第222話 『その日、帝国に喧嘩を売った』
私達は今、帝国の都市が遠目に見える平原にいる。
隣には信頼出来る仲間達と、威厳たっぷり大人バージョンの女王様。そして周辺国を代表する将校や代官、場合によっては王族の人なんかも。
前方には、エルフを主体とした連合軍約8000。王国のみならず、森周辺の村々や、周辺諸国からの援軍もありこの規模にまで膨れ上がった。
自軍の向こうに展開されているのは、全身を黒で染め上げた帝国軍。報告では約1万。奴らは自身の背後を隠す気がないのか知らないが、奥の方には人工魔兵の部隊が見えるし、その近くには複数種の魔物の姿すら見える。魔物だけでも大小合わせて2000と言ったところか。
そもそもこの戦いの始まりは、奴らの奇襲がスタートなのに、相手の本拠を攻めるときは攻める側も守る側も、堂々と正面から向かい合う事になるなんて。エルフの王国はまだしも、帝国が素直にそれを受け入れる事も含めて、違和感あるわね。
ここに来るまで色々とあったけど、思い返してみればあっという間だったかも知れない。
まずイフリートとの契約を終えた日以降、私達は早速女王様先導の元、帝国に支配された国の解放へと向かった。
大規模な戦いになると覚悟、もとい楽しみにしていた私の期待は裏切られ、そこは既にもぬけの殻となっていた。
どうやら倒した魔人や司令官がその国を担当していたらしく、野営地から敗退して行った連中の混乱も合わさり、連中は帝国本土へと引き返して行ったらしい。
残されていたのは首輪で操られていた王族と一部の高官。そして帝国の支配により甚振られた市民達だった。彼らを解放した女王様は、同じ帝国に攻め入られた国として、疲弊した彼の国に対しての支援を表明した。実際にその支援が始まるのは帝国とのいざこざが済んでからとなったみたいだけど。
その辺よくわかんなかったので、女王様に丸投げした。
シラユキちゃんは、権限だけ持ち合わせた、ただの一般市民だもん。
そうして女王様に全部任せた結果、あれよあれよという間に方針が確定し、10日ほど経過したところで対帝国の連合軍が結成されていた。ナンバーズもその結成に力添えしたみたいだけど、その辺もシラユキちゃんはノータッチ。
結成理由としては、魔人に魂を売り渡し、非人道的な行為を繰り返す帝国に対し、反旗を翻す。というものらしい。この戦いに参加するのは、実際帝国に一方的被害を受けた国だけが参加しているとか。
そんな連合軍の作戦会議には、顔合わせも含めてシラユキちゃんもお呼ばれした。
けど、正直話半分くらいしか聞いていなかった。だって、作戦としてはシラユキちゃん達が大火力をぶっ放し、その後は瓦解している連中に突撃をかますと言うものだもの。だからシラユキちゃんの意識は、別の所へと向いていた。
集まった国の中に、逸材がいたのだ。
それはゲームで見た事のある国の騎士団で、そのトップに君臨している騎士団長。その人はミカちゃんと同じ女性であり、なおかつ国の王女様とか。それを聞いたシラユキちゃん、姫騎士というワードにテンション爆上がり。
穴が開くくらいにはジーッと観察していたわ。
武骨な鎧を着ていたけれど、磨けば光るものを感じたわ。少し前のツヴァイみたいな感じね。
結構私好みの子だったし、どうせなら仲良くなりたいじゃない? この戦いが終わったらちょっかい出そうと思うんだけど、どうアピールすればいいかしら?
