第163話 『その日、決闘システムを教えた』

 高揚し熱く潤んだ瞳でこちらを見ているアリスちゃんと、彼女達が今感じてる感情の全てを理解し優しく微笑むアリシアとお別れし、教室へと辿り着いた。ソフィーも平静を装ってるけど、まだ耳が赤いわ。

 隣を歩く彼女を微笑ましく見ていると、先に来ていたであろうクラスの友人達が声援と共に出迎えてくれた。


「あら、皆どうしたの?」

「やあ、おはようシラユキさん。皆この日が来るのを楽しみにしていたんだ」

「そうなの?」


 見れば皆、とっても浮き足立っている。入学試験以来の友人達も、最近友人になった子達も。お祭りや遠足が楽しみでワクワクが止まらない子供みたいね。ふふっ。


「ボス! ついにこの日がやって参りましたね!」

「シラユキさんの魔法がまた見られるなんて、楽しみだよ!」

「シラユキ様、僭越ながら私達も応援しておりますわ」

「ふふ、皆ありがとう。でも決闘は放課後なのよ? そんなテンションで一日中いるつもり?」


 絶対途中でバテちゃうでしょ。


「シラユキさん!」

「ココナちゃん」

「ココナは、決闘の事、よく分かって無かったのです。でも、皆さんから今日起きる事を聞いて、ようやくシラユキさんが何をしようとしているのかを知ったのです。でもココナは、ココナは……シラユキさんに危ない事はして欲しくないです」


 耳を垂れさせ、尻尾も力なく、しおしおとしている。


「でも、コレは、必要な事なのですよね?」

「ええ」

「……でしたら、ココナは全力で応援するのです! だから、怪我なく無事に、勝ってきてくださいね!」


 本気で私のことを心配しているみたいね。その真剣な眼は、私の無事を心から祈っているものだった。


「当然よ。あんな連中にやられるほどヤワじゃないわ。それとね、ココナちゃん。決闘の事、少し勘違いしているわ。闘技場で行われる正式な決闘では、怪我をする心配はないのよ」

「ふぇ? そ、そうなのですか?」

「ええ。もし怪我する様なら、私がどんな好条件を出そうとも、魔法で9999も叩き出す私に挑むなんて真似、あの小物連中には怖くて出来なかったはずよ。場合によっては、命惜しさに土下座して来ていたかもね」

「はわー」


 実際、私がランスの魔法をに向けて打てば、死人が出るわ。魔力防御も覚えていないヒヨッコ共には、ボール系統魔法ですら危うい。


「だから安心しなさい。私は万に一つも怪我を負う事はないし、危険な目に遭う事はないわ。むしろ死ぬ心配がないからこそ、強烈な魔法をぶち込んで、拭えないトラウマを与えてやるわ」

「わぁー」


 ココナちゃんは目を輝かせて、拍手している。先ほどまで元気のなかった耳と尻尾は、しっかりと芯が入っているみたいでご機嫌だった。

 それにしても……。


「ちょっと貴方達? 他の平民組は知っていたみたいだけど、ココナちゃんにもちゃんと教えなさいよ。1人思い悩んでいたじゃない」

「はは、すまない。皆興奮していたんだ。それに決闘のシステムはちょっと調べればわかる事だからね。知っているものだと思っていたよ」

「ヨシュア様、ココナさんがそんな物騒な事を調べているはずがありませんわ。魔法の成績がいくら高くとも、彼女はか弱い女の子なんですからね!」

「す、すまないアリー」


 ヨシュア君が珍しく、アリエンヌちゃんに叱られていた。これは将来尻に敷かれそう。


「ゴメンなさいココナさん、事前に私がしっかりと教えておくべきでしたわ。シラユキさんと仲が良かったので、知っているものだとばかり……」


 いやー、私も杖を作る時景品の話をしてたし、昨日も応援に駆け付けて来てくれたのかと思ったけど、何となくで来ていたってことね!?

 うんまぁ、カワイイから良いか。


「いえ! ココナがよく知らなかったのが悪いのです。アリエンヌさんが気にする必要はないのですよ」

「折角だから、決闘のシステムについてココナちゃんに教えてあげるわ」

「あ、はい! よろしくお願いするのです!」


 カワイらしく返事をするココナちゃんを膝に乗せて撫でていると、先生達がやって来た。


「お前ら席に着け。……はぁ、案の定浮かれまくっているな」

「仕方がありませんよー、みんな、シラユキちゃんがどんな戦いを見せてくれるのか楽しみにしてるんですからー。かく言う私も、とっても楽しみなんですよー」

「イシュミール先生……。少しは教師としての自覚を持って下さい」

「えー、そんなこと言ってー。モリスン先生も昨日からソワソワしていたじゃないですかー。相変わらず素直じゃないんですから〜」

「イ、イシュミール先生!? ……ごほん」


 モリスン先生は、生徒達の視線に気付いたのか咳払いで誤魔化した。


「さて、本来であればHRと授業を予定していたが、この状況ではな……。よし、今日は特別だ。今日は決闘に関しての授業をしよう。賭けの手段となっている現状がおかしいのであって、本来であればお互いの実力を確認するための手段であるべき物なのだ。シラユキ、お前はこの学園の決闘に関して、どこまで把握しているのだ」

