第050話 『その日、ママと仲良くなった』

「リリちゃん……」


 ベッドで眠るリリちゃんの頭を撫でる。ここは私のマジックテントで、場所は彼女が戦った場所にそのまま設置した。

 一度に大量の魔力を放ち続けて疲れたのだろう。外に居た魔獣達は、全て焼け焦げて死んでいた。彼女が修得している『サンダーボール』や『サンダーウェーブ』では、ここまでの広範囲かつ高威力は出せない。

 最後に庇った時にその一撃を受けたが、あれは1つ1つが『サンダーボール』と同等か以上の威力があった。

 あれは、この子にはまだ早い領域の魔法だというのに……一体どんなイメージでそれを使ったのだろうか。


 とにかく生きていてよかった。本当によかった。無事、とは言えないまでも命があるのならば、どんな傷でも癒してあげられる。

 今の私では、失われた命までは取り戻せないのだから。


 今回、彼女がこんな危険な目に合ったのは紛れもなく私の責任だ。迂闊だった。

 初めて訪れる街の、初めて入る鉱山。ゲーム時代でも知らなかった土地だけど、出てくる魔物は初期レベルの雑魚モンスター。そこで侮ってしまった。ここには大して強い敵はいないのだと。

 慢心してしまった。雑魚が群れても大した危険はないと。判断を誤ってしまった。だと。

 ……私がいくら大丈夫でも、彼女たちが大丈夫とは限らないのに。

 

 リリちゃんの傷は完治させたけど、同時にMPも全快している。これは私が回復させたのではなく、レベルアップによる恩恵だ。

 この深い眠りは、1日でこんなにも凄まじく成長した反動でもあるのかもしれない。


「『観察』」


**********

名前:リリ

職業:魔法使い

Lv:32

補正他職業:なし

総戦闘力:1035

**********


 補正の対象であった狩人やシーフのレベルを抜かしてしまっている。この下層にいた魔獣や魔物は、上層にいた連中の上位種だった。雷の魔法でなければ倒すことなどできなかっただろう。

 それにしても、一気に強くなったわね……。


「頑張ったのね、リリちゃん」

「本当に。無事でよかったわ……」

「……」


 今、この部屋にはママとリリちゃんと私の3人しかいない。

 アリシアは職業を『ローグ』に戻してあるので、安心して外の魔獣達の素材回収をお願いした。何が起こるかわからないので、念のため結界内に死体を押し込んでから、そこで作業をしてもらっている。

 なのでいま、ママと2人っきりのようなものだ。非常に気まずい……。


 リリちゃんが危険な目にあったのは私のせいで、リリちゃんを鉱山に連れてきたのも私のようなもので、リリちゃんの成長の為だと防御魔法をかけずにいたから命の危険にも晒されて……。

 ああ、穴があったら入りたい……。


「シラユキちゃん」

「は、はい……」


 声がもう怒ってる。申し訳なさ過ぎて、横にいるママの方を見ることが出来ない。


「ママは怒ってます」

「はい……!」


 嫌われちゃったかな。そうよね。唯一の娘を危険な目に合わせたんだもの。……どんな罵倒でも、怖いけど受け入れなきゃ。


「ママ自身にも怒っていますが、今回の責任は自分だけにあると思い続けているシラユキちゃんにも怒ってます」

「は……はえ?」


 ママと目が合う。

 あっ……声は怒ってるけど、目は怒ってない。むしろ心配してくれてるような、申し訳なさそうな……。


「シラユキちゃん、リリがどんな魔物に襲われたか、わかる?」

「えっと、直接は見ていないけど、降りてきた穴の形状からしても、ワーム種だと、思う」


 ワーム種。それは岩山の中に潜み、音や魔力反応を頼りに獲物に襲い掛かる魔物だ。奴らの大きさを表す方法が2つあり、1つが直径……頭のサイズだ。ワーム種の頭は、全てが口といっても間違いはなく、口径ともいえる。もう1つは体長だ。

 直径のサイズは、最小でも50センチはあり、最大で10メートルを超す大型種まで存在している。

 体長は最小でも2メートル。最大値は測る気も起きないほど巨大な化け物まで確認されている。


 奴らの生息域は、その殆どが前人未踏の領域であり、人類圏では滅多に出現しない人食いの化け物だ。

 リリちゃんに襲い掛かったのは直径でも2メートル近く、体長は5メートル以上の物だろう。明らかに人里近くの山に現れて良いサイズじゃない。


「そうよ。確かにシラユキちゃんの行動は迂闊だったわ。知らない土地でどんな魔物が住んでいるかわからないのに、大きな音を立てて魔物たちを起こした。パーティの皆を危険に晒したわ」

「うん……」

「でもね、ワーム種がこの鉱山に現れるって情報を、シラユキちゃんは知らなかったんでしょう? ……でも、ママ達はギルドで耳にしていたの」

「ええ!?」


 あ、もしかして昨日デュナミスで言っていたお話?


