第206話 『その日、星になった』

 部屋に集まった首脳陣に、私の行きの計画を説明する。

 そしてアリシア達を連れて行く方法も。


「成程な……。シラユキちゃん以外誰も真似出来ぬ方法だ。だが、空の上であろうと領土は領土。通る以上は報告が必要である。勝手に通り抜けては不法侵入となるし、戦争の為に他国へ支援しに行くのならば、尚の事進軍ルートは開示せねばならん。でなければ不要な争いを招くこととなるだろう。すまんシラユキちゃん、任せるとは言ったが少し……10分くれ。皆と相談したい」

「はぁい」


 そう言って大人達はその場で会議を始めた。

 まあそうよね、戦争の救援に個人ではなく国として救援に向かう以上、こっそりと隠れていくわけにもいかないわよね。悪い事する訳じゃないから、本来なら堂々と姿を見せていくべきなのよね。ただ、その事に気を取られて国境を通っていけば時間がかかりすぎるし、かといってそれらを無視して飛んでいけば不法入国になる訳だし。

 うーん、難しい問題ね。

 ……空にまで国境があるのかは疑問ではあるけれど。


 ま、シラユキちゃんがエルドマキア王国に所属する以上は、国同士のルールはきちんと守らなきゃね。それがどんな結果になろうとも。


 ……よし、今のうちにもう1回皆に甘えておこっと。


「ソフィー」

「うん? え、ちょ、んむっ!」


 そんな感じでゆっくり皆とキスして回ったところで話はついたみたいだった。

 

「待たせたの、シラユキちゃん。方針は決まったぞい」

「あ、はーい」

「まずこちらからお願いした手前申し訳ないが、国の代表として行く以上こっそりと国境を抜けさせるわけにはいかん。だが、エルフェン王国には時間がないのも事実である。あまり余計な事に時間をかける訳にはいかん。なので、各国には我々の方から後日、説明する事にしよう」


 え、マジで?


「その代わりと言ってはなんじゃが、シラユキちゃんには出来るだけ目立ちながら国を通り抜けて欲しいのじゃ。そしてワシが指定する国の首都の上空を、順番に通ってほしい」


 隠密ではなく堂々と目立って通れって? そんなの、願ったりなんですけど。むしろ、シラユキちゃんからすれば大歓迎なんですけどー!


 この話を聞いて目を輝かせるシラユキちゃんを見て、お義父様達は笑みをこぼした。


「くく、理由を説明しよう。まずその様に注目される事でシラユキちゃんの実力を示せる。以前のパーティーで失礼をしてきたような連中が現れることも減るだろう。更に、このルートに存在する国々は、領土内にエルフの集落を持っていたり、同盟を結んでいるはずなのだ。であれば、他人事ではいられぬだろう」

「なるほどー」

「目立ち方は任せるが、出来るだけ派手にやって欲しいのじゃ。その方が、我々の使者が説明に行く際、話が通りやすいからの」


 どうせなら巻き込んじゃおうって魂胆ね。

 でもこのルートだと、最短の半日ではキツイわね。強行軍したところで、休みも欲しいし……。到着は明日の昼間から明後日の早朝……と言ったところね。


 私が地図と睨めっこしてうんうん唸っている間に、アリシアとミカちゃんがその他の注意事項をまとめておいてくれる。

 顔を上げたときには、もう話はだいぶ進んでいて、エルフェン王国の人達との共闘や協定に関して話していた。うん、途中からだと訳わかんないし、後でアリシアにきこーっと。


 手持ち無沙汰になったのでキョロキョロしていると、モニカお姉ちゃんのママ、マリアさんが笑顔で手を振っていたので、全力で甘えに行くのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 マリアさんに全力で甘え終わった私は、他の人達とも行って来ますの挨拶をしてバルコニーに出る。

 そこで、皆が見送りに来てくれた。


 さっきまでいっぱい甘えたりお別れの挨拶をしたので、これ以上の言葉はいらない。むしろ口に出したら、寂しくて決意が揺らいじゃいそうだわ。

 だから同行者に目を向け、彼らに準備をしてもらう。


「ナンバーズ、準備は良い?」

「「「はっ」」」

「「「『影潜り』」」」


 3人全員が私の影へと飛び込む。

 彼らは影の状態でゆっくりと私の身体を駆け上がり、3つの黒い線となって左腕へと巻き付いた。


 『影潜り』は『忍者/くノ一』のレベル25で使える特殊なスキルだ。効果は魔力の続く限り、指定した1つの影に潜り込み続けることが出来、直接攻撃を回避したり強襲したり、果てには影の持ち主を縛り上げたり身動きを取れないようにする。

