第127話 『その日、常識を壊した』
彼らが示した魔法の威力は、ゴブリンを優に確殺出来る火力を示していた。私としてはその結果に満足だった。
シェルリックスで絡まれた時に握り潰した『ファイアーボール』もどきは、せいぜいダメージは200から300程度だったと思う。在学生でもあのレベルなら、私が育てた彼らは余裕で最上位に食い込めるわね。
たったの数時間面倒を見た子達ですら、最上位に食い込めてしまう……。これがこの国の、現状なのね。
危惧はしていたつもりだけど、ほんと酷すぎて笑っちゃうわ。
その後も平民組の快進撃は続いた。なんとかの先生は乾いた笑いを繰り返していたけど、獣人組の1人が『サンダーボール』を披露したことで限界に到達したみたい。
ついには奇声を上げて何処かへと走り去っていったわ。まるで悪夢でも見たみたいだったわね。この事が切っ掛けで、今まで小馬鹿にしていた平民達の可能性に、少しでも気付いてくれたら良いんだけど。
……あっ、でもまだ土下座してもらってなかったわ。
「シェパード先生は体調を崩された様ですので、今から私が指揮を執ります。先生方も宜しいですか」
先生の奇行も体調不良で流した先輩は、平民組の採点を引き継ぐ様だった。他の先生達も、彼ほどではないが困惑しているようで、落ち着いている先輩が神様かなにかに見えるのだろうか。縋りつくかのように許可を出していた。
それを受けた先輩は、彼が放り投げて行った採点用紙を拾い上げ、問題がないかをチェックし始める。
「……一応、最低限のお仕事はされていたみたいですね」
あの先生はロック君達の魔法の披露から一切役に立っていないと思ってたけど、採点は一応してたのね。先輩が納得する程度には。
でも、魔法を放つ度に奇声を発したりぶつぶつ呟いたり、皆の集中を削いでいた分、逆に居なくなってくれてスッキリしたわね。より集中出来るかも。
それと、平民組のダメージの点数は、全員4桁に到達していた。採点に誤りが無ければ、彼らは間違いなく上位のクラスに入れるだろう。その結果に、先に試験を受けた貴族組は、不貞腐れることなく仲間達を褒め称えていた。
何年も勉強して来た魔法の知識がたった1日で覆されたのだから、本来なら嫉妬したり怒ったり、自棄になったりする所だと思うんだけど……。
彼らは懐が広いのね。
「それでは次、ココナさん」
「ハイです!」
そうこうしているうちに、ココナちゃんの出番がやって来た。その顔に緊張が有る。けど、強張ってはいないし毛も逆立ってはいない。程よい緊張感を持つ程度なのだろう。
昨日、才能を開花させ、徹底的に磨いた彼女ならきっと大丈夫。
「行きますです。……『ファイアーランス』!!」
彼女は種族限定魔法の習得はしていたものの、『ファイアーボール』などの基本汎用魔法は一切習得していなかった。その為どこまで覚えられるのだろうかと魔法書を彼女に注ぎ込んだ結果、スキル20の『ファイアーロード』まで習得してみせたのだ。
此処まで来たらスキル25の『ハイファイア』まで習得させてみたかったけど、翌日に疲れを残す行為は避けたかったのでやむなく断念した。
間違った知識だとしても整った環境がある貴族とは違い、ココナちゃんは田舎の出身だ。その中でも『巫女』という職業は、その村にとってなによりも重要なポジションのはず。
狭い集落の中で代々受け継がれて来た知識を、彼女は余すことなく受け継いだのだろう。こんな世界で、よくぞここまで育ってくれたわ。
正直、その集落の未来を担う役職なだけに、彼女に危険な1人旅をさせるなんてどうかと思ったけど……。それはともかくとして、ココナちゃんの実力はソフィーに次ぐわね。
「ココナちゃん、昨日伝えた『フュージョン・マジック』。使って良いわよ」
「ハイです! ふううう……『狐火』! ……『融合』! 『荒ぶる狐王の戦槍』!!」
新たに生まれた『狐火』が『ファイアーランス』と融合し、
