コインとギャンブル

 ここからそのIR施設までは車で一時間ほどかかる場所だった。


「おそらくだが、あまり時間はないだろう。コインでの映像を見たかぎりかなりの緊急事態だったようだしな」


 真人は手袋をはめて車のキーを持つ。

 今から移動すれば丁度夕暮れ前までには着くだろう。


「でも、あの人母親に会えるかどうかなんてわからないわよ?」


「いいや、必ずそこに母親はいるだろうな。そのうち理由はわかるさ」


 明里は怪訝そうな顔をしたが仕方なく出かける準備を始めた。

 弥助はソファに座り、一連の流れを把握した後聞く。


「俺はどうすればいいか?ここにいた方が良いか?」


「はぁ……、依り代から50mしか移動できないってなかなか不便だよな。トランクに積み込んでやれば大丈夫か?」


 弥助は頷くとふぅっと消えていった。おそらく依り代に戻ったのだろう。

 真人は大正琴を抱えるが少女はそれを物珍しげに見ている。


「お兄さん……、それなに?」


「大正琴っていう楽器だよ。音楽を奏でるための」


「たいしょごと?面白いの?」


「俺には使えないから何とも言えないが……、車の中で弾きたいのなら貸すぞ?」


「ありがとう!お兄さん」


 少女は大切そうに大正琴を抱えて持つと、ゆっくりと車まで進んでいく。

 それを見守っていた真人は突然後ろから明里に声を掛けられた。


「これからやることはあの子のためになるのでしょうか……?」


「このまま放置しておいていつ彼女の存在がばれてしまうか分からないんだ、早いうちに何とかしておくべきだと思うな」


 真人はコインを手渡して、さらにこう続ける。


「あのカジノでこのコインはいくら分になるんだろうな」


 明里はその言葉が真人からの「命令」だということを察したのだった。



 車の中ではスマートホンで情報を調べる音と大正琴の旋律が混じり、その音はエンジンの音に及ばず小さな音のBGMになった。


「この子、上手に弾くな。まるで俺が生きている時の事を思い出す」


 その大正琴はどうやら弥助の愛していた人の物だったという。世界大戦の英霊として今はここにいるらしいが靖国ではなく大正琴に帰ってきたらしい。


「そろそろ着くぞ、T-Yカジノセンター。弥助とその子は車の中で待っててくれ」


 その建物は軽く4,50階建てであることは容易に想像がつく。おそらく各階層ごとにテーマパーク、娯楽施設、レストラン、ホテル、カジノなどがあるのだろうが、それぞれまだ夕暮れだというのに煌々と電気をつけ、いかにも高級そうである。


「よし、行くぞ」


 真人はコートをしっかり羽織ると、その煌々とした世界の中へ入っていったのだった。

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