 『上忍』が使える『影渡り』と違い、入った影から別の影へと移動したりは出来ないが、影の持ち主にしがみつくことが出来、それにより影の持ち主に合わせて移動も可能となる。

 欠点は影の中だとアイテムの使用が出来ず、常に魔力が減り続けてしまうところにあるんだけど……。シラユキちゃんに絡みついている内は、魔力の一点においては何の心配もないわね。


「それじゃ、次はミカちゃん」

「本当に良いのかい、レディー」

「しょうがないでしょ。物理的にそうするしかないんだから」

「お嬢様、私も影に潜っては……」

「私を孤独死させる気? 却下よ却下」

「……で、では遠慮なく」


 そう言ってミカちゃんが遠慮がちに背後から抱きついてくる。

 今のミカちゃんには、鎧はキャストオフしてもらい、インナー姿でいてもらっている。鎧のままで抱きつかれたら痛いんだもん。当然よね。

 そして鎧を着ていないミカちゃんが珍しいのか、割と皆から注目を集めてる。団員さん達の視線が熱いわ。……約1名、団外の人からも熱っぽい視線が飛んでるけれど、本人たちはそれに気付いていない様子ね。


 最後にそんなミカちゃんと私を紐で結んで、縛り付けてもらった。

 これならちょっとやそっとででしょ。


 そうして準備が完了したところで、アリシアを手招きして、お姫様抱っこをする。


「準備完了! それじゃ、行って来まーす!」

『いってらっしゃい!』


 沢山の大切な人たちに見守られながら、私は夕焼け空へと飛び上がった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 以前飛んだ時よりも安定した飛行制御により、2人を抱えた状態にも関わらず安心安全に空を飛んでいた。

 今回、ダンジョンツアーで使った様な同行者を守るための各種バフ魔法は、直接は使用していない。エルフェン王国への旅路で何度も飛び立つ必要がありそうだし、かけ直すのも手間だと思ったので、専用の魔道具を錬金術で作っておいた。

 錬金術で現在直面しているスキル帯は、スキルを上げるのに適した、量産可能な消耗品はほとんど存在しない。その代わりに、多少の無理をすればとっても便利な一点物のグッズを作れる区画だったりする。


 今回作った物は、魔法を最大5個まで登録が出来て、必要な魔力を送れば全て並列で発動させることが出来る腕輪型の魔道具だ。更にそれを、現在2個装着している。

 装飾にこだわれば、ちゃっかりオシャレ出来るのも評価が高いわ。


 欲を言えばもうちょっと小型の……指輪タイプが良かったんだけど、流石にそっちは作成難度が高すぎて作れなかったのよね。


 ……この魔道具、とっても便利だから量産するのもアリかなーと思ったけど、どう考えてもコレ、使用用途が軍事目的になりそうなのよね。

 これも陛下達に要相談だわ。


「……」


 ……そう言えば皆静かね。

 今耳に届くのは、魔法の力で発生した障壁に風がぶつかる音だけ。それも消音というか防音してるから、そよ風みたいな物だけど。

 今は5月頭とはいえ、空の上は冷える。けれど、それも空調調整の魔法で快適な気温になっている。旅の仲間には苦を感じさせたくないわ。


「アリシア、空の旅はどうかしら」

「……えっ? あ、申し訳ありません、お嬢様。よく聞こえませんでした……」

「アリシアがぼんやりしてるなんて珍しいわね。緊張してる?」

「いいえ、そうではないのです。高速で景色が過ぎ去って行く様子が、まるで鳥になったかの様で楽しくて」


 流石アリシア。今から戦争になっている故郷に帰るっていうのに大物ね。

 それにしても夕陽に照らされるアリシアの横顔が、大変カワイらしいわ。つい抱き寄せたくなったけど、バランスを崩したら危ない。我慢しよう。我慢我慢。


「ミカちゃんは平気?」

「うむ! 景色も素晴らしいが、何よりレディーと縛りあって、おぶさっている自身の状況が堪らない。最高だ!」

「ああ、そう……」


 ミカちゃんはこんな時でも相変わらずね。


「ナンバーズはどう? 疲れたりしない?」

『問題ありません』

『私もです』

『むしろ最高の眺めっすよ!』

「そ。このまま最初の国の首都を目指すわ。とりあえず今日中に1つ目は通過しておきたいところね」


 眼下では王都を飲み込むほどに巨大な湖が目を引き、これまた巨大な影が映った。一瞬だったけど、今見えた魚影は水竜かな?

