第195話 『その日、簡易アトリエを作った』
調合の授業は無事終了。
沢山の教授やOBの人達と握手をして、クラスの皆とお別れする。どうやら彼らは今日の授業でさらに火がついたようで、これから初心者ダンジョンで素材を集めるんだって。魔力回復ポーションを自作出来れば楽だもんね。
やっぱりアレを素材だと認識していなかったらしく、誰も採取していなかったみたい。まあ見た目雑草だもんね。そこは仕方ないわ。
そうして私は、元の予定通りアリシアとフェリス先輩を連れて、錬金術部の部屋を訪れた。ちなみにモニカ先輩は、うちのクラスの子達と一緒にダンジョンに入るみたい。
私の例の実験には、強さも必要だと伝えたからね。まだ魔法を見てあげられてはいないけど、せっかくなら……。ふふっ、いい事思いついちゃった。
「それじゃ、ちょっとの間お借りしますねー」
「ええ、信頼しているわ」
「あ、折角だしフェリス先輩も向こうで錬成しません? 先輩用の錬金釜も持って行っちゃいましょうよ」
「え、本当に? 良いの? 教えて貰うのはありがたいけど、邪魔になったりしないかしら」
「片手間にはなりますけど、大丈夫ですよー」
夢中になりすぎると反応が鈍くなるけど……アリシアもいるから大丈夫でしょ!
「嬉しい……ありがとう! あ、ならアリシア姉さんも?」
「私は調合で手一杯ですので……興味がないわけではないのですが」
「ええー、じゃあやろうよー」
「そうですよ姉さん。興味があるのでしたら、是非是非!」
「錬金術の事となると本当に積極的になりますね、フェリス様は。ですが……調合であればお嬢様は足並みを揃える事を望まれておりますが、錬金術に関してはどうにも先を急いでいるご様子。やはり私のような素人にお手を煩わせるわけにはいきません。ですので、お嬢様に余裕が出来たら、また改めて教えて頂ければと」
「ふぇ? そんな風に、見えてた?」
「はい」
うっわ、マジかぁ。
アリシアにはそこまでバレてたんだ。
確かに調合については、鍛治もそうなんだけど、素材の準備の為に必要なスキルであって、調達の目処さえ満たしてしまえば、あとは素材が集まるまで放ったらかしでも問題はないのだ。
本来は調合スキルは58まで育てる必要があるんだけど、最初から焦ってはいなかった。なぜなら錬金術と違って、調合の育成に使う素材は、大体が学園ダンジョンの周回で揃ってしまうからだ。
だからアリシアとゆっくり足並みを揃えて成長する道が選べた。
更にはシラユキちゃん印の『特製聖水』が出来ちゃったからね……。元々考えていた、小雪作成に使う予定以上のモノが出来上がっちゃったので、急いで成長させる理由が完全に無くなったのよね。
けれど錬金術においては、小雪完成のために絶対に必要な主要スキルだ。勿論、スキルは高ければ高いほど良い。要求スキルはこの世界では前人未到の73。
そして1番の問題が、錬金術はスキル上げが簡単なのは序盤まで。あとは複雑な素材や工程が多く存在する茨の道だ。ぶっちゃけ、調合や鍛治で素材を用意して錬金術で完成させるって場合が殆どだったりする。
だからまあ、アリシアの言うようにあまり構ってはいられないのは事実だ。
だけど本当に余裕がない訳ではない。
それはどんなに急いでスキルを上げても、結局最後に必要となるのは『覇龍の魔核』。これは今のシラユキちゃんでは逆立ちしても倒せない、最強の怪物だ。なので並行して職業レベル上げもしなきゃなのよね。
大変だわ。
でもそんな大変さが、楽しいんだけどね。
「アリシアはなんでもお見通しなのね」
「お嬢様の事ですから」
「アリシア……!」
「お嬢様……!」
ひしっと抱きつく。
甘えるように頬擦りをしていると、フェリス先輩が遠慮がちに声を上げた。
「あのねシラユキちゃん。邪魔になるなら私も……」
「あ、それはダメよ。先輩には錬金術スキルで協力して貰う必要があるから、今のうちに鍛えなきゃ」
「え、協力?」
「そうよ。言ってなかったけど、この件をお願いできそうな人はフェリス先輩しかいないの。だから先輩の成長は必須なのよ」
「えええ!?」
「と言っても難しい内容じゃないわ。アリシア、例の計画を説明しておいて」
「承知しました」
アリシアに『シラユキちゃんブランド』の説明をしてもらっている間、フェリス先輩の部室にお邪魔して錬金釜と保管してあった素材や備品を、棚ごとすべて収納する。
正直どれを使ってるか分からないから、全部持って行っちゃう寸法だ。取りこぼしが無いか確認したら、2人の元へと向かう。