時にはプレイヤーを凌駕するほどに。
「やっちゃえココナちゃん!」
「行けー!」
『ドゴゴゴン!!』
『8767』
その数字を前に、部屋は静まり返った。
このスコアボードは、数字が高ければ高いほどに、表示される数字も大きく、長時間表示される。ファンファーレなどはないものの、その数字の存在感は場を支配するのに十分だった。
そんな中、2人の少女だけが喜びはしゃいでいる。
「シラユキさん! スゴイです、ココナ上手く出来ました!」
「やったわね! ぶっつけ本番だったけど、ちゃんと形になって安心したわ。今後はもっと時間を縮めて、すぐに発動出来るように練習していきましょうね」
「はいです!!」
尻尾をブンブンするココナちゃんを撫でていると、皆が集まって来た。
「ココナちゃんって凄いのね!」
「格好良かったよ、ココナちゃん!」
「さっきの青い『ファイアーランス』って何!? あんなの見たことないわ!」
「はう。あ、ありがとうございますです」
集まりはしたものの、彼女に声をかけるのは女の子ばかりで、男の子はいきなり馴れ馴れしくは出来ないからか、少し遠巻きに見ていた。
でも、彼女を称賛する気持ちはちゃんと持っているようで、彼女の健闘を称えるのであった。
「前代未聞だ……。へ、編入生で8000点台。しかも獣人の子が……」
「しかしあの魔法は一体……。最初は既知の……それでも巨大ではありましたが、『ファイアーランス』だったはずです。しかし青い『ファイアーランス』など、未知の魔法でしょう! 一体どう評価したものか……」
「こんな時にシェパード先生が居てくれたら……」
「先生方、今いらっしゃらない方の話をしても仕方ありません。そして魔法は、未だに未知の物がまだまだ存在しています。知らない魔法が出たからと言って、評価が出来ないのでは魔法学園の存在意義が疑われます。まずは先程、青くなる前の『ファイアーランス』から評価を始めましょう」
「「「は、はい。フェリスフィア様」」」
うん、先輩はちゃんと教師陣の手綱を握ってくれているのね。これなら、ちゃんと評価はしてくれそうだわ。
先生達の議論は白熱していたけど、聞こえてくる言葉はどれも好意的のようね。
「……決まりですね。では最後に、算出された点数も合わせて……はい。ココナさん、在学生と合わせても暫定一位となりました。おめでとうございます」
『わあ!!』
歓声が上がる。
「凄いよココナちゃん!」
「ああ、見直したぜ!」
「昨日はオドオドしてたけど、やるときゃやるんだな!」
「えへへ、それもこれも全部シラユキさんのおかげです」
「確かに私も手伝いはしたけど、ココナちゃんは基本が出来ていたもの。それは全部貴女が努力して得た実力よ。もっと自信を持ちなさい」
「は、はいです!」
撫で撫で。
「し、しかしフェリスフィア様、宜しいのですか? ソフィアリンデ様の事は……」
「良いも悪いもありません。試験は結果が全てですから。確かに
先輩。そして先生方に続き、編入生全員の視点がこちらへと集まった。
「ようやく私の出番のようね!」
「はい。シラユキさん、頑張ってください!」
『シラユキさん、頑張って!』
みんなの声援を受けて気合十分。準備のために前へと歩み出る。
「ふふ。任せて。それじゃ、行ってく」
「ここにシラユキという受験生はいるかね!!」
さあ開始だ。と意気込んでいると、初老の男性が演習場へとやって来た。しかもまぁ、私の名前とともに怒り心頭といった様子で。
「ソシエンテ教授、如何なさいましたか? まだ試験の途中ですよ」
「おお、フェリスフィア君。すまないがシラユキという受験生はおるかね。ワシはそやつに言ってやらねばならん事がある! すまんがちょっと待ってもらえんか」
先生方からため息が漏れる。あ、この感じは呆れの空気ね。注意をする様子はないし、この教授とやらの暴走は日常茶飯事なのかしら?
