第144話 『その日、双璧にエスコートされた』
私とアリシアが近づくと、双璧を囲んでいた少女達は素直に道を開けてくれた。
「ソフィーは私にとっても大事な妹を迎えに行きましたから、今日は別行動です」
「……そう。シラユキちゃんもあの子のことを大事に思ってくれてるのね。嬉しいわ」
「え、リスフィー。それは誰の話……ああ、あの子のこと? そっかそっか」
モニカ先輩は1人で納得したようだった。
流石に多数の目や耳がある中で、アリスちゃんの名前は出せないか。政治的なアレで。
正直私はそんなの無視しても良いと思ってるんだけど……。でもま、これもサプライズまでの我慢よ。それ以降は堂々と妹だと公言していくわ。
「それで、お2人はどうしてこちら側の門にいらっしゃるのですか?」
「それはね、シラユキちゃんとお話ししたかったからよ」
「私と?」
「魔法科の全生徒が集まる中であれだけの啖呵を切ったんだもの。以前から興味はあったけど、より一層貴女に興味が湧いたわ」
そう言えばモニカ先輩と直接話すのは初めてね。
試験の一日目でシラユキちゃんスマイルをお見舞いしたのと、くだんの始業式の時に遠目に見たくらいしかお互いに面識がないわ。……たぶん。
「私はお父様から事情を聞いていたから、そんなに驚かなかったけれどね。それでね、シラユキちゃんへの相談なんだけど……。ほら、シラユキちゃんって学園に入る前からいつも忙しそうにしていたでしょう? それで中々聞くタイミングがなくって……。そう思っていたら学校も始まっちゃって、モニカに背中を押されたの」
「リスフィーは我慢強いけど遠慮がちなのよ。そこが良い所でもあるけどね」
「もう、モニカったら」
……イチャつき始めたわね。
「おほん」
「あ……。ま、とにかく。それでここで待っていたって訳。リスフィーは高等部側の門で待つつもりだったけど、シラユキちゃんみたいな子は最短距離を使うと読んでここを張っていたのよ。予想は的中、賭けは私の勝ちで良いわよね、リスフィー」
「はぁ、仕方ないわね」
モニカ先輩は勝ち誇った顔をしていた。それを見てフェリス先輩は悔しそうにも楽しそうにも見える顔で微笑んでいる。本当に仲が良いのね、この2人は。
にしても、私が横着するって読まれてたのね。モニカ先輩は、
「それで、モニカ先輩は何を勝ち取ったんですか?」
「気になる? それはね……リスフィーの膝枕よ!」
「モ、モニカ。この場で言うことじゃ」
『きゃーっ!』
フェリス先輩の静止を遮るように黄色い悲鳴が響き渡る。
彼女達にとっては憧れの先輩である公爵令嬢と侯爵令嬢の、公式カップルだ。その熱い関係を見て興奮するのも頷ける。私とアリシアとの絡みを見ても忌避感1つ感じさせなかった彼女達だものね。
憧れの2人が
「もう、モニカったら……」
「あはは、ごめんごめん。つい嬉しくって」
負けじとアリシアを抱き寄せて頬にキスをする。唐突だったが、アリシアはしっかりとそれに応えてくれて、私の頬にもキスを返してくれた。そして集まる熱い声と視線。
ふふ、満足。
「仲の良さなら私も負けてないわよ」
「ええ、さっきから見ていたわ。随分とお熱い関係のようだけど……。ねぇ、シラユキちゃん? リスフィーには、手を出していないわよね???」
そう言ってモニカ先輩は笑顔のままに凄みが増した。
モニカ先輩、本気でフェリス先輩の事が好きみたいね。
あと、それとは別に、この圧力にこの表情には懐かしい何かを感じる。うーん、なんだろう……。やっぱりモニカ先輩、どこかで見たような……。
「フェリス先輩には手を出していないわ」
たぶん。
