第211話 『その日、客室を片付けた』
あの時、カープ君を助けていなかったら……。
エルフ王国の突然の窮地に気付けなかったし、もし何かの偶然で立ち寄ることが出来ても、魔法技術のレベルが低すぎて、帝国からの猛攻に耐えきれていなかったという事。
そうなればアリシアの家族も、この国も、史実通りの結果になっていたということね……。
いやー。バタフライエフェクト、恐るべし。
「お嬢様の御慧眼、素晴らしいです」
「もー、アリシアったら。たまたまだって気付いてる上でそんな事言ってるでしょ」
「ふふ」
むぅ。けど、カワイイから許す。
「其方に敵意が無いことは分かった。我らを救ったのも、其方の心持ちが澄んでいる事からというのもな。なるほど、力無き若き神樹から、恵みを受けられるわけだ……」
『~~!』
ースピカが認めた人だから、当然だよ!ー
スピカがドヤ顔でそう言った。
「ふふ、其方は精霊様と良い関係が築けておる様で何よりだ。さて、我らの大事な同胞だけでなく、国を救ってくれた其方には何か礼をせねばならんな。無論、支援をしてくれたエルドマキア王国には別に礼をさせてもらう。欲しい物があったら言ってみると良いぞ」
「もう、女王様ったら気が早いわ。まだ帝国が諦めたわけでは無いですから、御褒美は完全に叩きのめしてからでも遅くは無いですよ」
「ふ、構わぬ。もしこの後も手伝ってくれるのであれば、褒美はまた別で渡そう。さあ遠慮はいらぬ、好きに申してみよ」
ふうむ、お願いしようとしていた内容が内容だから、今後の戦いの分と併せてお願いしようと思っていたんだけど……。想像していた以上に感謝されてるみたいね。
なら、とりあえず言うだけ言ってみようかな?
「それじゃあ、帝国との一件に決着がついてからで構いませんので、『精霊の森』への入場許可を」
『!!』
エルフ達の間で緊張が走る。
あー、やっぱりダメだったかな?
「人間があの森に何の用だ? 理由を、述べよ」
「はい、スピカを上位精霊に進化させるには、あの環境が絶対に必須ですから」
「……精霊様の為である、と?」
「あと観光に」
ここは正直に話す。いやまあそれ以外もあるけど、主目的はその2つだ。
スピカが進化の時に脱ぎ捨てる『精霊の抜け殻』。これは小雪を作るのに絶対必須のピースだ。更にスピカには、シラユキちゃんの魔力が全身に行き渡っている。その為、脱ぎ捨てられた『精霊の抜け殻』は、他の精霊達が落とす物とは質も相性もまるで異なる。
あとは、最高に綺麗な景色なんだもの。家族と一緒にいつか訪れたいわ。アリシアは当然として、リリちゃんとも約束したんだから、いつか皆でね。
その為なら、女王様の無理難題クエストはいくらでも受けて立つつもりよ。
「……わかった。入場を許可しよう」
私含め、誰も許可が降りると思っていなかった為か、場がざわついた。
「しかし、叶えると言った手前申し訳ないが、あの場所に入る為に幾つか条件を越えてもらわねばならぬ。今その内容は明かせぬが、それでも構わぬか?」
「人道に反さず、家族が危険に晒されないモノであれば」
「感謝する。精霊様に誓って、其方の流儀に反することはさせないと約束しよう」
「感謝します、女王様」
ふむ。この感じなら、帝国を完膚なきまで叩きのめしたら、追加のご褒美として家族全員の立ち入り許可をもらえそうかな。
「さて、恩人達よ。其方らには是非とも祝勝会に参加をして貰いたい。宜しいか」
「勿論です」
「うむ。では準備が整うまで、客室で待っていて欲しい。リューシア、恩人達の案内を頼む」
「承知致しました、女王様」
◇◇◇◇◇◇◇◇
リューシアさんの案内のもと、3つの客室へと案内してもらった。それぞれの客室は、まるでホテルのスイートルームのような間取りをしていて、最初の大部屋がリビング。隣の部屋を覗けば大きなベッドが2つ備えられていた。
割と高待遇だと思うけど、でもどの部屋もやっぱり、城の奥ということもあってか、世界樹の根が蔓延っていた。ううーん。
「外で待機しておりますので、何かありましたら呼んでください」
リューシアさんはそう言って部屋から出ていった。そして、当然のごとく私の部屋へとついてきていたミカちゃんが、不思議そうな顔をして訪ねてきた。
「どうしたんだいレディ、さっきから壁を見つめて」
「お嬢様は世界樹様の根が気になる様ですね」
