第209話 『その日、共闘した』

 短刀と忍刀からは血がポタポタと滴り落ち、血に塗れた姿も美しいメイドが素敵な笑顔で微笑んだ。


「はい、お嬢様。乱戦が起きているところは魔法の対象外と鑑み、激戦地を中心に走りながら切り刻んで参りました。連中は物理にも魔法にも耐性を持った装備を着用していた様ですが、練度が甘いと言わざるを得ません。関節の隙間や首筋を狙えば簡単にヤれました。むしろ、攻撃よりもを維持するのに神経を使いましたね」

「そう、頑張ったわね」

「はい!」


 本来アリシアが着用しているメイド服は、汚れを自動的に落とす機能が備わっている。にも関わらず血みどろで居られるのは、私が教えた通りに、魔力でコーティングしているからだ。

 魔力防御は魔力を防ぐ。そして生物が流す血には、魔力が循環している。その為、メイド服よりも外側に魔力を展開している事で、特殊な装備を着用していても血に塗れるという行為は再現出来るのだ。

 まあ、そんな面倒なことをせずとも、メイド服を脱げば良いんだけど、そこはアリシアのメイド魂。そんなことでメイド服を脱ぐなんて、甘えらしい。


 まあ私も、いくら忙しくても自身の姿は完全カワイイ状態を維持しているのと同じで、これを止めるなんて自身のアイデンティティの崩壊を招くわ。


「それじゃ、この場の戦いは荒方終わったからレクチャーするわね。あ、でもその前に……『ディヴァインヒール』!」


 エルフのみを対象に、超広域魔法を展開する。

 これは『聖女』にのみ使用可能な蘇生と癒しのハイブリッド魔法。先程、通りがかった国でも使用したものだ。

 前回の様に国全域とは違い、戦場を限定にしているので規模は小さめだが、『エルフ限定』という条件付きで作動させている為、結局消費する魔力は同じくらいだ。総魔力の6割を失ったので、アリシアにレクチャーをしつつ休息を図ろう。


「お嬢様、ありがとうございます」

「良いのよ。さ、まずは自分の魔力防御に張り付いている液体から、血を媒介にして変質した特殊な魔力を感知するところからね」

「はいっ!」


 そうして、私達は石柱の下が慌ただしい状況である事を無視して、魔力を取り込む作業を説明し始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 無事、アリシアが『暗黒魔法』スキルを獲得出来たことを確認したので、綺麗に磨いておく。スキルがまだ1のため、スキルを上げるための簡単な魔法を伝授してから下へと降りていった。


 そして降り立つと共に、エルフの人たちから視線が集まった。


「んぅ?」

「シラユキ様。貴女がたの事情はミカエラ様からお伺いしました。エルドマキア王国からの救援、誠に感謝します」


 彼らを代表する様にして、綺麗な女性が声を掛けてきた。

 エルフ達の指揮官だろうか。ちょっと立派な鎧を身に付けている。


「どういたしまして。捕虜になっていた方や、戦闘不能状態に陥っていた人達は大丈夫だったかしら?」

「やはり、先程の癒しの奇跡はシラユキ様の物でしたか。改めて感謝申し上げます! 貴女のおかげで、数多くの同胞が、命を救われました!」

「そう、良かった」


 恐らく、救えなかった人たちも中にはいたのだろう。

 けれど、驕ってはいけない。私は神様でもなんでもない。救える力はあれど、この身は1つ。そして無限とも言える魔力はあれど、休息の時間はどうしても必要となる。

 最初から急いできたところで、何も出来ずに休息する事になってしまっては、アリシア達を危険に晒していた可能性すらある。だから、私の行動は。


「んっ」

「お嬢様は出来ることは全てしました。気負う必要はありません」


 突然の、アリシアからの優しいキス。心がほぐれる気がした。


「えへ、アリシアー」

「はい」


 アリシアに抱きつき頬擦りする。甘えて元気になったところで、アリシアの視線が動いた。

 彼女の視線を追ってみると、先程話しかけて来た、ちょっと目力強めのエルフの隊長さん。隊長さんはなんとも言えない表情でアリシアと見つめあっている。んん??


「お嬢様、紹介します。私の妹、アメリアです」

「アメリアと申します。バ……姉がご迷惑をかけていないかと心配でしたが、過分な信頼を得ている様で安心しました」

「妹!?」


 確かに、言われてみれば、目尻を少し下げればアリシアそっくりかも!

