ハッピー・エンド

「ところでだが、少女よ、名前はなんと言うのだ?」


 弥助は少女に尋ねた。先ほどから大正琴に熱中していた少女は手を止めて、そして首を傾げた。


「なまえ……?わからない……」


 単純な記憶喪失であろうかそれとも本当に名前がないのか。

 失礼を承知でもう一つ質問を投げかけてみる。


「じゃあ、お父さんやお母さんのことは知っているか?」


「おとうさんとかおかあさんってなんのこと?」


 言葉は通じるのに少女は自分のことは何も知らないのか……、それとも本当に「名前」や「家族」というものを知らないのだとすれば……。


「これは参ったな……、真人たちは母親を見つけることはできるのか?」


 弥助の心の片隅に心配の気持ちが沸き上がる。でも、それを伝えることはできない。

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「凄いですね、先ほどのカジノとは違って静かというか上品というか……」


 明里はさっきのカジノスペースとは全く違うVIPルームの廊下を眺めながら感嘆した。


「確かさっきのディーラーは会長がいると言っていたよな。……おそらくこのコインを見せれば少女の母親の所在を教えてくれると思うが……」


 廊下をまっすぐ進んでいくと「優待ルーム」と書かれた札があり、その隣にはいかにも重そうな気の扉があった。

 真人はノックをするとその優待ルームへと入っていく。

 既に中には先客がいたようだが、その人物はひどく疲弊した白衣の女性だった。


「おっと、ここに来るのは初めてのようだがカジノのVIPだろう?」


 恰幅のいい白髪の男性が向かいに座っていて、こちらがこの施設の会長であるということは容易に想像がついた。


「逆にここにはカジノのVIP以外も来るのか?例えば……裏組織の人間とかか?」


 その瞬間、恰幅のいい男性も白衣の女性も真人の方を向く。

 真人はすでに白衣の女性が少女の母親であることは分かっていたが今はまだそれを言う時ではない。


「なるほど、確かにとは言ったがここまでのモンが来るとは惜しいな……」


 会長である男性は語尾を徐々に小さくしていき、そして探るようにスーツの中に手を入れていく。

 惜しい、か。まるでなめている、権力だか何だかは知らないが俺は仲間になる気も切り捨てられる気もさらさらない。


「なんだかジョークを真に受けていらっしゃるようだが、言っちゃぁマズかったかい?」


 おそらくこんな揺らしはあまり効果はないだろうが一瞬会長の手が止まる。

 怪しいからとりあえず銃を構えようとでもしたのだろうか。


「まあ、裏組織の人間ならこんな場所で銃なんて撃たない。常識だろうな」


 スッと真人が忍び寄ると会長は音もなく崩れ落ちていく。

 首のあたりに衝撃を与え、一時的に気絶をさせたのだ。


「さて、そろそろ真実を教えてもらおうか」


 そう言って真人はコインを投げる。材質不明のプロジェクターのコインだ。


「関係のないあの子を助けてやってくれ、か……。いくら親切な人だってあの少女を助けることはできないだろうな」


「どうしてですか?裏組織なんかにいる母親よりもあの子を拾った心優しい人の方があの子のためになると思って……!」


 その声は正真正銘の彼女の本心だろう。だからこそ、真人は許せない。


「ためになるとか言って、そんなに娘のことを心配するなら足を洗えばいいだろうに。


「マコトさん!?それってどういう?」


 明里は真人に対して質問を飛ばす。


「研究の成果なんだ、あの子は。でも、あの子には伝えられるはずがない!だって……、あの子はクローンなんだから」


 白衣の女性はつぅと頬に涙を流しながら言う。

 とめどなく涙は流れてくるのに流暢に言葉は聞こえた。


「私の細胞の一部から生まれたクローンのあの子は本当に幼いころの私そのものだった。深い思い入れが出来てしまって、でも、母子おやこではないから。残酷な事実に気が付いたのはあの子を造ってからだった……」


 彼女にとっては自分の研究の成果を見せるための物に過ぎないはずだった。

 なのに、いつの間にか自分を重ねてしまい、そのクローンである少女が可哀そうだと思ってしまったのだ。

 しかし、どんな関係とも違ういびつさに彼女は少女を自分のもとから離れて暮らした方が良いと思ってしまったのだろう。


「だが、たとえ少女がクローンだったとしても、隠し通すことなんてできないことは貴女自身が一番わかっていたのだろう?」


「正直に打ち明けたら、あの子は私を嫌うでしょうか……?」


「ああ、間違いなく嫌われるだろうな。でも、正直に話さなければもっとひどいことになっているだろうって事だけは分かる」


 彼女は覚悟を決めたように頷いた。


「少女はすぐそばまで来ている。さっさと打ち明けた方が良い」


 その言い方はまるで合理性しか考えていないようにも聞こえる。

 でも、本当は真人が一番人の心を考えているのだ。だって彼の信念は祖父から教わった「一人でも幸せな人を増やすこと」だから。



 それから数日後。少女は、今は有希と名前がついて今も探偵事務所にいた。

 母親からの突然の告白に驚いたが、母親を受け入れることにしたのだ。

 母親の予想よりも遥かに成長していた有希を見て、彼女はやはり探偵事務所で預かってもらうことを決意した。

 カジノ会長は逮捕され、母親は裏社会から手をひいた。

 今は昼間に生活費をあくせくと働いて稼いでいるらしい。


「私一人ではどうしようもなかった、でも事務所の皆さんに頼らせていただいても良いのなら……」


 あの日の最後、母親は泣きながら言った。

 それに対して真人はこう返す。


「探偵は、悪を見つけるためにあるわけじゃない。善を探すためにあるのだから」



_____それは、どんな闇の中でも輝いている……


「釣りをしたら少女が釣れたので」 完

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釣りをしたら少女が釣れたので。 夏樹 @natuki_72

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