「……ただ、ソフィーとはもう、とーっても深い仲よ。キスをしたりされたりする関係なの」
「え!?」
「あの子って奥手っぽい雰囲気があったんだけど、ずいぶん積極的なのね? ……私も見習わなくちゃ」
「み、見習わなくて良いのよ! それにしてもシラユキちゃん、本当なの? シラユキちゃんから迫ったとかではなくて?」
「はい。それはもう熱烈なキスでした。今朝なんて学校の、人気のない廊下まで連れて行かれて、壁ドンまでされて……」
『キャーッ!!』
嘘は言ってない。すでにこの噂は高等部の一部には伝わっているみたいだし、昼食中でもその話題がそこかしこから聞こえて来ていた。クラスメイト達からの入念な取り調べを受け、しどろもどろになるソフィーがカワイかったわ。ふふ。
だからいっそのこと、初等部にもこの話を流布して、ソフィーとの外堀を埋めておこうと思ったのよね。ここで発言した以上は、あとはもう勝手に広まってくれるはず。
「さ、最近の後輩は凄いのね……」
「ソフィアが……」
2人の先輩は、よく知るソフィーからはまるで想像もできない、熱烈な行動に度肝を抜かれたようだった。そこに、抱きしめられるだけだったアリシアが、苦言を呈した。
「お嬢様、そろそろ向かいませんと。時間は有限ですよ」
「あ、そうだったわね。先輩方? ここで待っていたと言う事は、一緒に登城されるということで宜しいですか?」
「あ、そうね、そうだったわね」
「え、ええ。大規模な決闘は、生徒会も一枚噛む必要があるの。それに、今回の件を経て学園は大きく変わるわ。生徒会としてただ見ている訳にはいかないわ。私達にも協力させて」
「分かりました。それじゃ、一緒に向かいましょうか」
そうして私達は4人で、騒がしい校門前を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王城につくまでの間、我に返ったモニカ先輩から質問攻めにあった。
逆にフェリス先輩はショックが大きかったのか、ずっとぽやぽやしていて、元の用事がなんだったのか聞いてみたけど反応がなかった。妹の成長がそんなに衝撃だったのね。
「シラユキ様、ようこそいらっしゃいました。陛下の元へとご案内します」
「うん、よろしくー」
そして城門前で待っていた第二騎士団の団員さんに挨拶をして、いつものように案内をして貰う。
こうやって待ち構えられているのは初めての事ではない。
何度目の訪問からかは覚えていないが、どうやら私の為に専属の案内人という役割が、第二騎士団の間で追加されたらしい。それ以降、彼女達は毎日日替わりで城門で待ち構えるようになってしまったのだ。
いやー、綺麗な子に日替わりで案内してもらえるのは眼福と言うかとっても嬉しいけど、なんだか申し訳ないわ。
まあそれもこれも、某最強カワイイ美少女ちゃんが、事前連絡もせずにナンバーズを振り切って、思いつきで王城に突撃をかます事が何度かあったせいなんだけど……。
その都度お城側の警備は困惑したり扱いに困ったり、立ち入り禁止区画に入らないかと心配をさせたり。
……うん、ごめんなさい。
ちょっと反省してます。
あと第二騎士団が忙しい時は、案内人にはナンバーズの若い子が選出されたりもするみたい。
顔見知りで構成されているのは、私を警戒させないためかしら? 至れり尽くせりね。
「では失礼します」
「またねー」
そう言って、以前に見かけた時よりも綺麗に。そして良い香りを発するようになった女性団員と別れ、部屋へと入る。もちろん忘れずにノックをしてから。
「はいりまーす」
部屋に居たのは陛下。ザナック宰相。そして公爵様だった。……この3人いつも一緒にいない??