「ああ、確かに部屋の中にまで木の根が張ってあるのは独特だな。まるで古代の遺跡にいるかのようだ。しかし、彼女達はそれが当然と言った様子だったが」
「この王宮が建てられたのは、数千年以上昔のことのようですから。その間も、世界樹様とは常に共生をして来ましたから、一体化するのも当然のこと」
世界樹の根に手を触れる。
……うん、ちゃんと生きている根ね。
「エルフ達には悪いけど、やっぱり気になるわ。私が泊まる部屋だけでも、邪魔だから撤去してもらいましょ」
「お、お嬢様!?」
「安心なさい。物理的にぶった斬ったりはしないし、エルフ達に頼んだりもしないから。スピカ、この辺りを担当してる精霊ちゃん達を呼んでくれる?」
『~~!』
スピカがビシッと敬礼をする。はいカワイイ。
スピカも同じように根っこにタッチして、思念を送った。そうすると、いくつかの小さな輝きが部屋に現れた。
そう、下位の精霊達だ。
「ほら、ご飯をあげるわ」
魔力の塊を、精霊の数の分だけ分け与える。質はいつも通りだが、量はいつもスピカに分け与えている時よりも、だいぶ少ない。それでも、普段霞でも食べてるかのような生活の子達には十分すぎる量だろう。
精霊達は大喜びで飛びつき、はじめての濃厚な魔力を心から堪能した。その結果、4体の精霊は、見事にその場で中位精霊へと進化を遂げた。
『~~!』
『~~~!!』
皆、感謝の気持ちと一緒に、好意の感情を飛ばしてくる。ちっちゃくてカワイイ精霊達にモテモテというのも、やっぱり良いものね!
そんな感じで精霊達からのモテモテっぷりを堪能していると、周辺でふよふよと漂っていた下位精霊達が沢山やって来て、部屋は神秘的な輝きで埋め尽くされた。
どうやらこの下位精霊達は、魔力欲しさに集まったわけではなく、仲間が進化したことを祝福する為に集まって来てくれたらしい。その心に嫉妬や妬みの感情は一切なく、ただ純粋に仲間の成長を喜んでいるみたいだった。
「はぁ、なんて良い子達」
皆にも分けてあげたいけど……一気にここにいる子達が全員進化したら、きっと母体である世界樹の負担になりかねないわね。今は我慢しましょう。
そんな輝きに溢れる光景を、アリシアは涙を流しながら祈りを捧げ、ミカちゃんやナンバーズも見惚れていた。1人だけ、心が動いているのかわかんない奴がいるけど。
「さて、今進化したあなた達にお願いがあるの。この部屋と隣に入って来てる世界樹の根っこ、引っ込めてくれない? ちょっと主張が激しすぎて気になるのよね」
というか、私からしてみれば、世界樹の根っこなんて素材にしか見えないから、あんまり視界に入りすぎると欲しくなっちゃうのよねー。
下手に伐採してしまわないうちに、退けてもらいましょう。
『~?』
『~!』
精霊ちゃん達が何やら相談している。聞こえてくる情報的に、退けてくれるのは決定事項だけど、どこに退けるかという内容みたい。
そんな精霊達の相談に、スピカが混ざる。
『~~』
『~?』
『~~』
『~~!』
ーくれるって!ー
どうやら、私がソレを欲していた事を、契約の繋がりから認識していたみたいで、いつぞやのエルフの森と同じように切り売りしてくれるみたい。
お代は既に支払い済みだから、精霊ちゃん達が良いって言うならそれでいっか。
精霊達が世界樹の根に飛び込むと、根っこは音を立てて部屋の中に伸び始めた。いや、正確に言えば、伸びているように見えるそれは、無数に枝分かれしている根の1つを切り離し、この部屋に運んで来てくれたのだろう。
根の移動は数分かけて行われ、終わった時には部屋が丸々根に覆われてしまうほどの量だった。
「これだけあっても、無数に枝分かれした先端部分に過ぎないのね。本当に貰って良いのね?」
『~~』
「ふふ、ありがとう」
お礼を言って、部屋に広がった根っこをマジックバッグに仕舞うと同時に、部屋の扉が勢いよく開かれた。
ああ、根っこが邪魔して開かなかったのね。
「シラユキ殿、何事ですか!? ……こ、これは」
リューシアさんは、部屋に広がる光景に言葉を失った。
感謝の言葉と好意の言葉を放ち続ける4体の中位精霊、そして無数に飛び交う下位精霊の群れ。エルフの集落でも、2体以上集まる事すら稀な精霊達が、この部屋に大集合しているのだ。
「シラユキ殿、一体何が……」
「えーっとぉ」
何から言えば良いかな?