 あ、そう言う意味なら、ブチギレした冷ややかな時のアリシアにも似ていると考えるべきかな?


 それはともかく、ゲームでアリシアの家族について聞いてみた時、悲しそうな顔を浮かべた理由がやっと分かったわ。ソフィーやフェリスお姉ちゃんの様に、狙ってやったわけじゃないんだけど、棚ぼたでも助けることが出来て良かったわ。


「姉さん、これを」

「認可証ですか」

「ああ、城へ持って行けば歓待してくださるはずだ。ご主人と共に行くといい」

「えっと、アメリアさんはどうするの?」

「私はこれより、現場を片付け次第他部隊の支援に行きます。ですので、皆様方は後方でゆっくりと……」

「あら、戦場はここだけじゃ無かったのね? ゆっくりしすぎてしまったわね。当然私も行く。アメリアさん、戦場の位置を教えてくださる?」


 私の言葉にアリシアは微笑み、逆にアメリアさんは驚愕していた。そんなに驚く事?


「正気ですか? 助けてくださる心意気には大変感謝致します。ですが、シラユキ様は我々のためにあれほどの大奇跡をご使用されたのです。今はどうか、ゆっくりと療養なさって下さい」

「アメリア、諦めなさい。お嬢様は我らを助けるためにこうして、遠路はるばるやって来たのです。お嬢様が満足されるまでは休んでくださいません」

「そう言うこと。さ、教えなさい」


 そうして、私とアリシア2人がかりで説得されたアメリアさんは、戦場となっている場所を教えてくれた。


「スピカ、出なさい」

『~~』

『精霊様!?』


 スピカの登場に場が沸いた。


「お嬢様は精霊に認められ、宿主となられたのです」

「女王様以外に、精霊様に認められた方がいらっしゃるなんて……!」


 感動しているエルフ達を無視して、仲間達に指示を出す。


「アリシア。スピカとミカちゃんを連れて第二部隊の救援に向かいなさい。あっちには重症者が少ないみたいだし、貴女達がいればたとえ先程の数の敵がいても問題なく撃滅出来るでしょう?」

「お任せ下さい」

「ああ、任せてくれ」

『~~!』

「ナンバーズ集合」

「「こちらに」」


 背後に見覚えのある気配がやって来たが、1人足りない。


「あら、エイゼルは?」

「エイゼル様は、シラユキ様とは別に陛下から勅命を受けております。恐らく女王様と謁見されているかと」

「そうなの? ならいいわ。ツヴァイとドライは私について来なさい。ついでにアメリアさんもついて来て。第三部隊への指示出しをお願いするわ」

「「はっ!」」

「わ、わかりました」


 アリシアはナンバーズに、私はスピカに。そしてアメリアさんは自身の部隊に念入りに指示を出す。


「アリシアの言うことをちゃんと聞くのよー」

『~~~!』

「ツヴァイ、ドライ。お嬢様の事、くれぐれも」

「「お任せを!」」

「騎獣隊は哨戒体制、他の部隊は本陣に帰還し、事情を説明の上で司令官の指示を仰げ!」

『はっ!!』

「それじゃ、しゅっぱーつ!」


 私が代表して音頭を取る。

 さーて、助けるだけ助けていくわよー!



◇◇◇◇◇◇◇◇



「カーくん、『ルビーライト』! にゃんコロ、『ドリームノック』!」

「きゅっ」

「にゃお」


 エルフの足元にいる2匹の眷属は、主人の呼びかけに応える。

 青い体毛のウサギは、額に埋め込まれた宝石を輝かせながら飛び上がる。その宝石から溢れ出した光の軌跡は、周囲で戦っていたエルフ達を包み込んだ。

 光は身体を優しく包み、傷を癒やして身体能力を向上させる。


 黒衣の騎士に苦戦していたエルフ達は立ち直り、逆に帝国軍に逆転し始めた。


「助かる、同胞よ!」

「感謝する!」


 そして二足歩行で杖を持った漆黒の猫は、杖を振り回し、視界を埋め尽くす霧を発生させる。霧は帝国軍の騎士達に纏わりつき、ある者は『睡眠』の状態異常を受け、ある者は酒に酔ったかのように『酩酊』した。上手く抵抗レジスト出来たとしても、足取りは悪くフラついてしまっている。

