第一章 転移
1.1.行き倒れ
ふと目が覚めた。
寝た後の気だるさがまだ残っているが、寝ていた場所が木の根のためすぐに立ち上がって周囲を確認する。
ここには見覚えがない。
そう思いながら木幕は腰に携えている葉隠丸をしっかりと握りしめ、警戒を最大限にまで上げる。
完全なる未開の土地……。
まず初めにしなければ行けないことは身の安全の確保だ。
目をつぶって周囲の音を注意深く聞き分ける。
風は草木を撫でてサヤサヤと穏やかな音を奏で、時より聞こえる小動物の小さな声が、この自然の豊かさを教えてくれた。
この周囲に今危険な物はなさそうだと悟った善八は、葉隠丸に手を当てたまま構えを解く。
「……ぬぅ……本当に異界へと招かれたのであろうか……」
天女の言葉、そして天女の願い。
木幕は奴の言った言葉をほとんど理解できていないし、内容も把握していない。
分かっていることは、この世には十二人の侍がいて、それらを殺さなければならないと言うことだ。
全く迷惑な話ではあるとは思ったが、こうして大地に足を付けている以上、生きていかなくてはならない。
とにかくまず初めに、この世界の住人に会わなくてはいけないだろう。
そう思った木幕は、すぐに足を動かして適当な場所を進んでいくことにした。
山を降りれば村にでもたどり着くだろうという、軽い考えではあったが、日の本ではそれが普通である。
一体何から始めればいいのか分からない善八ではあったが、まずは生きながらえることを考えて山を降りることにしたのだった。
◆
日は天高く登り、暖かな日差しが地上にある全てに降り注いでいる。
それを糧に根強く生きている樹木や植物。
一般的に自然豊かな森、と呼ばれることがほとんどであろう場所に、少々開けた場所があった。
それは山の麓に作られている村だったようで、近くの平地には畑が耕されており、今まさに収穫を迎えんとする綺麗な小麦たちがサヤサヤとたなびいている。
その村はそれなりに大きな集落であるらしく、数多くの村人たちが協力し合って生活をしていた。
「今年も豊作だねぇ」
「そうだね! これなら今年もなんとかなりそう!」
「収穫の時はまた忙しくなる。レミ、その時はまた男どものお昼ご飯作るのを手伝っておくれよ?」
「もちろんだよおばあちゃん!」
その村人の一人、レミは村でもうら若い女性であり、村での催しでは必ずと言っていいほど参加している。
刈り取りの時期では、村総出で刈り取り作業にかかるのだ。
男性は朝早くに起きたらすぐに畑に行き、一日がかりで麦を収穫していき、女性は朝から食事を作って、昼に畑へと持って行く。
それから男性達に混じって昼から刈り取り作業を開始するのが、この村での男性と女性の役割である。
その日は一番忙しく、とても大変な一日ではあるが、それをやりきった後の達成感を知っている者は逆にそれが楽しみでもあるのだ。
今年は天候にも恵まれ、麦はほとんど倒れることなく収穫の時期を迎えてくれた。
これがこの村にとっての大切な食料になると共に、この村を支える収入源になる。
ここで収穫された麦は、様々なところに出荷され、それがパンなどになったりするのだ。
勿論この村でもパンを作る。
それが今年の大切な食料になるのだ。
それまでは本当に大変ではあるが、自分達で育てた麦で作られたパンは非常に美味しく感じる物である。
「いつ収穫なの?」
「んー……明後日くらいかねぇ。一昨日雨が降ったろう? ちょっと泥濘んでるからもう少し畑を乾かしたいのさ」
「わかった」
畑を見ていたレミの祖母は、家に帰ろうと重そうな腰を上げて歩いて行く。
それに続いてレミも歩こうとしたのだが、近くの森にふと目が行った。
いつもとは何か違う様子が気になってしまったのだ。
「? レミ、どうしたんだい?」
「いや、なんか……」
その違和感がなんなのか、注意深く森の中を見ていると、人影がのそりと現れた。
その人物は、やけにぱたぱたした緑色の服を着ており、マントなのか服なのかよく分からないような物を羽織っていた。
腰には見たことの無い武器が携えられており、男は森の何処かで拾ったであろう木の枝を手にして、とても辛そうに歩いていた。
「ぐぬ……」
レミの姿をしかと目に捉えた男は、そのままバタリと倒れてしまった。
「え!? おばあちゃん!」
「あれま!? 私は男どもを呼んでくるから、レミはその間面倒をみてやってくんな!」
「わ、わかった!」
祖母の指示を聞いてすぐにその男に駆け寄る。
一体何処から来たのかは分からないが、倒れている人物を見捨てるわけにはいかない。
「ちょ、大丈夫ですか!?」
「…………」
どうやら息はあるようだが、返事はしてくれない。
相当過酷な目に遭ったのかも知れないと思い、体を調べて怪我をしていないから確認したが、怪我らしい怪我は一切していなかった。
それにおかしなことに気が付いた。
この人物は森の中を進んできたはずだ。
なのに服の何処にも汚れがなかった。
あるとすれば、今倒れた時についた土程度である。
この辺りの山はそれなりに険しいので、その山のことを知らない人は歩くことですら困難な場所である。
なのにこのようにヒラヒラ下した服が綺麗なのはおかしいのだ。
その事に少し首を傾げたレミだったが、そこで男が小さい声で何かを言っていることに気が付き、すぐに耳を近づけてその言葉を聞く。
「……腹減った……」
「……ええ……行き倒れですか……」
ホッとした反面、呆れると思ったレミであった。
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