 ダンジョン外のナマ竜かー。火竜は解体しきれず、宝箱からもお肉は出なかったし、そのうち食べてみたいわねー。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 夜の帷が落ち、すっかり暗闇が世界を支配したところで、ポツポツと集落や街の灯りが見え始めました。どうやら幾つかの森や山を越えた事で、しっかり別の国へと入った様です。


『シラユキ様、そろそろ隣国のレグサス王国の首都が見えてくるはずです』


 そう思ったのは私だけではない様で、周辺地理に明るいエイゼルから情報が伝達される。

 普通に旅をしていれば5日から7日は掛る日程を、お嬢様はわずか1時間足らずで……。流石です、お嬢様!


「そう。じゃあ高度と速度を少し落として、派手に行きますか」

「お嬢様、目立つという事ですがどの様にして……?」

「王城をグルグルと飛び回るのかい?」

「そんな宣戦布告みたいな真似してどうするのよ。戦いの時のミカちゃんみたいにするのよ」

「私の? ……ああ、その手があったか」

「なるほど、流石はお嬢様!」


 例の剣と盾を万全に使う為に、お嬢様の教えもあってミカエラ様は『神聖魔法』を修得されました。最近は常時発動させられるほどに慣れて来たこともあり、戦闘中の彼女は常に光りっぱなしです。

 暗闇の中でも光るその姿に、お嬢様が誘蛾灯のようだと笑っておられました。押し寄せる魔物はまるで光に群れる羽虫のようでしたね。


「ちょっと眩しいかもしれないけど、全力で光るわ!」


 お嬢様の宣言と共に、私達は巨大な光源と化しました。光の方向を操作されているのか、私達は全く眩しくありません。流石お嬢様です!

 客観的に見れないので分かりませんが、周囲がまるで真昼の様に明るく見える以上、その光量は絶大なもの。この輝きに気付かない者などいないはずです。


 そう思っていると前方にレグサス王国の街並みが見えて来ました。お嬢様も、明るく照らされた王都が見えたらしく、次第にその速度を落として行きました。それでも普通の一般人が走るよりかは幾分か速い程度ではありましたが、眼下の騒ぎが聞こえてくる程度の速度ではあります。

 住民たちは皆何事かと騒いでいますが、幸いにもパニックは起きていない様です。それもそのはず。この光はただの光ではありません。

 お嬢様のお嬢様によるお嬢様だけが出せる、『神聖魔法』の輝きなのですから!


 こんな輝きを魅せられて、平然としていられるはずがありません。ああ、見えますかお嬢様。沢山の民衆が膝を突くこの光景を!

 光を放つだけで隣国の民衆達に崇められるなんて、流石はお嬢様です!!


 お嬢様の放つ『女神の輝き』は王都を通り過ぎ、彼の国が見えなくなった辺りから輝きは縮小し、完全に停止すると共に飛行も停止しました。


「こんな所かな? ふふーん、どう」

「お嬢様!!」

「んむぅっ!?」


 笑顔を魅せるお嬢様を前に、私は溢れ出す愛に呑まれてしまいました。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 いやぁ、それにしても珍しい事があるものね。まさかあんなに濃厚なディープキスを、アリシアからして来るだなんて。えへ。

