第165話 『その日、決闘会場へと入場した』
食堂を後にし、そのまま闘技場の関係者用の入り口を利用する。どうやらこの通路の警備も、第二騎士団が担当しているらしく、守護の任を任されていた2人から熱烈な応援をされた。なんでも此処の警備を離れられないらしく、試合が見れない分ここから応援をするらしかった。
「もう、たしかに第二には闘技場の警備をお願いしたけれど、当日まで担当させるなんて酷い話だわ」
プンプン。
シラユキちゃんおこプンプンだよ?
「試合が始まりそうならこっそりと中まで入っていらっしゃい。どうせこの戦いで守らなきゃいけないものは、景品である私と、武器防具やアイテム達。あとは来賓される陛下達王族くらいでしょう? なら、景品は闘技場内部の、観客にも見えるところに置いてしまって、内部を徹底的に守る配置にしてしまえばいいのよ。それかもしくは……あ、そうだわ。ミカちゃんに伝えて来てちょうだい。第二は全員内側警備に移動させて、外側は第一に任せる様にってね。第二の皆には私の戦いを見て欲しいもの。ミカちゃん経由で陛下に陳情を出せばきっと通るはずだわ。お願い出来る?」
「シラユキ様、ありがとうございます! 承知しました!」
そう言って警備の片割れが中へと走っていった。
うんうん、私が言い出したって分かれば、陛下も動いてくれるでしょ。
「エイゼル」
「はっ。行ってまいります」
「よろしくー」
ついでにエイゼルも保険で行かせる。これできっと大丈夫ね。そう思いながら通路を進んでいると、ソフィーが心配そうに呟いた。
「良いのかな、第一騎士団と第二騎士団って、設立の時点からだいぶ揉めていて犬猿の仲なんだけど、一応陛下の護りは第一が主体だったから今まで大きな問題にはならなかったのよ。それがここに来て、第二が陛下のいる内部の護衛につくとなれば……」
「もう、考えすぎよソフィー。外から完全に悪いやつをシャットアウト出来れば、それが陛下の護衛に繋がるじゃない」
「そんな屁理屈が通じれば良いんだけど……」
まあそれがダメなら、実力で黙らせてしまえば良い。今日を越えれば、私は実力を隠す必要がなくなる。だからやり方はいくらでもあるわ。私が直接第一騎士団に乗り込んでも良いし、第二騎士団の実力を底上げして格付けさせてしまっても良い。
うーん、夢が広がるわね。ただ、忙しすぎてそんな時間が取れるかどうかは微妙なラインだけど……。
結果的に、私からの嘆願とミカちゃんの硬い意思により、第二は全員私の試合が見れる内側の警備となった。逆に第一は、半分が外側警備を担当して、残りは王族周辺の護りを担当することとなったのだと、試合が終わってから聞いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
試合開始まで残り1時間。
観客席には学園生と関係各所の貴族達、そして街の住人達が集まり始めていた。
集まった彼らは、学園生を除けば全部で2種類の人間に分かれる。1つがちゃんとした
抽選は、なんでも当選倍率500倍とか、それ以上だったらしい。そんな倍率になった理由は、ランク12のアイテムを拝むためか、それを景品に指定出来ちゃう奇特な存在を見に来たのか。
私としては後者だったら嬉しいんだけど、多分前者が殆どなんだろうなぁ……。んむむむ。
で、そんな観客席を、出場者側の通路から顔を覗かせて
メンバーはいつもの4人、313号室の面々だった。
ココナちゃんは、出場者の関係者という枠にはあまり関係がないとかで、自ら辞退をしてSクラスの皆がいる観客席へと行っちゃった。行かせる前に、もう少しココナちゃんのモフモフを堪能したかったなぁ……。
「まだ疎らですが、すぐにでも満席になりそうですね……。学園の決闘がこれ程までに注目されるのは、ミカエラ様の戦い以来と噂されている様です」
「そっか、ミカちゃんも戦ったことがあるのね」
「お嬢様、どうやらお祭り騒ぎになっている様でして、観客席の裏では売店なども出ている様ですよ」
