第149話 『その日、ダンジョンに入った』

 充実した身体測定の授業を終え、迎えた放課後。

 その時間になってもまだ、学園に詰めかける貴族関係の人達の波は静まることは無かった。むしろ噂が拡散し、その人数は目も当てられない程膨れ上がっていた。


 これに対し学園長は、第二騎士団と連携して、後日に闘技場の一般公開をすることを決定。その情報をもとに、一旦彼らには帰ってもらう事に成功したようだった。

 どうやら学園がお休みの日に行うみたい。ただ一般公開というのは名ばかりで、実際は学園関係者の貴族に限定して公開をするようだった。

 当然警備は第二騎士団の面々で執り行うのだが、その剣と盾はミカちゃんが頂戴することは内々でほぼ確定しているようなものなのだ。だからか、今日もミカちゃんは警備に参加していて、そのまま休日を返上して連日警備に当たるらしい。

 この騒ぎが終わったら、何か労ってあげようかな。


 ただ、ミカちゃんがいるせいで学園内外のファン達も押しかけることになったみたいで、予想される来客数は未知数らしい。でもミカちゃんなら、ファンが集まってくるのはご褒美以外の何ものでもないかもしれないわね。

 負担はないと思いたい。


 で、私達は今、そんな話を学園長から直接聞いていた。

 呼び出されたとかそういうわけではなく、モニカ先輩に言われたようにダンジョンの事を聞きにやってきたら、事後報告としてその話を受けたのだった。私が始めたこととはいえ、結構大規模な騒ぎへと発展してしまっているし、学園には多少なりとも迷惑をかけてしまったのは申し訳なく思うわ。

 けど、元を正せば、強者が好き勝手に出来てしまう悪しき決闘ルールを、そのまま放置し続けた結果だもの。学園側も悪いので、私は謝らないもん。


「という訳で、闘技場に詰め掛けた方々の対処は十分です。また、景品を見た一部の教授や団体から、研究の為に貸与するよう強権に近い依頼も来ていましたが、陛下の威光を用いて跳ね除けてあります」

「その教授と団体に関しては、後ほどリストアップして紙面で下さい。今後もその手の輩は出てくるでしょう。決闘が終わり次第各団体への協力を検討していますが、強行施策をする連中は後回しにしたり無視するつもりですので」

「分かりました。そのようにしましょう。また生徒達が運営する部活からも、そう言った申請は来ていませんが、もし来たとしても安心してください。そちらは生徒会が対処してくれますので」

「皆のおかげで、安心して戦えるわ」

「ほっほ、私たちは決闘に対して無力ですからな。出来る事をやるだけですよ」


 その後、私との決闘を希望する生徒達の名簿。それとは別に被害者から直接『招待状』を渡された生徒達のリストを見せて貰う。


「一部被っている奴もいるみたいだけど、半々ってところね」

「今のところ、この7人の裏は取れております」


 姿は見えないが、エイゼルの声が聞こえる。ほんと、仕事が早いわね。


「盗賊ギルドへの依頼状況はどう?」

「プラチナが1名、ゴールドが5名、シルバーが13名参加しております。依頼料はアリシア様とリンネ様と相談し、支払い済みです」

「ご苦労様。調合学科のほんの一部だけでもこの状況だし、魔法科や騎士科にも配っていかないとね」

「騎士科とは関わり合う機会が少ないでしょうし、ミカエラ様にお願いをしては如何でしょう」

「そうね、ミカちゃんは決闘システムを嫌っていそうだし、お願いしたら喜んで手伝ってくれそう。彼女達も美人だし、そういう経験は1度か2度はあるでしょうしね。第二騎士団全員に協力を依頼して来て」

「承知しました」


 エイゼルの気配が消えるのを知覚し、一旦この話は閉じる。


「さて、わざわざお越しになられたということは、相談がお有りなのですね?」

「はい。学園長先生にお伺いするのが一番良いと聞いたので」

「なるほど……。部活のことですね」

「ん?」

「シラユキさんのような才女がいると知れば、皆から引っ張りだこでしょう。それで迷っているのなら安心して下さい。君のような優秀な生徒には複数の部活を兼任する許可を出していますから」

