第196話 『その日、異なる世界を見せた』

「2人にして貰うことは簡単よ。とりあえずレベル5になって欲しいの」


 私のその発言から数十分後。私達は中級ダンジョンの中にいた。アリシアには何故か引き止められたけど、引きずられるアリシアがカワイすぎて、ずるずると引っ張ってやってきた。


「い、いきなり中級ダンジョンなの!? 初心者ダンジョンじゃなくて?」

「良いんですよ、こっちの方が強いし簡単にレベルが上がりますから。私がぱぱーっと蹴散らしてレベルが5に上がったら、早々に脱出アイテムを使いますから、危険はありません。安心して下さい」


 フェリス先輩を自分のパーティーに入れて、パーティーシステムの説明をする。ソフィーからも内容は聞いていたみたいで、すぐに理解はしてくれたけど……アリシアはさっきから浮かない顔だ。


「どうしたのアリシア。戦えないのはやっぱり不安?」

「いえ、そうではなく……。お嬢様がダンジョンに入ったこと、ソフィア様が怒りそうだなと」

「えー。でも、すぐに出るよ? その為に脱出用アイテムも準備してきたんだし……」

「お嬢様、そういう問題ではありません。今朝、仰いましたよね。心配させない為にも今日はゆっくりと休むと。ダンジョンもお休みすると」

「うっ……。でもあれは、素材集めやレベル上げは今日はお休みするという意味であって……。今回はほら、メインは錬金術でのアイテム作成だし、用事が終わったらすぐ出るから。ね?」

「……泣かれても知りませんよ?」


 カンカンに怒ったソフィーを想像する。そして続けて、昨日人が集まる中でわんわんと泣いていたソフィーを思い出す。


「はう……!」


 申し訳なさと、ソフィーとの約束を思い出し、急に居た堪れなくなった。


「ア、アリシア助けてー!」

「私は止めましたよ? それなのにお嬢様はニッコニコで入りましたよね?」

「ご、ごめんなさい……」

「……ふぅ、仕方がありませんね。一緒に怒られてあげます。フェリス様も構いませんか?」

「ええ、私達のお手伝いのためだもの。それが無ければダンジョンには入らなかっただろうし、説明を請け負うわ。ふふ、それにしてもシラユキちゃん。ソフィーと仲良くしてくれてるみたいで嬉しいわ」

「アリシア……フェリス先輩……」

「ですから、この場はきっちり守ってくださいね?」

「うん!!」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 お嬢様から『プロテクション』の魔法を受け、魔物の一撃にも耐えられるようにしていただき、奥へと進みました。そして現れたのは恐らく大型種。トレントやゴーレムと言った強敵に分類される相手でしたが、本気のお嬢様の前では現れた瞬間には塵と化していました。

 出現と同時に飛んでいく超高速のランス魔法。恐ろしいまでの殲滅速度です。そうして3体目の大型種の討伐を終えた段階で、私達のレベルが5へと上昇しました。


「おめでとー!」

「こんなに簡単に上がってしまって良いのかしら?」

「よくは、ありませんね。出来ることなら自分達も戦って成長をしておきたいところですが、それはまた次の機会に取っておきましょう。今回はお嬢様の目的の為ですから」

「そうよね。こんな形での成長に本当の力は身に付かないわね。甘えないよう気をつけないと」


 あまりにも簡単すぎました。

 何もせずとも、ただ数分見ているだけでレベルが5にまで上昇したのですから。急ぎ必要と言われたので甘んじてお嬢様の提案を飲みましたが、なるべくこのような成長は、今後はお断りしたいところですね。

 そう言えばパーティの話を初めて知った時、お嬢様はこの点を懸念されていましたね。たしかにこの成長方法は毒になりかねません。


 さて帰宅の準備を……と思ったところで、お嬢様の顔を見る。

 

「……お嬢様。これ以上の探索は怒られますよ?」

「あっ、はい。ごめんなさい」


 お嬢様は本当に分かりやすい御方ですね。もうちょっと奥まで進みたいといった感想が顔に書いてありました。ですがそれはいけません。入らないと決めて頂いたのですから、今度ばかりは守って頂かないと。


