第220話 『その日、世界樹ダンジョンに乗り込んだ』

「ここが世界樹のダンジョンですか……」

「アリシア、嬉しそうだね」

「はいっ。こう言っては不謹慎かもしれませんが、世界樹の中ですから! この先がどうなっているのか、とても楽しみです!」


 そう言ってアリシアは、目を輝かせながらキョロキョロと辺りを見渡した。

 まあアリシアの気持ちはよくわかる。だって、学園のダンジョンとは全然様式が違うんだもの。あそこはほとんど岩壁の直線ステージで、中級以上の属性部屋にあたっても、背景が描かれた壁や天井が続いていただけだからね。

 けれどここは、壁も地面も太い木の枝に覆われて、非常に凸凹していて戦い辛い。幸い中央の辺りは均してあるようだけど、それでも油断すると足を取られる。きちんと危険な『本物』のダンジョンだ。


 まあけれど、ここは神獣用のダンジョンだから、スタンピードなんて災害は起きない。だから平和という意味では、学園のと同じかもしれないわね。


 アリシアがダンジョン壁の役割を果たしている、人間の腕よりも太い枝を見てふんふん頷いている。


「おや? お嬢様、この壁の向こうに通路の様なものが見えるのですが……」

「よく気付いたわね。そこもここのダンジョンの一部よ。簡単に言えばこの第1層は『枝の迷路』と言ったところね」

「なるほど! この壁はやはり破壊は出来ないのですか?」

「多少はできると思うけど、完全破壊は無理ね。素材として使う場合でも、魔物からの直接ドロップ以外は使い物にならないわ」

「なるほど。勉強になります」

「それじゃ、ミカちゃんをトップに方円の陣形を。私とミーシャは後ろから適宜援護するわ」

『了解』


 全員が進み始めたところでミーシャに寄り添う。


「ミーシャ、私の職業特性というか、全職業のスキルが同時発動って言うのは伝えたじゃない?」

「ええ」

「だから、周囲の魔力回復系統のスキルも、その分加算されているの」

「え? 一番強い効果に上書きされないんだ。てっきり打ち消し合うものかと……。じゃあ、上昇補正系は全部加算?」

「そだよ。だから、魔力が尽きることは無いと思う。好きなだけ魔法支援して良いよー」

「ほんっと、チートだわ……。じゃ、カーくん『ルビーアライトメント』」

「きゅきゅぅ!」


 カーくんの額にある宝石が煌めき、メンバー全員に光が降り注ぐ。


「皆、これの効果は20分間の間、対象の全ステータスが10%上昇する破格の補助魔法よ。少し強くなった自分を体感出来る魔法でもあるから、頑張ってね」

『了解!』


 そう言って早速戦いを始める彼らを尻目に、ミーシャが回復し続ける魔力を確認する。


「この支援魔法、強力なのは良いんだけど今まで燃費が悪くてあんまり使わなかったのよね。人数✖️10%ずつ魔力を消費させられるから。今ので総魔力の70%を失ったわ」

「そうなのよねー。連発出来れば最高なんだけど、魔力を瞬時に回復させる手段はお金が掛かるから」

「そうそう。大決戦するならまだしも、普段使いは出来ないのがもどかしかったわ。けど……シラユキの言う様に、この回復量は異常だわ。これならやりたい放題出来るじゃない!」

「でしょ? でも今までは、まともに支援魔法を回せるのが私しかいなかったのよ。本来の支援職であるココナちゃんは育成中だし、私は火力役でもあるからね。だからミーシャがいてくれて本当に心強いわ」

「そうねぇ、今のシラユキは物理火力でも魔法火力でも両方に秀でているものね。そこから支援魔法も使い始めたら、手が回らないのも分かるわ。今まで大変じゃなかった?」

「それがねー、意外とそうでもないのよ。力でゴリ押しすれば大体勝てる相手ばかりだったから」

「そうなのね。……って、まあそうか。今のアンタで勝てない相手に挑むわけないわよね。命は惜しいもの」

「そう言うことー」


 ミーシャとお話ししている間も、適当にランスをぶっ放して数が多い時は支援する。たったそれだけの援護でも、彼らは問題なく戦えている様だった。職業構成としては凄い偏ってるんだけどねー……。

