第143話 『その日、待ち構えられてた』
強制招待状の存在を知らしめたんだから、改めて確認をしなければ。
「この授業の後。もしくは決闘の日までに、あいつらやアレに類する連中に絡まれる可能性のある子は、自覚があるなら手を挙げなさい」
そう言われて、10人近い生徒達が手を挙げた。でも彼らは、皆貴族だった。
「平民の子も遠慮しなくて良いわ。貴方達もあの連中には煮え湯を飲まされているんでしょう? この免罪符があれば貴方達が攻撃の対象になる事はないし、自分を責め立てる連中を処刑台に送れるのよ。だから安心して手を上げてご覧なさい」
その言葉が決め手になったのか、おずおずと何人もの生徒達が手を挙げ、調合学科出身の平民の生徒は、全員が手を挙げたのだった。
わぁお、これは想定外ね。アラン先生も想定外だったみたいで頭を抱えているわ。こんな調子じゃ全然足りないし、もっと免罪符を量産して貰わないと。今日1日で、手持ちの免罪符が片手で数えられるほどに減ってしまったわ。
……リリちゃんにも渡した方がいいかな? 100枚ほど。
「この免罪符だけど、弱い者から搾取をする、困った連中に対する防御策よ。相手は貴族も平民も関係はないけれど、注意点が1つ。強制参加の対象にそんな経歴のない人間が混ざっていたら、学校にも協力してもらって手渡しした人間を徹底的に洗うわ。不正行為は見逃さないから、嫌いだからという理由だけで無実の人に渡す事はないように」
『威圧』と共に注意事項を伝えると、免罪符をもらった子達だけでなく、私を良く知らない子達もブンブンと頷いた。『威圧』が効きすぎたかな……?
「それじゃ早速解説を始めるわ。メモを取る事は禁止よ。簡単だから頭に叩き込みなさい。どうしても思い出せなければ、私に聞きに来てもいいから」
いつの間にか隣に来ていたアリシアに、不要な素材2種を持ってもらう。それが何を意味するのか理解したアリシアは、素材を高く持ち上げた。
「まずこの2種類のアイテム。『澄んだ井戸水』と『ヤクミ草の粉末』だけど、私の調合では使わないわ。人によっては『澄んだ井戸水』は使うかもしれないけど、既に一定濃度の薬効が抽出された状態なら、『ヤクミ草』による薬効力上昇は望めないの。だからこの素材は、ただただ味を悪くさせて苦くしちゃう、ダメな素材ね」
『ヤクミ草』はちょっと特殊な素材だ。『ヤクミ草』を混ぜると、使用者を回復させると言う効果を付与させるのだが、本来の目的はポーションの薬効効果を引き伸ばすという役割の面が強い。
希少な薬効の底上げには使えるけど、元から回復能力や薬効を多く含んでいる『リト草』には不要なのよね。
皆、私の説明に驚いているが、魔法科の生徒よりも調合学科の生徒の方が驚きは強いみたい。そして長年携わって来たアラン先生は、仰天レベルで驚いてるわね。先生、カワイイお顔が台無しよ?