そんな事を考えながら、会議そっちのけでその子に熱い視線を送りつづけていた。まあその子も、私の視線には気付いていたようだけど、扱いに困っていたらしくこっちを見てくれなかったが。
残念。
因みにアリシア曰く、会議の中で女王様が私達のことをエルフの『盟友』として紹介してくれていたらしい。エルフは排他的な所があるが、恩を受けた相手にはその分きっかり返さないと気が済まない種族として有名だ。その中でも『盟友』は、一代では返しきれない恩を感じた相手に贈る名誉ある称号だった。
まあ、当の私がまるで聞いていなかったんだけど。
そこからさらに数日を要し、今まさに開戦の狼煙が上がろうとしていた。
「それにしても、随分と大規模になったわね」
「すまぬな、盟友殿。魔物に魂を売った相手とはいえ、国が相手なのじゃ。盟友殿だけで戦うことも、エルフの王国だけで戦うことも、今後のことを考えれば避けねばならん」
シルヴァちゃんが申し訳なさそうに言う。まあコレはもう聞いて納得した話だ。
国をぶっ潰す事を個人で勝手にやったり、圧倒的な個の力を借りた国が単独で敵国を滅ぼせば、周辺国から危険視される。今まで脅威として見てきた相手を、簡単に滅ぼせる新しい脅威として見られてしまう訳だ。
そんな展開は望んでいないし、エルフ達も望まない。だから欲がないことを見せる為に、連合を組み、取り分を分け合う事で不満が出ない様にする。
まあ、舐められない様に最初に私とミーシャが一発デカいのをかますんだけど。
「まあそれも、私を思ってのことでしょ? なら、文句はないわ」
「だが、盟友殿の都合を無視してしまったのは申し訳ない」
「良いのよ。暇な時間も有効活用してたんだから」
この約2週間、戦争の準備は完全に丸投げして、私はエルフ達に生産技術と魔法技術の普及に勤しんでいた。彼らは又聞きの状態でもある程度の力を付けることが出来るほどに優秀だったから、私の直接の教えもあって、この期間だけでも急成長した。
兵士達の魔法の平均スキル値は10も上昇したし、薬品の質も向上。忌避されていた鍛治も炎魔法の使い手が増えたことで見直された。唯一錬金術は即興的に戦いの役に立てるものが序盤では作れない為見送りすることになったけど、自前の釜を持っている錬金術師がいたので、時間のある時は使わせてもらったわ。
おかげで、持ち前の素材と世界樹ダンジョンで得たものを使って、溢れ出す輝きを抑えるアクセサリーを作ることが出来た。あの光、意識して抑えるのって魔法を10個以上並列で維持するのと同等クラスで意識が持っていかれるので、本当に辛かったのよね。
「お嬢様、そろそろ始まりそうです」
アリシアの言葉を聞いて戦場を見直すと、両軍の使者が開戦の為の口上を述べているシーンだった。使者達の声は全然聞こえない距離だったけど、簡単な内容だったのか1分も掛からず両者共に陣地へと戻っていった。
『先駆者の杖』を地面に突き立て、魔力を籠める。
「じゃあそろそろ準備しますか。ミーシャ」
「ええ。……『我が呼び掛けに応えよ。荒れ狂う原初の焔、破壊と再生を司る者よ。我が魔力を糧に、その姿を現せ』!」
ミーシャの正面に、ダンジョンで見かけたのと同じ魔法陣が現れ、中央からイフリートが現れる。
『呼んだか、契約者よ』
「モエモエ、『ノヴァストライク』の準備」
『承知した』
ミニサイズのイフリートこと、モエモエが技の準備に入った。ミーシャからの魔力供給によりモエモエは巨大化し、その頭上には青白く輝く灼熱の球が生まれる。
そうして両軍の銅鑼が鳴り響くと、真っ先に動いたのは帝国軍側だった。連合軍側に動きはない。
なぜなら最初の一撃は、シラユキちゃん達が決めるからだ。
「よろしく頼む、盟友殿」
「おっけ。『
発動の瞬間、シラユキちゃんが装着していた指輪の内3つが粉々に砕け散った。
魔人が隠し持っていた自身の魔力をストックする魔道具。それを参考にして作った、指輪型の魔力保管器だ。それらにはシラユキちゃんのフル魔力3割が入っており、それら全ての魔力とシラユキちゃん自身の魔力を用いて、大魔法を発動させる。
『天地必滅』はレベル20になり、スキルが200に到達した事で使用可能となった『
