第207話 『その日、残党狩りをした』

「お嬢様、お嬢様……!」

「んふふ」


 恍惚とした表情のアリシアが甘える様に頬擦りしてくる。いつもとは接し方が逆転してるわね。私もそんなアリシアがいじらしくてカワイくて、我慢出来ずに何度も唇を重ねる。

 他の子達が気まずい思いをしていることなんて、まるで気付きもしないくらい、互いに夢中になっていた。


 アリシアがこんな風に私への愛情を抑えられないのは、昨日目立ちすぎて神格化された事が発端ではあるけれど、1番の原因はさっきの支援のせいよね。

 まず初手に行ったのは広範囲の殲滅魔法。神聖魔法スキル150を要し、更には『聖女』だけしか使用不可という限定的な条件がつく。癒しを振る舞う役職に似つかわしくないほど超攻撃型の魔法で、威力は『賢者』の『結合魔法デュアルマジック』に引けを取らない。

 欠点があるとすれば職業限定魔法である事と、回復役が攻撃に魔力を回すほど火力に傾倒するなんてレアケースが中々発生しない事。更には消費魔力の高さから、使いにくいと評される。


 問題は山積みの魔法なんだけど、シラユキちゃんの前ではどれも些事にすぎないのよね。


 そんな魔法で城壁を取り囲む魔物だけをピンポイントに狙撃した訳だけど、シラユキちゃんの支援は当然そこでは終わらなかった。


「お嬢様の神にも等しきお力を前に、あの国の臣民達は皆お嬢様に感謝と祈りを捧げていました。こんな素晴らしい方にお仕えできて、私は幸せです」


 治療をして回るのが面倒だったから、一息に回復させようと横着したんだけど、それが見事にアリシアの心にクリーンヒットしたみたいね。王城と城下町を含む、城壁内の全域をカバーするほどの、超々広範囲の回復&蘇生魔法を使用したわ。

 この国はエルドマキア王国に比べれば一回りも二回りも小さい国だったからなんとか出来たわ。それでもこの範囲に魔法を届けるには、いつもの杖の力だけじゃ全然足りず、有り余る膨大な魔力に物を言わせたのだった。

 結局、一連の支援で総魔力の9割を消費してしまったわね。


 ただ、この回復魔法も万能ではない。失われた全ての命が息を吹き返す様な、蘇生効果を齎す魔法ではないのだ。実際、マップ上で灰色になってしまったうちの半分くらいしか蘇生が成功しなかった。


 ゲーム内での説明には『魂が身体から離れていない』事を条件としている旨の記載がされていた。条件はいまいちハッキリしていないし、曖昧なのと危険性からこの世界では実験出来ない。けれど、なんとなくであれば、解明出来ると思う。


 まず、プレイヤーの場合レベルや総戦闘力が上がれば上がるほど、蘇生魔法の有効時間が長くなる傾向にあった。

 それがこの世界の人達でも同じ様に発揮されるのなら……。おそらく体内に残る魔力が一定量残ってさえいれば、蘇生が有効に働くのだと考えられる。


 私の周囲で死人が出た場合、直面すればきっと取り乱すだろうけど、強ければ強いほど復活もさせやすいという事実は大きい。

 戦いで死なせない為という理由が一番だけど、もしもの時に効果を発揮しやすい様にする為にも、婚約者達の戦力向上はやっぱり必須ね。


「アリシアー」

「お嬢様……」


 全力で頬擦りをし合っていると、エイゼルから報告が入る。


『シラユキ様、あちらをご覧下さい。大型の魔物が多数見受けられます。恐らくあれが、先程のスタンピードから溢れた残存戦力でしょう』

「ん、ありがと」


 そう。今私は後顧の憂いを断つ為に、先程の戦場から続いていた、大型魔物の足跡を追って来ていたのだ。しっかり死人まで蘇らせて助けたというのに、見逃した魔物のせいで滅んだり死人が出たら嫌だもの。


「……ふぅん? 誰かが戦ってるみたいね」


 足跡を見逃さない為と、消費した魔力を回復させる為に少し速度を落として飛行していたとはいえ、馬車でも半日くらいの距離は飛んできたと思う。

 さっきの戦場でも耳にしたけど、大型を釣って移動させた人達が居るみたいだし、もしかしたらその人達なのかも。と思っていたけど、結構な大規模集団ね?