そして追い討ちをかけるように、私は『リト草』3回分を1度にまとめて調合してみせた。
私の調合方法だと数分で完了するから、あまりの生産速度にアラン先生は、崩れ落ちちゃった。でもすぐに立ち上がって、聞きたいことを聞いて来た。
「液体は熟練の魔法使いの『ウォーターボール』でないと駄目なのかしら?」
「そんな事はない、と言いたいところだけど、『リト草』の薬効が染み出すには、それなりに魔力が籠められた液体である必要があるわ。だから可能な限り自分で出すか、もしくは得意な誰かに出してもらった方がいいわね」
「『澄んだ井戸水』は向いていないということね」
「この世界、魔力の入っていない液体は存在しないわ。でも人の生活圏にある飲料水は、魔力の含有量は少ない傾向にあるの。森の奥にある泉だったり、エルフが近くに住んでるとかならまだ魔力の分量は多いけど……。それでも魔力を多く注いだ『ウォーターボール』程ではないわね。それでも、珍しい水なら、魔法を覚えたてのルーキーよりは上だと思うけどね」
「じゃあ次に……」
それからも質問攻めにあったので1つずつ答えて行く。というか質問はずっと先生からだった。
まあ気付きにくい点とか、質問の着眼点は、中々生徒から発想に至れないレベルのものもチラホラと見受けられたし、聞きにくい事を先生が代弁したおかげで、生徒たちの理解も深まったのかも。
「ふぅ……ありがとう。ひとまず納得したわ」
「どういたしまして。先生、『リト草』の在庫はありますか?」
「ええ、皆がもう数回チャレンジ出来るくらいには在庫があるわ」
「じゃあそれを配ってください。アラン先生の分も含めてね。という訳で皆、今教えた通りにやってみて。『ウォーターボール』が使える子は、他の人にも配って上げてね。ただ、可能なら水魔法スキルは10以上無いと、籠められる魔力は知れているわ。見栄を張らずに手を上げる事。それから、私がやったみたいに複数のフラスコを同時に操作する必要もないわ。あれは慣れた私だから出来るのであって、それをするのとしないのとで、成果に影響は出ないから」
アリシアとソフィーが率先して『ウォーターボール』を配り、水魔法が練達している友人達もソレに倣った。あとは私とアリシアで教室の中を見回りながら質問へと答えて行き、既存の手段の半分以下の時間で、ポーションの調合は完了するのだった。
ただ、いかんせんこの製法は要求される調合スキルレベルが高い。魔法科の生徒のほとんどがスキル0の初心者であり、そんな彼らには非常に難易度の高いものとなっていた。その為、大半が失敗していたが、それでもスキルの上昇判定はしっかりと作用したようで、大幅に成長出来たようだった。
3回の作成チャンスでも成功したのは数えられる人数だったが、全員のスキルがもれなく成長したことから、皆それぞれ、何らかの感覚を掴めた様子だった。
やはり、精度の高い調合を行う事が、成長の近道になるみたいね。
そして、元々スキルがある程度育っていた薬学科の生徒たちは半数以上が成功し、先生に至っては高品質を1つ生み出していた。
「スキルの上昇なんて、久しぶりの感覚だわ。しかも、それがただの体力回復ポーションの作成で発生するだなんて」
「質の高い調合は、それだけ経験と糧に繋がるという事でしょう。今まで教えて来られた製法とは、レベルの違う技法なのです。さらに成長が起きても不思議ではありません」
アリシアがドヤ顔で言う。
「エルフの貴女がそういうんですもの、確かにその通りだわ。ありがとう、シラユキちゃん。先生、なんだか火が点いちゃったわ!」
「頑張ってください、先生。あ、でも同僚の方には教えちゃ駄目ですよ。教えたのはアラン先生だけなんですからね」
「ええ、勿論よ。シラユキちゃんの期待は裏切らないわ!」
「それと、あのテストに誤りがある事を理解してもらえたと思います。あのテストを作って、採点された方はどなたでしょう? アラン先生ですか??」
私は本題に入った。調合を教えようと最初に思ったのもこれが始まりだったし。もしアラン先生がそうだと言うのなら、他にも色々と
「あっ……確かにそうね。アレを書いたのも採点をしたのも、調合学部の権威の、とある教授なのよ。普段はあまり学校には顔を出さない人なの。でも、珍しい製法には目がない人だから……。私達が質の良い調合が出来るようになった事が知れ渡れば……」
「その人が釣られてやって来るのね。まあ、今はいいわ、忙しいし。アラン先生、その人が来たら私に教えてくださる?」
「勿論よ!」
アラン先生と握手を交わしたところで、チャイムが鳴り授業が終了した。
出来上がったポーションは持ち帰ってもいいらしく、成功した生徒は皆、自分で作ったポーションを大事そうに『マジックバッグ』や手製の袋に入れながら、教室へと戻る。
でも平民組の友人達は、アラン先生の教えを含めてほとんど失敗していたから、持ち帰れている子は少なかった。
「あなた達、あまり落ち込まないようにね。これから先、ダンジョンに入る機会があれば自分で素材の採取が出来るし、そこから練習すればいいんだから」
「は、はい!」