「リューシア様、お嬢様に代わり説明を致します。お嬢様のお力により、世界樹様の根に暮らしていた、付近の精霊様4人が進化を遂げ、さらに周辺にいらした下位精霊様達が祝福を挙げられているのです。そして精霊様達は、お礼に部屋に伸びていた世界樹の根を、お嬢様に下賜されました」
「なんと……! その様な凄まじい功績、女王様にお伝えせねば」
「その必要はない」
アリシアの簡潔な説明に対して慌てるリューシアさん。そして彼女を押し留める凛とした声。その声の主を探すと、リューシアさんの背後からひょっこりと現れた。
髪の長い、エルフの少女だった。
その姿を見た瞬間、アリシアが不自然に固まった。
だけど、私以外その衝撃に気付く人はいなかった。
「シ、シルヴァリア様! なぜその様な格好で!?」
「うむ、これから重大な頼みをするが故参ったのだ。その為には誠意を見せる必要がある。これからすることは、妾が隠し事を抱えたままでは釣り合わぬのじゃ」
「で、ですが」
「心配ならお主も同席すると良いぞ」
「……はっ」
「……こちらへ」
緊張するアリシアに案内され、シルヴァリアを名乗る少女は着座し、私はその対面に座り向かい合う。
今回ばかりは、相手が相手だからかアリシアは隣に座ってくれず、背後に控えた。その事実に、ミカちゃんもナンバーズも緊張を隠せない。
けれどスピカはいつもの様にリラックスした状態で膝の上でくつろぎ、先ほどの中位精霊達も気ままにふよふよしている。
「……さて、其方やアリシアは気付いておるようだが、改めて自己紹介をしよう。妾の名はシルヴァリア。シルヴァリア・エルフェン。この国の女王である」
「「「!!」」」
「ふくく、やはり其方らは気付いておったか。参考までに、どうやって気付いたか教えてくれぬかの?」
「んー。アリシア、答えて差し上げて」
「は、はい。お嬢様から普段より『魔力視』に慣れる為、視線を切り替えて生活する様に指示を受けていました。先ほど拝謁した際、女王様は身体全体が魔力の膜に覆われていて、その中心にはまた別の魔力が動いておりました。そして、今目の前にいらっしゃるシルヴァリア様は、先ほどの中身と同等の魔力が動いております」
「……なるほどの。例の魔法教育にも用いられた『魔力視』のスキルであるか。であれば、国の『紡ぎ手』達の前に、我が身を晒すのは危険である、と。覚えておこう」
アリシアはしっかりとした答えを出してくれたけど、私は別口で知っていた。まあ今も未来も、この女王様はこの女王様だったので、間違えようがないと言うことなんだけど。
この世界でも貴重な、のじゃロリだもの。忘れるわけがないわ。
「さて、この場は無礼講じゃ。言葉遣いを畏まる必要はないぞ。妾は堅苦しいのが嫌いじゃ」
「それじゃ、シルヴァちゃんって呼ぶね」
「おおう、ぐいぐい来るのう。其方からは精霊様と同じ気配を感じておったが、あながち間違いでもなさそうじゃな!」
よし、嫌がられないと。
最近領主様や王様とかが義父になった結果、王族とかのお偉いさんに対する敬い具合、シラユキちゃん的にだいぶ薄れちゃってる気がするのよね。
良いのかなー。良いのかも。
私の知識を参照した場合、友好的な王族で、フレンドリーに接しても怒らない人、結構限られてるし。……ただし好感度が最大であることが前提だけど。
女王様は精霊関係と、同胞を救ったことでかなり好意的に見てくれてるみたいね。
「ではシラユキよ。早速妾が頼みたい事の1つを叶えてくれた様で嬉しくおもうぞ」
「あ、世界樹に宿る精霊達の進化、とか?」
「うむ、そうじゃ。恥ずかしいことに、今の我が国には自発的に精霊様を進化させることが出来る者がおらんでの。自然の魔力を世界樹様が汲み取り、精霊様達に分け与える。それを繰り返すことで、長い時間をかけてゆっくりと進化していくのを待つしかなかったのじゃ。我らに悠久の時間があるからこそ取れる手段であるが、妾が王に就いて早100年。この方法で進化した精霊様は、たったの3体しかおらん」
「ふむふむ」
やっぱり、この子達霞を食べてるのと同じくらい、細々とした魔力を摂取してきたみたいね。
