第151話 『その日、初心者ダンジョンをクリアした』

「『ウォーターウォール』」


 あえて口にして発動させる事で、威力の安定化と、仲間への意思疎通を図る。今日組んだばかりのパーティなら、連携も兼ねて発声は必要だ。

 無詠唱が出来るからと言って無詠唱に頼り切るのは、慣れていないメンバーとの連携をかき乱してしまう。此処はダンジョン。いくら初心者向けの場所とは言え、本来は突然何が起きても不思議ではない場所なのだから、この現象は自分が引き起こしたものだと明確に理解させる必要があった。

 いや、まあ、それでもやっぱり初心者ダンジョンだと意図しないトラブルも、不意のトラップなんかも存在しないんだけど。完全初心者の子もいるわけだし、一応ね。


「グルルルル」

「ガウッ! ガウッ!」


 『ウォーターウォール』を間に挟み、私達一行と現れた魔物が対面する。出現した水の壁は、厚さ50センチほど。通路を完全に封鎖している。

 飛び込んだところで、勢いが殺されてしばらくの間身動きが取れなくなってしまうだろう。そこを狙い撃ちにしても良いし、なんなら警戒して動かないこいつらを、このまま攻撃しても良い。

 向こう側が見える壁魔法は本当に便利ね。


「落ち着いて、アリスちゃん」

「は、はい……」


 アリスちゃんは、狼の魔物を相手に腰を抜かしていた。原因としては、最初にエンカウントした奴が、真っ先にアリスちゃんに飛びかかったからだった。

 アリスちゃんは慌てて迎撃しようとするも、慌てたせいで魔力がうまくまとまらず、攻撃を外してしまう。そこを近くで待機していたソフィーが迎撃し、事なきを得たが……。ちょっとしたトラウマになったみたいだった。


 まあこの子、今まで勉強だけをしてきて、ダンジョンにも縁がなかったからか、魔物と対面したのも今日が初めてなのよね。と言うことは、戦うのも初めてだし、命のやり取りも、明確な殺意を向けられることすらも初めての経験だろう。

 そんな彼女の前に、初心者ダンジョン第3の敵。ウルフが飛びかかったのだ。ウルフは狼型の敵で、大型犬並みの大きさをしている。このサイズの魔物が鋭い爪と牙を使って、こちらの喉笛を食いちぎろうと襲いかかってくるというのは、恐怖以外の何ものでもないだろう。

 私だって1人の時に、格上の獣型の魔物に襲われたら腰を抜かすかもしれないし、ちびっちゃうかもしれないもん。アリスちゃんの気持ちはすごーくわかる。


 でも、それをトラウマのままにしてはいけないわ。傷を負ったばかりなら、まだ治りも早いはずよ。


「ちょっとコボルトよりは素早いけど、貴女の魔法なら当てられるはずよ。それに1度当たらなかったとしても、また撃てばいいの。だって、私達がついてるんだもの。アリスちゃんは安心して、コイツの速度に慣れて、倒してご覧なさい」

「はい! ……あ、あの、シラユキ姉様? 動けないんですけど」


 抱きしめたままのアリスちゃんが振り返り、困惑した表情でこちらを見てきた。そんな彼女が愛おしくて、私はもっと強く抱きしめた。

 今、アリスちゃんが自由に動かせるのは、その小さくてか細い両腕くらいだろう。


「動く必要はないわ。魔法は腕さえあれば打てるんですもの。ああ、そうだ。最初は中々当たらないだろうし、『ウィンドボール』と『アースボール』。交互に連続で打ってみましょうか。休みなく放つことで高速で魔法を紡ぐ練習になるし、その経験は必ずスキルの上昇にもつながるわ」

「れ、連続でですか!? いくら魔力が回復するとしても、すぐに枯渇してしまうのでは……」

「その点は心配ないわ。私が密着していることで、魔力の回復速度も最大化するの。ボールに必要な魔力程度、すぐに溜まるわ。さ、やってみなさい」

「は、はい。……『アースボール』!」


 アリスちゃんはすぐさま魔法を唱え、視線を左上に向けた。きっと魔力の回復速度を見るためだろう。一瞬表情を凍らせたが、すぐに正面へと向き直り『アースボール』を発射した。


『ガンッ!』


 石の礫は水の壁を、ダンジョンの壁へとぶつかった。

 魔物が避けた結果なのだが、アリスちゃんはそれを見届ける前に、次の準備を整えていた。

 さあ、楽しい楽しい弾幕のお時間よ!