「へぇ、そんな物まで出来てるんだ。見せ物にされてるのなら、集客費として1割くらいお金を貰うべきかしら?」
「あはは、良いかもね」
と冗談を言っていると、本気にした子が1名。
「その通りですね。お嬢様を勝手に見せ物にして商売するなど言語道断。慰謝料含めて売り上げの5割は頂きませんと」
「ちょ、アリシア!? 冗談、冗談だから!」
んもー、私のことになるとすぐこうなんだから。嬉しいけどさ。
「ですが……」
「ダメよ。めっ!」
「はうっ! しょ、承知しました」
ん? 今何か変な反応を……。
「お嬢様の『めっ!』が可愛すぎて……たまりませんでした」
「「「……」」」
まぁ……たしかに、カワイイかも。うん。
試しに手鏡を取り出して『めっ!』をしてみる。うん。カワイイ。普通にカワイイし身悶えしちゃうくらい最高にカワイイわ。流石シラユキちゃんね。
「めっ!」
「はうっ」
「めっ!」
「ああっ!」
私が『めっ!』をする度に、『めっ!』をされたアリシアが身悶える。ちょっと楽しいけど、大盤振る舞いする物じゃないわね。シラユキちゃんの『めっ!』は安売りしちゃいけないのよ。
それはそれとして、夢の中で小雪にもしてもらおう。
「ソフィア姉様……」
「諦めましょ、この2人は残念ながら病気なの」
「ソフィー、めっ!」
「うっ。……く! な、なによ」
おお、耐えた。
「感心されても困るんだけど。アリスティアも拍手しない。ア、アリシア姉様まで、そんな信じられない物を見るような目はやめて下さい……」
「……失礼しました」
「そ、それよりシラユキ姉様、闘技場の中央にあるのが、例の装置ですか?」
アリスちゃんは慌てるように話題を逸らした。王族なんだから自分も見たことがあるのに、いじらし……あれ? 今までの扱い的に、実物を見ていない可能性が微レ存……?
うん、地雷かもしれないし触れないでおこう。
「そうよ。あのリングに設置されている機械が『決戦フィールドV2』ね。そして向こうの壁に取り残されてるのが『決闘フィールドV3』ね。今回は使わないから、あそこに置いてあるのかしら」
「でしょうね。紛失を防ぐために、あれらの装置はこの場所から動かしてはならないというルールがあるわ」
「遺産扱いだもんね、あんなのでも」
「シラユキにしてみれば、あれはそんなに凄くもないのね」
「まあね。作ろうと思えば作れると思うわよ、錬金術で」
「ふうん……。フェリス姉様が聞いたら驚くでしょうね」
「そうかもねー。あら、噂をすれば」
『決戦フィールドV2』の裏から、ひょっこりとフェリス先輩とモニカ先輩が現れた。『決戦フィールドV2』は形状としては直径1メートルほどの円柱状の物体で、縦の長さは3メートルほどある。全部で5段階の部位に分かれていて、それらにはそれぞれ機能が割り振られている。
見た目で例えるなら、トーテムポールみたいな感じね。それぞれの顔に特殊な機能が搭載されていると言えば良いかしら。先輩が確認しているのは一番下の部分。対戦人数を決定する項目ね。モニカ先輩と2人で決闘の準備をして……あら、『決戦フィールドV2』の影からもう1人現れたわね。まさかのモリスン先生!?
あんなところで何してるんだろ。気になるー!
「私とアリスは控え室に戻ってるわ。気になるんでしょ? 行って来なさい」
「うん、ありがとう! 行くわよアリシア」
「はい、お供します」
踵を返す姉妹と分かれて、わたしは闘技場のリングへと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
まだ試合が始まってもいないのに、会場が沸いた。
世界一カワイイ私と存在がぶっ飛んでるメイドが現れたからだ。この会場には私を知ってる人もいれば、知らない人もいる。けど、直接私を知らなくても、それとなく噂は広まっているだろう。CHRの暴力は計り知れない。きっと、私の知らないところでも噂されているに違いないわ。
そうでもないと、こんなに観客が湧くわけないもの。まだ満席じゃないのにコレなら、本番はどんな歓声になるのかしら。楽しみね!
