第164話 『その日、応援された』

「なるほど、決闘の装置にその様な機能が備わっていたのですね。勉強になります」


 午前の授業が終わり、昼食の為に食堂へ向かう途中、アリシアとアリスちゃんと合流し、ココナちゃんも合わせて5人組で食堂へと向かっていた。たぶんアリシアでも知らないだろうなーと思ったので、説明して見ると案の定だった。


「それにしても、そのような知識を有しているとは。流石はお嬢様、博識でいらっしゃいますね」

「えへへー」


 アリシアは私の持ち上げ方がわかってるなー。そんな風に褒められたら嬉しくなっちゃうじゃない。


「シラユキ姉様は本当に様々な事をご存じなのですね。尊敬します」

「えへー」


 アリスちゃんも良い子ね!! 大好き!!


「そうなのです、シラユキさんはすごいのです!」

「んふふー」


 ココナちゃんも大好き!!


「……」


 ……チラッ。


「な、なによ」


 予感はしていたのだろう。顔を赤らめながら、ソフィーは身構えた。


「いやー、ソフィーからは何か無いのかなーって」

「そ、その……」

「うんうん」

「い、色んなことを知ってるシラユキの事は凄いと思うし、尊敬……してるわ」

「ソフィー!」

「んもー、だから人前でくっつくなー!」


 彼女達といつものように交友を育みながら賑やかな食堂へと到着すると、一瞬で静まり返った。


『……』


 この食堂は、魔法学園高等部の、全学科の生徒達が一堂に介する稀有な場所。実に1000人以上の生徒が利用できる、マンモス級の食堂なのだ。

 そんな食堂に集まっていた生徒たちの視線が、一斉に私へと向けられていた。あまりの出来事に、私達は全員警戒したけれど、どうやら杞憂だったみたい。その静寂は忌避感や拒絶から来るものではなく、好意的な驚きが多いのだと気付いたからだ。


 休み明けの昨日なんかは、結構ピリピリした空気を感じたけど、あれは多分私の対戦相手が一般生徒たちに睨みを利かせていたからだろう。隠れて秘密裏に暗躍していた連中も、盗賊ギルドの調査と被害者側の生徒達の協力もあって、招待状がきちんとしかるべき者に行き渡ったのだ。

 その結果、連中はフラストレーションが溜まっていて、被害者組も面倒に巻き込まれないよう大人しくしていたんだろう。

 けど今日は、その連中のほとんどは、準備の為か食堂には来ていない。きっと軽食片手に、ご自慢の選りすぐりの傭兵達と最終調整をしているんだろう。そのおかげで、彼らは羽を伸ばせているのだ。


 静寂は消え去り、徐々に食堂の騒めきは戻り始める。

 そこで繰り広げられる会話の内容は、その全てがこの後行われる決闘に関する事だった。


「あの方が、ソシエンテ教授の仰っていた……」

「ああ。ソシエンテ教授が絶賛された魔法、遂に拝めるのだな」

「馬鹿な連中です、あの様な魔法の点数を出した相手に、何人で挑もうと結果は見えているでしょうに」

「それだけ彼女と景品が魅力的だったのだろう。他にも、以前から悪さを働いていた者達は強制参加させられたらしいな」

「うむ、我らの有意義な研究費を不当な理由で掠め取って行く連中です。実にいい気味である」

「なんだ、お前も『招待状』を送った口か。実は俺もなんだ」

「ははは、そうかそうか! 相手は誰だ? ……ふ、やはりあ奴らか」


 魔法科と、どこかの部活や研究室の人達かな? なんだか盛り上がってるわねー。


「あの方がシラユキ様……。噂に違わぬ輝きをお持ちの方のようですね」

「ええ。赤の方が珍しくお褒めになられていましたわ」

「あのが? 珍しい事もあるのですね」

「それだけ期待なされていると言う事でしょう。この戦い、生徒会も陰ながらバックアップについていますし、無事解決すれば青の方が目指す所へ、かなり近づけるでしょうから」

「生徒会の悲願が、目前になるのですね……!」

「あの方が、私達の救世主となるのでしょうか……」


 あっちは風格からして先輩たちなのかしら? あの人達からは、期待の眼差しを感じるわ。


「アレが、そうなのですわね? ……か弱そうね、本当に剣を扱えるのかしら」

「他の防具や武器の持ち込み申請をせず、剣一本での参加を申し出た様ですし、恐らく絶対的な自信があるのではと」

「では、噂は本当だと言うのですか? 我らの白騎士様の剣舞に対して、対等に渡り合えていたというのは」

「噂ですから誇張はあるかと思いますが、火のないところに煙は立たないと言います。白騎士様は美しい方に目がない方ですし、きっと手加減をされたのでしょう。それでも、周囲の熟練の先輩達に、対等に見せるだけの腕前があったと言う事です」

「なるほど……。あの方が戯れ合う程度の剣舞にさえ、私達ではついて行く事がやっとですわ。私達では、なりません。つまり彼女は、少なくとも剣の腕は、私達より格上なのですわね」

「そうなるかと……」

「ふんっ」


 あっちは、鎧を着ているし騎士科の……お姉さんかな。

 鎧と制服がいい具合にマッチしていてカワイイわ。それに気品のようなものを感じさせるし、存在からしてキラキラしてるけど……。一番目を引くのはやっぱりあのね!