「『ウィンドボール』! ……『アースボール』! 『ウィンドボール』! ……『アースボール』!」


 スキルと慣れの差かしら。土は覚えたてだから、体の中で準備するのに、ちょっと時間がかかるみたいね。そして命中精度は、最初こそ連発という不慣れな環境だったのもあってか外しまくっていたけど、数発目にはかすり始め、十発目には直撃するようになっていった。

 今回現れたウルフの群れは4匹。群れて行動する獣達というのは、初心者ダンジョンにおける最大の懸念点とされていた。いわゆる、最初の壁ってやつね。

 基本は前衛が盾となったりタゲを取ったりして、後衛はちょろちょろと動き回る狼達を狙うんだけど、元々の魔法の精度の低さも相まって、『初心者ダンジョン』一番の鬼門とされているのだとか。

 ソフィーも、最初に此処をクリアするのは骨が折れたとか言っていたわ。


『アリスティアのレベルが7になりました。各種上限が上昇しました』


 そう考えているうちに終わったみたい。アリスちゃんは着々と成長している様で、此処にくるまでまたレベルも上がっていたが、ウルフの群れは良い糧になったみたいね。


「……ふぅ。終わりました、シラユキ姉様!」

「お疲れ様。楽しかった?」

「はい、とっても!! あと、スキルもすごく上昇しました。風魔法は14、土魔法は6です!」

「すっご……。魔法使いにとって魔力は貴重だから、連発なんてそもそも誰も考えないし、やったことは無いでしょうね。それに当たるまで打って良くて、その上敵はこちらまでやってこれない。……何よこれ、最高の練習環境じゃない」

「その上、誰にもみられずに済むし、素材ももらえて魔石もドロップする。学園にこんな施設があるなんて、最高よね」

「施設……?」


 私の言動に疑問を感じたのだろうが、ソフィーはそれ以上突いてこなかった。

 でも、ダンジョンブレイクもスタンピードも起きないダンジョンなんて、実に平和で便利なものだと思う。もはや学園の施設の一部に感じてもおかしくは無いわ。

 油断したら生死に関わると言っても、油断しなければ良いのだし。ちょっと危険なトレーニングだと思えばなんて事ないわ。


「それよりも、ねえシラユキ。私も、やってみたいんだけど……」

「良いわよ。アリスちゃんと交互にやっていきましょうか」

「ありがとう! お願いするわ」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ね、ねえ、こんなに引っ付く必要あるの? アリスの時、こんなに顔が近くなかったわよね?」


 その後、ウルフの群れと再びエンカウントしたので、『ウォーターウォール』で安全地帯を作り、ソフィーを後ろから抱きしめた。


「この環境を提供してる私に、見返りがあっても良いんじゃない?」

「だ、だからそれは帰ってからで」

「それじゃあ足りないわ。だから今するし、邪魔されながらでも魔法を形にして発動出来れば、スキルの上昇が見込めるのよ」


 多分だけど。


 でも、状態異常のような心を磨耗する状況下や、疲労による集中が乱される時なんかでも、正確に魔法を行使出来るかと言うのは、前線に出る魔法使いには必須の能力だろう。だから間違ったことは言っていない。はず。


「だからって……そこは! ひんっ、くすぐった、あん」


 ソフィーの身体を撫でたり、舐めたり、啄んだり。優しく愛しているとソフィーは息も絶え絶えになってしまった。


「んふ、ソフィーの身体、柔らかくて良い匂い。でも、この辺で我慢するわ。じゃあ、今の乱れた呼吸の状態で魔法を行使してみて。そして連続発動をして撃滅するのよ」

「ふぅ、ふぅ……。わ、わかったわ」


 特殊な状況下の中でも、ソフィーはしっかりと魔法を行使してみせた。途中イタズラをしたせいで、魔法が暴発したりもしたけれど、私が弾き飛ばしたり握り潰したりすることで事なきを得た。

 終わってからソフィーに怒られたりしたけど、魔法スキルの上昇が嬉しかったのか、すぐに機嫌を直してくれた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 交互にウルフの討伐をしつつ、彼女達を愛でていると、初心者ダンジョン最後の敵、スライムが現れた。