まあそれはそれとして、今は先輩達が先だ。この歓声によって私達の接近に気付いた先輩達の元へ、駆け寄った。
「凄い人気ね、シラユキちゃん」
「えへへー、ありがとうございます。先輩達は何をしてるんですか? 『決戦フィールドV2』の設定チェック?」
「ええ、そうよ。と言っても、私達が知ってることなんてほんの一部みたいね。さっきモリスン先生から聞いたわ。シラユキちゃんはコレの設定に詳しいみたいね」
チラリとモリスン先生を見ると頷き返して来た。
私が教えたことをフェリス先輩達に確認していたのね。
「そうですねー。ただ、何が出来るかはコレの性能と装着されてるアタッチメント次第なので、調べてみても良いですか? もしかしたら、決闘が盛り上がるかもしれないし」
「良いわ。ただし、私達にもやり方を教えてね。シラユキちゃんだけがやり方を知ってると、今後色々と支障が出るから」
「勿論ですよー」
「それじゃ、視ますねー」
『決戦フィールドV2』のタッチパネルに触れ、魔力を流しながら念じた
『ピピピ』
小さな電子音と共に、パネルにはズラリと情報設定が表示された。
********
名前:決戦フィールドV2+1
対戦設定(操作可能):片面最大60 現在値 赤1、青15
死亡判定(操作不可):体力0
勝利設定(操作不可):片方の陣営の全滅
退避場所(操作可能):規定値
体力誤差(操作不可):ー3%〜+3%
ダメージ判定(操作不可):リアル
ダメージ表記(操作可能):無効
耐物理障壁(操作不可):最大値30000 現在値30000
耐魔法障壁(操作不可):最大値30000 現在地30000
耐障壁破損時、試合強制終了(操作不可):有効化
障壁無効化機能(操作不可):有効化
魔法属性縛り(操作不可):無効化
能力制限機能(操作不可):無効化
・
・
・
********
……ふむ、なるほどなるほど。
後半の能力制限系以降も、全ての機能が操作ができない状態にある上に、設定も無効化されてるのか。わかりやすいけど、弄れるところが少ないわね。
ちなみにこの設定、『決戦フィールドV2』に備え付けてある画面に表示されているため、私だけでなく皆の視界にも映っている。
流石に観客席からでは遠くて見えないだろうけど。
「こ、これが『決戦フィールドV2』の設定……!?」
「すごい……こんな機能が隠されていたのね!」
「シラユキ、一体どうやったんだ!?」
「んー……。このパネルに手を当てつつ、魔力を流して念じるんです。『設定画面表示』と。恐らく先輩達は今まで、反対側……機械の正面部分ですね。そこから直接、設定の操作が出来るボタンを使われていたんだと思います。まああれでも操作は出来なくもないんですけど、直接操作は面倒なんですよね。それにこれ3メートルもあるし、天辺近くの操作なんて大変じゃないですか。しかもどのボタンも、何の設定ボタンか書いていないですし」
先輩達がうんうんと頷いている。きっと今まで、操作をしては確認してを繰り返して、ある程度の機能確認をして来たんだろう。
「この裏についてるタッチパネル、設計者によっては取り付けされないことがあるんですよ。何の効果があるのか分からないのに、過去の偉人さんはそんな物を取り付けしてくれたんですね。そのおかげで、私達は今後楽ができますね」
「シラユキちゃん、そんなことより、今まで見たことがない機能が沢山あるわ。どんな効果なの?」
「下の方にある操作不可で無効化してる物は、全部アタッチメントというか、専用の装飾を取り付ける事で増やせる機能になります。だから今は、上にある操作が出来たり、操作出来ないけれど有効になっている機能だけお伝えしますね」
興奮するフェリス先輩を宥めて、今操作が出来る機能だけ説明する事にした。全部話してたら試合の時間になっちゃいそうだし。
「そう……」
「もう、リスフィーったら興奮しすぎよ。今はシラユキちゃんの晴れ舞台なんだから落ち着きましょう?」
「あ……。そ、そうね。ごめんなさいシラユキちゃん」
「いえいえー。楽しそうなフェリス先輩も、カワイくって素敵ですよ」
「あうっ」
錬金術の話になると、先輩はこうなっちゃうからカワイイのよね。照れる先輩のほっぺをツンツンしていると、横から緩めの殺気が飛んできた。
「ちょっとシラユキちゃん、私のリスフィーを口説かないでくれる?」
「え? そんなつもりは、ないんですけどー」
口説いてるわけじゃないのよ? ただ思ったことを伝えようとしただけで……。
「モ、モニカ。やめなさい」
「……まあ良いわ。それよりもシラユキちゃん、これから戦いだけど、勝つ自信はあるの?」
「皆聞いてきますね。当たり前じゃないですか。むしろダメージ0で済ませる気満々ですよ」
「ふぅん……。虚栄には見えないけど、でもあの姿も本物に見えるのよね……」
うん? なんの話?