「では帰りの準備を」

「あ、待って」

「お嬢様?」

「あ、違うよ? まだ戦いたいとかそう言うんじゃないからね。せっかくスキルを覚えたんだし、ダンジョンで使ってもらった方が分かりやすいかなって」


 そうでしたか。約束は守ってくださるようでよかったです。

 そしてスキルですか。お嬢様の知識の要であり、お嬢様がいつも使っておられる『魔力視』でしたか。確かに、全てが魔力で構成されているダンジョンであれば、外とはまた違った感覚を覚えることでしょう。

 数日はダンジョンに潜らない予定のようですし、今ここで見ていく分には損はなさそうですね。


「それじゃ、『職業神殿』。ぽちっとな」


 お嬢様の手により、職業が変わる感覚。肉体に馴染む強さと、体内を巡る魔力の感じからして、変化先は『ローグ』でしょうか。

 フェリス様も変えさせられたようですし、恐らく『魔術士』なのでしょう。


「お嬢様、スキルを使うだけなら『紡ぎ手』のままでも良かったのでは?」

「うーん、なんて言うかな……。慣れてないうちは『魔力視』って結構身体に負担がかかるのよ。でもレベルが高い職業だと基礎体力や耐性が高い分、疲れにくいの。だから一番強い職業にしておいたわ」

「そうなのですね。お気遣いありがとうございます」

「えへー」


 お顔が緩むお嬢様は可愛い。


「それと、さっきも言ったけど本当は『紡ぎ手』で使うのが望ましいの。その理由は『紡ぎ手』だけは、成長と共に『魔力視』に対する耐性を得られるからなの。けど、まだ2人はレベル5だからね。あってないような物よりかは本職の方がマシだと判断したわ」

「理解しました。では早速」

「わっ、駄目!!」

「「!?」」


 そう言ってお嬢様が、突然私達の前から姿を消しました。まるで風の様に目の前から消えた為、本当に消失したのかと思いましたが……呼吸音からしてどうやら背後に回られた様子。

 本気のお嬢様は、本当に素早いのですね。


 振り返ろうとしますが、お嬢様によって首を掴まれ遮られてしまいます。……一体どうしたのでしょうか?


「『魔力視』を使う時の注意点。これだけは注意しなさい。。次に、街中での使用も慣れるまではなるべく控える事」

「ど、どういうことですか?」

「『魔力視』がどう言うものか、分かるわよね」

「はい、魔力を可視化して見る技術です」


 そして魔力が、その濃度に応じて光り輝いて見えるとも聞いております。


「シラユキちゃんが教える魔法の技術も、これを元に伝えているのよね」

「その通り。だからこそ、私を見てはいけないわ」


 濃度に応じて輝きが増すのであれば、強ければ強いほど……。なるほど。


「お嬢様の魔力は、眼が焼けるほどに眩いのですね」

「え!?」

「その可能性があるわ。私でさえ、最初は自分の身体が眩しくて見ていられなかったもの」


 お嬢様の高いステータスを持ってさえ、となれば……。気を付けねばなりませんね。


「お嬢様の教えに必須のスキルなれど、お嬢様を視界に入れてはならないとは……苦痛でしかありませんね」


 目に入れても痛くないお嬢様が、逆に痛くなるスキルなど……。ですが、お嬢様が必要としているスキルである以上、我慢するしか……くっ!