チラリと先輩を見遣ると、申し訳なさそうに手を合わせていた。
……まあ、暴走させたのは私らしいから、此処は甘んじて受けよう。
「私がシラユキですけど、何の御用でしょう」
「んむ? お嬢さんが……? 見るからに知的に見えるが、本当に君があんな回答を書いたのかね?」
教授の怒りは私を見るなり、ゆっくりとクールダウンして行ったわね。ここでも私のCHRパワーが発揮したのかしら?
それにしても、あんなって……。一体
「私に相違ありません。それで、失礼ですがあなたは数学や礼儀の先生と言った風体ではありませんね。社会、というには反応が少し異なりますし、魔法と薬学、どちらかの教授でいらっしゃいますか?」
「御明察だ。ワシは毎年魔法学のテストを担当している。魔法学のテストは例年、お決まりの迷宮入り問題を出しているが、それを差し引いても難易度は高い。在学生でもあの問題を解ける者は殆どおらんと言っていい」
「そうらしいですね」
アリエンヌちゃんもそう言ってたわ。
「だが、君の答えはあまりにも奇抜だった。机上の空論だと議会で揶揄された答えもあれば、荒唐無稽な事まで書いてあった。中にはレベルを上げて出直してこいなど、ワシらに対する冒涜も含まれていた。君は何を思ってアレを書いたと言うのだ」
「あー……。まあ、そのまんまの意味ではあるんですけど、私も熱くなっていましたわ、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げる。
うん、決して馬鹿にしたわけではな……いや? お馬鹿な問題を書くな! って憤ってたわ。
はい、馬鹿にしてました。ごめんなさい。
昨日の状態を思い出していたら、またはらわたが煮えくり返って来たわ。
丁寧な口調は放り捨てよう。
「そうね、例えば無詠唱魔法の行使についての問題が書かれてましたよね。『ランス』以上の魔法が無詠唱出来ない理由を述べよ、だったかしら」
「うむ。答えは元の詠唱が長すぎるため、どれだけ頭の中で呪文を、事前に構築しようとも人のキャパシティを超えてしまうからだ」
「まずその論点が可笑しいのよね。それじゃあ教授? 『ランス』より上の魔法で、お好きな魔法を1つ仰ってくださる?」
「?? では『ウィンドトルネード』だ」
『パチンッ』
『ガリガリガリガリ!』
『5745』
『5833』
『5690』
緑の的を中心に、他の的を巻き込まないよう小規模の竜巻を発生させる。竜巻に飲まれた的は、断続的に5700前後を連発していく。
「は? な……何をした」
「何って、ご希望の無詠唱をお見せしただけですが?」
その私の言葉に、背後からは驚きと尊敬のこもった歓声が上がる。
「そんな馬鹿な……。では『ハイサンダー』だ!」
『パチンッ』
『ドンッ!! バリバリバリ……』
『9999』
うん、やっぱりこれの限界点数って、9999カンストなのね。そしてカンスト以上のダメージが入ったせいかしら、スコアボードが爆発したわね。
うん、煙吹いてるし、点数も明滅してるし。完全に壊れたわねコレ。
「こ、これも……では『ファイアーウォール』だ!」
『パチンッ』
流石にこれは攻撃魔法ではないし、大した威力は出ないだろう。なので的には当てず、私と教授の間に現出させた。
「この熱気……幻ではない。魔道具の故障でもなく、夢を見ているわけでもない。本当に、無詠唱なのか……」
「現実ですわ」
「で、では君の書いたように、術者の認識と練度次第という答えも……。そうか。そう、だったのか……」
教授はヘナヘナと地面へと座り込んだ。私は『ファイアーウォール』を消し去り、教授の前へと屈み込む。
「他の質問も、ご希望があればお答えしますわ。ただ、1つ1つ納得するにも飲み込むにも時間はかかるかと思いますから、今日はこの辺りにしておきましょう? 今日は試験の最中ですし、また後日……。そうね、私が無事入学出来てからでも宜しいですか?」
「……うむ、そうだな。ワシもまだ、今目の前で起きたことが飲み込めておらん。信じられない気持ちでいっぱいだ。……すまないが、お嬢さんの言うように時間を貰いたい。……それから、すまなかったな。怒鳴り込むようにしてしまって」