「シラユキちゃん、これから少し時間あるでしょ? 私と戦いなさい」
「えぇっ? な、何でですか!?」
まさか今までフェリス先輩にあんなことやこんな事をしてきた事がバレて、その恨みで……!?
「貴女の強さは色んな人から聞いてるけど、私は直接は知らないのよ。だから直接確かめるわ。もし私が無理と判断したら、今からでも辞退しなさい。まだ試合が始まっていないから、景品も引き下げられるはずだし」
「……なんで私が負ける前提なんです?」
「あら、分からない? 私は貴女の実力を疑っているのよ」
「へぇ?」
優しさなのかそうじゃないのか分かりにくいわね。それはともかくとして……。
「モニカ先輩、よくめんどくさいって言われません?」
「ほぉ? 言うじゃない。準備は出来てるようね?」
「いいえ、出来てないですよ。弱い者イジメって疲れますから、心構えが必要なんですよ?」
「なんですって?」
私とモニカ先輩との間で火花が飛ぶ。まさに一触即発という空気で、観客席にもその空気は届いたらしい。困惑の声の他にも、血気盛んな囃し立てる声も聞こえてきた。
「ちょっとモニカ、良い加減にしなさい! シラユキちゃんも落ち着いて!」
「そうですよモニカ様。モニカ様がお嬢様に敵うわけないでしょう」
「アリシア姉様も、煽るのはやめて下さい」
フェリス先輩が慌てて間に入ってくる。慌てる先輩もカワイイなぁ。……にしても、フェリス先輩が関わると、モニカ先輩はすぐに火がつくのは分かってはいたけど、ここまでだなんて予想していなかったわ。
でも、実際どうしようかな。公衆の面前でモニカ先輩をボコるのもどうかと思うし、試合前に実力を見せて相手を萎縮させては面白く無いわ。
そう思っていると、想定外の人物がモニカ先輩を止めに入った。
「落ち着かれよ娘子。お主では白銀の女王に勝てはせんよ」
「ひっ! ……な、何よアンタ! 部外者がなに勝手に闘技場内に入って……っ!?」
モニカ先輩が標的をその人物に変えた瞬間、男の手を払い除け、一気に距離を置いた。
「な……何よコイツ、只者じゃない……!」
「モニカ!?」
「ほぅ、我輩の『剣気』を受け、そこまで動けるか。この国の若者も捨てたものではないな」
その男、神丸はうんうんと頷いた。
「あら、早いお着きね」
「うむ、依頼主の作戦会議とやらがすぐに終わってしまったのでな。散歩がてら、早々に抜け出して来たわ」
「作戦なんてどうせ集団で一気に。とか、そんなもんでしょ?」
「む? いや、我が依頼主は……まあ良い」
ん? 気になる反応ね。
「ま、なんであれあんたが集団に混ざって攻撃なんて考えられないわ。アンタは最後、単騎で来なさい。有象無象が大量に来たところで、お腹は膨れないもの」
「くく、やはりお主は良いな。あの時感じた威圧感は一切薄れておらぬ」
モニカ先輩が受けた『剣気』……『侍』版の『威圧』ね。それが私の肌をピリピリと焦す。
私、最近この力を持て余していたし、久々に全力を出しても問題ない相手と戦えるというのは、存外嬉しいことみたい。さっきからワクワクが止まらないわ。
「シラユキちゃん、知り合い? 誰なの、この男は……」
「今この場にいるのは、今日の対戦相手の1人ですよ。それ以上でもそれ以下でも無いわ。そうでしょう、神丸?」
「うむ。良い勝負を死合おうではないか、白銀の女王よ!」
『これが強者のオーラってやつね!』
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