第150話 『その日、素材を収集した』
『魔法使い』となったアリスちゃんに、転職条件とレベルを上昇させる試練の条件を説明し、理解して貰う。
そして、アリスちゃんが今の時点で出せる攻撃魔法を見せて貰うことにした。
「『ウィンドボール』! ……如何でしょうか?」
「……うん、これくらいなら入り口の雑魚相手でも倒せるでしょ」
ほっと一安心するアリスちゃん。
ちなみにさっきから静かなソフィーは、話についていこうと、必死に目を瞑って、私の言葉を噛み砕いているようだった。
「じゃ、とりあえず行きましょうか。アリシア、道中に『魔力草』や『リト草』とか、植物系の素材があったら例の方法で根こそぎ引っこ抜いてね」
「承知しました、お嬢様」
この初心者ダンジョンは、岩の洞窟がモチーフとなっている。そのためどこを見渡しても岩、岩、岩だ。
壁面や天井に松明やランタンなどは設置されていないが、何故か明るいのも特徴である。探索に光源が不要と言うのは、実に
そんな地面には、時折素材が生えている。ゴツゴツした岩の地面が続いているのだが、所々が剥き出しの砂地や草地になっていて、そこにポツンと素材が自生しているのだ。
たまに岩場にも、アスファルトを割って生える雑草の様に出現することもあり、そう言う時は大抵品質が良かったり、レアな素材だったりする。その分引っこ抜くのが大変だったりするんだけど、魔力を流して岩を崩壊させれば問題ない。
緊張するアリスちゃんの背を押しながらダンジョンを進んでいると、目の前に1匹の魔物。ゴブリンが現れる。
このゴブリンもそうだが、ここのダンジョンに生息する魔物は全て、魔力で生み出された存在だ。生物の腹から生まれた訳ではないのだが、野生でなくともゴブリンはゴブリンらしい。
私たちを見つけた奴は、醜悪な顔で笑いゆっくりと近付いて来た。
本能が剥き出しとはまさにこの事ね。
ここで野生のゴブリンなら、私達を見てニタニタと笑いはするだろうけど、すぐさま1対4では不利と考え、撤退と仲間を呼ぶ事を選択するはずだもの。
初心者ダンジョンの魔物は、本能のままにお行儀良く、エンカウントした連中だけで襲ってくる。不測の事態なんて起こり得ない、実に平和な場所なのだ。
「アリスちゃん」
「はい! 『ウィンドボール』!!」
野球ボールよりも一回り大きめの風の球が、アリスちゃんの手から勢いよく発射される。戦いの経験をしていないゴブリンでも、その危険性は理解出来たのだろう。回避を試みようとするが、判断が遅すぎた。
風の球が丁度ゴブリンの頭に激突し、弾け飛ぶ。外だとショッキングな光景になるだろうけど、ダンジョンで死亡した魔物はすぐに魔力へと変換される。地面や壁に血潮が一瞬ぶちまけられたが、それもすぐに消え、何事もなかったかのように居なくなった。
『アリスティアのレベルが1になりました。各種上限が上昇しました』
そして届けられる上昇通知。無事に終わって安心したわ。
「やった、やりました! 魔法を打ち出すのは初めてでしたが、まっすぐ飛んで良かったです! 魔法は真っ直ぐ放つのにも練習がいると聞いていましたが……運が良かったのでしょうか」
「運ではないわ、ちゃんとした実力よ。魔法を放つと言うことは、自分の身体を発射装置に見立てて、自分の魔力を操作して対象を弾き飛ばす事よ。つまり、魔力の操作に淀みが無ければ、きちんと術者の命令を聞いてくれるのよ」
「という事は、シラユキ姉様が教えてくださる魔法であれば、誰でも真っ直ぐ飛ばせると言うことなんですね」
「ちゃんと制御の練習をすれば、だけどね」
嬉しい事を言ってくれるアリスちゃんを撫でていると、ソフィーはため息と共に難しい思考を吐き出した。
「シラユキ」
「落ち着いた?」
「後で、ちゃんと説明してよね」
「いいよー」
さあて、どんどん行くわよ!
