第049話 『その日、暗闇に囚われた』

 数分前――。


「わぁ、ママ! お姉ちゃんすごいね!」

「そ、そうね……。あれも『リト草』の時と同じなのかしら? 規模が大きすぎて、ママ達にはまだ難しいわね」

「そっかぁ……。じゃあリリ、次はあそこの鉱石を取ってくるね!」

「気を付けるのよ」

「はーい!」


 そう言ってリリは次の鉱石を掘りに行った。あの子は元気ね。ママはちょっと休んでいましょうか。

 それにしてもシラユキちゃんの魔法は凄いわね。鉱山の中で道具を使わずに新しい道を作り出しているんだもの。その分、かなりの音が出てるみたいでこの部屋だけじゃなく鉱山全体に響いているみたい。

 鉱山内の魔獣が慌てふためいているのが『探査』の反応からでもわかるわ。


 付近の魔獣は私たちが倒してきたからこの周囲にはまだ余裕があるけれど、奥の方は活発になっているかもしれないわね。


 そういえば、シラユキちゃんがこの『探査』の力にも欠点があるって言っていたわね。確かレベルが足りないと、地面の中は見えないって。

 ……鉱山って、上にだけ続いている物とは、限らないわよね? もしかしたら下に続いているかもしれないし、そう考えるとこの下に魔獣や魔物が居たら、彼らも先ほどの音は聞こえているはず。


 ……地面が、揺れている? この揺れは、シラユキちゃんの魔法とは違う気がするわ。

 そこでふと、ギルドで聞いた昔話、そしてこの鉱山に潜む厄介な相手の話を思い出した。シラユキちゃんならもちろん知っているだろうと思って言わなかったけど、地面の下は見えないのよね……? 存在を知っていても見えないなら、対処のしようが無いんじゃ……。

 嫌な予感がした私は、すぐにリリを探した。


 あの子は先ほど見つけた素材付近の壁を掘っている。『カン、カン』と小気味良い音を鳴らしながら。


「リリ!」

「なあに、ママ?」

「ちょっとこっちへ来なさい」

「うん、わかった」


 つるはしをマジックバッグへと仕舞い、こちらへと駆け寄ってくる。……胸騒ぎが止まないわ。


 突然地面の揺れが大きくなり、立っていられなくなる。駆けていたリリも、バランスを崩して転んでしまった。


「わっ! ……え?」

「リリ?」


 リリの両足に、何かがついていた。……否、異形の何かが喰らいついていた。


 赤黒くブヨブヨと蠢く醜悪な皮膚、地面から伸びる長い胴体、無数に生えた牙。口の大きさが直径1メートル以上はあるその姿は、先日冒険者ギルドで聞いた、厄介な相手そのものだ。

 山の奥深くや遺跡の深部に現れ、冒険者を襲う怪物。……人食いワーム、マンイーター。


「やっ、ママ!!」

「リリ!!」


 咄嗟に伸ばした私の手は、リリに届くことはなく、あの子は地中深くへと飲み込まれていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「痛い! 痛い痛い! 痛いよ!!」


 噛みつかれている足も、引きずられて壁に打ち付ける身体も、全身が悲鳴を上げていた。しかし相手は、リリの叫びになんら反応せず、ただただ地中へと引っ張り続けている。

 明かりもない暗い穴を、どんどん下へと引っ張られている感覚がある。真っ暗で何も見えず、相手は言葉の通じない魔物、全身が痛くて、怖くて、涙が溢れてくる。

 視覚からはなんの情報も入ってこず、これは悪い夢なんじゃないか。そんな逃避の考えすら浮かんでしまう。


 そんな中でも、リリの視界には、ハッキリと映るものがあった。それはパーティ効果による2色のゲージだった。

 青いゲージが見た事ない速度で、どんどん減っていくのが見えた。


 『上の青いのがHP……つまり生命力ね。今は皆満タンだと思うけど、これが左端、つまり空っぽになると死ぬわ。戦闘によってケガをした際の命の残量が可視化されたようなものね。』