「割と把握してますね。逆にこの中だと、ココナちゃんがよく知らないみたいなので、今からその説明をしても良いですか?」

「ああ、そうだったのか。では頼めるか」


 折角先生がいるんだし、今私が持っている疑問をぶつけつつ、ココナちゃんに教えてあげよう。と言うか、皆こっちを見てるし、教壇に立つべきかな。

 そう思ってモリスン先生の隣に立つが、特に咎められる事はなかった。


「まず先生に確認なんですけど、決闘に用いられる闘技場のアイテムの名前、分かります?」

「ああ。数百年前、伝説の錬金術師が作ったとされる遺物レリックで『決闘フィールドV3』と『決戦フィールドV2』の2つがあるな」

「……」


 ちょっと吹き出しそうになっちゃった。

 真面目な顔でV2ブイツーとか言うんだもの。


「どうしたシラユキ」

「いえ、何でもありません」


 危ない危ない。


「じゃ、説明するわ。まずこれらの装置を使用すると、参加者は仮想のHP体力を得られるの。その数値は実際の強さ、具体的には総ステータスから算出されるんだけど、多少の誤差はあるわ。設定によってはハンデとして、特定の人間のHPを減少させたり倍増させたり、場合によっては装備部位の限定封印なんて縛りプレイも」

「待て待て待て待て!」

「え?」


 設定をベラベラと演説していると、慌てた表情で先生が止めて来た。……まさか??


「ハンデ、だと? そんな事が可能なのか?」


 ……やっぱり。


「Vの数値が増えれば高性能になって機能が増しますが、このシステムはV1から存在します。ですので、どちらのアイテムでも可能ですよ。……ご存知なかったんですね、数百年も使っておいて……」

「……実際に起動出来たのはここ数十年の話なのだ。その様なシステム、いったいどの様に……」

「起動するのと同じように、特定の箇所に魔力を流せば……」


 ああ、そうか。

 この国の人たちは魔力を流すと言う行為がとんでもなく技量のいる行為だと思ってるんだったわね。落胆と呆れの表情をしていると、ソフィーも察したみたい。


「まあそれは良いわ。ともかく、設定を整えたらあとは戦うだけ。どちらかの陣営の仮想HPを全て0にすれば勝利よ。このHPは攻撃を受けることで減少していくんだけど、その際多少の痛みは感じるけど大したものじゃないし、本当の自分の身体は傷つかないわ。だから思う存分に戦うことが出来るの。ちなみにフィールドという名の通り、一定の範囲内が戦いの場となっていて、参加者以外はそのフィールドに入れないし、外部からの攻撃は遮断される。内部からの攻撃も無効化されるけど、Vが少ないほど耐えられる限界値も低いわ。まあでも、それが破られるほどの魔法を使える人は、この学園の生徒には見当たらないわね」


 私の視界には居ないのであって、鏡を見たら居るけど。


「ここまで何か質問は?」


 そう問いかけると、隣から手が挙がった。


「はい、先生」

「何故そのような、誰も知らないことまで知っているのだ?」

「触った事があるからとしか。はい次ー」


 次に手を挙げたのはココナちゃん。


「えっとえっと、その仮想HPが無くなったらどうなるのですか?」

「最初に設定していたポイントに強制的に移動されるわ。フィールドの外になるのは間違いないけど、闘技場に置いてある装置の設定次第だから、今どこになっているかは直接見る必要があるわね」

「闘技場には戦いのための舞台がありますー。HPが無くなった人はその舞台の外に弾かれますよー」


 イシュミール先生が補足してくれた。次に手を挙げたのはソフィー。


「で、そのフィールドがもし壊されたとして、決闘はどうなるの?」


 何か言いたげな表情でこちらを見ながら聞いてきた。

 どうせアンタなら壊せるんでしょ? そう目が語っている。


「そうなったら決闘は強制中断されて、決闘用の装置もぶっ壊れるわ。だからわね」

「ええ、ぜひそうして頂戴」


 さて、質問も無くなったみたいだし次の説明に移ろうかしら。


「じゃあ次に『決闘フィールドV3』だけど、これは一対一専用の決闘装置よ。さっきも言った通りVの数値が増える毎に細かいルールの設定や勝負の内容が決められるんだけど、学生同士の決闘ならV3でも十分ね」


