第210話 『その日、女王様に謁見した』

「先程は支援、助かりました」

「お互い様よ。こっちだって、貴女達が救援に来てくれなかったら、第二部隊はジリ貧だったわ。それに、断りもなく支援魔法をかけてごめんなさい。びっくりしたでしょ?」


 お嬢様の指示の通り、スピカ様とミカエラ様。そして後方に控えていた本隊で第二部隊の救援を行いました。それにより、この地にいた帝国軍を全て、無事に撃退する事に成功しました。

 幸い、この第二部隊には彼女の活躍もあって元々死者は出ていなかった様で、重軽傷者が多数といった様子でした。あれくらいなら薬で何とかなると思いますが、何名かは傷跡が残ってしまいそうです。そんな彼ら彼女らの存在を知れば、お嬢様ならきっと治療を望まれるでしょう。

 後程彼らには1箇所に集まってもらい、お嬢様の輝きをその身で体験するべきですね。……いえ、あの程度なら私にでも可能かもしれません。


 お嬢様に頼る前に、自分でやってみなくては。二度とあのような醜態をさらさない為にも。

 では、後ほど機会を頂きましょうか。


 そうして今、私は戦後処理などは兵士達に任せ、彼女と共に後方へ下がらせてもらっています。


「確かに驚きました。今まで受けたことのない魔法でしたが、あの全ての感覚が広がる万能感。まるで全てのステータスに補正が入る装備を身につけた時を彷彿とさせますね」

「うわ、鋭い。これに気付くなんて、お姉さん只者ではないわね」

「ふふ、お誉めに与り光栄です。それに、貴女の方こそ普通のエルフではないでしょう。こんなに長い間彼女達を支え続けたその力量も素晴らしいですが、2匹の不思議なしもべを連れ歩く職業など聞いたことがありません。お嬢様なら知っているでしょうけれど……」


 お嬢様と初めてお会いした記念すべき日。

 あの日、お嬢様に見せていただいた、衝撃的な職業一覧表。彼女の職業は、あの中のどれかである事は間違いないのでしょうが……ふむ。全ての職業の詳細は聞いておりませんし、判断しかねますね。


「貴女の主人は博識なのね」

「ええ、お嬢様に知らぬことなどございません」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「くちゅんっ」

「シラユキ様、大丈夫ですか? ここは寒いですから、暖まりましょう」

「わーい」


 ツヴァイが引っ付いてきてくれたので、頬ずりした。


「ん-。でもこれは、寒いと言うより誰かが私の噂をしてる気がするのよね」

「ふふ。王国のみならず、道中の国々や、ここエルフの王国でも。シラユキ様の築き上げられた功績が噂されない日はありませんよ」

「えへ、そうかな」

「そうですとも」


 自信満々に告げるツヴァイがカワイくて、私の方からも思いっきり抱きしめる。うんうん、今日もいい匂いね!


 ふに。

 ん? 柔らか……。


 ツヴァイって、抱きつくと分かるけど意外にも胸が大きいのよね。今、彼女とアリシアの職業は『忍者』の女性版である『くノ一』だし、房中術とか使えそう。

 むしろ使えて欲しいまであるわね。


 そんな彼女が身に付けているのはシラユキちゃん特製の、くノ一専用衣装。赤い色が特徴の、忍ぶ気配がまるでないミニスカ忍装束だ。

 勝手知ったる衣装なのだが、鎖帷子を内包しているにも関わらずこの柔らかさ……まさかのノーブラ!?

 密着しただけで、柔らかさがダイレクトに伝わってくる。


 そんな彼女の胸に、手が伸びるのは自然の摂理だった。


 むにむに。


「……ぁっ」

「ツヴァイ、抵抗しないのー?」


 ふにふに。


「今のシラユキ様のお世話役は、私ですから」

「お世話役、あんまり関係ないと思うけどなー」


 息を荒げるツヴァイを眺めつつ、揉むのはやめない。

 手に張り付く丁度いい大きさね。


 そんな風にツヴァイを弄り回していると、ドライが報告にやって来た。


「シラユキ様、付近をマップ含め確認して来ましたが、撃ち漏らしは無事、敵の本陣へ向かったようです」

「ん、ご苦労様」

「良かったんすか? 敵を殲滅しなくて」


 ツヴァイと乳繰り合ってる様子は目に入ってるのに、ドライも慣れたもので突っ込んではこない。スルースキルを身に付けたようね。


「ええ。敵さんには警戒をしてもらう必要があるわ。足が重くなれば、攻撃も撤退も、動きが鈍くなるはずだし」

「なるほどっすね」

「ところで、エルフの第3部隊は、無事本隊に戻れたかしら」

「そちらも確認済みっす。アメリアさんが責任もって連れ帰ってくださいましたよ。お疲れ様でした、シラユキ様」

「お疲れ様でした!」

「はい、おつかれー」


 そうして、氷塊となった敵軍を背に、第三防衛ラインを後にする。神聖な森の中にこんなオブジェ、美観を損なうけど、今は時間がないし、これの処理は現地民に何とかしてもらいましょ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「アリシアー!」