 姉からもたらされたその言葉が、リリを現実に引き戻した。このまま何もしなければ、リリは死んでしまうのだと。


「ママ、お姉ちゃん……!」


 今この場に最愛の人達はいない。身を守れるのは自分だけ。泣いたって、何も変わらない。

 もう、あの時のように、何の力もなくて助けを待っていた時とは違うんだ。リリは今、暗闇で襲われる恐怖よりも、最愛の人に会えなくなる事の方が怖いと、自分にそう言い聞かせた。


 そう考えている間にも体は何度も打ち付けられ、両足に食い込む歯はどんどん深く刺さっていく。

 リリは最愛の人の言葉を思い出した。


『魔力を纏っていれば物理攻撃にもある程度耐えられるわ。お腹に魔力を纏って、剣での刺突に耐えたりとかね』


 今は足に食いつかれているため、守るべきは足だ。そしてケガをしたら、一番怖い頭!

 まだ昨日覚えたばかりの技術だけど、今朝もこっそり練習をしていた。体内で集めた魔力を、食い込んだ牙周辺に広げ、内から放出する事でゆっくりと押し返していく。拘束が緩んだことに相手も気付いたのか、引きずるスピードが落ちたみたいだ。

 その結果、体を打ち付ける勢いが減り、全身の痛みも和らいだ気がする。


『リリちゃんやママにも、説明したかもしれないけれど改めて言うわね。魔力は、手からしか出せない訳ではないわ。腕でも肩でも、頭でも足の先でも、どこからだって出すことが出来るわ。勿論、元の魔力塊から運ぶ必要はあるけれどね』


 今、足に食らいついている敵は真っ暗で見えない。けれど、足は敵の体内にあることは間違いがない。

 今、足を引き抜けば逃げられるかもしれない。けれど、この敵が生きていれば、何も見えない暗闇でまた襲われる可能性が高い。

 足から魔法を撃てば、絶対に当てられる!!


 敵に密着した状態で魔法を撃ったことはない。けれど、自分の魔法の威力は自分がよく知っている。

 両足を魔力で防御しつつ、それとは別に攻撃用の魔力を集めた。イメージする。足を手のように考えて、魔法を放つ。

 大丈夫、毎日使っている魔法だもん、間違えることなんてありえない!


「『サンダーボール』!!」


『バチッ、パァン!』


 両足に食らいついていたワームが体内からの雷撃に耐えきれず、内側から弾け飛んだ。周辺に破片が飛び散るが、同時にリリ自身も衝撃で吹き飛ばされる。


「あうっ!」


 壁に背中を強打してしまう。

 気を失いそうになるも、いまだに落下を続ける体を守るため、必死に意識をつなぎ留める。体を丸めてダメージを抑えるように心掛けた。


『レベルが15になりました。各種上限が上昇しました。超過経験値発生。レベルが16になりました。各種上限が上昇しました。超過経験値発生。レベルが17になりました。各種上限が……』



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ママ! リリちゃんは……」


 震えるママの指が地面に出来た大穴を指す。なによ、この穴。さっきまではなかったはず。

 それに断面が『パラパラ』と崩れ落ちている。ついさっき出来たと言わんばかりだ。それに、一瞬見えた赤黒い体……あれは、まさか。


 もし、一瞬見えたあの魔物が想像通りの相手だとしたら、非常に不味い。

 奴らは目がない代わりに、聴覚と魔力反応にとても敏感な魔物だ。私の魔法に釣られてやってきた!?

 奴らはどんなに弱い個体でもレベルは20以上あったはず。この鉱山に居るとは思わなかったけれど、もしリリちゃんを襲ったのが本当にあの魔物なら……。


 ああ、私の馬鹿! あの魔物は辺境にしかいないものだと思い込んでいた。でも実際には、この鉱山の地下深くにいたのだろう。

 あの子が襲われたのは完全に私のせいだ! 私が『パシン!』


「お嬢様、いつまで呆けているつもりなのです! 今はリリを救出に行かなくては!」


 アリシアに頬を叩かれ『ハッ』とした。そうだった、今は1秒でも惜しいというのに私は……! もう、自分が嫌になるっ!