世界樹は大きいから、その分吸収する大気の魔力は多いんだろうけど、精霊の数が膨大だから……。結局、1人当たりの量は少なくなっちゃうんでしょうね。
「しかし聞けば、其方はエルドマキア王国に住まう我らの村で、精霊様を3体同時に進化させたと言うではないか。あそこの村にある世界樹はまだ子供じゃから、3体しか生まれておらなんだが、全ての精霊様が中位精霊となった事で、あの村の加護は強まったようじゃ」
その辺の仕様はよく分かってなかったけど、繁栄する力が増しているのなら良いことね! なら、『翠鉛鉱』の出現率も高まってるんじゃないかしら。
「そんな其方であるからこそ、精霊様の進化を頼みたかったのじゃ。現在この国に存在しておる中位精霊は、目の前の方々を含めて17体おる。この数が増えれば増えるほど、この国は自然の加護が強まり、実りも豊かになる。この国全ての精霊様を、などと無茶は言わぬ。だが、可能な限り手助けをしてもらえぬか……?」
「そう言う事なら、協力します」
「おお、まことか! では、進化出来た数に応じて、追加の報酬も出そう。考えておいてくれ」
「それなら、帰る時にでもいいので、この王国で生産されている果実や野菜を沢山ください。私も家族も、皆大好きなので」
「そんなことで良いのか?」
「そろそろ在庫が尽きそうって話だったよね、アリシア」
「はい。少し心許ない状態でした」
「よかった。あ、無くなったら買いに来ますので、その時は優先的に売ってくれれば」
「任せよ。とびっきり高品質の物を用意しよう!」
「ありがとうシルヴァちゃん」
シルヴァちゃんと握手を交わす。取引成立だ。
というか我慢できなかったので、ハグをしてそのままお膝に乗せた。驚いたみたいだけど、嫌がられては無さそう。これもシラユキちゃんのカワイさパワーのおかげかな!
「こうして抱きかかえられるのも懐かしいものよ。悪くないのぅ」
「ふふ、よかった」
「さて、頼みはあと2つあるのじゃが、そちらも出来高に応じて報酬を渡そう。1つは帝国軍に攫われた我らが同胞達の救出じゃな。時間が経てば経つほど、同胞達の生存も危ぶまれる」
「え? 捕虜の子達がいるの? それなら祝勝会なんてしてないで、すぐに向かった方が良いんじゃないの?」
なんて悠長な。
いや、本国のエルフって、割と時間感覚が狂ってたわね!?
「そうしてやりたいところではあるが、其方らの紹介をしておかねばならぬ。我らの中に人族が混じって戦うのじゃ。先刻の戦いに参加していた者達からは好意的に見られてはおるが、それ以外の者は、不信を感じている者も少なくない。その者らの誤解を解かねば、今後の戦いに影響が出るであろう」
「んー……。じゃあ、私達が先行して敵陣に吶喊しましょう。それなら、混乱も何もないでしょ?」
「む、しかしだな」
「そんな些細なことのために時間を割いて、人質や奴隷になった子達を救えない……。そんな事態こそ避けなければならないことだわ。多少私達を悪く見られていようと関係ない。戦いの場で魅せてやれば良いのよ」
シルヴァちゃんは私の宣言にポカンと口を開けていたが、しばらくして笑みを溢した。そして様々な想いを飲み込んで、わざわざ立ち上がって頭を下げてくれる。
「……我らのためにすまない、礼を言う」
「良いのよ。私たちは少し休むけど、その間に情報を集めてもらえると助かるわ。ナンバーズ、手伝ってあげて」
「「「はっ!」」」
「リューシア、お前は直ちに各部隊の将と隊長を集め、緊急の会議を開く。そこで先ほどのシラユキの言葉を伝えよ。妾もすぐ『あの身体』に戻り、こちらも貴族や氏族長を集め同席させる」
「はっ、お任せください!」
「ではシラユキ、無事に帰ってくるのじゃぞ」
「はーい」
そうしてシルヴァちゃんとリューシアさん。ナンバーズは部屋から出て行った。
残った私とアリシア、ミカちゃんは、集まっていた精霊達を解散させて、数時間ほど仮眠をすることにした。
……そう言えば、3つ目のお願いってなんだったんだろ?
『女王様って、幼女だったのね!』
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