「そうか、ボスの言う通りですね! 先生でも難しいと言っていたものだし、俺達がすぐ真似出来るわけないですよね!」
「そうそう。何事も修練が大事なのよ」
気落ちする子達を慰めたら、今度は成功した子達だ。
「あなた達も。初めて作れたアイテムを大事にする気持ちはわかるけど、ダンジョンで危ない目にあったら遠慮なく使うのよ? 今の貴方達なら、何度か挑戦すれば同じものが作れるんだから。あ、そうだわ。折角だから、購買部で調合用の道具を買っておいたら? 調合セットは簡単なものなら結構安く済むし、同じ部屋の人同士でシェアすればお得なんじゃない?」
「あ、確かに。この技術さえあれば、もう苦くて不味いポーションは買わなくても良いってことなんだよね」
「そうでしたわ。それに購買部には、シラユキ様の言う通り、調合に使える器具が一通り揃えられていたはずです。貴族用にカスタマイズされた物は割高でしたけど、なんの装飾も施されていない簡素な物なら安く済んだはずですわ」
『おおー!』
自分用の調合セットが持てると知って、平民組はざわついてるわね。貴族組は何かを思い出すかのような顔をしている。
「いつからダンジョンに入れるかは知らないけど、もしもの時のために数本はストックを用意しておきたいところよね。『リト草』の『普通』品質ならそれなりに安く売ってるはずだから、ついでにそれらも購買部で買って来たら? 急がないと調合学科の子達に全部買われちゃうかもしれないわよ?」
『!!』
それを聞いた平民組は、勢いよく駆け出そうとしてモリスン先生に捕まった。
「おいお前たち、今から
「先生、俺たち行かなきゃいけないんです!」
「……? またシラユキに何か吹き込まれたのか? よくわからんが駄目だ。……待て待て、そんな目で見るな。
そう言った通り、先生は宣言通りHRをすぐに終わらせてくれた。
「行くぞ皆!」
『おう!』
ドタドタと皆が出ていくのを尻目に、ココナちゃんもそわそわしている。行くべきか悩んでるのね。
そこにアリエンヌちゃんが助け舟を出す。
「ココナちゃん。実は貴族は、入学前の勉強の過程で、調合用の器具を準備しているのですわ。これは進学組が、初等部の頃に授業で持たせてもらえるからなのです。だから改めて買う必要がありませんの。良ければそれを一緒に使いましょう?」
「良いのですか? ありがとうです!」
「そうなんだ? 知らなかったわ。じゃあソフィーも持ってるの?」
「ええ。使う機会はきっと来ないと思っていたけど、帰ったら磨いておかなきゃね」
そっかー、初等部組は皆、授業の一環で貰えているのね。なら、今回の授業が影響して、購買部で在庫が無くなったりなんて事にはならなさそう。
あと、リリちゃんやママもその内貰えるってことよね? 時が来たら、あの子達にも調合を教えてあげなきゃ。
「それで、これからどうするのシラユキ。おじ様のところに行く?」
「うん、そのつもりだけど……。あー、アリスちゃん?」
「ええ。あの子の腕前を内緒にする以上、王城までは連れて行けないし。かといって1人にする訳にも……」
「じゃあ、ソフィーは先に戻ってて。私とアリシアで済ませて来るから」
「そうしたいところなんだけど、心配だわ」
「大丈夫よ、アリシアが一緒なんだもん」
「それでも心配なのよ。はぁ、でも良いわ。遅くならないようにね」
「うん、ありがとソフィー」
「ソフィア様、お任せください」
いつの間にか教室に居て、正面に立っているアリシア。
背後じゃなくて正面だなんて。……ほんと、いつから居たの?? 全然気づかなかったんだけど。……まあ、いいか。
お別れの際、熱いベーゼを交わそうとしたけど、ソフィーには断られた。まだ人前では恥ずかしいんだって。
うん、恥ずかしいなら仕方ない。恥じらうソフィーがカワイかったし、それが見れただけでも満足だわ。
……ソフィーにも指摘されたけど、今の私には恥じらいが足りていないのかも。
恥じらうシラユキちゃんはカワイイとは思うから、演技でそう見せるのは全然可能だと思う。けど、素面で恥じらいは出せるだろうか? そもそも私、恥ずかしいって感情を持ち合わせていたかどうか……。
九九歌を歌われると恥ずかしいけど、多分そう言うのじゃ無いと思うし……。んむむ。
考えてもわからないし、あとで小雪と相談しよっと。
◇◇◇◇◇◇◇◇
魔法学園。ここには2つの門がある。
1つは私が受験をする時や、テスト結果を見に来る時などに通った高等部側にある門。
そしてもう1つは、初等部側にある門だ。
管理のしやすさからか、高等部と初等部は同じ敷地内に存在していて、どちらからでも行き来が可能となっている。用がなければ踏み込んではならないと言う、不文律も存在しないので、表向きは使用しても問題はない。
まあ不用意に注目を集めてしまうという理由から、お互いの領分に踏み込む生徒は少ないらしいんだけど。
学舎も寮も、体育館や演習場も、食堂に至るまで。
全ての存在が別々に作られているのにも関わらず、同じ敷地内にある。なんでそんな作りにしたのか不思議だわ。そこまで分けるなら、敷地も分けるべきだと思うのに。
何か、合同練習的な行事でもあるのかしら?
