第1話「入学式」-2

 「原田孝明」

無機質な男性教師の声が、俺の名前を呼ぶ。

「はい」

名前を呼ばれた俺は、機械的に返事をすると、すっとその場に立ち上がる。

 盲学校とは言え、どこにでもあるような、ごく普通の入学式の後継である。

「光浦和希」

同じ教師の声が、こんどは別の生徒の名前を呼んだ。

「はーい」

俺の左隣に座る人が、大きな声で返事をすると、いすから立ち上がるのが分かった。

 さっき俺が肩を掴んでいたのは、たぶんこいつだろう。

 光浦和希(みつうらともき)、やはりそいつは男だった。

 返事をしたその声は、いよいよ変声期が始まろうとしているような、ちょっとかすれたアルト的な声だった。

(こいつが、俺の友達になるのかー)

まだこいつと1度も話したことがないにも関わらず、俺の心は、なぜかざわついていた。

 何となく嫌な予感がする。

「姫野麗菜」

俺と光浦和希を呼んだのと同じ教師の声が、こんどは女子生徒の名前を口にした。

「…はい」

ややあってから、少し間の抜けたような返事が返ってきた。

 そういえば、さっき「姫ちゃん」と呼ばれていた人がいたのを思い出した。

 たぶんこの女子生徒のことだろう。

 姫野麗菜(ひめのれいな)。

 もしも今の俺に、視力があったとしたら、きっと、

(姫野麗菜って、どんな顔してんだろう。美人なんだろうか。髪は長いのだろうか。ショートなのだろうか。胸は大きいのだろうか。それとも…)

などと、いろいろ考えてしまい、つい彼女の方をチラ見していたかもしれない。

 でもちょっと待てよ?それって相手からしたら、ものすごーく失礼なことだよなあ。

 いやあ、危ないところだった。

 視力があるままでは、入学式早々、クラスの女子によけいな格付けチェックを行ってしまうところだった。

 視力が無いのも、気楽で良いもんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る