 『忍者/クノ一』x4。それから『聖騎士』x1だもの。


「んー、それにしてもすごい回復量ね。想像以上だけど、なんか引っかかるわね」

「というと?」

「もう一度見て判断するわ。にゃんコロ、『アンリミテッドブラックパワー』」

「にゃお!」


 にゃんコロが黒い光を纏って巨大化する。身体だけを大きくする『巨大化』もあるけど、こっちは全能力を倍増させて体格も巨大にする技だ。『オーバーフロー』に近いが、この状態を維持するだけでも魔力を消費する。


「結果は……そうなるのね。ならカーくん、『アンリミテッドホワイトパワー』」

「きゅん!」


 カーくんもにゃんコロ同様巨大化する。うーんモフモフ度が増したわね。カーくんは四足歩行だからにゃんコロに比べたら背が低く見えるけど、それでも腰くらいまではある。にゃんコロは二足歩行だから、私の頭がにゃんコロの肩の高さと同じくらいになってるわね。

 大きくなっても3頭身だから顔がデカイけど。


「……なるほどね。これ、本当に破格な性能だわ」

「どうだった?」

「私の魔力を見なさい。完全に釣り合ってるのよ。この子達の維持費と、アンタからの魔力供給」


 見れば、確かにミーシャの頭上に表示された魔力は微動だにしていなかった。減ることも無ければ増えることもない。

 『召喚士』には、常に召喚獣を顕現させて戦う必要があるため、それに見合った、自動で魔力を回復するスキルが存在している。その数値と、私の回復量を合わせた結果、この子達2体の強化状態を維持出来る数値となれば……。


「毎秒2%回復……」

「そ。シラユキはこの異常性を把握してなかったのね」

「だって、私の魔力総量頭おかしいんだもん。大魔法使ったところで大体ギュンって回復するんだよ? わかんないよぉ」

「それもそっか。それに実際の魔力を数値で見られるのも私達だけみたいだし調べようがないわね」

「うんうん。……あ、実はね、私との距離で回復量が増減するの。それも調べてみようよ!」

「いいけど……この距離が限界じゃないの?」


 今のミーシャとの距離は、手を伸ばせば触れられる程度の距離だ。この程度が最接近距離な訳ないじゃない!

 おもむろにミーシャに飛びつき、腕にしがみついた。


「ちょっ!?」

「これが一番回復するんだよ、さ、調べて調べて!」

「!! ……わ、分かったから頬擦りしないで! くすぐったい!」

「えー?」


 そんな感じで道中はミーシャに引っ付いたり離れたりして私の魔力回復の性能と精度をひたすら測った。

 結果としては一番遠い位置としては15メートルで、その位置でも毎秒0.5%。10メートルで1%となり5メートルは1.5%。2メートルから2%となり、私が引っ付けば4%回復する。

 うーん破格。ミーシャにチートと呼ばれても仕方がないわね。たとえ相手の魔力が100しかなくても1万あったとしても、同じ割合で回復していくんだから。


 そしてシラユキちゃん自身はと言うと、意識したことはなかったけど回復する瞬間を思い出してみれば、1%前後の時も有れば5%近く回復していた時もあったと思う。

 条件があるのかしら? ここは再検証ね。


 とりあえず得ることの出来た検証結果を、皆と共有して、抑えてもらっていた進行速度を元通りにしてもらう。さ、ちゃっちゃとこの迷路地帯を終わらせましょ!