「この3人は暇なのかしら」
「シラユキちゃん、聞こえとるぞ」
「あ、失礼しました」
正直無意識に口走ってしまったのだけれど、3人とも苦笑いするだけで嫌な印象は受けなかったみたい。ソフィーがいたら睨まれてたわね。
「全く。時間が経つにつれてワシらの扱いが酷くなってないか?」
「えへへ。一応、気をつけた方がいいかしら?」
「……良い。本気で雑に扱っておれば、毎回行動指針の確認をしに来たりはせんだろう。君なりの友好表現だと思えば問題はない。まぁ、公式の場さえしっかりしておればな」
公式の場くらいはちゃんとするわ。私なりにだけど。
「さあさ、いつまでも立ってないで、こちらに来て座りなさい。フェリスフィアにモニカ君も。よく来てくれたな。歓迎しよう」
「はい。失礼します、伯父様」
「予定にない来訪、お許しくださり感謝します。陛下」
「良い良い。だが、ここに参加すると言う事はシラユキちゃんに関して知り得た事は秘密とする事。守ってくれるな?」
「「はい」」
「うむ。して、モニカ君。詳細はマリアから聞いておるか?」
「はい。それに、リスフィーからも例の事件に関して確認を取りました。その事も、得られた知識も、彼女の許可なしに広めるつもりはありません」
「ならばよし」
マリア……? 聞いたことあるような。ないような。
そう思っているとフェリス先輩が教えてくれる。
「モニカのお母様で、ヒルベルト侯爵家の政治を担っている方なの。とても聡明で美しい方なのよ」
「ほぇー」
「お母様も、シラユキちゃんに会いたがっていたわ。近々、迷惑でなければお茶会に招待したいともね。お誘いしても良いかしら」
「勿論です。ただ、今はバタバタしてるので決闘が終わってからになりますが」
「お母様も事情は把握しているから大丈夫よ。日時が決まればまた連絡するわね」
「はーい」
モニカ先輩のお母様、マリアさん。
なーんか記憶に引っかかるんだけど、うーん。実際に会えばわかるかな。
「ではそろそろ本題に。……と、言いたいところだが、シラユキちゃん。君は早速新しい知識を公開したようじゃな。エイゼルから報告が来ておったぞ」
「ああ、ポーション調合の件ですね。でもあれは、別に初公開でもなんでもないですよ? 家族には教えていますし、エルフの集落でも教えました。何なら調合のペーパーテストでも書いたんですけどね」
「そ、そうじゃったな……。魔法と調合の筆記試験の内容は、現在も精査中ではあるのじゃが……。いかんせん直接目にせんと理解出来ないものが多くてな。ポーション調合もその1つじゃ。シラユキちゃんさえ良ければ、今ここで実践して貰えぬか」
「いいですよー」
と、その前に話についていけてない先輩達に説明をしてから、目の前で作ってみせる。
『最高品質』の『リト草』を材料に作る『最高品質』のポーションを。
「『最高品質』のポーションを複数同時に、これほどあっさりと……! 決闘に珍しい物を大盤振る舞いするのだなと、その懐の大きさに感心していたのだが……。まさかこれほど簡単に用意出来たとは……」
「流石シラユキちゃんね……凄いわ!」
フェリス先輩の目がキラキラと輝かせ、興奮している。
逆にモニカ先輩は驚いて声も出ないようで、ポーションを手に固まっていた。
「丁度5個分作成しましたので、これらは皆さんに1つずつ差し上げます」
「よ、良いのか!?」
「はい。使っても良いですし売っても良いです。ただ、近々この技術は全体的に公開する予定なので、大暴落を起こす事は言うまでもありませんが」
「……うむ。間違いなく桁が2つは落ちるじゃろうな。この技法を扱えば誰でも作れるのか?」
「お嬢様ほどではありませんが、私も最高品質のポーションが作れました。安定するには限界成長値の20までスキルを伸ばす必要がありますが、お嬢様曰く0から20まで、これ1つで成長出来るようですので、誰でもその可能性はあるかと」
と、アリシアが代弁してくれた。最高品質のポーションを自分の力だけで精製出来た時のアリシアは、感極まっていてとってもカワイかったわね。