「アレは私にも非がありますから、気になさらないで下さい。それでは、最後にとっておきをお見せしましょうか」
改めて的の前へと立つと、先輩がちょっと困ったような、それでいて期待した目でこちらを見ていた。
「シラユキちゃん、一応今の段階でも首席合格なんだけど、次は何を見せてくれるの?」
「そうですね、ソフィーには話したんですけど、私のお気に入りの魔法を。とっても綺麗で、それでいて便利でコスパもいいので気に入ってるんですよ」
「まあ、楽しみね!」
「『ゼクスランス』」
私の頭上に6種のランスが現出する。今の私なら6種ではなく最大8種のランスを呼び出せるが、それ用の的は用意されていないし、評価されるかも分からないし、混乱を生むだけというのも理解しているので、今は自重することにした。
「まあ……! 6種類のランス、全ての同時発動ね。形も綺麗だし、洗練されている。発動速度も維持も満点。先生方も、その評価で宜しいですね?」
「「「……」」」
先生方は、先程の無詠唱を披露し始めてから呆然としているようで、反応がない。まあ、気を失ってもいないし、気をヤってもいない。ちゃんと覚えていてくれるなら良いや。
「魔法の並列発動……。これもまた人の手では困難とされて来た。だがそれをいとも容易く、詠唱を破棄して発動させるとは、あまりにも素晴らしい……」
教授からも尊敬の念が籠められた視線を受ける。
もう彼は怒っていないみたい。むしろ、新しい魔法の技術を見る事が出来て、まるで子供のように目を輝かせているわね。
「シラユキちゃん、撃っていいわよ」
「はい、行きまーす」
『ガガガガガッ!』
6種の『スコアボード』は、それぞれが別々の現象を引き起こしながら深刻なダメージを受けて破壊された。
その1つは、燃え盛る炎の槍を受け炎上し、溶解。
その1つは、激流の飛沫を放つ槍に貫通され、粉砕。
その1つは、風刃を纏う烈風の槍により、バラバラに分割。
その1つは、煌々と輝く大地の槍が、轟音とともに激突し圧壊。
その1つは、紫電迸る雷槍が、既に機能を失った的を強襲し、爆破。
その1つは、巨大な氷柱が対象を完全に凍てつかせ、その機能を停止させた。
その全てが原型を残さず破壊されたが、それでも『スコアボード』としての機能は果たしたようで、倒壊する寸前、6種の内5つが『9999』を叩き出した。
紫色の雷担当だけは、既に内部から爆発してオーバーキルだった為か、まるで応答しなかったのは残念だけど……。まあ『ハイサンダー』でカンスト出してるし、それでいっか!
『パチパチパチパチ』
最初は側面から。しかし音の発生源は徐々に広がっていき、喝采の音は演習場全体を包み込んだ。
「素晴らしいわ、シラユキちゃん。文句なしの首席合格よ!」
「ありがとうございます、先輩」
「私も頑張らなきゃ。シラユキちゃん、また今度魔法を教えてくれる?」
「勿論!」
「良かった」
そう微笑んで、先輩は編入生の皆に向き直った。
「それじゃあ今回の試験は、これにて終了とします。貴方達は見事、全員合格。誰一人欠けることなく最上位クラスよ!」
皆、全力で喜んで見せた。カワイイわね。
「……貴方達は幸運ね。だって、世界最高位の魔法使いと同じクラスになれるんだから。でもだからって、彼女に甘えるばかりではダメよ。シラユキちゃんの教えを糧に、どんどん力を付けて彼女の力になってあげて」
「勿論です、フェリスフィア様」
「私たち、彼女に助けられてばかりですもの。借りを作ったままだなんて、我が家訓の教えに反しますわ」
「任せて下さい、今のままでは足手纏いですけど、いつか必ずシラユキさんの力になってみせます!」
「ココナも頑張ります!」
「一生ボスについていきます!!」
「シラユキさんはおら達の女神様だべ。呆れられないよう頑張るでよ!」
ほんと、皆良い子達ね。シラユキちゃんの胸がキュンキュンしちゃうわ。
『私、彼らともお友達になれるかな?』
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