第229話 『その日、歪みを見つけた』

「言ったでしょ、シラユキの方が強いよー」

「ふふ、そうみたいね」


 顔に抱き着いてスリスリしてくるスピカを撫でていると、アリシアが腕に絡みつくように抱き着いてくる。


「お嬢様がたとえどんな存在になろうと、私はお傍にいますから」

「うん、ありがと」

「シラユキ、さっきはごめん」

「いいよいいよー」

「それにしても女神ねぇ。ま、MNDやCHRがこんな事になってるのなら、納得出来るわ」

「えへへ。それじゃ、あの子達を迎えに行きましょ」


 私達は、『精霊の森』入り口へと向かった。


 そしてしばらく歩いていると、例の場所へと差し掛かったのだが、突然ミーシャが足を止めた。


「まさかとは思ったけど、こっちにもあるなんて……」

「ほえ?」


 ミーシャが見ている場所は、例の、最期の場所付近だった。けど、何か特別なものなんて、どこにもない。

 お茶会を開いてた時に設置したテーブルも椅子も、ハリボテの玉座の間も、最後に座っていた女王の椅子も。何1つとない、手付かずの草原が広がっていた。


 けど、何かしら?

 妙な違和感を感じるわ。ミーシャの視点の先を睨むように見る。


 すると、違和感の正体がそこにはあった。

 黒い……ひび割れ? 妙なものが、空中に……浮かんでいる?


「……?」


 時々、電流が走るかのように黒い歪みから、黒い靄が迸る。

 よくわからないけど、不気味だと感じた。


「なに、あれ」

「お嬢様?」

「アリシア、あそこにある黒いのは見えない?」

「……? はい、何も見えません……」


 スピカも不思議そうな顔で目線がキョロキョロしている。

 女神? とやらになった私だけならともかく、ミーシャが見えていて、彼女達には見えない。その条件を満たすもの、そしてミーシャが呟いた意味を考える。

 そして、黒いひび割れが浮かぶ位置を。


「……ミーシャは、あの黒い物に触れてへ来たの?」

「ええ、そうよ。だからあれに触れれば、向こうに帰れるんじゃないかしら。ねえ、シラユキ」

「帰らない」


 私はきっぱりと答えた。

 考えるまでもない。


「私は確かに、あっちに色々と未練は置いて来たわ。けど、私がいるべき世界はここなの。この世界は私じゃないと救えないし、大切な家族もいる。それに、やりたい事も沢山あるの。これは、あっちじゃ絶対にかなわない夢よ。だから、もしあれに触れる事で帰れるとしても、私は絶対に帰らない」

「シラユキ……」

「ミーシャが戻りたいなら、寂しいけど止めないわ」

「……どうあっても、戻る気はないのね」

「ええ。説得は無駄だから、諦めて」

「……わかった。ちょっと考えさせて」


 ミーシャがここに来た以上、何か原因があると思ってたけど、まさかこんなイレギュラーな存在があったなんてね。こんなものがここにあるという事は、にもまだあるのかしら?

 危険な存在だし、見えないとしても触れられないとは限らない。うっかりこっちの精霊ちゃんが迷い込んじゃったら大変ね。


 完全破壊……は、ミーシャが決断してからするにしても、うっかり巻き込まれたりしないように、物理的に封印をするべきね。でも、今の私じゃ手段が足りて無さすぎる。エルフの王国じゃ設備も足りてないし、早めに王国に帰還して、準備してから再封印しちゃおう。

 『巫女』としてのレベルを上げてるココナちゃんにも、手伝ってもらおうかな。


 とりあえず……うん、今は応急処置として、こうしておこう。


「『結合魔法デュアルマジック』『永久凍土コキュートス』」


 帝国兵を氷漬けにした、氷塊魔法だ。

 しかし、ひび割れの近辺だけは上手く魔法が作動せず、中身が空洞になってしまったが。これだとすこし、耐久性に難がある。けど、未だにあの時の戦場跡地では、氷は残ったままみたいだし、しばらくは保つでしょ。


「先、戻ってるね」

「……ええ」


 ひび割れを見つめるミーシャは、何を考えてるのか読めなかった。

 けど、私の考えは変わらない。彼女達と一緒に生きたい。そして何よりも、小雪をあっちには連れて行けないもの。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 『精霊の森』入口へと到着すると、そこには沢山の精霊達と、シルヴァちゃんの姿がそこにはあった。


「盟友殿!」

「あ、シルヴァちゃん。来てたのねー」

「妾の契約しておる精霊が急かすものじゃから、急いで来てみたのじゃ。他の精霊達も入れておるようじゃし、一体何が……」


 シルヴァちゃんの視線が、私の頭上に固定される。


「!!?」


 彼女は慌てて跪いた。

 そして、精霊達もそれに倣った。


 ……うん、まあ。王様だもんね。存在感や気配で察しちゃうか。

 エルフ達にとって精霊は神にも等しい存在。そしてエルフの女王は、彼らの文化で言えば精霊と対等な存在なのだが、それは普通の精霊であればの話だ。精霊王レベルとなると、女王様にとっても、とんでもない格上の存在となるのだろう。


 それでも、スピカはうちの子だ。

 そこまで畏まる必要を私は感じない。


「恐れながら、あなた様は大精霊様になられたのですか?」

「精霊王だよー」

「せ、精霊王様……!」

「はいはい、シルヴァちゃん、その辺で。スピカがどうなったとしても、うちの子であることに変わりはないわ。ほら、立って立って」

「し、しかしじゃな」

「気にしないで良いよー」

「ほら、スピカもこう言ってるから」


 そう伝えてもなお遠慮する彼女を、無理やり手を引っ張って立ち上がらせる。女王のシルヴァちゃんですらこの調子なら、このまま外に出た場合、一般のエルフ達はどうなるのかしら?

 うーん……。今なら、私が『白の乙女』を着てもスピカに視線が行く気がして来たわね。


 そういえば『精霊の清水』が手に入ったんだし、次のランクへとバージョンアップ出来ちゃうのよね。せっかくだし、やっておこうかな。

 でも、その前に。


「シルヴァちゃん。今からあなたの契約精霊に、『精霊の森』の管理権限をスピカから委譲するわ。その為に上位精霊にランクアップする必要があるの。準備は良い?」

「いいー?」

「ソラスを上位精霊に……。そのお話は大変ありがたいのじゃが、管理権限まで……。やはり、ここの管理は精霊王様が一番相応しいと思うのじゃ」

「スピカは私と一緒に動くんだから、それは無理なの。あと、これ決定事項だから」

「決定だよー」

「……分かったのじゃ。ソラス、前へ」

『~~~』


 シルヴァちゃんの契約精霊、ソラスちゃんがふわふわと前に出てきた。本来なら、精霊王の像の前でないと進化は出来ないんだけど、スピカ自身が精霊王だもの。彼女の許可さえあれば、簡単に進化が可能だ。


 スピカが指を振るうと、ソラスちゃんの身体が光に包まれる。光が明けると、ソラスちゃんは少し大きくなっていた。

 手乗りサイズの小さな妖精さんから、手足がスラリと伸びた大人のサイズに。うんうん、これが普通の上位精霊だよね。それにしても、手脚だけじゃなく体つきも大人っぽくなって……。相変わらず、上位精霊は色気があるなぁ。


『上位精霊もカワイイわね!』

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