 髪の毛が、ドリルしてるのだ。……天然ドリルかぁ、凄いなぁ。


 そんな風に彼女を見ていると、不意に目があった。そしてこちらへとズカズカとやって来て……。


「貴女」

「はい」

「無様な戦いは許しませんわよ。我らが白騎士様に泥を塗る様な真似をしないと、誓いなさい」


 いきなりやって来て何事かと思ったけど、従者らしき人も、他の騎士科の生徒達も、止める素振りはなく固唾を吞んで見守っている。

 誰も彼女の行為を咎めないと言う事は、この確認は騎士科の総意と言うことかしら? ……まぁ、このってのが、どう考えても先日、剣と盾を貰って無邪気に喜んでいた彼女のこととしか思えない。


 彼女に憧れて騎士科に入った生徒がほとんどだと聞くし、彼女に泥を塗る存在は許せないのだろう。


「ちょっと、黙ってないで何か仰ったらどう?」


 おっと、考え事に耽りすぎた。

 怪訝な顔でこちらを見るドリルちゃんを改めて観察する。


 顔……カワイイ。貴族令嬢なんだろうけど、気の強そうな感じと強い意志の込められた眼。何よりミカちゃんに少なからず想いがあるはずなのに、私に何歩も遅れをとっていて悔しいはずなのに、それを表に出さず皆を代表して注意しに来てる。

 何この子、いい子じゃない。最高。


 そしてボディー。先ほども触れたけど普段着としての制服と軽鎧のコラボレーション。重要なところは鎧でカバーしつつも学校の制服である事は忘れていない、お洒落さんね。あと胸が大きくて鎧に収まりきってないし、ミニスカから覗く太ももも、とっても眩しい! あと鉄のグリーブの下に履いてるのはハイニーソね?

 くぅ、カワイイじゃない……!


 そんな時、背に添えられた手によって、現実へと引き戻される。この優しいタッチはアリシアね。いけないいけない、思考の海にダイブしていたわ。


「な、なんです、その緩み切った顔は!」

「あ、ごめんなさい。貴女が余りにもカワイらしくて、つい……」

「か、かわっ!? と、突然なにを仰るのですか!」


 私の反応が想定外だったのだろうか。彼女は見事に狼狽えた。


「お美しいリヴィディエール様に向かって可愛いだなんて……」

「あの編入生、どういうおつもりかしら」


 外野がざわめいてる。


「それは、私が貴女に比べて子供っぽいと言う事ですか!」

「え? 違うわ。貴女はとっても大人びているし、綺麗よ?」

「……? では、何故可愛いなどと」

「うん? 綺麗だからカワイイと思っただけよ?」

「……?」

「??」


 お互いに首を傾げていると、ソフィーが割り込んで来た。


「横入り失礼します。お久しぶりでございます、リヴィディエール卿」

「……ああ、久しぶりですわね。ソフィアリンデ嬢」

「申し訳ありません、シラユキは少し感性が特殊なんです。……シラユキ、フェリス姉様の事はどう思ってる?」

「フェリス先輩? 綺麗でカワイイわ」

「じゃあミカエラ様は?」

「綺麗でカワイイわ」

「……という事です」


 何が?


 そう思ったけど、ドリルちゃんは納得した様だった。


「そうでしたか……貴女も苦労しているのですわね」

「いえ、うちのシラユキがご迷惑をお掛けしました」

「ぶー」


 なによー。迷惑なんて掛けてないわよー。

 ……でも、ソフィーが私のことを「うちの」って言ってくれた事は嬉しかったわ。思わずニヤけちゃう。


 えへ。


「感情の忙しい方ですわね……。それで、どうなのですか?」

「え、何がでしたっけ?」


 なんの話してたっけ……。


「……はぁ、勝負のことですわ。恥ずかしい戦いはしないと約束して下さる?」

「ああ、勝負ね! 無様な格好を晒すのは連中だけですから、皆さんは安心してそれを見下ろして、ほくそ笑んでやればいいかと」

「それなら良いのです。……応援、してますわ」


 ドリルちゃん、応援のために声を掛けてくれたんだ。


「……不思議そうですね。私達騎士科が征伐出来なかった、学園内に蔓延る悪を、代わりに貴女が退治してくれるというのです。応援するのは当然というもの。……貴女の剣技と魔技、そして活躍を、我らは観客席から見守っていますから」