「お嬢様、おかえりなさいませ」

「ただいまー! 数十分ぶりのアリシアー。えへへ、ぎゅー!」


 エルフの本隊にナンバーズ達と戻ってくれば、そこにはアリシアやミカちゃんの姿があった。アリシアは私を出迎えてくれて、ミカちゃんはエルフの美人さん達を口説くのに夢中みたい。

 アメリアさんはお偉いさんのところかな?


 そんな事よりアリシアよ!

 スリスリくんくんスリ……むん?


「アリシア」

「お嬢様……まだ、匂いましたか?」

「血の匂いは若干残ってるけど、それは良いわ。それよりも、誰かと一緒にいた?」


 アリシアからは、普段のアリシアの匂い7割と、血の匂いが1割。そして残りは……嗅いだことのある様な、不思議と懐かしい匂いがした。


 くんくん。


「はい。とても不思議な獣を連れた同胞で、ご本人も可愛らしかったですよ。どうやらその方が参戦してくれたことで、第二部隊は死者なく戦線を維持出来ていたようです」

「ほぇー」

「その方の職業は、お嬢様が会得されていた『ビーストマスター』ではないかと睨んでいるのですが」

「どんな動物だった?」

「はい。緑色のウサギと、黒い猫でした」

「んん? ウサギの額に、宝石があったりした?」


 となると、この匂いは神獣の匂いか。

 確かに、そう思って嗅ぎ直してみれば、そんな感じの匂いな気がして来た。


「あ……はい。そういえばございましたね。アレは装飾品ではなかったのですか?」

「直接触れたら分かるけど、一体化してるのよ。そっか、じゃあ黒猫は二足歩行してたのね」

「はい! とても賢そうなネコちゃんでした」


 この感じ、撫でさせて貰ったわね。

 暗黒属性の召喚獣であるケットシーって、人懐っこい上に、すぐ撫でさせてくれるのよね。その上すっごい毛並みが良いっていう。撫でてたら夢中になって日が暮れる辺り、ココナちゃんの尻尾といい勝負だわ。


「アリシアが見た子は『召喚士』ね。そして2体同時に顕現してるのであれば、レベル30以上は確定ね」

「顕現、ですか?」

「ええ。世界各地に散らばって眠ってる連中でね。本体と契約する事で、望んだ時に力を借してくれて、分身体を呼び出せるの。だからアリシアがウサギやネコだと思ってる生き物は、ただの獣じゃなくて神獣ね」

「し、神獣様ですか!?」


 それにしても、この時代のこの場所に召喚士? しかもエルフよね? そんなNPCいたかしら?

 それとも、シラユキちゃんが網羅してないだけで、しっかりといたのかも知れないけど……。


「それで、その子は何処に?」

「はい、本人だけでなく2体の、神獣様の魔力が枯渇したらしく、早めに帰って休むそうです」


 ふふ、ただの小動物だと思っていたら神の獣だものね。真面目なアリシアなら、萎縮しちゃうのも無理ないか。


「燃費の良い職業なんだけど、そんなに長時間戦ってくれていたのね。それなら休みが必要になるでしょう。あと、そんなに畏まらなくてもアレはウサギとネコで良いと思うわよ」

「うう、よろしいのでしょうか……」

「あの2匹は敬われるよりカワイがられる方を好むから良いのよ」

「それなら……」

「それに、敬わなければいけないなら、術者がカワイがる行為を許すはずがないわ」

「確かに! あの同胞も、可愛らしい名前を付けて呼んでいました」

「でしょー。あの2匹をカワイがるのは『召喚士』共通認識なのよ」


 そう言えば、ココナちゃんも職業一覧の中にレベル30の『召喚士』を持っていたわね。神獣契約とか、ちゃんと出来てるのかしら? それとも遺伝しただけで、実際の神獣契約はしてないとか……ありそう。

 何も呼び出せない『召喚士』の出来上がりね。


 いや、そう言う意味なら私も一緒か。

 だってこの世界に来た時から、神獣契約も丸々リセットされていたんだもん。だから、職業獲得の段階で自動取得されるはずの『カーバンクル』と『ケットシー』も呼び出せないわ。

 魔法や武器スキルとは違って、『契約』に基づいた習得物は全て初めからやり直しにさせられてるのよね。契約するならば、本体に会いに行く必要があるんだけど……。あの2匹は初期の神獣ということもあって、立ち位置が特殊なのよね。職業取得条件である儀式をもう1度すればいいのかしら?