「あれくらいの人数がいたら、むしろ城下町の防衛線に残った方が良かったまであるわね」

「いえ、どうやらあの集団は、他国の騎士団と思われます。恐らく彼の国の救援に駆けつけたのではないでしょうか」


 よく見るとその集団が持つ旗は、先ほど助けた国とは違う国旗が掲げられていた。


「ほんとだわ。陛下に見せてもらって改めて実感したけど、この辺って、小さい国がいっぱいあるのね」


 陛下に見せてもらった地図を思い返す。正直言って、あの地図を見たときは困惑したわ。だって、ゲーム時代では知らなかった国が、沢山あるんだもの。たった1年しか経過していないはずなのに、本編までに一体幾つの国が滅んだのよ。びっくりだわ。

 ゲーム中人類の生活圏から少し離れれば、おかしな廃墟が所々にあったけど、それがまさか、つい最近滅んだばかりの国々の成れの果てだなんて思わないでしょ。


 調べれば国と国との境界線に、おかしな空白地帯があったりしたんでしょうけど、シラユキちゃんはそういうのあんまり興味なかったからなぁ。システム周りの設定は好きだったけど、歴史周りの設定は大して興味なかったのよね。


 そうこう思案に耽っている間にも、魔物と騎士団との戦場は音が聞こえるほどの距離へと近付き、大体の戦況が分かった。


「どうするレディー」

「そうね。流石にこの距離だと、騎士の人たちもこちらを認識したわね。警戒はされてるけど、こちらを相手する余裕はないみたい」

「それはレディーが輝いて見えるからじゃないかな」

「あれ、私まだ光ってる?」


 アリシアの身体に隠れてよく見えないけど、カワイらしいおててがぼんやりと光っている様に見える。


 んん?


 私、今、神聖魔法使ってないわよね??


「???」


 ……あっ、意識して抑えたら消えてくれた。

 でも力を外せばまた輝き出した。

 なにこれ。


「えっ?」


 マジで何コレ??


「お嬢様……?」

「うーん……ま、いっか!」


 考えてもわかんないし、後回しね。

 光るだけで害はないみたいだし、今は魔物の処理が優先だわ。


「話を聞いておきたいし、降りて戦うわ。全員準備は良いわね?」

「はいっ!」

「ああ!」


 魔物の集団の側面へと降り立ち、指揮を取る。


「攻撃開始!」


 アリシアは私の手から離れると、体の調子を確かめる様に何度かその場で跳ね、短刀と忍刀を抜き放ち疾走した。


 ミカちゃんは急いで鎧を着用し、一気に神聖力を解き放った。邪悪な魔物は神聖力の波動を嫌う。付近にいた大型種全てのターゲットを一身に背負った。

 輝く武具を扱う彼女もまた、私と同じように輝いている。これが夜なら、白夜の騎士が見れたのに……残念ね。


 ナンバーズは私の腕から飛び出すと、流れる様に黒い影から人の形へと変貌する。うん、知らない人が見たら新手の魔物にも見えかねないわね。

 彼らもまた、私の恩恵を存分に受け、成長を果たした。


 大型といえど、強さでいえば中級ダンジョンと同程度。ボスクラスの大型も混じってはいるが同じレベル帯であることに変わりはない。この5人が参戦した以上、勝敗は決したわ。