◇◇◇◇◇◇◇◇
『アリスティアのレベルが3になりました。各種上限が上昇しました』
「わっ! また上がりました!」
「おめでとう! でも随分早いわね。私がレベルを上げていた時なんて、何日も掛かったのに」
「それは『魔法使い』と『魔術士』じゃ、必要経験値も全然違うわ」
「そうだけど……。それにしてもまだ戦い始めて5分くらいよ」
「……なるほど。これがシラユキ姉様の言っていた、貢献度分配と、均等分配の違いなんですね?」
「それってさっき言ってたアレの事よね。そんなに違うんだ……」
私が答えるまでもなくアリスちゃんは答えに辿り着く。ソフィーも決しておバカでは無いんだけど、その恩恵を自分も受けていることに気が付けば、違う反応をしてくれることだろう。
ここの魔物は、その名の通り初心者用のダンジョンだから、出現する魔物は総じて弱い。するとどうしても、得られる経験値も低くなってしまう。ソフィーのレベルが上がるのは、まだまだ先ね。
「お嬢様、見つけて参りました」
「ご苦労様」
アリシアが成果を持ってくる。本当は褒めて欲しいのだろうけど、メイドとしてのプライドか、彼女はそんな素振りはおくびにも出さず、さも出来て当然の様に立ち振る舞う。
まあ私に教えられた以上、ミスなんてあり得ないって感じかしら。でも主人は私なのだ。全力で褒めるに決まってる。
「完璧よ。さすが私のアリシアね」
「お嬢様……ひんっ!」
抱きしめるのと同時に、その可愛らしい耳にキスをする。相変わらずここが弱いのね。
「あ、あの、お嬢様……んっ」
「なあに?」
「ご褒美を頂けるのはありがたいのですが、その、お部屋に帰ってからでも……」
「部屋でも此処でも、メンバーは一緒よ?」
「そうですが、あっ」
「おほん!」
現れたゴブリンを、今度はソフィーが倒した。
「節度ってもんがあるでしょ。それにダンジョンなんだから、もう少し気を引き締めないと怪我しちゃうわよ」
「あら、警戒は解いてないわよ? このまま30秒くらい進めば、今度は2匹と接敵するわ」
マップに視線を落としたソフィーも、それに気付く。
「ホントだわ。じゃあ次は、私とアリスで1体ずつ倒しましょうか」
「はい、ソフィア姉様!」
アリスちゃん、とっても楽しそう。でも、それもそうよね。大好きなお姉ちゃんと、夢にまで見た魔法で一緒に戦えるんだもの。
そうして何の問題もなく、ゴブリン達は魔力へと還っていった。
「ソフィア姉様、私とっても楽しいです!」
「私もよ、アリス。それにしても、ストレスなく魔法が打てるって最高ね。今までは詠唱とか下準備が面倒だったし、いざ準備が終わったときには魔物が倒れていたり、ちゃんと当たらなかったりとか……。今とは天地の差ね」
「『魔法使い』の戦いの環境は、よく耳にしておりましたが、やはり過酷だったのですね。ですがソフィア姉様、快適な要素がもう1つありますよ。魔法が撃ち放題なんです」
「あ、そうだったわね。この魔力のバー? が、さっき使った分がどんどん回復して……あっ、満タンになっちゃったわ」
「シラユキ姉様の近くであれば魔法の練習がし放題だなんて……。魔法を極めたい人であれば、喉から手が出るほどの環境ですね」
「そうね。魔法って便利で強いけど、疲れるのが1番の問題だったから……。ダンジョンが終わる頃にはいつもヘトヘトだったのよ。今日はそんな事なさそうだわ」
魔力欠乏による疲労は無くなったとしても、精神的には疲れるちゃうんだけどね。でも、元気が有り余る様なら……。ふふ。
常識に欠けた発言になりそうだったから言わないでおこうか悩んでいたけど、終わった時の様子から判断して、もう何周かしないか提案しちゃおうかしら?