◇◇◇◇◇◇◇◇



 第一層を乗り越えて、第二層に到着した私たちを迎えたのは、広大な草原だった。

 ここには空があり、風が吹き、壁もない。後ろを見ても階段が何もない空間からひょっこり顔を出しているだけで、その後ろにはやはり草原が広がっていた。


 うーん流石ダンジョン。リアルで見ると不思議な状態だわ。

 まるでどこでも○アを回り込んで見たかのよう。


 ダンジョン内に広がる草原を見たことがなかったのか、アリシアもミカちゃんも興味深そうにキョロキョロしているし、ナンバーズも落ち着きがない。エイゼルはいつも通りだけど。


「お嬢様」

「んー?」

「ここからどう進めばよいのでしょう……」

「そうね、余裕があれば闇雲に進んでも良いんだけど、今日は目的があるしね。向こうに火山が見えるでしょ、あそこを目指しましょ」

「火山……遠くに見えるあちらですね」

「そ。それと第一層は植物系オンリーだったけど、この層からは動物系も出てくるから掻き乱されない様注意してね」

『了解!』


 前進して何組かの魔物の集団を撃破していると、不意に手元のペンダントが光る。


『~~?』

「あらスピカ、おはよう。もうお昼よ、寝坊助さんね」

『~~!』

「あ、その子がシラユキの?」

「そうよ、会うのは初めてだっけ」

「戦場では見かけたけど、挨拶するのは初めてね。こんにちはスピカちゃん」

『~~? ~~~』


 寝ぼけながらもしっかり挨拶するスピカに、ミーシャの顔が緩む。スピカは昨日も一昨日も、遅くまで世界樹の精霊達とあっちこっち遊び回っていたみたいで、毎度クタクタになって帰ってきていた。


「今ダンジョンにいるのよ、スピカも暴れる?」

『~~!』

「分かったわ。その前にちゃんと食べるのよ」


 いつもの様に魔力をあげると、元気いっぱいになったスピカが前方で暴れ始める。アリシアもミカちゃんも、スピカの魔法には慣れたもので、すぐに合わせて連携を取り始める。


『~~』


 ーパワートルネード!ー


 スピカの放った魔法は敵の中央で大きく広がり、複数の敵を切り刻む。その暴風は、力が有り余っていたのか余波がこちらまで届いた。


「あれで中位精霊、ね」

「うちの子凄いでしょ」

「シラユキの魔力を食べ続けたら、そうなるわよね。ところで気になってたんだけど」

「んー?」

「アンタ光ってない?」

「あ、またか」


 力を込めると、体を包んでいた淡い光が収まる。ほんと、気を抜くとすぐこれなんだから……。


「なにそれ」

「私が知りたいわ」

「まあ、害がないなら良いわ」

「えへー」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「はっ、せい!」


 魔獣の爪を盾で防ぎ、タイミングよく弾くと同時にガラ空きの胴体に剣を突き立てる。獣は呻き声をあげ、いくつかの素材を落として煙へと消えた。


「ミカエラ様、今ので最後のようです」

「王国では見ない獣であったが、慣れればどうと言うことはないな」


 神丸殿に倣い、残心をしてから納刀する。

 それを見届けたドライが、いつものように騒がしくした。


「いやいや、ミカエラ様慣れるの早すぎでしょ! あとこの虎、魔法使うんすよ? 慣れとかそう言う問題じゃ無いっすよー」

「なに、レディーに直接鍛錬を付けて貰えばわかる。この程度の魔法は脅威では無いとな。それに貴様も、容易く避けていたではないか」

「勿論、自分らは速さが命っすから!」

「そう言うあなたには、一番大事な信用性が足りていないと思うわ」

「そりゃ無いっすよー。って、にゃんコロに頬擦りかましてるツヴァイに言われたく無いっすね」

「こ、これは信用と信頼の証ですから良いのです。それよりも見ましたか、にゃんコロちゃん達の活躍を。杖や腕を振るうだけで敵が一撃で消え去るのですよ。愛くるしい上に無類の強さを持つなど、まるで、まるで……」

「お嬢様の様ですね」

「はい、アリシア様!」


 私には貴婦人達の様に花や小動物を愛でる習慣はあまり無いが、彼女らやレディーが可愛いと言うのならそうなのだろう。私の目には想像以上に強い彼らの存在を、ただ頼もしく思うだけだ。