「シラユキちゃんならきっと知っているからと思って、ママ達は伝えなかったの。シラユキちゃんって、魔物や素材の事、色んなことを知っているから……」

「そうだったんだ……」


 思えば、世間話はずっとそばにいるアリシアとばかりしていて、リリちゃんやママとは、魔法や素材、魔物の授業でこちらから一方的に話してばかりだった気がする。

 そんなことばかりしているから、私は何でも知っている風に彼女たちに見えていたのよね。もっと、ちゃんとコミュニケーションを取らなきゃいけなかったのよね。

 ……うん、やっぱり私が悪いと思います。


「うん、やっぱり私が悪かったと思うわ。迂闊な事をしてリリちゃんを危険に晒してしまった……。これからは、何かするときは相談したいと思う。ごめんなさい……」

「今回の事は、ママ達がシラユキちゃんに甘え続けた結果だわ。起きるべくして起きたことだと思うの。取り返しのつかない事が起きる前で良かったと思うわ。だから、1人で背負い込まないで」

「ママ……」

「それにね、冒険中の危険はママたちも覚悟していたことよ。危険に巻き込まれて文句を言う人は、冒険したいなんて言ってはダメよ。今回の事も、リリやママが自分の身は自分で守れるくらいに強くなっていれば防げたと思うの。だから、今まで通りシラユキちゃんは自由に動いていいわ」

「ママー!」

「よしよし、良い子良い子」


 ママ優しい……。もっとママ達と沢山お話しして、目的があったらちゃんと伝えよう。思えば鉱山に入った理由も、アダマンタイト鉱石以外にあることを、一度も言ってなかった気がする……。

 うん、リリちゃんが起きたら、ちゃんとお話ししよう。流石に私そっくりのホムンクルスを作ります! とは怖くて言えないけど……。絶対変な目をされるし。特にアリシアの反応が怖い。

 ……いつか言わなきゃいけない日が来ると思うけど。


「それにしても、この子は凄いわね。あんなに沢山の魔獣を1人で倒しちゃうなんて」

「そうね。連れていったワームも、途中で死体があったから、リリちゃんが倒したんだろうと思うし」


 その時の衝撃で別の方向にある穴へと落ちていったんだと思う。死体のあった分岐点から、急に直角に折れたし。

 リリちゃんが連れて行かれそうになっていた方向には、恐らく奴らの巣があるはずだ。今回のお礼参りもかねて、あとで殲滅に行かなければ。


「ねえシラユキちゃん、この子、今どのくらいレベルが上がったのかしら? ママ達が離れていたから、リリが1人で経験値を得たのよね?」

「リリちゃんは、今32ね」

「……すごいわね。娘の成長が早いのは嬉しいけど、ママは置いていかれそうだわ」


 まあ魔法使いは攻撃力がダントツで高いし、ソロでの戦闘は上手くハマればレベルアップが早いのは仕方ない。それに、もうこんな危険な事はさせる気はないわ。


「大丈夫よ、もうこんな事はさせないわ。……ああでも、もしもを考えて、他の防御方法も教えておかないと」

「ふふ、そうね。……ねえシラユキちゃん、娘を育てるって大変だけど、やりがいがあるでしょう? いつかシラユキちゃんに子供が出来たときに、参考になってくれればうれしいわ」


 娘? 娘かぁ……うん。ママともっと仲良くなりたいし、言ってもいいかな。


「あー……、ママにだけは言うけど、私、実は娘がいるの。私そっくりの、とってもカワイイ娘がね」

「そうなの!? そっかぁ、シラユキちゃんにも娘さんがいたのね。リリと仲良くなれるかしら?」

「きっと大丈夫よ。今は会わせられないけど、時が来たら紹介するわね。それまでリリちゃんにもアリシアにも内緒よ」


 アリシアが聴いたら血相変えて詳細を聞きに来そうだもの。その点ママは色々あったみたいだし、あまり気にしなさそうだものね。相手が誰だ、とかは。

 魂を分けた娘だけど、お腹を痛めて産んだ子じゃないものね。説明のしようがないわ。


「ふふ、わかったわ。会うのが楽しみね……。ああ、そっか。つまりシラユキちゃんとはママ友だったのね」

「そうね、ママ友ね! でもこれからもママには甘えるからね!」

「ええ勿論よ。だってシラユキちゃんも、私の大事な娘なんだから」


 ママ好き好き!! 我慢出来なかったのでキスをした。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ママに抱きつきながら、リリちゃんが目を覚ましたらいっぱい褒めてあげようとか、娘のカワイさ自慢をしたりと楽しくお喋りをしていたら、アリシアが血相を変えて飛び込んできた。