「お嬢様、私なら大丈夫です」
「まだ何も言ってないわよ」
ホントどうなってるの、アリシアの頭の中。
「恐縮です」
「だから言ってないってばー。もう」
微笑むアリシアにキスをしながらも、いつものことではあるので諦めて思考を切り替える。
「ソフィー、アリスちゃん。そんな最良の環境で修行が出来るってどんな感じ?」
「「最高 (です)よ」」
「なら、対価は払ってもらわなければね??」
「シラユキ姉様が望むもの……あっ。ソフィア姉様の体は自由に使って下さい」
「アリスティア!?」
アリスちゃんは何をされるか理解したのだろう。すぐさま姉を売った。
「だーめ、逃がさないわよアリスちゃん。許可なんて関係なくソフィーは好きにするもの」
「無念です……」
まあ今のはアリスちゃんなりの冗談だろう。本気で嫌そうにはしていないし、ソフィーも笑ってるわ。
「私の意思は無いわけ?」
「ソフィア姉様は良いじゃないですか。昨日帰宅してから、お部屋の中なら気を許していらっしゃいますよね。私が気付いていないとでも?」
「うっ! そ、それは……」
口へのキスが許されたあの日、私は帰り次第思いっきりソフィーに甘えたのだ。アリスちゃんの手前、抵抗の素振りは見せたけどそれだけで、受け入れてくれてた。
なんなら、帰ってくる前にお風呂を済ませて身綺麗にしていたもの。良い匂いがしたのもそのせいだったみたい。
いじらしくてカワイかったわ。
「お風呂は別に、入りたかったから入っただけで、他意は無いというか……」
「ふふ、そう?」
「そうよ」
ダンジョンでのソフィーは、他人の目がないからか、お部屋の時と同じで私が近寄っても拒絶しない。抱きしめても頬擦りしても、受け入れてくれるわ。
顔を覗き込むと恥ずかしそうな反応は見せてくれるけど、自然体だから嬉しいわね。
「シラユキ姉様、ソフィア姉様。コボルトが現れました!」
そうこうしているうちに、ダンジョンの敵は2種類目へと変遷した。初心者ダンジョンは4種類の敵が出て、奥に進むたびに出現する魔物の種類が変わる。
そして悲しいことに、一度魔物が切り替われば、前の魔物は出現しない。そのため、複数の種族の敵が同時に出てくることがないのだ。
ただただ、その種族ごとの対策をすれば済むという、何とも気楽なダンジョンである。
「コボルトも、基本はゴブリンと一緒よ。ただ、多少素早かったり、武器を持つ様になったりするけど、オモチャみたいなものだから気にしなくて良いわ」
ダンジョンに出現する人型の敵は、たまに武器や防具を手にして現れる。中には討伐時のドロップに、それらの装備が混じることがあるのだが、ここで魔物が装備しているのはナマクラの剣と木の盾だ。正直持って帰って嬉しいほどではないし、その思いは彼女達も同じだろう。
ただ、ナマクラの剣は、素材としては一応鉄だ。不純物の配合率が高いため、純粋な鉄のインゴットに加工するには何本か必要になるが、私なら、今後いくらでも使うだろう。
だからドロップしたら貰うことにしていた。
そうして何匹かのコボルトと遭遇し、5匹目の討伐時にナマクラの剣をドロップした。
「シラユキ姉様、どうぞ」
「ありがとうアリスちゃん」
アリスちゃんはドロップしたアイテムを嬉しそうに拾い上げ、ボール遊びをしている仔犬の様に渡してきた。ホントカワイイ子ね。今日はお風呂に一緒に入ろう。そして、全身をくまなく洗ってあげよう。
「それにしても不思議な感覚です。普通なら無用と判断され、その場に捨てられがちと聞くこの剣も、発見されれば落胆され踏まれていくような草も、シラユキ姉様にとってみれば使い道のある素材となるのですから。魔法の知識を教えてもらった時も思いましたが、私達は随分と無駄で勿体ない事をしてきたのですね……」
「そうかもね。でも、無駄ばかりだったとしても、貴女達はまだ若いんだもの。いくらでも取り返せるでしょ」
「はい、シラユキ姉様」
「……ん? ねぇ、それって暗にお父様やおじ様は手遅れって事?」
「え? んー……。頭が硬くなってなくて、私の話をしっかり聞いて実践してくれる人達だから大丈夫でしょ。流石に、意固地になって私の言葉を理解しようとしない連中まで、私は手を差し伸ばすつもりはないけどね」
「そっか……。安心したわ」