 周囲の事なんてまるで気にもせず貪る様に求めるアリシアがカワイすぎて、私も全力で応えてあげたわ。


 そんなアリシアはというと、ミカちゃんが発した「お熱いねぇ」というセリフで正気を取り戻し、現在は隣で真っ赤になって撃沈している。

 今私がいるのはシラユキちゃん印のマジックテントの中。

 ミカちゃんは自前のテントの中でくつろぎ、ナンバーズも交代で見張につき残りは共用のマジックテントでお休み中だ。

 食事については各々が軽食を用意しているとかで、皆でお食事をとったりはしていない。今は急ぎの旅だしね。ささっと食べてパッと寝て、早朝には動き出したいわね。


 夜中の行軍は、確かに輝きが一番目立つからアピールには丁度良いけれど、逆に魔物からも狙われやすくなる上に、周囲が暗闇では接敵も気付きにくい。

 普段はマップ機能があれば見えない敵からの奇襲もなんてことないけれど、有効射程距離は有限だ。例えマップ機能に映ったとしても、こちらが高速で動けば相手の接近も高速となる。

 知覚外からの急襲ほど怖い物はないわ。


 それに、深夜に行動するなんてお肌の天敵よ。

 たとえシラユキちゃんのすべすべボディーがそんな事で傷つかないとしても、デリケートな問題だもの。気をつけなきゃ。


 あと夜はおねむの時間なの。夜くらいゆっくり寝たいわ!


「アリシア」

「……お嬢様」


 そんな訳で、数時間お空を高速移動した頑張りに対して、栄養補給するのは当然の流れよね。

 そう思って甘えていると、先程の暴走した理由を告白された。


「えっ、お祈り!?」

「お嬢様は気付いていなかったのですね。彼の国の住人達は皆膝を突き、真剣に祈りを捧げておられました。あの人達にはお嬢様が神の使いに見えたのでしょうね」

「はわわわ」


 教会の人達ならまだ良いかと思っていたけど、一般の人達からお祈りの対象にされるだなんて……想定外よ!

 普通に考えたら悪感情を持たれるよりはずっと良いのかも知れないけれど、今後写真集とか展開したとしても、カワイイからという理由じゃなくて、経典とかそういう意味合いで買われると考えたら悲しいわ。


 そんな未来を避けるためにも、次の国では目立つのは当然として、どうにか崇められる事はない様注意して、何事も無く通り過ぎたいわね……!!



◇◇◇◇◇◇◇◇



 そうして回避策を小雪と練り、朝早くに飛び立ってやって来ました第二国。

 国境も数十分前には通り過ぎ、そろそろ首都が見えてくる頃合いかなと考えていた時だった。地平の果てに、妙なものが映ったのは。


「ああもう、イベント盛り沢山ね……」

「イベントですか?」

「何でもないわ、こっちの話。それよりもアレよ」


 皆の視線が私の視線を追う。

 するとそこには、地平を埋め尽くすかの様な魔物の群れがあった。


「魔物の群れ……あれはもしや、スタンピードでしょうか」

「かもね。どこにでもダンジョンがあるのは当然として、首都近くのダンジョンでそれが起きるのはどうかと思うわ」

「うむ、この国の民には申し訳ないが、怠慢であると言える」


 まあ暗躍する連中がいる事を思えば、人為的ではないと言い切れない以上、国が悪いとは一概には言えないけどね。

 それはさておき、こんなの見ちゃったら作戦は変更せざるを得ないわね。


 首都を囲む魔物の陣容がハッキリと分かる距離へとやってきた。


「誰かこの国の武力について詳しい人はいるかしら?」

「レディーの疑問には私が答えられるよ。ここは小国だから国が抱える騎士団も相応にして規模が小さい。だが、それでも国を預かる者達であるし、この国はダンジョン攻略が盛んであるとも聞く。だから、ある程度の練度はあったはずだ。この様子を見るに、既に何度か撃退を繰り返しているようだね」


 見れば、確かに今攻め込んでいる魔物達の足元には、連中の死骸が幾重にも積み重なっている。これが第何波かは分からないけれど、つい先程開戦したわけでもなく、永い間戦い続けているのだろう。