「説明終わったー?」
「はい、バッチリです」
「シラユキちゃん、本当に良いの? 私にこんな大規模な事業を……」
「それはもう! フェリス先輩なら安心して任せられますから」
「……分かったわ。シラユキちゃんに後悔させないよう、しっかりとやってみせるわ!」
「おおー」
決意に満ちた表情でフェリス先輩が宣言する。
流石ソフィーが憧れる人だわ。公爵家の長女としての矜持や、責任感のある人なのね。シラユキちゃんブランドの化粧品類のアレンジや製造ラインとか、諸々全部丸投げしても良さそうね。
「錬金術による製造者の育成や確保とかも、フェリス先輩に任せちゃいますね。その為にもまずは、先輩のスキルレベルを上げていきましょう!」
「ええ、頑張るわ!」
鉄は熱いうちに叩く。
フェリス先輩が燃えているうちに、さっさと錬金術を始めてしまおう。
途中の購買部で今後役立ちそうな素材や道具など、色々と購入した後は、そそくさと目的地……私たちが寝泊まりしている『雪の寮』の裏手。何も無い空き地へとやってきた。
この場所は陛下と学園長に掛け合って、つい最近レンタルした所なのだ。土地を丸々。
ここはなーんにも無い草原地帯なんだけど、草が鬱蒼と生い茂ってるとかそういう事もなく、きちんと整備されているのよね。多分お昼寝したら気持ちがいい所だろう。
今からする事は誰かのお昼寝ポイントを潰しかねない行為ではあるが致し方ない。ここは『上級ダンジョン』の入り口も近くて、寮も近いことから便利な立地なのだ。ここ以外良い場所がなかった。だから見知らぬ誰かさん、ごめんなさい! 使わせてもらいます!
と、誰かに謝り終えた私は、早速部屋割りを考える。
大きいものを錬金術で作るんだから、邪魔になる屋根なんて後回しで構わない。なので、陛下や学園長は善意で大工さんを紹介しようとしてくれたけど、やんわりと断っておいた。
けれど、最近は晴れが続いているとはいえ、いつかは雨が降るし風も吹く。その内屋根は必要になるだろうけど、慌てて用意する訳にもいかない。
せっかくのシラユキちゃん専用のアトリエなのだ。簡単に用意が出来る土の壁と天井では見栄えがよろしくない。っていうかカワイくない。
手元の素材では建材としては心許ないので、錬金術でそれらも一緒に作ってしまおうかな。
「まずは地ならしをー」
地面に手をついて、20✖️20メートルの範囲で地面を盛り上げ、草を取り除いて平らにする。
その奥に窪みを作り、その上に錬金釜を置いた。
うん、終わり!!
「お嬢様、なにやら満足気のようですが……。まさか、これで終わりですか?」
「うん、魔法はここで終わり。だけどちゃんと壁は作るわ。野晒しでの錬金釜の使用は流石に勘弁願いたいもの」
「魔法を使われないのなら、どうやって……?」
「錬金術で作るわ」
「錬金術で壁を? 聞いたことがありませんね……」
「私も無いわ……」
「まあ錬金術は何だって作れるけど、作ろうと思わなければ誰も作れない。それだけの話よ」
「な、なるほど……」
「流石シラユキちゃん、奥が深いわね!」
イメージ次第で何でも出来ると言う点で見れば、錬金術は魔法と一緒だ。違いは魔力で作るか素材を使うかの違いくらい。
小雪のボディー作成レシピだって、元はホムンクルスのレシピを私なりに改良した物で、シラユキちゃんそっくりの分身を作るときに試行錯誤の末に完成した物だ。
錬金術は可能性の塊だ。やってやれないことは、きっとない。
「それじゃ、壁の材料には……うーん、ダンジョンの壁から採取した『魔力壁』とゴーレム系統のドロップ素材である『大理石』。それから白と黒のツートンカラーにしてみたいから……うん、この『黒曜鉱』で良いか。高さは欲しいから量は……各5キロずつ、と」
全部で15キロもする石や鉱石が錬金釜へと投入される。
うん、この釜は小さいからこれだけでギッチギチね。『魔力水』を抜いた状態にしておいて良かったわ。最初から入れてたら溢れかえっていたもの。
それじゃここに『魔力水』を限界まで注いで……。熱しながらグツグツと煮込む。中身がパンパンの為、鉄ベラで回せないので『魔力水』を操作して無理やり底の方からかき混ぜる。
錬金釜の力で素材がエネルギーとなり『魔力水』と一体化を始め、中の素材が全て溶けて混ざり合うまでかき混ぜ続ける。
全て溶け切ったところで、締めに『土の魔石』の中サイズを1つ放り込む。あとは強火でグールグルグル〜!