 それに、もし神獣を呼べるとしても、お供的な立ち位置は今はスピカだけで満足しているところあるしなぁ。ペット的な立ち位置も、ココナちゃんがいるし。

 別に、無理に獲得する必要もないかなー?


 あ、そうだ。


「アリシア、スピカはどうだった?」

「はい。大魔法を3連発されて、おやすみされました」

「あら、そうなのね。スピカ、出ておいでー。ご飯よー」

『~~!!』


 ご飯という言葉に釣られて、スピカが元気よくペンダントから飛び出した。

 大好きオーラを振りまいて甘えてくるスピカに、こちらもお返しに特濃の魔力塊をプレゼントする。最近のスピカのトレンドは、何の魔力も乗せていない、無色の魔力がお好みだ。


「おお、精霊様だ」

「なんと愛らしい……」

「やはりあの方が、恵みを受けられたのか……」


 スピカをカワイがっていると、アメリアさんが指揮官らしき人と共にやって来た。


「そなたがシラユキ殿で間違いないか」

「はーい、合ってまーす」

「うむ、ありがとう。我が名はリューシア。シラユキ殿のおかげで、大勢の部下が救われた。感謝する」

「いいえー」

「ふ、大きな力を持っていると言うのに、驕ることなく弱者に手を伸ばせるとは、器の大きなお方だ。アリシアも久しいな。息災だったか」

「ご無沙汰しております、閣下」

「精霊様も、ようこそいらっしゃいました」

『~~』


 リューシアさんが跪いてまで挨拶してくれたのに、スピカは生返事だ。どうやら食事に夢中でそれどころではないらしい。


「ごめんなさい、食事中なので」

「構わない。精霊様が望む行為こそが最優先事項だ」


 やっぱり、エルフ達にとって精霊の優先度は高いわね。

 まあ、アリシアの場合私が最優先でいてくれるけど。


「当然です」

「えへ」

「ふ、アリシアが望む主人を得られた事はとても目出度い事だが、今はそれよりも重要な話がある。シラユキ殿、女王陛下がお呼びです。ご登城願えますか?」

「勿論。ミカちゃん、行くわよー」

「ああ! すまないお嬢さん達。この続きはまたの機会に」


 ミカちゃんに口説かれていた子達は、別れを惜しむ声よりも、スピカや私達の動向が気になっていたみたいで、心ここに在らずといった様子だった。


「ナンパの成果は如何かしら」

「ううむ。初めは好感触だったのだが、やはりレディーが現れてからは皆上の空だったな」

「慌てなくても、この戦いが終わればエルドマキア王国とエルフの国は国交が強く結ばれると思うわ。文化交流なり、ナンパなり、話はそれからでも……おっと、これはオフレコだったかしら」

「うむ。聞かなかったことにしよう」


 アメリアさんもリューシアさんも、流してくれたみたい。てへ。

 

「ナンバーズの密命は恐らくそこにあると思われます。ですがそこに気付くとは、流石お嬢様です」


 けど、アリシアはいつも通りだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 リューシアさんの案内で、エルフの城下町を通り、お城へと入場した。

 スピカも興味があるみたいで、いつもならご飯を食べたらすぐお眠なんだけど、今日は私の肩に乗って興味深そうに周りを見てる。

 ミカちゃんはすっかり、騎士モードになっている様で、先程までのナンパ姿は何処へやら。キリッとした顔で私の背後に控えている。

 アリシアは堂々とした様子で私の隣を陣取る。勿論手は、私と繋がっている状態だ。

 ツヴァイとドライは、ミカちゃんよりさらに後方に控えている。本来暗部は公の場に姿は現さない物だけど、今回は特別だ。顔見せのためもあるけど、隠し事はしていないアピールの為でもある。

 エイゼルは、既に女王様のところで待ってる感じかな。


 そうして世界樹の根に半ば侵食されているお城を進む。所々、天井や壁、地面なんかにも根っこが這っているけれど、彼らエルフにとってはこの根っこの存在は神の一部。邪魔だからという理由で除去されることもなく、きちんと城の一部として扱っているみたい。

 けど、床にある物は地面と同義で扱うらしく、踏んでしまっても問題はないらしい。まあ、根の部分で足踏みしたら胡乱な目で見られそうだけど。


 王城を進めば進むほどに根っこの存在感は増していき、女王様が待つ謁見の間では、そこかしこに根が張り詰めていた。ここでこの調子なら、きっと何処かの部屋は根っこが邪魔で入れなくなってるんじゃないかしら?