「『職業神殿』! ママは『狩人』に、アリシアは『ローグ』に変更。『プロテクション』、『マジックアーマー』、『デバフアーマー』。すぐにあの子を助けに行く。この穴へ飛び込むわ。ママは私が抱える。アリシア、ついてきなさい!」

「「了解!!」」


 ママを抱きかかえて飛び込んだ穴は直径2メートルほどの穴で、トンネル状の滑り台のようだった。先が見えないので『ライトボール』をいくつか先行させる。

 また、地面はゴツゴツしており、そのまま降りたらお尻が大変な事になっていただろうけど、『プロテクション』の効果でダメージはない。バウンドによる衝撃が来るだけだ。


「長い……どれだけ深いのよ」


 そう愚痴を零しつつもどんどん滑っていくと、分かれ道があったので壁を掴んで無理やり急停止した。

 こんな事、ステータスによる腕力補正とかが無かったら、絶対身体を壊すわね。アリシアは手足を上手く使って勢いを殺していたので、背中で受け止めてあげる。


「分かれ道ですか……お嬢様、どうしますか」

「最悪アリの巣みたいになっている可能性があるわね。力技で何とかするわ。ママ、『探査』を使って。ママのレベルなら地下まで見通せるはず」

「わかったわ。『探査』!」


 『探査』はレベルにより効力が上がっていく。広さは完全にステータス依存だが、探知可能な対象が広がっていく。

 レベル15で水中も。レベル30で地中も調べられるようになる。レベル45ならダンジョン内でも効果を発揮するのだ。ママのレベルは狩人の34。地中も調べられる!


「すごい……迷路みたいになってるわ」

「この中にリリちゃんがいるはず。皆で探すわよ!」


 普段私が使っている平面的な地図ではなく、立体的な地図が描かれている。本当にアリの巣みたいになっているわね。

 これでは闇雲に下りても辿り着けなかっただろう。

 魔物の赤い点や素材の緑の点が非常に多い為、目がチカチカする。このどこかに、リリちゃんの反応があるはずだ。青い点、青い点は……。


「いました、リリはここです!」

「アリシアナイス!」


 探査の底の底に、リリちゃんの反応があった。しかもこれは……赤い点に囲まれてる!?


「最短ルートを探すわ。『ウィンドロード』!」


 風の魔力を通路に流す。風の道が通った空洞は、『探査』のマップ上で水色の光を放ち、どんどん枝分かれして洞窟の下方へと下っていく。

 いくつかは別の通路や大部屋へと辿り着いたが、その内の1本がリリちゃんのいる場所までたどり着いていた。

 それ以外の風の魔力を解き、正しい道の魔力だけ残し続ける。ステータスに物を言わせた力技だ。


「この道順で降りていくわ。アリシア、ついてきなさい! ママはリリちゃんに動きがあったら教えて!」

「はいっ!」

「わかったわ!」


 私達は、再び長い滑り台を下りていった。

 リリちゃん、無事でいて……!



◇◇◇◇◇◇◇◇



 永遠に感じられた落下も、何度目かわからない壁に激突したことで、ようやくその地獄は収まった。

 魔力を消費しながら落下を続けるリリだったが、途中ワームの撃破によるレベルアップの恩恵により、魔力が全回復していた。

 その恩恵により、魔力が枯渇することなく滑り続けることが出来たのであった。


「う、うぅ……」


 血を流し、視界に映るHPゲージは2割を切り点滅し、MPゲージは6割ほどにまで落ち込んでいる。

 ぼんやりとする頭をなんとか回転させ、マジックバッグからポーションを取り出した。


 これはパーティを組んだ最初の日、もしもの事があった時の為にと、シラユキ達から渡された特製ポーションだった。

 渡されたポーション3つを取り出し、全て飲み干す。


 昔、1度市販のポーションを飲んだ事があった。あの時の味は、苦い草をそのまま噛んだかのような味が、液体となってずっと口の中に居座り続けるかのような、もう2度と飲みたくないと思える味だった。

 でもお姉ちゃんが作ってくれた特製ポーションは微かに甘みがあって、美味しかったし、乾いていた喉も潤すことができた。ちょっとお腹がタプタプだけど、阻害にはならない。


 視界に映るHPのゲージは7割ほどまで回復していた。やっぱりお姉ちゃんの薬は凄い。


「……!」


 そう一息ついたところで、周囲から何かが近寄ってくる気配を感じた。

 今いる場所は、多分広い空間だと思う。明かりはないけれど、先ほどまで採掘していた場所よりも広い気がする。今までの広間には、必ずと言って良いほど先客が居た。それに先ほどまでの騒音で魔獣たちは目を覚ましている上に、大きな音を立てて転がり落ちてきたのだ。

