第208話 『その日、戦場に舞い降りた』

 アリシアとイチャつきながら、改めて現状を思う。

 このタイミングでエルフの王国が攻撃されたのは追い風だったわね。だって、ルドガーの活躍により史実通りに滅びなかったとしても、私が来なければ犠牲は増えていただろうし。


「ああ、そうだわルドガー。もう理解していると思うけど、あの国は私が救っておいたから安心なさい」

「ああ、だろうな。アンタが放っておくとは思えねえ。ところで街を襲ってた魔物の死骸はどうしたんだ?」

「ん? 疲弊した都市の復旧には財貨が必要でしょ。スタンピードの魔物なんて丁度良いじゃない。だから手を出さずにそのまま置いてきたわ。まあ量が量だから、いくつかは腐らせちゃうかもしれないけど」


 私の言葉に騎士団の人達が感動しているようだけど、回収する暇がなかったというのが本音ではある。だけどこの考えも嘘ではないから、まあ良いでしょ。


 さて、この国にもう憂いはないし、体力も気力も回復したし、心のつかえも取れた。だからもう休憩はお終いね。

 今から出発すれば明るいうちに目的地に到着するでしょう。


「それじゃ、そろそろ出発するわ。全員集合」

「「「はっ」」」

「はい」

「ああ」


 ナンバーズは私の影に飛び込み、定位置へ。アリシアは嬉しそうに抱きつき、ミカちゃんも背後から遠慮なくしがみついて来る。

 ミカちゃんも鎧の着脱スピードがプロ級ね。戦うときはいつの間にか着ているし、脱ぐ時も一瞬だわ。


「私たちはこの辺でお暇するわ。ルドガー、後始末は任せるわよ」


 風魔法を使い浮かび上がる。


「もう行っちまうのかよ? あいつらになんて説明すりゃあ良いんだ……」

「それなら、エルドマキア王国から正式な書類が後日届くはずよ。通る国は陛下に伝達済みだからね。それじゃ、修行頑張ってねー」

「あ、おい!」


 言うだけ言って、飛び立つ。

 陛下の注文通りの、決まったルートでエルフの国へと向かうこの旅だけど、先程の騎士達と遭遇した事で、1国は通る必要がなくなった。それにより、あとはもうほぼ直線に進むだけで良くなったのは嬉しい誤算ね。


 さーて、飛ばすわよー!



◇◇◇◇◇◇◇◇



 途中、またしても野良ドラゴンを見つけたけど我慢したり、ワイバーンと真っ向から鉢合わせしたり、ヒポグリフの集落の真上を通過した事で集団に追っかけられたりしたけど、無事にエルフの王国近辺へと辿り着くことが出来た。


 ちなみにワイバーンは魔法で瞬殺したあとに、スピカの魔法で素材を丸ごとマジックバッグに収納した。

 ヒポグリフは調教すれば貴重な空飛ぶ移動手段となり得るため、集落の殲滅は躊躇われたので、睨みを効かせて上下関係を叩き込んでおいた。その後は追って来る様子はなかったけど、時間のある時に顔を出してみようかな。


「お嬢様、あれをご覧下さい! 天をも貫くほど雄大なあの樹こそ、世界樹ユグドラシルです!」


 アリシアは興奮を隠そうともせず、まるで少女のようにはしゃいで見せた。普段ならそんなアリシアをミカちゃん辺りが弄ったりするものだが、当のミカちゃんもナンバーズも、皆その巨大過ぎる樹に目を奪われていた。


 彼女の言葉の通りに、天をも突き貫くその大樹は、幹の途中で既に雲を突き抜ており、遠目からでも頂点部分はぼんやりとしか見えない。まだエルフの王国まで百キロ以上はあるだろうに……。きっと下から見上げれば、首が痛くなる事間違いなしね。

 エルフの集落にあった世界樹は、分けられた子株というのが良くわかるサイズだわ。

 更に言えば、その周りに広がる森の深さと広さ。樹海とはよく言ったもので、エルフにとっては庭の様なものだろうけど、大地を飲み込む漆黒の地は、他の種族からしたら恐怖の対象となるだろう。


