要がないのだが、別にそれでも問題ない。

 なにせ邪魔なものを避けて芽生えることもこの技には含まれている。


 しかし、木幕はもとより他の武術を学んでいた。

 だが我流剣術を作っていることが師匠にバレてしまったことがあったのだ。


「故に……某に剣を教えてくれた師匠から破門されてしもうたがな」

「ええ……」


 自分流の剣術を作ると言うことは、今まで習ってきた剣術を無下にする行為でもある。

 師匠から見たら、木幕のやっていた行為は自分の剣術を否定されていることと同義だったのだ。


 破門こそされたが、基礎はそこで培ったため、すぐに葉我流剣術を作り上げることに成功した。


 葉我流には刀と槍に数個の技がある。

 今は刀しかもっていないので、槍の技を見せることは不可能ではあるが、槍の方が扱うのが難しい。


「とは言っても、これは人を殺す技。無闇には教えれぬ」

「あれれ……残念。結構興味あったんだけど……」

「女子に剣は似合わぬ。故に弟子も男しかとらなんだ」

「弟子って……木幕さん何歳なんですか?」

「今年で二十七になるか」

「それで弟子って凄いですよね……」


 確かにこの年齢で弟子を取る人などは中々居ないだろう。


 だが自分で作った流派なので、自分が師範になってしまうのは仕方の無いことだ。

 それに弟子と言っても、そこらの子供達が遊びで剣術を囓ったりする程度の簡単な物。

 実際、ちゃんとした弟子は取っていなかった。

 しかし、子供たちが師匠と木幕を呼ぶので、それに応えるように木幕が子供達のことを弟子と呼んでいるに過ぎなかったのだ。


 今あの子達がなにをしているのかは分からなくなってしまったが、思い出してみれば……。


「まぁ所詮は子供であったな」

「へー。他には何か無いんですか?」

「ふーむ……。某の事というのであれば……某は旅をしておってな。ある者達を探しておるのだ。某と同じ故郷からここに飛ばされてきておるらしい」

「異国の人たちがですか?」

「うむ。その数は十二人。某はそやつらを……」


 そう言葉を一度切ると、隣に置いてあった葉隠丸を膝の上に置いて撫でた。


「殺さなければならない」

「……それはナリア様に会ったことと関係があるのですか?」

「うむ。そやつからそうせよとの依頼を受けたのだ」

「凄いですねぇ……」

「ほんとにねぇ。神様からのお告げなんて聞いたことないからねぇ」


 二人のその反応に少し戸惑いを感じた。

 てっきり幻滅されるかも知れないと思っていたのに、この様な反応をされたのだから戸惑うのも無理はない。


 身近な者にこの様な話をすれば、その様なことはするなと言うだろうし、何かと阻止しようとしてきてもおかしくなかった。


 木幕は神のお告げだというだけで、人の生き死にを左右させるこの世を少し不気味に感じる結果となった。


「止めないのだな」

「神様のお告げは絶対ですからね! 木幕さん、頑張ってください!」

「う、うむ……」


 この世の人々は少々神とやらに固着しすぎているのではないだろうか。

 そう思いはするが、この流れでそれを口にする事だけは躊躇われた。


「話題を変えよう。某はこの先この世で生きていかなくてはならぬ。この世のことについて教えてはくれまいか」

「あ、そうですよね。では私がお教えします!」


 レミは楽しそうにしながら、この世界のことを木幕に教えてくれた。

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