今シラユキちゃんが使用可能な中で最強威力の大魔法だ。しかも本来以上の魔力と杖を用いた事で、威力だけでなく範囲も飛躍的に増大している。
正直こんな規模の戦いでないと使用する場面は訪れないだろう。エルフの国が舐められない様に、羽振りよくぶっ放す。
「おお……」
「なんと……」
魔法の兆候段階で、既に周囲の観客達から驚嘆する声が漏れる。
『天地必滅』が備える属性は地と雷、そして神聖だ。
第一に、帝国軍の足元全てを覆うほど巨大な魔法陣が展開された。そこでは地割れが発生し、数多の黒衣が飲み込まれていく。
第二に、局地的な雷雲が発生。雷はエネルギーを集め、巨大な1つの塊となって降り注ぐ。その光は地割れの中へと入り込み、少しの静寂の後に大爆発を起こした。
爆発により生じた突風は、連合軍の身体を叩き、シラユキちゃん達のいる高台にまで届いた。
少し焦げ臭い。
「……ふん、汚い花火だわ」
『シラユキのレベルが21になりました。各種上限が上昇しました。超過経験値発生。シラユキのレベルが22になりました。各種上限が上昇しました」
「……うぐっ」
膨大な経験値が流れ込んできた。連続レベルアップなんて久々ね。そのせいか、ちょっと頭が痛む……。
どうやら経験値的に、『人工魔兵』だけじゃなく魔人も巻き込んだのかもしれないわね。2匹くらいいたのかも。
何にしても、一撃でまとめて狩れるなんてお得ね。
煙が晴れると、そこには凄惨な光景が広がっていた。平原だったはずの地面には大穴が開き、周辺に散らばっているのは炭化した何か。魔法を防ぐはずの鎧すら融解し、それらは煤焦げていた。爆発の中心部にはマグマが発生していて、生者死者問わず、全てを飲み込もうと蠢いていた。
僅かに生き残った帝国軍どころか、連合軍も何が起きたのか分からず、辺りを静寂だけが支配していた。
その空間に突如、開戦の銅鑼が鳴り響き、シルヴァちゃんが杖を掲げた。
「道は開かれた! 我らに勝利を!」
『我らに勝利を!!』
シルヴァちゃんの透き通る声により、我に返った連合軍が突撃を始めた。士気がガタ落ちした帝国軍が散り散りになる様子を見たところで、もう1度通知が飛んできた。
『シラユキのレベルが23になりました。各種上限が上昇しました』
「あぐっ……!」
頭痛が限界を超え、目の前が真っ暗になった。
「お嬢様!?」
「シラユキ!?」
消えゆく意識の仲、誰かのぬくもりを、感じた気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「No.27様、及びNo.19様からの信号が途絶えました」
「そうか……」
黒で染め上げられた部屋に、1人の男と、女の声が響く。
「No.28に続いて3人も……。だが、彼奴は無事の様だな」
「はっ。あの方はご存命の様ですが、どうにも反応が鈍く……」
重たい空気を切り裂く様に、部屋に大きなノックが木霊した。
「アスタロト様、至急アモルファス様が面会願いたいと!」
「通せ」
「No.7、アモルファス。……ただいま、帰還致しました。この様な、姿での拝謁、誠に……申し訳ありません」
上座に座る女性に傅く彼は、服は燃え、肌はひび割れ、魔力も底をつき、息も絶え絶えと言った様子だった。まるで、死地から死に物狂いで逃げてきたかの様な風貌に、アスタロトは顔を歪める。
「構わぬ。お前に死なれてしまう方が我らにとっては損害が大きい。しかしその姿、やはり……」
「はっ……。魔神様に頂いた貴重な命を、1つ消耗してしまいました……」
「そうか。だが、恥辱に塗れてなお、よくぞ帰ってきてくれた」
「ありがたきお言葉……!」
「それで、何があった」
「はっ。報告させて頂きます」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうか、理外の怪物がいたか……」
「力及ばず餌場を失い、申し訳ありません」
「構わぬ。それで、その者の姿は見れたか?」
「……いいえ。急激な魔力を感じ、すぐさま感知をしたのですが……少なくとも術者は数キロは離れた丘にいました。また、そやつとは別に神獣の気配も感じました」
「! ……そうか、契約者まで」
アスタロトは思案する。
近頃謀略のために活動させていた一部地域の魔人だけが、狙いすましたかの様に死亡している。これは偶然か、それとも……。