「ああ、いえ。部活の話じゃないです。そもそも私、誰からもまだ誘われていないですし」


 そう伝えると、ソフィーからも援護があった。


「学園長先生、部活勧誘の時期はもう少し先ですよ」

「おや? ほっほっほ、そうでした。これは失礼しました」


 部活かぁ。選択授業と同じような物が多数あるみたい。

 生産系の活動は自分1人で勝手にして勝手に作るけど、どうせなら知識を共有出来るお友達は増やしたいところよね。

 中には鍛治技術部なんてものまであるみたいだし。各種生産に特化した部活は、手を出したいところね。


「予定とは違うけど、恐らくこの先片手では収まらない数の部活を兼任する可能性があるのよね。だから、先にその許可がもらえたのはありがたいわ」

「それは良かった」

「ソフィーやアリスちゃんは、入りたい部活とかあるの?」

「特にないわね。フェリス姉様ほど、のめり込む物が無いというか……」

「私は魔道具研究クラブに入るつもりです。魔法がなくても出来ることなので、昔から声をかけられていたので……」

「あら、良いことじゃない。魔道具は私も顔を出す予定だから、そっちで会ったら宜しくね」

「はい、シラユキ姉様」


 妹のアリスちゃんがカワイ過ぎて、頬擦りが止められないわ。


「じゃあソフィーは、色んな部活を梯子する私についてくる感じ?」

「そのつもりよ。……迷惑でなければ」

「迷惑な訳ないでしょ。アリシアと3人で行動しましょ」

「何処までもお供します」

「ほっほ、ソフィアさんも心を許せる友人が出来たようで、嬉しく思いますよ」

「うぅっ、恥ずかしい……」


 そう言えば公爵様はこの学園の理事な訳だし、学園長とソフィーは顔見知りでもおかしくはないのよね。ソフィーにとってお爺ちゃんみたいな存在なのかな。


「それで、シラユキさんの知りたいことというのはどういうものでしょう?」

「あ、そうね。私、学園ダンジョンに入りたいんだけど、入っても良いかしら?」

「なるほど、学園ダンジョンでしたか。あれは学園生なら誰でも入れる物ですから、シラユキさんも入って頂いて構いませんよ。ただ、初等部の生徒や編入生の方々は、ダンジョンのルールには詳しくないでしょうから、入学後落ち着いてからまとめて説明をする予定だったのです」

「なるほどー」


 それなら、リリちゃんやママがダンジョンに入るのは、もう少し先になるのかな。


「シラユキに説明は必要ないんじゃない? どうせあんたなら、ダンジョンも外で経験してるでしょ」

「まあそうねー。じゃあ学園長先生、早速学園ダンジョンの上級に入っても良いですか?」

「ほっほ。申し訳ないですが、まずは初級と中級の2つをクリアしてからとなりますね。しかし、やはりシラユキさんは上級の存在を知っていましたか」

「ん?」

「シラユキなら不思議じゃないんだけどね……。一応、一般にはダンジョンの存在は初級と中級しか公開されてないのよ」

「ええー、そうなの? というか初級中級と来たら、次は上級と続くもんでしょ。でもそっか、秘匿されてるのか……。それは危ないから、とか?」

「そうよ。中級ですら上級生が命懸けで入るみたいだし、上級なんて危なくて入れないわよ」

「よっわ。……って、今に始まった事じゃないか」

「……悪かったわね」


 素直な感想を口にしてしまうと、ソフィーが拗ねてしまった。


「でも、今のソフィーなら中級くらい余裕なんじゃない?」

「あ……そうね。確かにそうかも? ……いえ、いくら魔力効率は上がったとは言え、やっぱり1人じゃ無理よ」


 うんうん、ちゃんと自己評価が出来てるわね。これなら、私のいないところで無茶な行動をしたりはしないでしょ。

 まあ、ソフィーが1人別行動を取る暇は未来永劫ありえないでしょうけど。だって、この先ずーっと私が一緒にいるんだもの!