 その機会をエルフ達が見逃すはずもなく、霧に囚われた敵の部隊は彼らに容赦なく攻め入られた。


「くそ、あのエルフだ! あのエルフを何としても仕留めろ!」


 帝国軍は躍起になって、獣を操るエルフに攻撃を仕掛けるが、彼女は飛来する魔法を杖ではたき落とし、弓矢を避ける。逆にエルフ特有の魔法で、樹木の根を伸ばして反撃したりしていた。


「ぐあっ!?」

「くそ、こんな化け物がいるとは……!」


 ここエルフの第二防衛隊は、救援に現れた彼女の活躍により全滅の危機を免れていた。しかし、彼女がどれだけ活躍しようとも、彼女の職業は支援に長けただけのもの。敵を安全に圧倒するような術はなく、ただピンチにならないよう支援し続けるのが関の山だった。


「あーもう、帝国軍しつこい!! どれだけエルフの領地が欲しいのよ!」


 エルフの少女は周りを見渡す。自分とその眷属の活躍で何とか持ち堪えてはいるが、戦場はここ以外にもある。もし他が崩壊すれば、その余波はこちらにも流れ込んでくる。

 もしそうなれば、いくら自分が活躍しようともこの戦線を維持することは出来ないだろう。


「せめて他の神獣が扱えたら……」


 やれる事なら、この場でもっとも攻撃力のある神獣を顕現させ、一気に巻き返をしたいところだ。しかし、つい先刻森の中で目覚めた時には、持ち物は何もなく、呼びだすことの出来る神獣は、たったの2体しかいなかったのだ。


 『癒しと護りを司る、神秘の神獣カーバンクル』。

 『微睡みと安寧を司る、休息の神獣ケットシー』。


 どちらも支援を得意とし、攻撃能力はあれども大量の魔力を使用してしまう欠点があった。魔力の回復手段に乏しく先が見えない現状、それを考え無しに使用するのは得策とは言えなかった。


「はぁ、どうしてこんな事に……」


 森の中で目覚めたばかりの彼女は、混乱と困惑の渦中にいた。聞こえて来た怒号と悲鳴に居ても立っても居られず戦場へとやって来た彼女は、自分の状況を棚に上げ、大切な同胞達のために戦いへと加わったのだ。


 神獣は、自身に内包する魔力と主人の魔力を掛け合わせる事で、世界に多大な影響力を持つ魔法を放つことが出来る。その為普通に魔法を行使するよりも、神獣の魔力を補う事で長期戦にも対応可能な職業だ。だがそれでも、限界は訪れる。

 少女は、残りの魔力と消費スピードから、戦える残り時間を逆算する。


「あと……1時間ってとこかな」


 それまでに出来るだけ押し返しておかないと。

 そう思っているところに、森の力を活用したエルフの伝声が伝わってくる。


『本陣より通達! 中央を維持する第一防衛隊、敵戦力を殲滅! 繰り返す、第一防衛隊、敵戦力を殲滅!!』


 エルフの王国は、王都の防衛に3つの部隊を派遣した。中央を維持する第一防衛隊。そして左翼を守るここ、第二防衛隊。右翼を守る第三防衛隊。

 中央は敵の攻勢が最も激しく、大部隊同士の激突が起きていたと聞いているが、それを撃退出来た情報は大きい。そうなれば、予備に控えていた本隊も、いずれ左翼と右翼の救援に来てくれるだろう。


「活路が見えて来たわね!」


 少女は、自分を含めエルフ達の士気が上がった事を実感した。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 耐える事半刻。

 士気が高まり、本陣からの支援もあり、何とか活路が見え始めたところで敵軍の一角が光の奔流とともに崩れ落ちた。


「我こそは『白夜の騎士』なり! 罪なき森の守り手に攻め入る不届き者達よ。我が剣の錆にしてくれる!!」

「え、あの人って……ええっ!?」


 遠目に見えるその女性騎士は、記憶にあるとある人物とほぼ一致していた。でも、あんな輝く武具は持っていなかったはずだし、何よりあんな東方被れの名乗りはしなかったはず。