 気付かれない訳がなかった。


「どうしよう……」


 迷っている間にも周囲の存在は近寄ってきている気がする。

 『サンダーウェーブ』を撃つか迷った。でも、今ここにママはいない。ママの援護なしでの『サンダーウェーブ』は、せいぜい地面や壁を這わせる事で距離を稼げるが、基本的に真っ直ぐにしか飛ばせない。高さが異なる相手が複数いると無力だ。


 『サンダーボール』なら飛んでいる相手にも当てられるが、今度は単体にしか効果が無い。

 周囲には無数の気配や羽ばたきが聞こえてくる。とてもじゃないけど間に合わない。


「……お姉ちゃんがよく言ってた。魔法はイメージだって。ならきっと、イメージすればいいんだ。今この場で、一番必要な魔法を……」


 地面を這うだけじゃなく、中空も天井も、暴れるように広がる雷……。

 リリは一度、そんな雷魔法を見たことがあった。初めてシラユキに魔法を教えてもらった時に、偶然できた魔法だった。


 最近、あの魔法は何だったのか、お姉ちゃんに聞いたことがある。確か名前は……。


踊る雷炎ブレイズサンダー……』


 イメージを固める。自分を中心にして地面、壁、中空、天井を走り暴れまわる雷を。

 ……ダメ! イメージがボヤける。自分の力じゃ再現できないとなんとなくわかってしまう。あの魔法はまだ出来ない!


 今、一番イメージが出来るものと言えば、毎日見ている物に限られる。……そうだ。あの魔法は、特定の場所で閃光が弾け続けていた。あの魔法なら、毎日見ている。

 リリにとっての最初の魔法、『サンダーボール』だ。『サンダーボール』の内部は常に閃光が飛び散り、縦横無尽に駆け回っていた。あれが再現できれば、周囲にいる魔獣は一網打尽に出来るはず。

 リリ自身を巨大な『サンダーボール』の中心にして、魔力防御で耐えつつ、体全体から雷撃を放ち続ける。これしかない!

 これなら、イメージがしっかり出来る。


 リリが中心となって、雷撃を放ち続ける。そのイメージをしていると、自然と体からいくつもの稲光が『バチバチ』と音を立てては消えていく。

 光り輝くリリに覆いかぶさるように、無数の影がリリを覆いつつあった。

 無数の羽音に獣の声、蟲の蠢き。だが集中したリリに、そのような雑音は入らなかった。


 その魔の手が差し迫る直前、リリの魔法準備は完了した。


「行くよ……『サンダーボール』!!!」


 雷が走る。それも1本ではない。無数の雷撃がリリから放たれ、周囲の生物や壁、地面、天井にぶつかっては千切れて乱反射する。

 ナニカにぶつかる度、悲鳴や絶命音、破裂音が聞こえる。また、爆発まで起きる。地下深くの空洞だ。何らかのガスに引火したのかもしれない。


 その飛び散った雷撃はリリに戻ってくることもあった。痺れや火傷を発生させるが、魔法防御のおかげかある程度は軽減出来た。

 しかしリリは周囲がどんな状態になっていようと、自身がどれだけのダメージを負おうと、集中を途切れさせなかった。ずっと雷撃を放ち続けた。

 否、イメージを続けることに精一杯で、周囲や自分の状況を確認する余裕を持てなかった。


 そうする内に、魔力の限界がやってきた。

 疲労から倒れそうになっている自分に気が付き、ぼんやりと目を開くと、いくつかの大きな雷撃が跳ね返り、こちらに向かってきていることがわかった。

 走馬灯のようにゆっくりと時間が流れているように感じた。あの雷撃は、自分に直撃する。そう直感が告げているが、防ぐための魔力は、もうない。


 自分の魔法で自分を傷つけることがある。……お姉ちゃんの言っていた通りになっちゃった。


「……!」


 薄れゆく意識の中、大好きな人の声が、聞こえた気がした。

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