第221話 『その日、神獣と契約した』

 祭壇前の魔法陣を前に、初見の子たちは緊張していた。

 私の持つ『輝く雫』に反応して、魔法陣からは得体の知れない力が滲み出ていたからだ。


 ゲームでは『重苦しくも神々しい気配が感じられる』なんてフレーバーテキストが出ていたけど、私やミーシャからしてみれば大したことは無かった。

 だって相手は神獣とはいえ、このアイテムで呼び出される力は神獣の本気とはほど遠い。あくまでも召喚の契約をするだけの分身体なのだ。真の、世界の守り手たる本気の神獣とは戦うつもりはないわ。


 まあそれでも、得体の知れない相手というのは怖いものよね。彼らが怯むのも仕方ないわ。


「それじゃ、今から神獣と戦うわけだけど、聞いておきたいこととかあるかしら」


 一応ここに来るまでに、ミーシャと、おまけで私の契約の為に召喚獣に挑みにきたことは伝えてある。理由の説明もなく呼びかけたら参加してくれたけど、きちんと説明するのが筋だと思ったからだ。

 多少手遅れというか、説明が遅すぎる気がしないでもないけど。


「お嬢様、1つ確認したいことがあります。世界樹の中に神獣様がいらっしゃる事は最早疑っておりませんが、火山の麓に入口があるという点に、些か……」

「アリシアが気になってるのは、神獣が司っている属性ね?」

「はい」

「貴女の想像通り、ここに眠っているのは炎の神獣よ。もしも私達の救援が間に合わず、世界樹が魔人の手によって危険にさらされていれば、怒り狂った神獣によりエルフの国の半分は灼熱の劫火に沈んでいたことでしょうね」

「そんな……」


 燃え尽きた森の復興は、とてつもない時間と労力をかける必要がある。いくら私のステータスが最強で、あらゆる錬金術の知識を身につけていようと、すぐには戻す事はできない。

 そもそも、本来の侵攻時期はもっと先のはずだった。史実通りなら別の神獣が戦争中に顕現し、帝国を蹴散らしていたはずだった。


 私の知る未来以上に悲惨な事になるかも知れなかったのだ。間に合って、本当によかったわ。


「世界樹には神が眠ると言う逸話はありましたが、それは精霊様の事だとばかり思っていました。まさか神獣様が眠っていらっしゃったとは……。それも、森にとって被害の大きい炎の……」

「うん、でも世界樹を担当している神獣は他にもいるわ。ただ、季節ごとのルーティンってだけで、常に炎の神獣が眠っているわけじゃないの」

「そうなのですね。他にどのようなお方が?」

「今の情勢的には春と秋が不明だけど、冬は確定しているわ。属性系統外の月の神獣『フェンリル』がいるはずよ」

「シラユキ。まだ森から神聖力が失われていないはずだから、春は月の神獣『ルナセフ』秋は豊穣の神獣『フレイア』が居るはずだわ」

「ほんと? フレイアちゃんはここ近隣では珍しいし、なるべく再訪したいわね」

「そうね、能力も便利だし優先したいわね」

「あとカワイイし」

「あんたの目的はほぼそれでしょうに」

「えへ」


 私とミーシャが脱線話で盛り上がっているうちに、他の皆は覚悟を決めたようだった。

 改めて『炎ダメージ軽減』系のバフを、職業ごとの専用魔法を用いて複数重ねがけをし、魔法陣に『輝く雫』を垂らす。

 すると魔法陣が赤く輝き、私達の体を包み込んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



『我はこの地を守りし者。何が目的で我が眠りを妨げた』


 コロシアムの闘技場を模したフィールドの中央に転移した束の間、ソレは現れた。

 一見すれば、山羊の頭を持った悪魔バフォメットのようではあるが、その体毛は燃え盛る炎のようであり、灼熱の炎を衣服のように身に纏っていた。


**********

名前:[灰燼]イフリート

レベル:50

説明:世界を守る神獣であり、炎属性を担当する一柱。凶暴な見た目と裏腹に紳士的。

**********


 彼は二足歩行で地に降り立つと、腕を組んでこちらを見下ろしている。その体躯は約3メートル。巨人と言われれば納得する大きさだった。


「私と彼女の2人が、貴方と契約を結びにきたわ。他の子達は付き添いよ」

『……成程、正式な手段での契約希望者は久方ぶりだ。それに、契約を勝ち取る方法も理解があるようで何よりだ』


 イフリートはこちらの炎に対する複数のバフを読み取って笑って見せた。昂ってるところ悪いけど、長引けば怪我人が出るかもしれないし、ちゃっちゃと勝たさせてもらうわ。


「総員、戦闘態勢!」

『まずは受けてみよ、我が灼熱の息吹を!』


 イフリートがスキルの行使を宣言した。

 手足を地面に突き立て口を大きく開き、燃え滾る灼熱のブレスを放つ。


「我が身は仲間の為に。『エレメンタルガード』!!」

「「「「『影潜り』」」」」


 ミカちゃんが前面に立ち、神聖の力を得て巨大化した盾を構えた。イフリートが放ったファイアーブレスは、ミカちゃんの盾にぶつかり、散らされる。ブレスは長続きすることはなく、ほんの数秒耐えると吐き終えた様子だった。