「ありがとう、ドリル先輩!」

「ドッ!?」


 固まる先輩を置いて、席へと向かう。気付けばココナちゃんとアリスちゃんは、寸劇が始まった直後から食事の為の席を取り、皆の分まで料理を運んで来てくれていたのだった。


「2人共ありがとう」

「はい」

「どういたしましてなのです!」

「にしてもシラユキ、ドリル先輩はあんまりじゃない? リヴィディエール卿、まだ固まってるじゃない」

「だって私、ドリルちゃんの名前知らないし」

「もう先輩からちゃんに格落ちしてる!? はぁ、あの方は言うなれば騎士科のトップよ。魔法科のフェリス姉様のようなポジションといえば分かりやすいかしら」

「なるほどー」


 分かりやすいわね。


「『卿』呼びしてるのはなんで?」

「もう既に第一線で戦って、戦功を挙げてるからよ。相手は、ちゃんと魔物よ。2年の時に故郷でダンジョンブレイクが起きた時、陣頭指揮を取りつつ前線で戦って、その上で魔物の親玉を討ち果たした事もあるの。そんな彼女に対して、人々は畏敬の念を込めてこう呼ぶの。リヴィディエール卿、とね」

「ほーん」

「あんた、本当に興味なさそうね」

「そんな事ないわ。彼女がより一層カワイくみえたもの」

「……ああ、そう」


 ソフィーは呆れて食事を始めてしまったので、私も食べ始める。食堂のご飯って、素材は良いものを使ってるのに出てくる料理は家庭料理が多いから、変に緊張せずにのんびりと食べられて良いのよね。味も美味しいし、値段もリーズナブル。現実で言うところの1つワンコインといったところか。

 平民の懐にも優しいなんて素晴らしいわね。まあ貴族の小煩い連中のために、値も素材も2ランクほど上の料理が一部混じってるけど、それもまあ平民達が頑張った自分へのご褒美枠として、きちんと手の届く範囲に収まっているし、本当に良い食堂だわ。


 まあ、どんなに此処が優れていても、アリシアの料理の方が好きだけど。


「恐縮です」

「うん」


 どうせ筒抜けだろうと思ったら、やっぱりその通りだった。食事も終わったので、食後のティータイムと洒落込みつつ。アリシアと乳繰り合ったり仲間達とワチャワチャしていると、たくさんの生徒達が押しかけて来た。


「シラユキ様、が、頑張って下さい、応援してます!!」

「あら、ありがとう」


 さまざまな応援の声に応えていると、その内の1人が何かを差し出してきた。


「これ、皆で作ったんです……! ご無事を祈っています……!!」


 渡されたものは、立派なタリスマンだった。ステータス上昇系の効果はないけれど、お店に売っていてもおかしくない立派な出来栄えだった。


「ありがとう、大事にするわね」

「シラユキさん!」

「あら、貴女は調合学科の……」

「はい。シラユキさんに頂いた招待状、怖かったけどちゃんと渡せました……! 渡した相手に、逆上されて襲われそうになりましたけど、盗賊ギルドの人が助けに入ってくれて……。あの人たちもシラユキさんが手配してくださったと聞きました。盗賊ギルドの人にもお礼を伝えましたが、私達が渡した後のことも考えてくださって、本当にありがとうございます!」

「僕もです! 盗賊ギルドの方に守って頂きました!」

「私もです!」

「俺も守ってもらいました!」

「あなた達を守るのは当然だわ。皆無事でいてくれてよかったわ」


 盗賊ギルドの人たち、疑ってはいなかったけどきちんとお仕事してくれていたのね。これは報酬は、やっぱりお金だけじゃなくて魔法技術も伝えてあげましょうか。

 にしても逆上してキレるとは。大人しく罪を認めなさいよね、みっともない。


 今のところ、裏の取れていない連中はリストには載っていない。つまりは全員が決闘を使って他者から色々と搾取してきた者達なのだ。調査の過程で『黒』と断定された連中も、全てリストに載っている。本当にうまく隠れてる奴はどうしようもないけれど、それでも大部分のゴミは掃除が出来そうね。

 光ある所には必ず影が生まれるように、掃除をしてもしばらくすればゴミが発生する。それはどこでだってそうなのだ。今回、ゴミを徹底的に根絶やしにして綺麗にしたところで、いつかはまた大なり小なりのゴミが発生する。それがわかっている以上、全部を綺麗にする必要はないわ。残ってるかもしれない程度にはゴミを残したとしても、小さなゴミなら、放っておいても問題はないもの。


「シラユキさんは、Bランク冒険者だって聞きました。それに、魔法学園の歴史上、類を見ない魔法の成績もたたき出せるほどの実力者です。だから、信じています。シラユキさんが、あいつらをやっつけてくれるって!!」

『頑張ってください!』

『応援してます!!』


 彼らの言葉が、胸に染み渡る。


 ここにいるのは、魔法学園生徒の、ほんの一部でしかないだろう。けれど、悪い事を企む連中に日々煮え湯を飲まされ続けた被害者たちである事には違いない。そんな彼ら、彼女達が心からの声援を送ってきてくれているのだ。なら、私は精一杯暴れて、彼らをスカッとさせてやろうじゃない!


「ありがとう。本番でも応援よろしくね!」

『はい!!』


 さーて、気合を貰ったし、とっても滾って来たわ!!


『やるぞー!』

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