 こいつらは物理攻撃が為、1箇所に集めてから魔法使いが倒すのがセオリーとされている。けど、上位のスライムならまだしも最下級のスライムは効きにくいだけできちんと攻撃は通るのだ。特殊能力レベルの耐性があるわけでもなく、ただちょっとタフなだけ。簡単に倒せるコツもある。

 逆に魔法に関しては本当に無力だ。何故なら、彼らは回避が出来ない。非常に鈍足でノロマだからだ。そして防御の手段もない。


 正直言って、4種の中で1番の雑魚敵だと思う。ウルフが最後じゃないのが、このダンジョンの1番の謎だ。


 当然、ウルフの修行を終えた彼女達にとって、こんな連中は取るに足らないわけで。私の援護すら必要なく、難なく撃破していった。

 いや、雑魚と言っても接近されたときの攻撃力は最強だと思うよ? その粘液は鉄をも溶かすし、人体に触れれば甚大な怪我をもたらす。服だけ溶かすみたいなエッチな生物じゃなくて、肉や骨も溶かす悪魔のような攻撃力。

 結局遠距離で倒すのが一番安全であり、魔法使いが居なければ手間取る相手なのは間違いない。


 となるとやっぱり、4番手が相応しいのかな? 力押しするのが厄介な、搦め手的な相手と言う意味では。それを思えば、こいつが1番手として出て来たら、魔法使いは初っ端から息切れさせちゃうわけだし、ダンジョンの難易度が爆上がりしちゃうか。それもあってか、初心者ダンジョンのスライムゾーンは、とても短いように思う。


 そんなことを考えている間に、ボスゾーンまで辿り着いちゃったわ。


「ボスの間へと続く扉かぁ。初心者ダンジョンには似つかわしくない程に、イカツイ扉ね」


 この奥に居るのはこのダンジョンに出てきた4種の内、ランダムで1種が選択され、その上位種が現れる。ゴブリンならホブゴブリン。コボルトならハイコボルトといった風に。でもどれも、初心者ダンジョンの域を出ないレベルの物で、しかもお供も無く1匹しか現れないため何の歯ごたえもない。

 此処まで乗り越えてきた生徒なら、多少長期戦になったところで死ぬ事はないだろう。


「ねえシラユキ」

「なあに? 1人でやってみたいとか?」

「違うわ、逆よ逆。私はここのボスは経験済みだし、アリスがチャレンジするにはまだ少し早い気がするし。だから、ここはシラユキがやってみせてよ。あんたが戦ってるところ、私は遠目にしか見たことないけど、アリスは未経験じゃない。どれくらい戦えるか知りたいと思うのよ」

「あ、そう言えばアリスちゃんは見てないんだっけ」

「はい。魔法は少し見せて頂きましたが、直接となると、まだ……」

「そっかー」


 確かにそうなんだけど、でもなぁ。


「出てくるやつ、本当に雑魚なのよ? どうせなら中級ダンジョンのボスとかの方が、もう少し見栄えがいいと思うんだけど」

「ここのボスで十分よ。それに私も、シラユキが戦ってるところを近くで見たいのもあるし」

「え?」

「……なによ」


 ソフィーはちょっと顔を赤らめながらも、真っ直ぐこちらを見返してきた。素直にカワイイ。


「ううん、それじゃあどんなのが良い? 魔法? それとも刀? それとも格闘が良いかしら?? どんなリクエストでも答えるわよ!」

「ちょ、近い近い! 落ち着きなさい!」


 えへ、嬉しくなっちゃって、つい興奮してしまったわ。


「……じゃあ、格闘が良いわ」

「意外な所をチョイスするのね」

「これでも私たち、初等部の頃に騎士科の授業も経験してきているのよ。前線で戦う知識も、ある程度押さえてあるわ。だからシラユキの動きを見ることで、武器を持って戦う姿も、魔法を使って立ち回る姿も、ある程度想像することが出来るのよ」


 あぁー、何も持っていない状態だからこそ、その動きをベースとして、行動の予測をつけるのね。確かに何も持っていないニュートラル状態の方が、後付けで武器を付加させてイメージをトレースすることは可能なのかも?