 ちょっとミカちゃんが焦げ臭いけど、見た目ほどダメージはないみたい。おかげで私達には一切ダメージが来なかったわ。


 『忍者/くノ一』組の4人は、煌々と空間を照らすイフリートの影に潜み、技後の隙だらけとなったところに強襲を仕掛けた。


「「「「『ハイドスラッシュ』!」」」」

『ぐっ!?』


 影の持ち主の身体なら好きに移動できる特性を生かし、死角から襲い掛かる4本の刃を前に、イフリートはなすすべもない様子。


「「「「『影潜り』」」」」

『オオオオオッ!!』


 イフリートは慌てて炎の鎧を解き放ち、自身を中心に吹き飛ばそうとするも、『忍者』部隊はすぐさま影へと潜り、ダメージを受けなかったようだ。


 『影潜り』は一見無敵のように見えるけど、影の発生原因を取り除けば解除されるし、一度実体化しなければ他の影へと移動出来ない制約のため、身動きできないところに魔法で直接攻撃を受けるとダメージを受けてしまう。でもこの戦いにおいて、イフリートは常に輝き、炎を発生させている。

 奴が炎を消さない限りは影が消える事はないし、脳筋寄りのこいつは魔法攻撃をあまり行わない。まさに天敵のような相性だ。


「『忍者』4人の強襲部隊か。このままでも勝てそうな気がするわね」

「かもね。でも怪我させたくないから」

「分かってるって。……すぅー、ふぅぅ……。『オーバーフロー』『顕現:世界の理』『顕現:微睡の君主』」


 スキル行使と同時に、ミーシャと神獣は光り輝く。

 あの夜に戦った時と同じスキルだが、今の彼女は意志のない人形じゃない。『召喚士』は神獣と心を通わせて力を発揮させる職業だ。その威力は、操られている時とは威力が全く異なる。……はず。


「皆、下がってー!」


 私の指示に従い、『忍者』部隊が影から退避したところでミーシャが必殺技を放った。


「カーくん『流星群』。にゃんコロ『カーニバルブラッド』」


 イフリートの頭上からは小さいけれど数多の隕石が降り注ぎ、足元からは真っ赤な手や棘が無数に生え、掴んだり引っ掻いたり突き刺したりとエグい事をしている。

 先日受けた『落日の極星』と『終焉の宴』はレベル90相当のスキル値で習得する技だけど、こっちはレベル75相当の技。威力も効果も落ちるけど、それはソロではなく仲間がいるための配慮だと思う。

 今のミカちゃんでは、余波にすら耐えられない可能性があるからね。


『グオオオオ!』


 隕石の着弾により土煙が舞ったが、しばらくしてナンバーズ3人のレベルアップ通知が流れてきた。どうやら終わったらしい。

 まあ本来、この神獣契約戦は『召喚士』のレベル20から50くらいを対象とした6人パーティ用の難易度だ。『忍者』組や『聖騎士』は職業ランクとレベルが適正ではあるから良い勝負だったけど、上位者が手を出せば呆気ないものね。


 土煙を晴らせば、満足そうなイフリートが仁王立ちしていた。

 多分、に選ばれた事が嬉しいのかもしれないけど。


 神獣は初期の2体を除けば、他全てが戦って打ち勝つ方法でしか、契約する手段がない。そしてカーバンクルとケットシーは、維持するコストが安い分支援には長けているが攻撃能力は高くない。その為、最初の神獣戦が非常に難しいとされている。

 1体目さえ乗り越えれば、戦うごとに格の高い神獣を繰り出せるから、楽になるんだけど。最上位の神獣戦は、6人の『召喚士』によって展開される怪獣大決戦は見ものだったわ。


『合格である。汝に、我と契約する権利を与えよう』


 ミーシャの足元に入り口にあったのと同じ魔法陣が展開し、赤い光が彼女に吸収されていく。今恐らくミーシャにだけ、神獣獲得のメッセージが流れている事だろう。


「……」


 ん?

 しばらく待っても、私の足元には現れなかった。もしかしてグランドマスターは条件を満たせないのかしら?


「イフリート、私は?」

『汝は戦ってすらおらぬではないか』

「むっ」

「シラユキ、間抜けねー」

「ぶー」


 そういえば戦いに参加しないと報酬は貰えないシステムだったわね。今回の戦いにおいても、見てるだけで一切手出しをしていなかったわ。

 『夜桜』に手を掛け、全力で圧を放つ。


「なら、今度はタイマンで、もう一戦しましょうか?」

『良かろう。贄の用意はあるか』

「ほら」


 予備に貰っておいた『輝く雫』を投げ渡すと、軽く吸い込むような動作で飲み込んだ。器用な真似をするわね。


「皆、下がってて」


 私の言葉に全員が観客席らしきところに撤退する。

 その誰もが、私の勝利を疑っていない顔だ。


『では行くぞ、挑戦者よ。まずは我が灼熱の』


 イフリートが何か言ってるけど、悠長に構ってあげるつもりはさらさら無かった。

 奴が攻撃態勢に入る時には、私はもう奴の足元にまで潜り込んでいた。


「『断界流、伍之太刀・壊天』!!」


 『断界流』における伍之太刀は壱之太刀の強化版であり、急激なレベルアップの影響によりスキルの最大値は200にまで上昇していた。それにより使用することが可能となった技の1つだ。