『ポン!』
軽快な音と共に、錬金釜から2色の壁が飛び出した。大きさも私が
……うん、威圧感半端ない。そしてこの壁は、鉱石を含んでいる上に、私の魔力が構成物質に含まれている。なのでつまり……『ぐにぐに』が出来るというのも利点だ。
後は、その壁を慎重に壁として配置することなんだけど……あれ? これどうやって持てばいいの?
今は錬金術の効果で釜の上で浮いているけど、取手がないと持ちようがないじゃない。
あと見た目からもその異常な大きさからも重いという事実がヒシヒシと伝わってくる。絶対これ、1枚で「トン」はありそうじゃない?
シラユキちゃんのステータスなら、持てないことはないと思う。竜に比べたら軽いでしょ。うん。
でも絵面が嫌だなぁ。力技で持つ事は避けたいところね。
未だにポカーンとしているアリシアやフェリス先輩に手伝って貰うわけにはいかないし。……よし、全力の魔法で動かそう!
そうして私は慎重に風魔法を使い、障壁を作って浮かせたりぶつけたりしながら1枚ずつ壁を設置しては作成してを繰り返した。
壁同士や土台の足場は『ぐにぐに』の力で結合部分を後付けで、木組みのように凹凸を作って嵌め込んだ。形も大きさも思いのままなので、固定してしまえば倒壊の危険はない。
4面全てを結合し終えたら、お次は窓と扉の部分を『ぐにぐに』で広げる。うーん、そういえば扉は簡単に作れるけど、窓は流石に何の準備もなしには無理ね。木枠の窓なら何とかなるけど、ガラスはなぁ……。溶鉱炉が欲しいわ。
ん? でも砂があれば一応錬金術でなんとかなるかも?
流石に砂関係は集めてなかったわね。盲点だったわ。今度拾うなり買うなりして用意しておかなきゃ。
「アリシアー、窓ガラスなんだけど」
「はい、明日買ってきますね」
「えへ、ありがとー」
アリシアに抱きつき、アリシア成分を補充していると、へたり込んでいた先輩が目に入った。
「せんぱーい?」
「私、こんな事ができるようになるのかしら。……いいえ! 出来るようになるのよ! シラユキちゃん! 色々と教えてくれる!?」
「わおっ!?」
挫けたかと思ったらいきなり立ち直った!