 そんな状態なのにシラユキちゃんまで混ざりに行くのは過剰戦力と言わざるを得ない。なので魔力と気力を回復させる目的で、優雅に椅子を取り出し、お茶を楽しむ事にした。


「アリシア、お茶」

「はい、ただいま」


 私がそういえば、戦場で魔物の群れを切り刻んでいたはずが瞬時にこちらへと切り返し、『浄化』を済ませると何事もなかったかの様に紅茶を注いでくれる。


 これぞ私の求めるパーフェクトメイド。


「恐縮です」

「アリシア、まだまだ数が多い。戻ってきてくれないか!」

「仕方がありませんね。行って参ります、お嬢様」

「はーい」


 アリシアを見送り、お茶を楽しむ。戦っている人達から奇異の目を向けられるが知らんぷりだ。今は休みたい気分なの。

 しばらくそうしていると、敵の数はみるみる減って行った。それにより手持ち無沙汰な騎士の人達が沢山出てきたみたいね。

 私も魔力が万全になったし、大きく支援してあげましょうか。


「『エリアハイヒール』」


 魔物を除いた全ての人類を対象に、回復魔法をかける。見た感じ死人は出ていなさそうだし、コレで十分でしょ。

 ダンジョンの魔物は、基本的に死んだら魔力に変換されるけれど、それはダンジョンが死骸を有効活用する為に魔力へと還元して、エネルギーを補填する為と言う設定だったと思う。けれどスタンピードでダンジョンの外へと出てきた魔物は、ダンジョン近くならまだしも、こうも遠くまで来てしまったものは還元される事なく残り続ける。

 なのでスタンピードで倒された魔物は、資源として有効活用されるのだ。学園のダンジョンでは見かけない種類もチラホラと見かけるし、幾つかは解体して素材を採取したいところね。


 半ば横取りの様な形だったけど、分けてもらえるかしら?


 そう考えているうちにアリシア達による殲滅は完了し、ミカちゃんが代表して騎士さん達の相手をしている。ミカちゃんの強さや風貌は、諸外国にも広く知れ渡っているみたいで、ここはまだエルドマキア王国の周辺国。直接ミカちゃんを知っている人が少なからずいるみたい。

 あの騎士団の人達を見るに、ファンの人が紛れていそうね。


「ミカちゃーん」

「ん? ああ、任せてくれ」


 私が落ちてる素材を指差すと、皆まで言わずともミカちゃんは全てを察してくれた様で、彼らと魔物素材の交渉も始めてくれた。ミカちゃん便利ー。

 その結果で得られた魔物は、解体せずに死体ごとマジックバッグに放り込む事にした。大型と言っても人間の数倍から十倍くらいまで幅広い連中が何十体もいる為、塵も積もればピシャーチャ並みの体積にはなるだろう。

 けど、シラユキちゃんが作った『マジックバッグ(超特大)』の前では些細なことに過ぎないわね。


 ナンバーズがせっせと、私達の報酬へと割り当てられた魔物達を放り込む。そんな徐々に綺麗に消えていく光景を肴に、私はアリシアのお茶をのんびりと味わうのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「噂に違わぬ実力、感服致しました。我らもミカエラ様に追いつける様、努力を惜しまぬ所存です」

「はは、これでもつい最近、最上位職へと転職をしたばかりでね。まだまだこれからさ」

「これだけの強さで、転職したばかりなのですか!? すごい……!」


 レディーの教えに従い『神聖魔法』の練度を上げ、『聖騎士』へと転職をすることが出来たが、まさか元の『騎士』の強さに追いつく為にレベル1のまま上級ダンジョンに連れていかれるとは思ってもいなかった。

 レディーが想像以上にスパルタで驚いたが、聞くところによれば未知のダンジョンにたった1人で、しかもレベル2で挑み制覇したことがあるらしい。


 それを思えば、圧倒的強者であるレディーに、同じく転職を果たしたアリシア。更には神丸殿や狐人族の少女と共に挑める自分はなんと幸運なことか。

 1度目の突撃でレベルは30を超え、元の『騎士』に近い戦闘力まで戻すことが出来た。

 その後、何度もレディーのパーティで上級ダンジョンを制覇し、レベルも50へと到達。レディーからも、今の私なら例の魔人とも対等に立ち回れるとお墨付きも貰えた。レディーという高みが近くにいるせいか、自身の実力がいまいち掴めない状態であったが、その報告は何よりも嬉しい物だった。


 その折、レディーのレベルアップにも立ち会うことが出来たが、あまりにも低いレベルに驚いたものだ。


「それにしても、そんなミカエラ様を顎で使い、更には凄まじい癒しの力……。あの方はエルドマキア王国の聖女様なのですか?」

「ん? ははっ、彼女は『聖女』という言葉だけでは言い表せない程に、素晴らしい人さ」


 先程の回復魔法は、私自身助けられたこともある。だが、先程の包囲戦での使用もそうだが、明らかに出力が向上している。

 ダンジョンでもレベルアップしているとはいえ、驚くほどの成長度合いだ。


 まだレディーから、直接的な強さの値を聞いてはいない。いつでも聞いて良いとは言われているが、どうしたものか……。まだ彼女の都合と、私が二の足を踏んでいるせいで、未だに挑めていないし……。ううむ。