 ただ、あの顔と国章入りの鎧はどう考えても……。何でここにいるのかは分からないけど、女の身としては近寄らない方が良さそう。


『~~~』

「精霊様!?」

「精霊様だ!」


 女性騎士から目を逸らすと、そこには中位精霊がふよふよと飛んできていた。精霊はエルフにとって、神にも等しい存在。世界樹ユグドラシルとその周辺に住み、彼らの安全と引き換えに世界樹の恵みと加護を享受する事で、エルフは繁栄して来た。

 そして帝国の目的は、エルフであり、精霊でもある。彼らの力を取り込むために、連中は自分勝手にもこの戦争を始めたのだ。


 そんな大切な精霊が戦場に?

 周囲のエルフは困惑していたけど、私には分かる。あれは契約精霊だ。

 誰かと契約を結ぶ事で中位精霊へと進化をした個体で、宿主のサポートがなくても、単体でもそれなりの戦闘能力を有している。


 この国で宿主となったエルフは、女王以外にいなかったはずだけど……。そう思っていると、精霊は膨大な魔力を体内に練り上げた。


『~~!』


 ―テンペスト!―


 突風が発生し、帝国の一個小隊が錐揉みしながら吹き飛んだ。


「は?」

『~~!!』


 ―サイクロン!!―


 竜巻が戦場に現出し、帝国の一個中隊を切り刻む。


「ちょっ」

『~~~!!!』


 ―テラ・テスラ!!!―


 巨大な稲妻が降り注ぎ、帝国の一個大隊を黒焦げにした。


「な、何よ、アレ……」


 あの精霊の実力は、中位精霊なんてもんじゃない。あれが内包している魔力は上位精霊並みか、それ以上じゃない! 見た目は中位精霊なのに、一体どうなってるの!?


「スピカ様、お疲れ様でした。こちらでお休み下さい」

『~~』


 精霊の真下。いつの間にか現れたメイド服のエルフがペンダントを掲げると、精霊はそこに入り込んだ。どうやらアレが精霊の仮宿の様ね。

 となれば、あの人が精霊の主人? ……戦場でその格好をするなんて、奇特な人なのかしら。


「スピカ様のおかげで敵陣は混乱の最中。であれば、魔法の通りも良いというもの。……『ブラックウェーブ』」

「あ、『暗黒魔法』!?」


 漆黒の霧がエルフの前方に広がった。霧は帝国の騎士に纏わり付き、視界不良を起こす。


「うわ、前がっ!?」

「落ち着け! 鎧の抵抗率を意識すれば暗闇は弾ける! 先程暴れた精霊はもう居ない! 残りの手強い相手もほとんど魔法使いで疲労も蓄積している。接近してしまえばこちらのものよ!」


 指揮官らしき人が落ち着いて指示を出すが、先程のメイドエルフは一瞬で距離を詰めていた。


「隙ありです」

「ぐ、ぁっ」


 わぁお、短刀が敵の首元をパックリ。

 どんな酔狂かと思ったけど、凄腕みたいね。なら、私のやる事は1つしかないじゃない。


「カーくん、にゃんコロ。あの人を全力で支援するわ! 『プリズムシャイン』、『ダークネスエンチャント』!」

「きゅー」

「にゃおー」


 カーくんとにゃんコロ。2体の加護が身体を包んだ瞬間、メイドさんがピクリと反応する。

 メイドさんは魔法の出所を感知したのか、くるりと振り向き、真っ直ぐに私を見つめてきた。吸い込まれそうな綺麗な瞳に、不意にドキリと胸が躍る。


「……同胞よ、感謝します!」


 そう言うと、メイドさんはすぐさま支援魔法で向上した身体能力を十全に発揮し、戦場を駆け巡る。あのメイドさん、支援魔法を受け慣れているのかしら。

 にゃんコロの支援は『暗黒魔法』の威力向上と魔力を練り易くする支援魔法だけど、カーくんのは少し特殊だ。7種ある全てのステータスを、術者依存で一定数上昇させる物なのだ。


 支援魔法を受ける事自体に不慣れな人だと、あんなにすぐには順応できない。けど、説明する間もなく突っ込んで行ったわね……。やっぱりあの人、只者じゃない。

 それにしてもエルフの中でも、一際美人さんだったなぁ。それにあの顔……。どこかで、見たことがある様な??

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