 スキル200はレベル換算で言えば、低位職なら最大値であり、上位職でもレベル60くらいはある。


 そんな大技を食らったイフリートは、言葉を発することなく真っ二つに切られ、塵と消えた。

 本来は6割ほど体力を減らせば勝利するイベントだけど、オーバーキルしちゃったわね。


 残心をし、刀を納めるとミーシャ達が駆け付けてきた。


「レベル20で伍之太刀とか、ほんと可笑しいわね」

「一応陸之太刀まで使えるわよ」

「うへぇ」


 ミーシャがお手上げの様な顔をする。


「お嬢様、倒してしまったようですが大丈夫ですか?」

「あれは本体から生まれた分身だから倒してしまっても問題ないわ」

「それは良かったです」

『そう気軽に壊されては困るのだがな』


 そう言って、イフリートは手乗りサイズの姿で現れた。


の魔力を使うのだったかしら」

『左様。我と契約した術者から得られる微細な魔力を集め形にしたものなのだ。契約者の絶対数で、集まる魔力もまた代わる。今世において、我との契約者は数えるほどしかおらぬのだ』

「あら、それは大変ね。でも、私とミーシャの2人が契約すれば、そんな問題はすぐに解決するわ」

『……その無尽蔵の魔力、ただの『召喚士』では無いな。であれば……『グランドマスター』か』

「!?」


 『グランドマスター』を知ってる!?


『汝には『真契約』が相応しいだろう。受けるが良い』


 足元に、ミーシャの時に見た魔法陣が、三段重ねになって展開される。『真契約』って何!? いや、それよりも大事なことがあるわ。


「『グランドマスター』を知ってるなら教えて」

『知りたくば、まずは元素の神獣を全て集めよ』


 それだけ言い残し、奴の姿が消えていく。いや、私達が強制退場させられてる!?


「ちょ、せめてヒントくらい!」

『さらばだ、新たな……』


『イフリートの召喚・真を獲得しました』



◇◇◇◇◇◇◇◇



 伸ばした手は空を切り、眩い光に目が眩む。

 目を開ければそこは、世界樹の根元だった。……どうやら本当に、無理矢理排出させられたようね。


「お嬢様、ご無事ですか?」

「ん。へーき」

「まさか神獣が『グランドマスター』を言い当てるなんてね」

「原初から世界を見守ってるってフレーズは、伊達じゃ無いってことね」

「お嬢様、初めての情報源です。もう一度行って問い詰めましょう!」


 んもう、アリシアったら。少し前まで神獣相手の接し方に戸惑って、敬ったり遠慮したりしていたくせに、私の事となると扱いが逆転するわね。


「いえ、アリシア様。かの者と契約を結んだのですから、呼び出せば良いのではないですか?」

「そうでしたね。ではお嬢様、早速!」

「はいはい、2人とも落ち着きなさい。神獣がああ言った以上、これ以上情報を出すつもりは無いと思うわ」


 彼らって、何千年も生きてきた化石のような存在だし、やたらと遠回しな言い方をした挙句、それ以上情報の開示は一切しないのよね。情報の小出しっぷりにはゲームでも苦労させられたわ。現実になった今でも、そこは変わってないでしょうし。

 ミーシャもそれが分かってるから、頷いてくれた。


「ま、この職業にどんな秘密が隠されていようと、別に急いではいないしね。気楽に行きましょ。ただ、近隣の神獣にはする必要が出てきたけれど」

「その際は、お供致します」

「レディーが望むなら何処へでも」

「私も連れて行ってくれるわよね」

「当然。皆で行きましょ!」


 そうして王城に戻ると、アリシアは例のダンジョンに関して女王様に報告したがっていたので、快諾した。すると、アリシアったらこっそりカメラの魔道具を使っていたようで、出現した魔物やイフリートの姿を逐一写真に収めていたみたい。

 女王様や軍部の上官達は、カメラの魔道具にも驚いていたけど、神聖視していたダンジョン内部がどれほどの危険性を持っているか理解したらしく、一斉に重い空気が流れた。

 多分スタンピードを危惧したんだと思う。


 なのでそこでネタバラシの為にイフリートを召喚し、彼を交えて解説する事で事なきを得た。こう言う事にはスラスラと契約者の意思を汲み取って語ってくれるのに、本当に私が知りたい事には閉口するのよね。困った奴だわ。


 ま、良いけど。


「ところでシラユキ」

「んー?」

「イフリートは可愛いと思えるの?」

「え、んー……。手乗りサイズで召喚した場合なら、まあアリかなって」

「大きいサイズは?」

「……見ようによっては?」

「分かってはいたけど、アンタの可愛いゾーンって寛容よね」

「えへー」


『手乗りサイズなら、ぬいぐるみにして売るのもありよね!』

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