「アモルファス。人間の近くで活動していた貴様だからこそ聞こう。No.45が活動していた国からエルフの国へ移動するのに、どれだけの時間を要する」
「No.45……。ああ、あの脆弱な国ですね。間には竜が住む湖や、人を寄せ付けない山岳地帯がありますから、遠回りすることになりますし、半年は掛かるのではないかと」
「No.19が耐えられず、貴様ですら手負にする怪物だとしてもか?」
「それは……。いえ、たとえ直線的に行動しても、距離からして2ヶ月は掛かるものかと。奴らには長距離を移動する足がありません。他国の竜騎士や飛空艇なら可能でしょうが、他所の国に流れた噂も聞きません。それに、一部地域を根城にする竜が死ねば、周辺環境に異変が生じますが、その様な報告も来ておりません」
「そう、だな……。では今回の件、改めて『
「はっ!」
深々と頭を下げ、アモルファスが退出した。
「聞いていたな、ダンタリオン。3日後に会議をする。それと、No.11にはエルフの国の調査に向かわせろ」
「はっ、すぐさま手配しましょう。しかしアスタロト様、『
「なに? どこに行っている」
「それが……
「……ちっ、器の分際で好き勝手しおって」
「アスタロト様、あまりそういうことは」
「分かっておる。アレも、時期が来れば本来の役目を思い出すだろう。……問題は、3年以内と予定していた復活の儀式が、このままでは遅れてしまう事だな。何か代案を用意しなければ……」
窓の外にある王墓を眺め、アスタロトは思案に耽った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「リリス様! お待たせ致しました」
メイド服を着た見目麗しい美女が少女に駆け寄る。彼女は両手いっぱいに食べ物を抱えていたが、付近の通行人達はメイドが走ることで、食べ物よりも零れ落ちそうなモノに目を奪われていた。
当人は気にも留めていなかったが。
「おそーい。ボク待ちくたびれちゃったよー」
「アモン、ご苦労様」
「さあどうぞ、リリス様。こちらはこの区域で一番人気のお菓子だそうですよ」
「そうなのね、頂くわ」
「ちょっとアモンー、ボクにもちょうだいよー。ぶーぶー」
少女と並んで座っていたもう1人のメイドは、アモンと呼ばれた女性よりも二回りも大きいソレを揺らしながら抗議する。
「それはパイモン、貴女の働き次第ですね」
「ふふん、聞いて驚くなよー。面白い情報をゲットしたんだからー。まあ、ここダルメシアン皇国の事じゃないんだけどー」
「はぁ、貴女ね……。面白そうな遊び場になりそうって言うから、わざわざこの国にリリス様が足を運んで下さったのよ。もう気が変わったの?」
「良いじゃないアモン。それで、一体今度はなにを見つけて来たのかしら」
少女は退屈していた。
暇を持て余した自分に息抜きさせるため、配下に連れられて西大陸の南部では随一と謳われたダルメシアン皇国へとやって来ていたが、この国も結局、想像を超えるものでは無かったのだ。
少女は微笑む。
ただそれだけで、従者の二人は見惚れてしまった。
「う、うんっ! 実はね、先月No.45が死んだらしいんだー」
「……誰だったかしら?」
「ほら、あの自意識過剰な奴だよー」
「……ああ、アレね。そう言えばアレの担当って、割と近くじゃなかったかしら」
「そうそう! それでね、どうやらNo.45を殺した相手は、どうやらたった1人の女の子らしいんだ!」
「……へぇ?」
人間が、たった1人で魔人を倒した。
その本来であればありえない事象に、少女の心が躍った。
「No.45なんて100年も生きていない若造だけど、それでも人間が相手出来るレベルではないはず。如何されますか、リリス様」
少女は立ち上がる。
配下は黙って、少女の次の言葉を待った。
「目的変更。その国に向かうわ」
「「はっ!」」
「それとこのお菓子、美味しかったわ」
「全品買い占めて来ます!」
「人に危害を加えちゃダメよ」
「お任せを!」
「リリス様ー、ボクにも分けてー」
「ふふ、良いわよ」
少女は思う。
少しは退屈凌ぎになるだろうか、と。
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