 今は空から侵入しているから問題はないけれど、徒歩で突破するのはちょっと勘弁願いたいわね。


「ねえアリシア、王城の位置って、世界樹の向きで分かるかしら?」

「はい、問題ございません。ユグドラシルから向かって右側が王城とその城下町になります。逆に左側は『精霊の森』となっています。更にユグドラシルを囲む様に広がる森は全て、他種族では踏破が不可能とされる『迷いの森』がございます。ですので、戦場は恐らく人が通ることを前提として開拓された、右側の地で行われているものと推察出来ます」

「分かったわ。じゃ、ちょっと速度出すわよー。皆戦闘の準備をしておいて」

「はいっ!」


 ユグドラシルを目にした事で、故郷を守る気持ちが昂ったのか、アリシアの熱意は十二分に伝わって来た。

 そんなアリシアから、エルフの国の各所に設けられた砦や交易路の情報を聞きつつ、要所になりそうな箇所から順番に回って行く。上空を飛び回る事で見えて来たのは、帝国は戦力を分散しての陽動戦略はほとんどせず、一点集中型で戦力を投入している事だった。

 アリシア曰く、基本的にエルフの国は隣国とのみ交易路を繋げて他種族との交流を深めて来たが、現在その交易路を帝国が襲っている可能性があると言う事だ。


 エルフにとっては整備されていない場所でも、それが森であるならば道として活用出来る。それをわざわざ交易路として開拓し、人間が通りやすくするために整えた道から攻められているというのは、何とも皮肉な話だ。

 まあ、エルフと交易をしていた国が、帝国によって占領されてしまった結果なんだろうけど。


 そうこうしているうちに、戦場が見えて来た。

 ユグドラシルを背に戦うは、金髪に緑色の軽鎧や服を身に纏ったエルフの軍勢。対してそれを攻めるのは、暴力と恐怖を内包したかの様な赤黒い鎧を纏った、帝国の軍勢。

 戦局で言えばエルフは押されているが、空から見る限りではよく持ち堪えてるわね。エルフはそもそもの個体数からして多くはないことから、本来数だけで言えば多勢に無勢。ただ、そんな彼らにとって唯一の救いは、戦場が森の中である事。それも深部という事だ。


 森の街道は帝国の侵略により彼らの支配域へと化してはいるが、そこを囲む森はエルフの領域なのだ。ここの森は魔力を多く含んだ樹で覆い茂っているから、ただの火では燃やすことすら叶わない。

 そして長く伸びた戦線は分断しやすく、突然の奇襲などもエルフならば可能。せっかく制圧した街道も、補給の部隊への強襲を恐れて戦力を割かないわけにはいかず、全戦力を投入出来ずにいるみたい。

 

 アリシアの情報から察するに、現在の戦場は最終防衛ラインの2つ手前に当たる砦付近だろうか。

 開戦前に、最後の方針を決めておく。


「最終確認よ。ナンバーズは散開して情報収集。アリシアとミカちゃんは地上で派手に暴れてエルフ達を守ってあげて。ミカちゃんは下手すると勘違いされて攻撃されるかもしれないけど、頑張って避けるのよ。最後に、私は上空から敵の集団を蹴散らすわ」

「気合いで何とかしよう!」

「アリシアは一応……」

「はい、お任せを!」

「うん! さーて、派手に行きますか!」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「アメリア様、報告です! 騎獣隊、長槍隊が半壊しました! 敵の装甲が貫けません!」

「アメリア様! 魔法隊の魔力、想定以上に消耗しています! 学者先生の懸念通り、やはり敵の装備には魔法ダメージを軽減する効果が付与されている可能性があります!」

「くっ! 奴らめ、ここに来て新戦力を投入して来たか。そしてこの装備、我らの攻撃能力を熟知した上で攻めて来ていると言うわけか」


 かの帝国が我らの森へと侵略して来て、かれこれ一月。

 開戦はその頃だが、奴らの威力偵察はもっと以前から起きていたのだろう。ここ数年、大切な同胞達が誘拐される事件が頻発していた。最初は森の外周部だけであったが、奴らの魔の手はどんどん内側へと侵食して行き、気づいた時には友好国であった隣国が占領され、ここを襲う為の拠点へと成り果てていた。