 レディーの昔ながらの親友という、新しきエルフの少女ミーシャ殿。初めて見た時は、エルフの例に漏れず、美しさと可憐さを感じたものだが、それだけでなく底知れぬ強さもあった。だがまさか、これほどまでに強い獣を操る存在だったとは。


 この2体の獣、どちらか単独であったとしても果たして私で勝てるだろうか。魔物を一撃で屠れる膂力。聞けば単独で魔法やスキルの行使すら可能らしい。この状態は、半ば遊んでいると言っても過言ではないな。

 神丸殿であれば嬉々として彼らに挑んでいそうなものだが、この子達を傷つけてはレディー達に嫌われかねん。私とて一介の戦士。試したい気持ちもあるが、ここは我慢しよう。


「それにしても、この者たちは文献でも見たことが無い。どの様な地で捕まえてきたんだい?」


 後ろでミーシャ殿に問いかけると、レディーと顔を見合わせた。おや?


「言ってなかったの?」

「うん。ここに来てくれたのも、私がダンジョン行くからついてきてーとしか伝えてないわ」

「うわー……。おほん。この子達はただの獣じゃないわ。神獣ってご存知かしら、私は彼らを使役する専用の職業『召喚士』に就いているの」

「ほほう、神の獣か。では彼らの強さは、神獣だから強い、という事かな?」


 ……反応を見るに、どうやら彼女の職業を知らなかったのは私だけの様だね。アリシアは当然として、ナンバーズは情報収集能力の高さで把握していたのだろう。


「……シラユキが認めたメンバーだから言うけど、私のレベルは100よ。総戦闘能力は1万越え。彼らの性能は主人である『召喚士』の強さに反映されるのよ」

「……なるほど」


 その情報はナンバーズすら知らなかったようだ。約2名から動揺が垣間見える。

 それにしても流石はレディーの昔ながらの親友と言ったところか。レベル100など、俄には信じ難いものだが、この圧力は生半可な修羅場では出すことなど不可能。


「んふ、ミーシャはミカちゃんのお眼鏡に適ったかしら?」

「おや、レディーは彼女を守ろうとはしないのかい?」

「だって、ミーシャは友達だけど婚約者じゃないし。それに、この子は私に守ってもらうほど弱くもないもの」

「ははっ、なるほど」


 改めて彼女を見つめた。

 レディーからは待ったがかかると思い、そう言う目で見ないよう気を付けていたが、改めて見ると美しいな。その美しさは容姿からくるものだけでなく、圧倒的な強さを持つ者が持っている強者のオーラや、気品などが思い浮かぶ。

 エルフは誰もが美しく目を奪われるが、彼女を心より愛でてみたいと感じたエルフは、アリシア以来か。しかし……。


「確かに美しく可憐だが、今の私はレディーだけだ。まずは君との約束を優先させたい」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、約束の戦いはいつ開催されるのかしら。悪いけど、私貴女と出会ったばかりの頃よりも、さらに強くなってるわよ?」

「それは私も感じてはいる。時間が経てば経つほど君との格差は大きくなるばかりだ。だが安心してほしい、私が提案する勝負は強さだけが全てではないからね」


 強者故の孤独という言葉がある。

 私も彼女が現れるまでは、その状況を経験していたのだ。幸いにも彼女には気の知れた仲間や恋人がいるし、孤独に呑まれることはないだろう。だが、私との力量差から勝敗を決してしまえば、そんな彼女に孤独を思い出させてしまう。

 だからこそ、そんな彼女にふさわしい企画を考えている。準備まであと少しかかってしまうが、きっと満足してくれるだろう。


「ふうん? ま、それなら期待しているわ」

「ああ、楽しみにしていてくれ」

「ええ。……さて、お話ししていたら見えてきたわ。あの火山麓にある洞窟が、最後のステージよ」


 レディーの指し示した先。洞窟の中には禍々しい祭壇と魔法陣が見えていた。

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