 そしてエイゼルは、ちゃっかりと女王様の近くで突っ立っている。何でそこに?


 そんな私の心配をよそに、話は始まった。


「よくぞ来た、我らを救いし恵みを受けしものよ」

「はじめまして、女王様。シラユキと申します」


 私の名乗りを受け、その場にいた人達が衝撃を受けた。


 ……いや、なんで?

 確かに今私は、この場にエルドマキア王国の『特命全権大使』として立っている。つまるところ、国王としての権力と責任を背負ってここにいると言っても過言では無い。

 だから、他国の女王が相手でも跪く必要はなく、堂々としていられるんだけど……何だかそれとは違う衝撃を受けてない?

 シラユキちゃんのネームバリュー、そんなにすごいの??


 まあそれは兎も角、責任については陛下が全部負ってくれるって話だし、私は深い事は気にせずやりたい様にやって良いと言うのが本当に楽で良いと思うわ。

 まずはこの空気を何とかしなきゃ。


「ほら、スピカもご挨拶なさい」

『~~』

「うむ。スピカ様もよくぞ来て下さった」


 スピカのハキハキとした挨拶に、女王様はにっこりと微笑み、エルフの高官達は跪いた。


「其方らの事情はそこの者から聞いておる。遥か遠きエルドマキア王国から、たった1日で、文字通り空を飛んで来たようだな。最初は耳を疑ったが、第一、第二、第三部隊からの報告を受け得心した。其方らの……特にシラユキ殿の魔法力は、我らが賢者様すら凌ぐ程であると」


 その瞬間、部屋には緊張感が走った。

 敵意や害意ってほどでは無いけど、近衛隊らしき人達は、手に持つ武器を強く握りしめている様だった。


 ……? なんでこんな空気になるの? もしかして警戒されてるのかな。

 ちらりとエイゼルを見ても頷くだけ。いや、頷いてないで何か言いなさいよ。

 アリシアを見れば、相変わらず何かを確信しているかの様に微笑むだけ。……こっちはカワイイから許す。


「其方ならば、先程の先遣隊だけでなく、帝国の本陣……いや、本国すら。意図も容易く撃滅出来るだろう。其方は、我らエルフに何を望む」

「……?」

『~~?』


 コテンと頭を傾けると、スピカも一緒にコテンとした。

 見かねたアリシアが、手を強く握ってくる。


「お嬢様、思っている事をおっしゃれば宜しいかと」

「それで良いの?」

「はい。宜しいかと」


 何だかよくわからないけど、アリシアがそう言うなら。


「私がここに来たのは、知り合って魔法を教えたカープ君達が助けを求めたからで、更にはここがアリシアの故郷だったから。だから助けたいと思って駆け付けました。多少の下心はありますけど、ここに来た理由にそれ以上もそれ以下もありません」

「……カープというのは、報告にあった第四外部村に産まれた、忌み子者の名か」

「そうです。彼はこの国に来ていたんですか?」

「ああ。次期長老候補だと、あの村の村長が『月の転送術』を使って連れて来てな。その時、彼が元忌み子であった事。それからシラユキという名の人族によって村の全てを救われ、更には革新的な技法を伝授してくれたとも聞いた。……我らはすぐさまその手法を取り入れ、この国にいた忌み子達だけでなく、既に魔法を扱っていた者達ですら、急激な魔法力の向上が見られた。我らはそれを奇跡の御技と……」


 そこで一息、女王様が息を吐く。


「其方が、そのシラユキ殿で間違い無いな」

「はい、間違いありません」

「やはりか。此度の戦い、其方の魔法技術の教えもあり、魔法部隊は本来の実力以上に戦うことが出来た。それもあって、我らは初戦で多くの勝利を収める事が出来たのだ。その結果、奴らはあの様な鎧を持ち出して来たのだろうが……。だが、あの魔法が無ければここまで持ち堪える事は難しかっただろう。シラユキ殿、この国の全ての氏族を代表し、礼を言わせてほしい。ありがとう」


 女王様が立ち上がり、頭を下げてくれた。


『マスターの行いが、巡り巡って彼らを助けたのね』

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