フェリス先輩の錬金術にかける想いの強さを知った気がするわ。よし、それならまずは……。
「ではきちんと正しく理解する為にも、今後のためにもやってもらいたい事があります。フェリス先輩、『魔術士』のレベルはいくつかしら」
「え? 34よ」
「34か。条件は満たしてるけど……このままだと数日もしないうちにソフィーに抜かされちゃいますね」
「ええ!? あの子、もうそんなに成長してるの?」
「この前30を越えたとかなんとか」
「先程確認したところ、31になっておりました」
「あら、頑張ってるわね。まあほぼ毎日初心者ダンジョンを周回してるんだし、それくらい上がるのも頷けるわね」
「シ、シラユキちゃん……。その……」
「ふふ、分かってますよ先輩。先輩も負けていられないですよね、姉としても」
「ええ!」
とは言ったものの、ソフィーは学校が終わればいつものメンバーでダンジョン周回が日課になっているし、先輩は放課後は生徒会のお仕事で忙しいから中々ダンジョンに潜れそうにないのよね。
となるとレベルで抜かされる日はそう遠くないわけで……。うん、違うところで差を広げるしかないわよね。
当初の予定通り、アレを教えますか。
「よし、じゃあアリシア、先輩。今から2人には新しい職業についてもらいます!」
「新しい職業?」
「お嬢様、私もですか?」
「ええ。アリシアには色んな職業を掛け持ちしてもらって悪いけど、この職業で覚える一部のスキルは、複数の職業でも併用できる便利なものなの。だから覚えていて損はないわ。ただ本職で使うことを前提としたスキルだし、他の職業で使うと負担がかかるデメリットもあるから、そこのところはあとで説明するわね」
「お嬢様が必要だと仰るのでしたら、異論はありません」
「私も問題ないわ」
「それじゃ『職業神殿』。ぽちっとな」
2人は
何に変えたかはまだ教えてあげない。
続けてマジックバッグからテーブルと3脚の椅子を取り出し、それぞれの前に紙と、特殊な筆を置く。
2人に椅子へと座るよう促し、私はその間にとある魔法書の一節を紙に書き写した。
「じゃあ2人とも、魔力を操作して筆に力を込めて。簡単に言うと魔力防御で指と筆を包み込むように。そしてそれを維持しながら私の書いた文字と同じものを書き写すの。ゆっくりで良いし、正確に書式をなぞる必要も無いわ。読めれば良いから。終わったら教えて」
そう言っている間に2人はスラスラと文字を書き、慣れない感覚の中でも綺麗に文字を書き写す。流石はパーフェクトメイドと公爵令嬢。
不慣れな状況でも綺麗な文字が書けるのね。
そして2人はほぼ同時に筆を置いた。そして通知も同時に来た。
『アリシアのレベルが1になりました。各種上限が上昇しました』
『フェリスフィアのレベルが1になりました。各種上限が上昇しました』
「はーい、おめでとう。無事に職業条件を満たしたようね」
レベルが上がった2人は、固まったままだ。今の職業が一体何なのか、心当たりがあるのだろう。彼女達は今自分が体験したものを噛み締めているみたいだった。
一息をつき、最初に戻ってきたのはやはりアリシアだった。
「お嬢様」
「うん」
「職業を確認しても?」
「良いわよ」
「『観察』……やはりそうでしたか。この職業の『試練』は非常に難しいと聞きます。ですが
「ふふ、そんなに簡単だった?」
「はい、とても!」
興奮してるアリシアがカワイイ。好き。
「それはねアリシア、貴女達が私の教え通り、毎日魔力操作の練習をしているからよ」
「……あっ」
「そして私に魔法を教わってからでも、魔力防御はすぐにこなすことは難しかったでしょう? それを一般の人達は、私の魔力操作の知識無しで、『魔力溜まり』から一番遠い指先に集めるという離れ技を要求されているからなの。そりゃ狭き門になるわけよ。今までやって来なかった、知りもしなかった技術を説明も無しにできるわけがないじゃない」
「なるほど……だからお嬢様は簡単に増やせると仰ったのですね」
……うん? そんな事言ったっけ?
いやでも似たようなことは言ったかも。実際、職業レベルの条件さえ満たしていれば誰にでもなれるし。なんならリリちゃんもそろそろ条件は満たす頃合いなのよね。ソフィーは十分満たしてるし。
『魔術士』のレベル30なんて、初心者ダンジョンを周回していればすぐだわ。まあこの王国では、その程度の職業ですら『上級職業』扱いされてるけどね。
今のレベルになるまで必死に頑張ってきたフェリス先輩には悪いけどね。
「フェリス先輩。そろそろ大丈夫ですか?」
「あ、ごめんなさい。色々と考え込んじゃって」
「良いんですよ。いきなりでしたし、立場的にも大変でしょうから」
「ありがとう。やっぱり色々と思い入れのある職業だから、なれて嬉しいって気持ちが強くて。……でも、あまりに呆気なくて実感も感情も追いつかないみたい」
「そうだったんですね」
やっぱりソフィーも先輩も、この職業が好きなのね。
「……でも、うん。もう大丈夫。それでシラユキちゃん、この職業……『紡ぎ手』で何をすれば良いのかな」
『文字を書くだけって、出来る人には簡単すぎる条件よね』
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