「じゃあ順番に初心者ダンジョンからクリアしていけば良いのね」

「そうなりますね。あと、面倒をおかけしますがクリアをしたら入り口にいる衛兵から証明書をもらって来てください。それと交換で、中級ダンジョンの挑戦権をお渡しします」

「分かったわ。ソフィーはもう持ってるの?」

「一応ね。でもついて行くわ。アリスも入る経験は無かったはずだし」

「はい……。危ないので入ったことはないです」

「うん。じゃあ一緒に入ろっか!」


 あれ? そもそもアリスちゃん、魔法使いに転職すらしていなかったんじゃ無かったっけ?


「『観察』」


**********

名前:アリスティア・フォン・エルドマキア

職業:なし

Lv:なし

サブ職業数:なし

総戦闘力:40

**********


 ああ、やっぱりそうだ。

 レベルも無い状態だし、今のままじゃどんなに魔法の練習をしてもスキルは頭打ちになっちゃうわね。


 思えばカープ君は魔法を覚えた後は、スキルがガンガン上がっていたけど、彼の場合はエルフの生活の基本とした狩りを日常的に行なっていた影響で、魔物の討伐なんかもしていたから前衛職のレベルが上がっていた。

 けど、戦う手段もなく、王都から出たこともダンジョンに入ることもないアリスちゃんは、そんな経験あるわけが無い。詰んでる状態だったのね。


 よし。

 最初は素材集めのためのダンジョン探索だったけど、アリスちゃんのレベル上げを主目的とした狩りに変更よ!



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ソフィーに案内され、初心者ダンジョンに連れて行ってもらう。

 そこは学園の敷地内の外周部。なんの変哲もない壁面に、ポツンと異質な扉が存在しており、そこだけ別の世界へと繋がっているような雰囲気を醸し出していた。

 いや、実際ここのダンジョンって、現実とは繋がっていない異空間だったりするんだけど。


 扉の近くには、ダンジョンを管理するためのプレハブ小屋みたいな建物がポツンとあり、そこで受付や証明書の発行をしてくれているのだろう。

 そして扉の正面には、ゲーム中でもよく見たボードが立てかけられていた。ボードをよく見ると……。


『1位 ヨーゼフ、ルドルフ、カーマイン、オグマ 時間18分11秒』

『2位 フェリスフィア、モニカ 時間24分52秒』

『3位 ……』


 うん、タイムアタックの記録だった。

 正直言って、このダンジョンは従来のダンジョンとは仕様が全く異なる。本来は1層2層と階層に分かれているものだけど、ここはただひたすらに一本道のコースだ。そしてただ奥に進むだけで魔物の分布が変わり、たまに脇道があって、ちょっと進んだ先に宝箱が置いてあったりする程度。迷う要素などカケラもない。

 そして極め付けは、ダンジョンに入った集団ごとにパーティ認定され、パーティごとに同じ形をした別空間に移送される。その為、パーティ同士が中でかち合うことがない。

 こう言った仕様のダンジョンは、他人と出会う心配がないため相手は全て敵なので分かりやすい。別パーティと魔物や宝箱の取り合いが発生すると面倒だものね。


 あと、このダンジョンは、隠し通路や隠し宝箱も存在しているが、『初心者ダンジョン』と名が付く通り、それほどありがたい物は無かったりする。


 ただひたすらに魔物を倒しながら、真っ直ぐ突っ走るだけでゴールしてしまうことが出来るので、今の私が本気を出せば……3分。いや、2分は切れると思う。

 やんないけど。……決闘が終わるまでは。


「受付、終わらせたわよ」

「ありがとソフィー」


 今までのタイムレコードを見て考えに耽っていると、ソフィーがダンジョンへ入場するための手続きを終わらせて来てくれた。

 入るメンバーは私とアリシア、ソフィーにアリスちゃんの4人だ。ナンバーズの面々はこのダンジョン入り口で待機して貰う事になった。


「じゃ、行ってくるねー」

「はっ。お気をつけて」


 敬礼して送り出す彼らに背を向けて、初心者ダンジョンへと乗り込んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 扉を抜けると、空気の膜のような何かを突き抜けた感覚とともに、私達用に用意された初心者ダンジョンへと侵入した。