「各氏族の連携により、幾度となく補給を絶っていると言うのに、奴らは止まらぬ。一体何処からこれほどの蓄えが出ているというのか……。せめてその拠点さえ潰せれば」


 だが、我らは森の外の情勢に疎い。

 初めて訪れた場所であろうと、そこが森の中であれば自然と森が力を貸してくれる。動かずとも情報が勝手に集まって来るのだ。だが、森の力が及ばぬ場所となれば、我らは無力だ。

 奴らもそれを熟知しているのだろう。奴らの底が見えぬ以上、この戦はいつまで続くのか、先がわからぬ。


「第三拠点の方では旅の同胞の救援により持ち堪えていると聞きます。ですが、こちらの第一及び第二拠点は押されています」

「賢者様の復帰は難しいか?」

「はい……」

「そうか……」


 屈辱だが、これ以上同胞を死なせるわけにはいかん。


「撤退する! 我ら指揮隊が殿を務める。狩人隊は援護を、他の部隊は騎獣を使い負傷者を。続けて第二と第三にも」

『ドガンッ!!』


 そこまで言った所で、突如眩い光が上空を照らし、敵陣に巨大な土の杭が穿たれた。

 不意の一撃という事もあり、敵に動揺が広がっているが、それはこちらも同じ事。あれほどの魔法を扱える者など、我らの中でも選ばれた者しか……。


「け、賢者様が戻られたのか?」

「そ、そんなはずは! 先日の戦いで気を失うほど魔力を喪失して以降、目を覚ます予兆はありませんでした!」

「だが幸いにして、今の攻撃で敵は混乱の最中だ。作戦を継続する。各自、負傷者を連れて撤退せよ!」

「はいっ!」

「ア、アメリア様。あれを!」


 各部隊に指示を出していると、部下が何かを見つけた。

 彼女の指す方を見ると、どうやら何者かが杭から飛び降りて来ている様だった。全部で5人。

 まずは目で追えない速度の者が3人。微かに魔力で知覚出来たが、一瞬で視界から消えてしまった。そしてそれに続いて2人。片方は敵陣へ……あれは人間の女戦士か? 見ない顔だが、奴らに対して敵意を剥き出しにしている。敵の敵は味方……だろうか。

 そしてもう片方は奉仕服に身を包んだ……同胞? いや、その顔には見覚えがあった。


「おや、聞きなれた声がすると思えば、貴女でしたか」

「……ふん、貴様など知らんな」

「意地っ張りは何年経っても変わりませんね。現場の指揮官ですか? 出世した様ですね、おめでとうございます」

「ここに来て嫌味か? お前も変わらんではないか。……もうまもなく敗戦の将となる所だ。お前の様な同胞が、たった1人増えた所で結果は変わらん。よもや最後に出会うのが貴様とはな、笑いに来たのか?」


 何十年も前に、絵物語の影響を受けて、人間に夢見て出て行った愚か者。まさかコイツが戻って来るとは。先程の石柱は……いや、いくら才覚のあるコイツでも、まだその様な芸当出来るはずがない。

 そう思った所で、コイツは色褪せない記憶のまま、あの頃の様にうっとりとする様に笑みを浮かべた。


「それは重畳。紹介する前に死なれては、あの方が悲しまれていた所です」

「なに?」

「喜びなさい愚妹、貴女の命運はここで潰えない事が、今ここで確定しました。これからエルフは救われます。お嬢様の手によって」


 昔からコイツは頭のネジが飛んでいたが、外に出たことでより悪化した様だ。この戦況が見えないほど耄碌したのか? まさかここまでおかしな奴に成り果てていたとは。


「ふん、お前が仕える相手だと? そいつが我らを救う? 馬鹿馬鹿しい、夢を見るのもいい加減にしろ。確かにあの女戦士は強いだろう。我が国の団長と近い強さかもしれん。だが、たった1人では戦況は変えられん!」

「はぁ、これだから貴女は愚妹なのです。お嬢様をアレと勘違いしているのが何よりの証拠。あそこで暴れている方はお嬢様について来たオマケです。元より当てにしていませんが、同胞を助ける手足くらいにはなるでしょう」

「は?」


 あれほどの強者を連れて来てくれただけでも、どれだけ多くの同胞が助かるか。だと言うのに、あれが本命でも何でもなく、ただのオマケだと!?