「えへへ、ありがとアリシア。だからね、さっきも言ったけど裸眼じゃなければ良いのよ」

「裸眼じゃなければ……ですか?」

「そう! じゃじゃーん! 『遮光グラス』ー! ……まあ見た目ただのサングラスだけど」


 そう言ってお嬢様は、真っ黒な眼鏡を私達の手に乗せました。

 サングラス? と言うのも聞いたことがありませんが、知る人ぞ知るアイテムなのでしょうか? そしてこれは、ダンジョンに入る前にお嬢様が作られていたモノですね。


「これは?」

「文字通り、光を抑えてくれる物よ。簡単に言えば、太陽を見ても眩しくないくらいの効果があるわ。さ、それをつけて早速スキルを使ってみなさい」


 言われるがまま『遮光グラス』を装着し、スキルを使う。


「「『魔力視』」」


 突如、私たちは光の海に


「落ち着いて」


 目の前に広がる全ての物質。地面、壁、天井。そして各所に散らばる素材達が光を放ちました。まるで平衡感覚を失ったかのような感覚に襲われ、混乱する身体を、お嬢様が背後から抱き止めてくれます。

 世界の全てが光の源泉であるかのように輝きを放ち、流れていく様は幻想的で、まるで現実感がありません。ですがこれが、世界のもう1つの顔なのですね。


「大丈夫、怖くないわ」

「はい、お嬢様。お嬢様が支えてくださいましたので、もう大丈夫です」

「……これが、魔力で構成された世界なのね。ありがとうシラユキちゃん。私の夢が、また1つ叶っちゃった」

「そうなんですか? 良かったです!」


 フェリス様の夢。

 そうですか、やはり彼女は……。


「それじゃ、落ち着いたみたいだしレッスン再開よ。まずはこの目に慣れていきましょうか。その為にはー」


 そうして、ダンジョン内でお嬢様の手解きで、『魔力視』を使った状態での素材の見分け方、魔物の体内にある魔力の動きなどを叩き込まれました。

 慣れない視界は体力を使うようで、フェリス様は途中でバテてしまいました。彼女は頭がクラクラしている様なので、『魔力視』は解除しています。

 しかし高いステータスを持つ『ローグ』のお陰か、私は倒れるほどではありませんでしたが……。


 なるほど。確かにレベル5の職業で行うトレーニングではありませんね。お嬢様の判断通り、本職でなければ経験を詰むのも困難のようです。


 そして『魔力視』で見える世界にだいぶ慣れた頃。お嬢様から振り向く許可を頂きました。ですが、中々振り返ることが出来ませんでした。

 それは『魔力視』を使って魔力の流れを理解し始めた頃、異様な……この世界にはと思えてしまう魔力の奔流が、背後から流れて来ているのを感じた為です。

 お嬢様のトレーニング中は意識しないよう心がけて来ましたが、いざ確認しようとなると……緊張して来てしまいますね。


「……怖い、かしら?」

「そんなことはあり得ません」

「そう?」


 不安げに声を上げるお嬢様の言葉を、明確に拒否する。全く、仕方のない人ですね。私が緊張しているのは、改めてお嬢様の偉大さを心に刻み込む為に、心の準備をしているだけなのですから!


「行きます!」


 振り返ると、光の塊がそこにあった。

 本来そこにいるはずのお嬢様の輪郭が、まるで見えません。分かるのは、膨大な力がそこにあると言う事実だけ。


 これが普段、お嬢様の内側を走っている力の源なのですか……。


 『魔力視』を解除し、『遮光グラス』を外す。

 するとそこには、なんらかのポーズを取っているお嬢様がいた。一体なんのポーズなのかは全く分かりませんが、可愛らしいのでよしとしましょう。


「どうだった?」

「お嬢様の輪郭すら分かりませんでした」

「ああ、やっぱり?」

「これからはこの視点にも慣れて行かなければいけませんね」

「この力は生産職にも間違いなく有用ではあるけれど、戦場では特に強敵と戦う上で、必須とも言えるスキルよ。がんばってね」

「はいっ!」

「フェリス先輩、立てますか?」

「ええ。少し休ませてもらったから、大丈夫よ」


 フェリス様の手を握り立たせると、お嬢様が私の腰に飛びついて来ました。ああっ、お嬢様……! 可愛すぎます……!