 それだけ余力のある国なのね。それでも、見てる限り割とピンチっぽいけど。


「そう。今は急ぎの旅だし、悪いけどこの国にばかり構ってはいられないわ。けれど見捨てるなんて真似はしたくないから、必要最低限の事はしてあげましょ」

「お嬢様……!」

「とりあえず、見えてる範囲の……ぐるりと城壁を囲んでる魔物さえ倒してしまえば、あとは任せられそうかしら?」

「ああ。見るからに今囲んでいる奴らよりも後続は、存在していないらしい。あれを叩けばスタンピードは収まるのではないだろうか」


 最終ウェーブという訳ね。

 だから大型の魔物がチラホラと見える訳かー。


「彼らを助けるのですね。流石はお嬢様です」

「うむ。流石はレディーだ! ……それでどう戦う? 外周に降りて戦うにも、友軍から攻撃を受けてしまいかねないし、内側に降りても混乱を来たすだけだ」

「何言ってるのミカちゃん。せっかく上にいるんだから、もっと目立つための手段があるじゃない」

「お嬢様、邪魔になりそうなら仰ってください。必要とあらば影にでも潜りますから」

「要らぬ心配ね。たとえ両手両足が塞がっていても、魔法の行使に影響は出ないわ」

「流石です、お嬢様」

「ああでも、こうも広範囲だと杖がいるかな。アリシア、右手を開けたいから」

「はいっ!」


 それだけで伝わった様で、アリシアはぎゅっと首に抱きついて私の右手を開けてくれた。

 えへ。


 マジックバッグから例の杖を取り出し、頭上に『神聖魔法』の力を展開する。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「押し返せ! この波を乗り切れば我らの勝利である! 皆の者、死力を振り絞りこの難局を乗り越えるのだ!!」


 男の声が戦場に響き渡るが、果たしてどれだけの人にその言葉が届いていたのか。剣は折れ、盾は割れ、弓の弦は切れ、魔力は尽き、薬品も数えるほどしか残っていない。

 誰もが満身創痍と言った様子でいるが、それでも一心不乱に城壁へと群がる魔物へと攻撃を仕掛ける。


「くっ、ここまで生き延びて、諦めるわけにはいかぬ……!」


 籠城を開始してはや7日。

 最初は外に出て、散発的に襲撃してくる数十体の魔物を蹴散らしていれば問題なかった。しかし日が経つにつれ、襲撃の頻度と一度に襲いくる魔物の量が増していき、最後には地平を埋め尽くすかのような大軍勢がやってきた。

 だがそれ以降、魔物が追加で現れることはなかった。これが最後の相手なのだと、我々は死力を振り絞って戦った。

 その意味はあったのか、敵の総数は当初の1/5ほどまで減った様に思う。


 しかし、最後の増援から3日間、終わることのない戦いに物資は潰え、兵士たちの気力も体力も、人員すらも消耗してしまっている。


 それでもここまで減らせたのは、ひとえに貴重なアーティファクトを持った冒険者一行が、大多数の敵を引き連れて郊外へと逃げてくれたからに他ならぬ。


「囮を買って出た彼らのお陰で、我々は全滅を免れているのだ! 彼らが作ってくれた好機、何としても掴み取るぞ!」

『おお!!』

「しかし団長、我らにはもう戦う術が残されていません。武器や薬品は生産者達をフル稼働させていますが損耗速度に追いついていません。特にこの南門では門の補修用素材が尽きそうです」

「くっ……使える物は何でも使え! 油が尽きれば酒も使え! 攻撃を緩めれば奴らはその隙をついてくるぞ!」


 これを乗り越えねば、我らに明日はない。だが、ここを乗り越えさえすれば、希望はあるのだ。


「北門を攻める魔物は少数……。早々にケリをつけ、使える物を回収させる部隊を送るか? だが、北門に回す余力が東西に残っているだろうか。ええい、邪魔だッ!!」


 城壁を登ってきた魔物に一太刀入れ、各門の配置を考え直す。そうしていると、誰かが空を指差し叫んだ。


「何だアレは!?」

「新手の魔物……いや、人か?」

「人が……飛んでる?」


 私はその日の光景を、生涯忘れる事はないだろう。

 真昼の太陽よりも輝く天女の姿をした存在が突如として現れ、そこから無数の光が放たれた。その光は灼熱の力を纏い、城外に纏わりつく魔物達を次々と焼き尽くしたのだ。

 我らが驚いていると、天女からは第二の光が飛び出し、今度は我々に向けて降り注いだ。その光は先程の物とは異なり、安らぎを覚える輝きで傷や毒を完治させ、更には死して間もない者達が息を吹き返したのだった。


 その日以降、城下町ではかの者に対する感謝を忘れないよう、中央広場に像が建てられた。

 かの者に祈りを捧げるものは後を絶たなかった。


 とある他国の伝令から、かの者が何者であるかを伝えて聞いてもなお、祈りを止める者は誰もいなかったのだ。

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