 入り口には魔物が現れることはない為、作戦会議をしたり戦いの準備をするのに向いている。

 ただ、入ってから荷物の確認をし始めるのは正直言って手遅れだと思うし、事前に済ませておくものだ。なのでここで確認するのは、互いの連携チェックなどが主だ。


 ダンジョンの前で連携チェックなんてしていると、他の人の邪魔になるからね。

 混雑を回避するためのエチケットのような物だ。


「シラユキ、このダンジョンは初めてでしょ? 準備は必要かしら」

「必要ないわね。出現する魔物はチェック済みだし、罠も無い。目を瞑りながらでもクリアできると思うわ」

「やっぱりそうよね……」

「ただ、アリスちゃんとソフィーには、しておきたいことがあるの。これから強くなって貰うためには、絶対に必要となることよ」


 アリシアも察しがついたのか、うんうんと頷いている。


「絶対に必要? 何よ、それは」

「パーティ編成よ」

「「パーティ編成??」」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる2人に、アリシアは自分が知っている限りの情報を伝えて行く。その説明は要点がきっちりと纏められていて、私が説明するよりも分かりやすい可能性があった。

 さすがアリシアね。


「凄いのね、パーティって。これがあれば均等に経験値……、レベルを上げられると言うことでしょ? 『神官』の人や魔力の切れやすい『魔法使い』の人も恩恵を得られると言うことよね」

「そう言うこと」

「このパーティって何人でも組めるの?」

「ううん、基本6人までよ。今は私とアリシア。それにママとリリちゃんのパーティだから、そこにソフィーとアリスちゃんを混ぜて丁度6人ね。ママとリリちゃんを外せばまだ入れられるけど、あの子達がパーティの恩恵を得られなくなるから、誰でもパーティシステムを使えるようにするアイテムを作り上げるまでは、そのままにしておきたいの」

「恩恵というと、さっき説明してくれた事ね?」

「ええ。直接見てもらったほうが早いわ」


 ソフィー達をパーティに誘い、表示されるHPバーや魔力バー。更には共有情報として表示させた『マッピング情報』を見せつける。案の定、情報量の多さにソフィーは目を回したが、アリスちゃんは即座にこれらの有用性を理解した。


「シラユキ姉様。これが、今後誰にでも出来るようになるのですか」

「マップ情報に関しては、職業が『狩人』や『レンジャー』なんかの探索系職業の人がパーティにいる必要があるわ。それから、周辺地図を見るための特殊な魔道具もね。だから今のところ、マップシステムを使うには私とパーティを組む必要があるわ。この能力は危険な連中の手に渡ると悪用されそうだし、一部の人にしか公開するつもりは無いわ」

「ほっ……。よかったです」

 

 ママはこのシステムを結構な頻度で、それもちゃんと活用してるみたいだから、専用の魔道具は早めに作ってあげないとね。


「そして経験値の分配だけど、まずアリスちゃんの職業を変える必要があるわ。今の無職のままだとレベルも上がらないし成長も出来ないからね」

「職業、ですか。ですがそれは教会に行かなければなりません。『初心者ダンジョン』が終わり次第、教会に向かえば良いのですね」

「それじゃあ日が暮れちゃうわ。そんな事をせずとも、今変えちゃえば良いのよ。『職業神殿』。ぽちっとな」


 アリスちゃんの職業が、無職から『魔法使い』レベル0へと変化する。自分の職業が変われば、ステータスもその職業に見合ったバランスのものへと変化する。

 アリシアほど明確な落差は無いにせよ、自身のパラメーターが変化したことに気付いたのだろう。アリスちゃんから素っ頓狂な声が上がる。


「ふぇ?」

「はい。アリスちゃんの職業を『魔法使い』に変更したわ。これで晴れて『魔法使い』デビューね、おめでとう」

「え?? ……ええーーーっ!!?!?」


 初心者ダンジョンの入り口で、アリスちゃんは絶叫した。


『何だかんだで、ママ達とはずーっとパーティを組んだままよね』

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