「アリシア、お願いね」

「はい」


 マジックバッグから、お嬢様が作り上げた脱出用アイテムを取り出します。

 使用方法は至って簡単。見た目はただの、手のひらサイズのゴムボールで、それを地面に叩きつけるだけ。そうすることで使用者と、その身体に触れている人間全てがそのダンジョンから脱出出来るのです


『パキン』


 ゴムボールが割れると共に中から魔法陣が飛び出す。その魔法陣は、私達を飲み込んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ダンジョンの入口近くで、脱出アイテム使用時の魔法陣が現れた。


「あの光は……脱出アイテムですね。攻略はされなかったのでしょうか」

「そうかもね。事情は直接聞いてやりましょ」


 中から出て来たのは、シラユキと、アリシア姉様と、フェリス姉様。シラユキはいつもと変わらず満面の笑みだったが、私を見つけて硬直した。


「おかえりなさい」

「ひぇっ」


 シラユキは素っ頓狂な声を上げて、アリシア姉様の後ろに隠れてしまった。恐る恐ると言った様子でこちらを覗き見て、小さく震えてる。そんなに私、怖がられてるのかしら。

 それにしても、こんな風になってるこの子を見るのは初めてね。


「はわわわわ」

「ダンジョンに入らないって約束したのに、姉様達とダンジョンに入っていたなんて……良いご身分ね?」

「はわわわわ」

「何か言い訳はあるかしら?」

「はわわわわ」

「……ちょっと」

「はわわわわ」

「……」


 だ、駄目ね、全然話が通らない。ああもう、頭が痛いわ。

 あんなにプルプル震えて……まるで私が虐めてるみたいじゃない。しかも小動物みたいに震える様子が可愛いのがまたずるいわ。


「……はぁ。怒る気も失せるわ」

「ソフィア姉様、良いのですか?」

「悪いことした、って顔に書いてるもの。それに、あんなに怯えられたら……ね。アリスも怒ってないでしょ?」

「あ、はい……。あのようなシラユキ姉様を見たら、良いかなって」


 アリスもここに来るまではちょっとむくれてたけど、最後までクリアした訳じゃなく、珍しく……ううん、初めてかしら? 脱出用アイテムで出て来てくれたから、溜飲が下がったみたい。

 はぁ、仕方がないわね。


「シラユキ、もう怒ってないから」

「……ほんと?」

「ふざけた理由でなければ」

「は、はわわわわ」


 ゆっくりと顔を覗かせたシラユキが、また隠れてしまった。

 むむ。


「もう、ソフィア姉様。脅かさないでください」

「ごめん……」


 完全に隠れて出てこなくなったシラユキを心配して、リーリエママ達が駆け寄る。あの子はもう任せちゃうとして、事情を聞けそうなのはフェリス姉様ね。フェリス姉様、シラユキの可愛さにやられちゃってるけど、アリシア姉様ほどではないし。

 アリシア姉様、さっきから微動だにしてないし、貧血にならないか心配だわ。大丈夫かしら?


「フェリス姉様」

「……」

「フェリス姉様!」

「あっ、ソフィア……。そうだったわ、私が庇わないといけなかったのに……」


 庇う?? なにそれ、どういう事よ。


「どういう事です」

「うん、シラユキちゃんはね、元々ダンジョンに入る予定はなかったの。でも、私が錬金術を教えてほしいってお願いをしたら、とある職業のスキルが必須っていう話になって……」

「なるほど、それでダンジョンに……」

「そうなの。用事が終わったら、余計な討伐も採取も一切せずに出て来たの。だから許してあげて?」

「……分かりました、そう言うことなら怒らないであげます」

「ありがとう。ごめんね、私が約束を破らせちゃって」

「気にしないで下さい。この子は自由に動き回ってる方がイキイキしていますし、約束だって私の……わがままですから」

「ソフィア……」


 分かってる。あんなの、約束のうちに入らないって。

 昨日みたいな不安に駆られたくなくて、自分を安心させたくて、あの子の行動を縛ろうとしただけだもの。あの子がダンジョンに潜るのは、自分のためじゃない。見知らぬ誰かのために、今日も頑張っている。それを、友達で、婚約者の私が応援してあげずに、誰がするってのよ!

 ……でも、やっぱり心配ではあるもの。嫌われたくはないけど、少しくらい……わがままを言っても良いわよね?

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