まあ、何だって良いわね。それのおかげで、リリちゃんが気軽にうちの寮まで遊びに来れるんだもの。
「あれが噂の……」
「綺麗なお方……」
「素敵ですわ……」
そんな初等部の生徒達で溢れかえる通学路に、私がいれば当然注目を集めるわけで。初等部の子達からとっても視られていた。
ふふ、それにしても初心でカワイらしいわ。
こちらをみて顔を赤らめて……。
カワイイって言ってもらえないのは残念だけど、容姿を褒めてもらってる事に変わりはないわ。
手を振ってあげましょうか。
『きゃーっ!!』
カワイイなぁ。ほっこりしちゃう。
あの中にはリリちゃんの同級生とかも、もしかしたら居るのかもしれないわね。
「なんて美しいのかしら……!」
「決めましたわ。わたくし、
「わたくしもですわ!」
少女達からの瞳に熱意が籠るのを感じる。ふふ、とっても気持ちいいわね……!
初等部の門。本来ならそこを通らずとも、高等部の門を利用すれば、貴族街に出られる。でも私とアリシアは今、初等部の門を利用しようと足を進めていた。
理由は簡単で、その門から出た方が王城に早く着くからだ。横着をした結果、その門を使おうとしてるだけなのである。
ソフィーがこの場にいたら、変な注目を浴びたくないから、高等部の門を使うように言われてたかも。まあでも、私は注目を浴びるのが好きなので、こっちから出るのは利でしかない。今も、とっても心地がいいし。
王城行く時は、毎回このルートでも良いかも。
にしても、心地よくても少し気に食わない点がある。
だって、この場にいる初等部の生徒達の
ここにいるのは最強カワイイシラユキちゃんと、綺麗で妖艶でぼんきゅっぼんなメイド服エルフの属性てんこ盛りアリシア。そんな私達がいるにも関わらず、
残り4割は私達が向かっている先に視線を向けていて、残りの1割はどちらを見るべきかで困惑している。
むむ、どこの誰よ。私の視線を掻っ攫っているのは。
敵?
敵かしら?
敵ね!?
「お嬢様、落ち着いてください」
「落ち着いてるわ」
「表面上はそうですが……。あまり敵意を滲ませると、彼女達が感じ取って、怯えてしまいますよ」
「む。……じゃあ、落ち着かせて?」
「はい」
アリシアに顔を向けられ、唇を奪われる。
うん、7割くらいがこちらへと熱い視線を向けてるわね。
それにしても、
「ご満足頂けましたか?」
「うん!」
キスした後も、アリシアは手を絡めてきてくれた。
嬉しい!
「それは良かったです。お嬢様、犯人が見えて来ましたよ」
「おっ。一体誰が……あら?」
犯人の2人がこちらに手を振っている。
んもう、なんでこの2人が
「やっほー、シラユキちゃん」
「こんにちは、シラユキちゃん。ソフィアは一緒じゃないのね?」
門のそばでは、双璧の2人が女子生徒に囲まれていた。
『SOOって、なにかしら??』
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