 勝負も別に、HPを削り合うだけの野蛮なバトルだけが全てじゃない。ステータスを制限しての射的ゲームだとかモグラ叩きだとか、平和的な遊び機能もアタッチメントとして追加が出来るのだ。

 まあ聞いてる限り、バトル機能だけしか備わっていなさそうだけど。


「そしてもう1つの『決戦フィールドV2』。これは多人数対戦が可能な装置ね。V2の場合は最大で、片方の陣営に60人まで登録出来たはずだわ。だから今回の場合、一番多くて1対60になる訳ね。外部の連中も入れて大体250人くらいと聞いてるから、4、5回に分ける感じかしら」


 Vの数値が思った以上に少なかったから、予定していた戦闘数より少し嵩張ったわね。

 学園長先生達が何も言わなかったのは、このV2の限界値を知らなかったんでしょう。過去に試していたとしても3対3とか6対6くらいでしょうし。


「はーい、じゃあ此処までに質問ある人ー?」

「はいなのです!」

「はいココナちゃん」

「そんなに沢山の人を同時にとなると、範囲魔法になると思うのです。そうしたら、フィールドの結界が壊れてしまわないか、心配なのです」


 それを想像したんだろう。他の子達もうんうんと頷いている。


「それも平気よ。さっきも言ったけど、結界は一定のダメージまでは無効化するの。だからそうねぇ。例えば結界が3万のダメージで壊れるとして、3000や4000くらいのダメージが連続で発生するトルネードの魔法を使ったとしましょう。ダメージが蓄積すれば、トルネードの8回から10回ほどで壊れてしまいそうだけど、限界値より威力が低ければ何発でも無効化するのよ。だから、範囲魔法で壊れる心配はないわ」


 実際、『決戦フィールドV2』は3万の耐久値があって、29999以下のダメージは全て無効化する。ある意味最強の盾ではあるんだけど、この技術は防具には転用できないらしいのよね。何でも、発動し続けるためには動かない事が条件なんだとか。

 攻撃出来ず、動くことすら叶わないなんて。ある意味防壁として機能するかもしれないけど、ただのカカシですな。


「じゃあ安心なのです!」

「はい」

「はいソフィー」

「シラユキがさっきから言ってるダメージの数値って、何を参考にしているの?」

「ああ、それはね。私が壊しちゃった『スコアボード』で確認出来る数値よ。入学テストの時に用意されていたのは格が低いタイプだったから9999までしか計れなかったけど、もっと良いものならそれ以上の数値が測れるわ」

「ふぅん。……いつかはそんな『スコアボード』も、使ってみたいものね?」

「そうね、もしかしたら近いうちに使えるようになるかもしれないわよ?」


 あの魔道具は簡単なレシピで作れる。素材さえ集まれば早いうちに作り出せると思うわ。

 あんなオモチャじゃなくて、な数値の測れるやつをね。


 だって9999なんて曖昧な限界値じゃなくて、実際に今の私が出せる魔法の実数が知りたいんだもの。それが分からないと、加減も難しいわ。


「そ、楽しみにしているわ」


 ソフィーも最近になって分かってきたようだった。私がこう言うということは、私にとってはが、それほど準備や用意が難しくない存在であると。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 そうして1時間目の授業は決闘システムに関する質疑応答で終了した。2時間目からはちょっと苦手な歴史の授業と、経済の授業だった。何でも生徒達の数学の知識が跳ね上がった事で、複雑な商業系のお話や、経済の授業が前倒しになったらしい。

 でも、いつまで経っても始まらないあの授業に関して、ヤキモキしていた私はついに、我慢出来なくなって聞いてみることにしたのだ。


「モリスン先生、魔法の授業っていつになったら始まるんですか?」

「ん? ああ、なんだ。聞いていなかったのか」

「え?」

「お前の話を聞いた学園長がな、授業のカリキュラムを直前で入れ替えたんだ。しかも始業式の日にだ。おかげで我々教師陣は大慌てだよ」

「ええー!? な、なんで……」

「理由など、お前が一番よく知っているだろう。お前の教えを受けた生徒とそうでない生徒とでは、実力に格差がありすぎる為だ。今後も、何人も教えて行くつもりだとは聞いているし、それを大々的に行うには決闘前ではトラブルの種になる。だから学園長は魔法関係の授業を丸々後ろへと追いやったのだ。全く、お前が教師として入らなかった事が一番の謎……ああ、そういえばだったな」


 いや、実際私平民なんですけど。

 まあソレっぽい風格はあるかもしれないけどね! なんて言ったってシラユキちゃんは最強カワイイし、ぶっ飛んだCHR力も持ってますから!!


 でも納得したわ。いつまで経っても始まらないから、ずーっと気になっていたのよね。学園長先生が気を利かせてくれていたんだぁ。感謝しなきゃ。


『じゃあ決闘が終わってからが本番なのね!』

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