私が今後導く人達の中には、そんな人が相手でも教えたいって人がいるかもしれないし。だから、そう言うのはその人達に任せるわ。
「お嬢様、あちらに『緑牡丹』があります。採り方は同じでよろしいですか?」
「ええ、大丈夫よ」
「承知しました」
アリシアが素材を採取するのを尻目に、ソフィーは思っていた事を呟く。
「ねぇシラユキ、さっきから気になっていたんだけど、私の知識では、『初心者ダンジョン』の壁って特別硬くて破壊は出来なかったはずよ。地面も同じくね。もしかして、アンタが教える魔法なら壊せるの?」
「いいえ、いくら私の魔法が強くても、ダンジョンの壁を完全に破壊する事は不可能なままよ。ただ、表面上の浅い部分だったり、素材が埋まっている場所は比較的柔らかい壁で生成されているの。それでもダンジョン外の地面や岩よりかは硬いから、魔法の扱いに難があると壊せないかもね」
「へぇー、そうなんだ」
「そして魔力によって強度が上げられている分、土の魔法の練習にはもってこいなのよ」
ソフィーとアリスちゃんには、既に土魔法による採取の仕方を説明してある。お部屋の玄関口を弄った方法と説明すれば、それを直接見ていた彼女達はすぐさま理解してくれた。
「……ねえシラユキ、私もやってみても良い? こんなこと言うと変に聞こえるけど、面白そうだしやってみたくなったわ」
「何もおかしくはないわ。魔法は夢が詰まってるんだもの。色々と試したりするのは、面白くて楽しいものよ。やる前に1つ確認だけど、ソフィーのそれぞれの魔法スキル、今どんなものか教えてくれる?」
「ええ、風が33、水が21、火が15。そして最近覚えた氷が10、土が5、雷が6よ」
「頑張ってるわねー! 戻ったらそれぞれの魔法書を渡すわね。えっと『ウォーターロード』と『ファイアーランス』、それから『アイスウェーブ』でいいかしら」
「ええ、お願いするわ」
最近の……。いえ、明確には昨日からよね。ソフィーは全体的に気を許してくれる様になったようだった。
まだどれくらいの事まで許してもらえるかは検証中だけど、魔法書に関しては素直に何も言わず受け取ってくれる様になったみたい。まあ彼女としては、何かしらお返しする時まで貰ったものを積み重ねて、まとめてお返しをする可能性があるけど……。この先返す日が来るとして、その時には一体どれほど積み上がっているのだろうか。
ちょっと楽しみね。
「それで、なんだって確認をしたの?」
「ああ、それはね。やっぱり外の土と違ってダンジョンの地面は硬いわけよ。魔力を流しても、力を込めないと受け流される感じね。ちょっと土魔法に手を出した程度じゃ、上手く行かないものなのよ。外なら3程度あれば良いけど、此処ならせめて10は欲しいわね」
「じゃあ、やらないほうがいいって事?」
「やっても良いけど、失敗した時になぜ失敗したのか感覚的に掴めないってことね」
スキルが10を超えても失敗するときは失敗する。さっきからアリシアも、たまに魔力を流して解す作業で、失敗をしていたりするもの。感覚的になぜ失敗となったか気付けないレベルだと、ちゃんとした練習にはならないのよね。
「そっか……。じゃあこれから先の魔物は、優先的に『アースボール』を使っていくわ」
「ええ、頑張ってね」
「ソフィア様、お待ちしておりますね」
「ええ、待っていてアリシア姉様!」
「あ、あの、シラユキ姉様。私も土魔法を覚えたいです」
あら、ふふ。そうよね、どうせならアリスちゃんも一緒にやりたいわよね。でもここは心を鬼にして。
「最初に説明した通り、ある程度最初の魔法を成長するまでは2個目、3個目と手を出すのは……」
「はい、理解しています。ですが風魔法は、現在10になりました」
「はっや!」
さっきレベルが上がって、上限値が3から11になったばかりなのに、もう上限値手前まで行ったの!?
まるで私みたいな成長速度ね!
「ふふ、シラユキ姉様の本気の驚き、頂きました」
「ぬぬぬぬ。……そういう事なら、大丈夫ね。アリシア、ソフィー。今から土魔法をアリスちゃんに教えるから、魔物は任せるわよ」
「はい、お任せを」
「任せなさい」
ふふ、楽しいなぁ。
『仲間はずれは寂しいものね』
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