あの時の光景は、今でも鮮明に思い出せるわ。
「本来作成出来る数より多く作れて、作成時間も短く、必要素材も減らせるのならば……。市場に出回っている『普通』品質の値段も下がると言うことになりますね。平民でも手に取りやすくなれば冒険者の死亡率も下がり、民を守ることに繋がるわ!」
フェリス先輩は鼻息荒く熱弁し始めた。
やっぱり先輩って、錬金術でも思ったけど、調合とか物作りが好きなんだろうなぁ。そしてそんな娘の変貌に驚くこともなく、公爵様が呟いた。
「そうだな……。可能であればこの情報、カーマインにも伝えてやりたいところだ」
「カーマイン?」
「……あっ。いや、すまない。独り言だよ」
「アリシアー」
「はい。カーマイン・レンベルト。北の地を治める現侯爵の名です」
さすがアリシアの知恵袋。知りたい情報がすぐに出てきた。
北っていうと、ロック君達のファーレン村が北東部だったわね。彼らの村が北と東、どちらの扱いかは分からないけど、王国の北部地方はダンジョンが多く分布していたはず。
本来のダンジョンは、学園にあるような人を成長させるために存在するものではなくて、人を害する側に位置する存在だ。そんなダンジョンが多い地域となれば、ドロップ品の種類も多くなるので、発展もしやすい。だけど、医療関係がズタボロなこの世界では、怪我をした時の治療がネックだ。
回復魔法がダメなら、ポーションの出番なんだけど、そのポーションも出回る数が少ない、と。
その上厄介なことに、ダンジョンは放置しすぎると
うん、北の領地は苦労が絶え無さそうね……。同情しちゃうわ。
「なるほど。……公爵様、その方は信頼できる人ですか?」
「彼の統治の仕方は賛否あるが、私個人としては彼のやり方を咎める事はできない。そしてその業を背負い続ける彼も、いつかは報われてほしいとも思っている」
「つまり、嫌いじゃないと言うことで良いですか?」
「……」
公爵様は言いづらそうに顔を背けた。あら、こんな反応をする公爵様は知らないわね。照れたソフィーとそっくりでカワイイかも、ふふっ。
ダンディーなおじさまのカワイらしい反応、たまらないわ。
「シラユキちゃん、お父様はカーマイン侯の事になるといつもこうなるのよ」
「素直じゃないんですね」
「うふふ、そうなのよ」
「フェリスフィア、シラユキちゃん。勘弁してくれないか」
恥ずかしがるイケオジも良いわね。きゅんきゅんしちゃう。
「一応全体への公開はおりを見て、早くても決闘後から順次と考えていました。ですが、北の地はダンジョンが多いと聞きますし、それを制する為に回復手段を渇望していることも存じています。……公爵様、そのカーマイン侯と信頼出来る人限定という形であれば、先んじて教えてしまって構いません」
北の地のことは完全に失念していたわ。
こんな世界情勢では領地経営に苦労しているでしょうね。それに今伝えたポーションの製造方法だけでは完全な治療は難しい。最後には魔法の力が必要になる。
早めに教会への支援も考えなきゃ。あと、パーティ編成用アイテムも。
はぁー、忙しい忙しい!
「この場にいないカーマインに代わって礼を言させて欲しい。ありがとう、これで多くの領民を助けられる」
「はい。カーマイン侯にも、近いうちにご挨拶したいとお伝えください」
「必ず伝えよう」
「それじゃ、早速ですけど決闘の話をしましょう。ザナック宰相、まずは事前に作ったこの『最高品質』のポーションの鑑定書の作成からお願い出来ますか」
「お任せください」
手元から取り出した20本のポーションを、ザナック宰相に渡す。この決闘騒ぎが終わったら、このポーションは全部、王家に献上しちゃおうかな。
うん、それが良いかも。なんなら剣も杖も両方献上しちゃえばいっか。どうせ私は使わないだろうし、家族や大好きな人たちにはもっと相応しい物を作ってあげたいもの。
『モニカ先輩、私も見たことあるような~』
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