 それにしても、初等部ではそんなこともするのね。ということはリリちゃんやママも格闘術の勉強を……?


 猫の肉球装備とか作ってあげたいわ……!!

 そして、それでパンチしてきて欲しいかも……!


「お嬢様?」

「シラユキ?」

「ほぇ?」

「詳細は読めませんでしたが、とても幸せそうなことを考えられていた様で」

「だらしない顔してたわよ、あんた」

「……えへ」


 とりあえずこの幸せな考えは後で吟味するとして、今はボスよね。


「じゃあ素手で戦うわ。なるべく、貴女たちの目が追いつける程度に動くわね」

「その気遣いは嬉しいけど、それで怪我して泣いたりしないでよね」

「だ、大丈夫よー……たぶん」


 そういうも、ソフィーからは訝しげな視線が飛んできた。

 この程度の敵相手に、攻撃を喰らうことなんて本来ありえないはずなんだけど、なんだか不安になってきたわね。念のため『プロテクション』を掛けておこうかな。うん。


 無詠唱で『プロテクション』を発動し、動きの上限値を決める。とりあえずは、ミカちゃんとの練習時に出している程度でいいだろう。

 そう心に決めて扉に触れた。


『ゴゴゴゴ』


 扉は音を立てて開き私達は中へと進んだ。

 広大な部屋には何もなく、ただただ平らな地面が広がっていて、その中央にポツンととある魔物が陣取っていた。


**********

名前:ビッグブルースライム

レベル:16

説明:巨大なブルースライム。動きは鈍いが、見た目の通り体力が高く、物理攻撃に対する耐性を持っている。しかし、魔法に対しては非常に弱い。

**********


 あー、スライムかぁ。……まあ、行けるかな。


「ここでスライム!? ごめん、流石にコイツを相手に素手でなんて……」

「大丈夫大丈夫、問題ないわ。ちゃんと見てるのよー」


 ボス部屋の魔物は、警戒区域が存在し、その中に1歩でも踏み込めば動き出す。でもスライムの場合、動き出しが遅いからそんなに危険性もないのよね。

 このスライムよりも、さらにもう1段階上のクラスになると、魔法を使ってくるんだけど……コイツだと動くサンドバックだわ。


「よっと」


 彼女たちにもよく見える様に、スライムの側面へと回り込む。

 いや、コイツに正面も背後も存在しないんだけど、まあ気持ち側面ということで。


「それじゃあ行くわよー」


 腕に魔力を流し、貫手の様に構える。


 スライムの能力は、対象をドロドロに溶かして養分にする事。まあ捕食行為ね。

 だけどその捕食行為は、わけではない。スライムが攻撃するという意思を持って初めて溶かす行為が実行されるのだ。なので溶かすつもりがない場合の液体は、しっとりサラサラしていて、心地の良い『スライムオイル』となるのだ。つまり何が言いたいかというと、攻撃の意思を持つまでは、スライムの体は触ったところでダメージを受けない。完全に無害な存在なのだ。

 そんなスライムの中心部には、核となっている魔石が存在している。魔石は言うなれば心臓。それを破壊するなり抜き取ったりして喪えば、スライムは即座に停止する。


 だから、やろうと思えば物理攻撃でも倒せてしまうのだ。例えスライムに、物理耐性があったとしても。


「フゥー……。せいっ!」


 間合いの外から一気に詰め寄り、スライムの体を貫く。スライムは緩慢な動きで、私を迎撃しようと動くも、あまりにもスピードが違いすぎた。

 貫いた腕に反応して、奴が攻撃の意思を持つ前に、すぐさま魔石を引き抜く。


 一瞬、魔石が抜かれたことに気付かなかったのか、そのまま私を追いかけようとするが、すぐに体の維持が出来なくなり崩れ落ちていった。


**********

名前:水の魔石(中)

説明:水の魔力が宿った魔石。

**********


 体積が多かったから期待していたけど、中かぁ。そこそこ美味しいけど、ボスに挑んで毎回1/4の抽選に勝ち取る必要があると考えれば、狙って回収するのはしんどいわね。


 スライムの体が魔力へと変わり、宝箱へと変化する。

 中からはスライムオイルが5ℓに、水の魔石(中)が入っていた。あら? 増殖した??


『ダンジョンって、楽しいわね!』

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