カジノの裏
カジノスペースに入ったとたんに感じたのは、品の良いアルコールの匂いやマシンや人々がはなつ音、手前側の照明はうるさいほどに光っていた。
どうやら照明の明るさは奥に入れば落ち着きそうである。
「そこのお兄さんお姉さん、ここは初めてですか?」
声をかけてきたのは、カウンターにいるしっかりとアイロンのかかったスーツの男性。
すらっと長身で黒髪の、いかにも日本人の受付である。
「ここのカジノでは千円十コインから始めることができますが、どういたしましょうか?」
受付の男性が丁寧な口調で聞いてくるので真人は十万円を取り出してその男性の前に置いた。
「彼女と私でそれぞれ五万円、合計して十万円で大丈夫か?」
「かしこまりました。健闘を祈ります」
カウンターの男性はそれぞれコインを渡すと微笑んで言った。
まあ口止め料といったところだろう、これからやることはこの裏に入り込むことなのだから。
「マコトさん、今からどうするの?このまま普通にギャンブルするわけじゃないでしょう?」
「いいや、とりあえずここで勝たなければ話にならない。今から二時間以内にVIPルームまで行く」
真人はポーカーの台まで行くとコインを一枚置く。
「プレイさせてもらってもよろしいか?」
「勿論デストモ。イクラ懸ケマスカ?」
ディーラーは金髪の白人男性のようで片言の日本語で真人に問いかける。
「手始めに一万円からだ」
「オーケー、ソレデハ始メマショウカ」
ディーラーの白人男性はそう言いながらカードを配っていく。
真人のカードはジャックのスリーカード。二倍のベットを懸け、勝負に出た。
ディーラーが持っていた役はキングのワンペア。真人の勝ちだ。
「ヤッパリ一番最初ハ、花ヲ持タセテアゲナイト。デモ運ガ良イデスネー!」
真人の手元には十万円分のコインが返ってくる。
「デモ次ハ、ソウ簡単ニハイキマセンヨ」
「今のがビギナーズラックだとでも?」
「ドウナンデショウカネー?オット!?」
ディーラーはわざとらしく驚きの声をあげる。真人はその顔を少しだけ見ると再び勝負に出る。
しかし今度は真人の負け、ディーラーはどうやら本当に良い役を持っていたらしい。
「言ッタ通リデショウ?簡単ニハイカナイッテ」
それからの一進一退の攻防はまさに駆け引きと駆け引きのぶつかり合いだった。
明里はハラハラしてとても見ていられなかったが、真人には一言「そこにいろ」とだけ言われて信じて見つめていた。
「ドウシマスカ?イクラ懸ケマスカ?」
「十万円だ」
「デモ、アナタハ十五万円シカ残リを持ッテイナイカラ、コレダトベットハ出来ナイネ」
これで勝負をつける気なのだろうか。
残り五万円あればベットができるが……?
「明里、それを出せ」
真人は明里が持っている五万円分のコインを指さした。
「でも負けたら私たち一文無しですよ?」
「勝てるから言ってるんだ、最初っからこの時を狙ってたんだよ」
「狙ってた?どういうことですか?」
「ドウヤラ彼女サンハアナタノコトヲアマリ信ジテイナイヨウデスヨ…?」
「それは貴方が決めることではない。それに、いい加減変な片言はやめたらどうだ?」
「ナっ!?」
ディーラーは今度は本当に驚いたように言った。
真人はさらに畳みかけるようにディーラーに話を詰めていく。
「今までの勝負は全部貴方の癖を見抜くため。しぐさも、話し方も、役が出た時の顔も」
「なら、今私が出した役もわかるでしょう?」
「ストレートフラッシュ。だから余裕なんだろう?」
「じゃあなぜ勝負に出るのです?これより強い役なんて……!」
「カードをめくる必要だってない。そのカードの束の中の配列も見抜けた、ということだからな」
つまり、真人の手札は白人のディーラーのストレートフラッシュよりも上のストレートフラッシュかもしくはその上……!?
明里はその目を見て、その話しぶりを聞いて、そして決めた。
「私は、……マコトさんに懸けます!!」
五万円分のコインを渡し、真人に握らせる。
そして小声で「私の分も勝って……!」と呟いた。
「これでベット分は揃った。だからこちらから言わせてもらう。この状況で、勝負に出るか?」
さらりとした、でも圧倒的な勝負勘。
勝負をしていない明里にすらまじまじとわかるほどである。
「……、降りましょう。これよりも上の役はあまり出されてほしくはない」
ディーラーはその勝負を降りた。
真人の予想通り、ストレートフラッシュだったのだ。
「マコトさん、それで貴方の手札は?」
明里が聞くと真人はあっさりとそのカードを返した。
ノーペア……。そう、最初からディーラーを降ろすことしか考えていなかったのだ。
「相手の手札さえ解れば基本的にかますだけだよ」
ディーラーはもはや苦笑いしかしていなかった。
「あなたのような強精神を持った人もなかなかいませんよ……。VIPルームに行ったら面白がられそうですね」
懸けの勝利の金額分のコインとともにそれらとは違う材質のコインを滑り込ませられる。
「このコインがVIPルームに入るためのキーです。会長はあなたのような人間を待ち望んでいましたから」
ディーラーから渡されたコインは純銀製である。
そのお返しに、真人は一万円札をディーラーのスーツのポケットに忍び込ませると、VIPルームへと向かっていくのだった。
_____少女の母親に会いに行くため……。
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次回、最終話「ハッピー・エンド」
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