1.4.この世界

 レミは楽しそうにしながら話をしてくれたが、それは木幕にとって全く理解できない内容ばかりであった。


 魔物、魔法、ギルド、冒険者……国王など聞いたこともない単語が出てくるのだ。


 魔物とは何だろうか。

 聞いてみれば魔力を所有している動物のことで、姿形が異様に醜いのだというが、生物であるには変わりないのだから動物と何が違うのかよく理解できない。


 魔法とは、体に宿る魔力を使用して火を起こしたり水を操ったりする妖術だという。

 奇術とも言うかも知れないが、おおよそ人の成せる技ではない。


 ギルド。

 それは冒険者が集まってできた一種の軍のようだ。

 魔物とやらを討伐、間引くために設立された民を守るための集団だという。


 ギルドは随分と国から重宝されているようで、どれだけ冒険者が居ても困らないらしい。

 路銀がなくて、すぐにでも稼ぎたい場合はギルドで依頼を受けてこなすのが良い様である。


 国王……これは城主と何ら変わりない。

 呼び方が違うだけだが、国王は民を想い、その土地を豊かにする政策をとり、民を守るが役目。

 民無くして城がないように、主無くしてその地は豊かにならず。


 会えるものなら一度会ってその器量を見極めたいものだと、少なからずそう思ったのだった。


「うぬ……知らぬ事だらけだな……」

「これからはこの世界に住むのですから、憶えておいた方が良いですよ」


 それは確かにそうなのだが、今までの常識が全く通用されないとは思ってもみなかったのだ。

 とんだところに飛ばしてくれたなと、あの女神を恨む。


 とはいえ、レミの言った通り、この世のことは憶えなければならないだろう。

 郷には入れば郷に従え。

 その諺をここまで痛感できる日が来るとは思わなかったと、改めて頭を抱える事になってしまった。


「となれば……この言葉遣いも妙なのか」

「分からないことは無いので大丈夫だと思います」

「なら良いか……」


 流石に言葉遣いはもう直らない。

 染み込んだものは早々抜け落ちるものではないのだ。


「しかしあれだな。まほう……であったか。あれが気になる」

「私もちょっとは使えますよ。ほら」


 レミはそう言うと、手のひらに小さな炎を灯した。

 何も使わずにしれっと炎を発生させたレミに木幕は非常に驚いた。


「なんと!?」

「はははは。生活魔法ですのであんまり危なくはないんです」

「陰陽師かなにかなのか……?」

「おんみょ……ん?」


 反応からして陰陽師はこの世にはいないようだ。


「ほれ、あんた達。そろそろ夕飯だよ」

「ええ!? もうそんな時間!?」


 気が付けばすでに日が沈んでいた。

 この世界のことを学ぼうと必死になっていたが、日が沈んでいた事に気がついて自分に呆れる。

 ここまで必死になったのはいつぶりだろうか。


 知らないことばかりだとこうも話が面白くなる物なのかと一人納得し、夕食の支度を待つのだった。


「何から何までかたじけない」

「好きでやってますから気にしないでください!」


 そう言いながら山菜の積まれたザルを持つレミを見て、木幕は少し懐かしさを覚えた。



 ◆



 夕食をとったあと、日課である素振りをするために外に出た。

 まだ家から光が漏れているところを見るに、夜はまだ深くないという事が分かる。


 それを確認した後、腰に携えている葉隠丸を静かに抜き、その刀身を月明かりに当てる。

 白く輝く綺麗な刀身である。

 中段の構えに剣を下ろし、まずは呼吸を整える。


「スゥッ……スーー……。スゥッ……スーー……。」


 素早く息を吸い、一度止めて吸った空気が体の中でぬるくなったのを感じたら、そのぬるさだけを抜くように丁寧に吐く。

 それを繰り返すと腹の底から冷たい何かが登ってくる。

 それを確認したと同時に、半歩下がって脇構えにして刀を切り上げる。


 ヒョウッ。


 風を斬る音を耳でしっかりと捉えながら、今度は切り上げた状態から切り下げに転じる。


 ヒュッ。


 次に中段の構えに戻して、正面に敵を作り出す。

 全てイメージだ。

 相手は屈強な戦士で、上段から力任せに斬り伏せてくる。

 それを軽くいなし、大きく踏み込んで首を斬る。


「……スー……むぅ。その様に目線を送られると気が散って敵わぬぞ。レミ殿」

「ふえ!? バレた!」


 何処から出てきたのか、レミは木の陰からずっとこちらを見ていたのだ。

 絶対にバレてないと思っていたレミは、酷く動揺しながら木の陰から出てくる。


「なんで分かったんですか?」

「気配。レミ殿の気配は濃い故にすぐに分かった」

「気配ってなんですか……」


 口で説明は出来ない。

 だがそこにいるのが分かるのだ。


「むー……」

「熱心だな。そんなに某の剣術が気になるか」

「はい!」

「前にも言うたが、女子に剣は似合わぬ。故に教えぬぞ」

「見てるだけでいいんで!」

「気が散ると言うておるのに……」


 木幕は大きくため息をつきながら、結局稽古を再開した。

 その時、何故か足下に見事な若葉が落ちていた事に疑問を持ったが、それは気にしないでおいた。



 ◆



 夜の涼しい風が優しく小麦を撫でる。

 その度に揺れゆく小麦たちは月明かりに照らされてよく見えており、明日の収穫を待っていた。


 あぜ道も綺麗に除草されていて、少しでも土の養分が麦達に行くようにされているようだ。


 そのあぜ道に数人の人影が見て取れた。

 人数はこの村の三分の一の人数だろうか。

 誰もが屈強そうな男共で、その手には村人には似合わない剣や槍が握られているようだ。

 女性もいるようだが、女性は弓を携えている。


「来たね」

「へい。頭」


 武器を手にした者達は、一人の老齢の女性はの前に集結していた。

 その老婆は毛皮の羽織を着ており、明らかにリーダーの風格を醸し出していた。


「本当に今日で良いんですか?」

「収穫前だからいいんじゃないか」

「でもなんか変な奴いますけど……」

「かまやしないよ! 私達山賊がこんなクソみたいな生活してたのは減った勢力を整えるためだよ! それにこの土地は良い。国が出来る! 食料も潤沢! あとは……他の村人をこちらに引き込むだけさ」


 この山賊達は数年前にこの村に来た。

 その理由は討伐軍によって半壊させられて逃げてきたためである。

 当時はこの村を略奪しようと考えていたが、考えが変わった頭がこの村を拠点にしようと言い出したがために、十七年をかけて勢力を伸ばし続けていたのだ。


 あまりにも長い潜伏期間だったが、それにより討伐軍からの目を完全に逃れ、こうして生き延びることができている。

 それに子供が産まれ、この子達に戦いを教え、他の山賊達にも声をかけて回っていた。

 ここに世界に名を轟かせるほどの山賊の国を作るために。


 この山賊達はここ村の住人だった者達だ。

 なので山賊ではない村人も勿論いる。

 今夜襲撃を仕掛け、仲間になるかどうかの確認を行う予定だ。


「勿論従わなかった奴は……首をはねな」

「了解」


 十七年ぶりの活動に、過去の血がざわめいているのを感じる。

 数日後には声をかけた山賊もこの地に集結する予定だ。


 抜かりはない。

 そう考えながら、不適に笑みを浮かべていたのはレミの祖母であるレナであった。

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