「ああ、考え事をされているミカエラ様もお美しい……」

「おっと、失礼。つい彼女のことを考えてしまっていた」

「ミカエラ様すら虜にされるなんて、一体どんなお方なのでしょう」

「なんだか輝いて見えますが、錯覚では無いわよね?」

「私にも見えていますわ……」


 確かにレディーは、つい先程から輝いたままだ。

 昨日輝いていた時から、魔力を切り忘れていた訳でも無さそうだし、私も気になるところだが、今は必要な事を聴取しておかねば。

 我らはこれでも、急ぎの身であるからな。


「ところで、先程の癒しの力だが、誰も漏れてはいなかったかな?」

「は、はい! あの方の魔法で、私達騎士団だけでなく、魔物を引き連れていた冒険者達も癒して頂きました!」

「そうか、それは良かった。ところでその冒険者達に会わせてくれないか。彼らのおかげで彼の国はなんとか持ち堪える事が出来、それによりレディーの支援が間に合ったのだ。彼らには是非とも礼を伝えさせてほしい」


 レディーも溢していたが、通りがかった国を助けることが出来て本当によかった。間に合わずに助けられなかったとあれば、知らなかったとはいえ心に無用な負担を掛けることになる。

 レディーにはその様な辛い目にはあってほしくない。


「承知しました。彼らは今、後列の臨時テントで休んでおります。お連れしましょうか?」

「いや、回復したとはいえ病み上がりだ。私が直接向かおう」

「ミカエラ様……! では、こちらへ」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「レディー」

「あ、おかえりミカちゃん。冒険者の方は……あれ?」


 ミカちゃんの後ろには、見覚えのある男がいた。


「あなたは……。ル、ル……なんだっけ?」

「覚えてねえのかよ! ルドガー。剛拳のルドガー様だ!」

「ああー」


 そんな名前だったわね。

 目の前でルドガーは怒り心頭と言った様子だったが、すぐに沈静化して居心地悪そうに首を掻いた。


「あんたが魔物達を引き連れてくれてたの?」

「……おう、そうだよ。短い間だったがあの国には世話になったしな。仲間1人に早馬でこの国の連中に救援を依頼して、残った俺様達は魔物を引っ張ってここまで来たんだ」

「私に決闘で負けて、すぐこっちに来たんだ?」

「ちっ、そーだよ。……ったく、良い迷宮があるってんで修行に来たら、スタンピードに巻き込まれて散々だぜ」


 スタンピードに襲われる国と、その後滅んでいた国の情景を照らし合わせたとき、ふと疑問を感じていた。

 それは、もしこのタイミングで私がここを通らなかったとしても、あの国は滅びずに済んだのではないか、という事だ。


 だって、国を囲む魔物の量は攻め落とすには少なく感じたし、援軍である他国の騎士団もいるんだもん。

 でも、その理由は彼にあったんだ。


「ねえルドガー、もし……もしもよ? あのとき私と戦っていなかったら、どうしてた? この国に来てた?」

「どうってそりゃ、来てねえんじゃねえか? この国には修行し直す為に来たんだしよ」

「そう……」


 つまり、私と決闘した事で、初めてコイツとそのパーティは本来訪れることが無かったタイミングでこの国を訪れ、スタンピードに居合わせ、持ち合わせた正義感で囮を買って出た。

 王国と自分のためを思って暴れたことが、こんな所にも影響が出ていたなんて……。バタフライエフェクト、舐めてたわ。


「ふふ。誰かをボコるだけで、それが結果的に他の国を救うだなんて、ね」

「流石です、お嬢様!」


 いつもの調子の讃える言葉ではなく、心から敬愛する気持ちを瞳に込めて、アリシアが見つめてくる。

 本当にたまたまだけど、こんなことも出来ちゃうシラユキちゃんの運命力。最高にカワイイわね!


『マスターの運命力というか、巻き込まれやすいだけと言うか……』

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