 ならば、コイツが仕える人間など、何処に……。


 ……!!


 見上げてみれば、石柱の上部は、いまだに輝き続けていた。

 杭が打たれる前。不思議な輝きが現れてから、今もなお、ずっと。


「まさか」

「ようやく気付きましたか」

「あれは、何かの魔法ではなく、術者が放つ魔力の輝きだったというのか!?」

「さぁ、どうでしょう。お嬢様曰く、意識しなくても光が漏れるとは仰ってましたが」


 一体、どんな怪物を連れて来たのだ、この馬鹿姉は……!



◇◇◇◇◇◇◇◇



 アリシアは誰かとお話ししてる様だったけど、こちらを見て微笑んだ後は、踵を返して敵兵を攻撃し始めた。知り合いでもいたのかな?


「んー」


 改めて帝国の軍勢を見遣る。帝国軍はわかりやすくて、黒一色の鎧を用いている分、エルフ達と色合いで差別化出来るので、高みからでも違いがよく分かった。

 MAPでも目視でも、そこかしこにエルフの人達が囚われていたり、辱めを受けていたり、骸を晒したまま放置されていたりした。

 大規模な魔法で一網打尽! と最初は考えていたけれど、あの人達は巻き込みたく無いなぁ。捕虜の人たちは当然として、骸となった人達も、これ以上傷ついて欲しくは無いわ。

 運が良ければ蘇生が間に合うかもしれないしね。


 なら、やる事は簡単ね。

 ちょっと手間はかかるけど、のよ。


「蛮族どもよ、永遠に眠りなさい! 『結合魔法デュアルマジック』『永久凍土コキュートス』!」


 『賢者』のスキルで『氷+氷』を使い、魔法を使用した。ピシャーチャが眠るミスリル部屋で使用した『氷結の棺アイスコフィン』がレベル1なら、こっちはレベル3だ。あの時と比べれば私のレベルは2倍以上になっている。それにより、扱える魔法の種類は威力も含めて大幅に増加していた。

 魔法が起動すると、目前に広がる世界は突如として、真っ白な銀世界へと変貌を遂げた。所々に円状に切り抜かれた空間が存在しているが、そこはエルフ達がいる場所の為であり、帝国軍兵士は1匹たりとも逃さなかった。

 各所で巨大な氷柱が乱立し、神秘的なエルフの森に幻想的な結晶風景が出現していた。まあ、氷塊の中身に目を瞑ればだけど。


「何だか少し魔法の通りが良く無かったわね。最初の発動時にレジスト……というより、無効化された感じかしら。ま、無効化された上で貫通させる超威力の前には、無駄な努力だけど」


 けど、こんな鍛治技術及び加工技術、今の帝国が持ち合わせていたかしら? 1年後の戦いの際、確かに魔法の通りが良くない装備を身に付けた奴がいたけど、ここまで数は多く無かったわ。

 私が世界に顕現した影響が、こんなに距離の離れた国でも起きているって事??

 でも、どうやって……。


 まあ何にせよ、今思った事を簡潔に表すなら、これに尽きるわね。


 バタフライエフェクト、こわ。


「お嬢様!」

「にゅ?」


 そんな風に余念に耽っていると、足元からアリシアが登って来た。血まみれの状態で。


「うわ、スプラッター」

「お嬢様の言いつけ通り、100人斬りをして参りました」

「え、この短時間でそんなに倒せたの?」


『容赦のないアリシアも好きよ』

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