「お嬢様、大変です! ワームの群れが襲いかかってきました!」

「状況、及び数と質は?」

「現在結界に歯が立たないと知り、周囲を彷徨いています。数は5。大小様々ですが、最大で直径4メートルほどかと」


 先手を打たれたか。でも、向こうから出向いてくれるなんて僥倖ね。私は実際にこの世界で奴らを目視していないし直接触れてもいないから、私の『探査』の情報が更新されていないのよね。

 お蔭様で鬱憤も溜まっているし、私の糧にしてやるわ。


「アリシアとママは中で待機。私の家族に手を出したらどうなるか、その命で理解させてやるわ」

「いってらっしゃい、シラユキちゃん」

「いってらっしゃいませ、お嬢様」


 アリシアに『浄化』を掛けつつ外へと出た。


『キシャー!』

『ギギギギ!』

『ジュルルル!』


 アリシアの言う通り、5体のワーム種がこちらを見て吠えている。この結界が破れなくて困惑しているのね。残念でした。私の魔力を突破できるわけがないじゃない。そしてこの結界は正面や上面だけじゃなく、下面もカバーされている。下から潜り込もうとしても無駄よ。

 それぞれ大きさを見るに、小型4体、大型1体ね。まずは小型から……。


**********

名前:マンイーター(幼生体)

レベル:24

説明:人食いの大型ワーム、マンイーターの幼生体。その口はどんな石壁をも食い破り、どのような岩盤でも喰らい尽くす。魔力の篭った物なら何でも食べるが、土属性の魔力が詰まった鉱石が大好物。

**********


 大型は……。


**********

名前:マンイーター(成体)

レベル:38

説明:人食いの大型ワーム、マンイーターの成体。無数の魔力を食らった結果巨大化するに至った。その口はどんな岩壁をも道に変え、全ての鉱石を喰らい尽くす。土属性の魔力が濃い場所に現れ、魔力の篭った物なら見境無しに襲い掛かる悪食の化物。

**********


 仲間を殺され怒り狂っているのか、もしくは私という極上の餌を前に届かないことに狂いそうになっているのか。涎をダラダラと流し続け『グルルル』と唸っている。


「奇遇ね。私も今、大事な家族を傷つけられて怒り狂ってしまいそうよ」


 おっとそうだった、手を出す前に背後をチェックね。

 マジックテントを見るも、3人のゲージは表示されていない。やはりテントの中は距離に関係なく経験値が入らない場所なのね。これで安心して経験値を独り占め出来るわ。

 そろそろ私もレベルを上げたいものね。


「覚悟は良いかしら虫ケラ共。私の大事なリリちゃんを傷物にした罪は重いわ! 理外の力で押し潰してあげる!」


 右手に風属性、左手に土属性を籠め続ける。今から行うのは『結合魔法デュアルマジック』ではあるが、レベル2の『結合魔法デュアルマジック』だ。

 魔法は『ファイアーボール』が『灼熱の紅玉』へと変わったように、籠めた魔力の量に応じて同じ魔法でも存在も威力も別物の魔法に変化する。


 それは『結合魔法デュアルマジック』でも『複合魔法マルチマジック』でも同じことが言える。属性魔法スキルが50増える毎に籠められる魔力量が増えていき、それがレベルとして段階分けされているのだ。組み合わせによってはただ威力や範囲、効果が増減するものもあれば、別物の魔法に変わることもある。

 以前に使用した『大爆発エクスプロード』や『雷轟爆裂ギガ・エクスプロード』はただ強力になるだけだが、今回の風属性と土属性の組み合わせだと、元は『連結する岩塊チェインロック』という魔法になるのだが……。


「潰れなさい。『結合魔法デュアルマジック』『加重領域グラビティゾーン』!」


 指定した対象……今回はマンイーター達の重力を増加させ、加重により押し潰す魔法だ。その効果によりマンイーター達の自重が増し、潰れたカエルのように地面に押し付けられた。

 彼らは今、体重が4倍になった自分を体感していることだろう。レベルが上がれば重力も増やせるが、今はこの4倍が限界値だ。しかし、あまり威力を高めると素材すら潰れかねないためこのくらいが十分だろう。


 全身を押さえつけられれば、得意の穴掘りで逃げ出す事も叶わない。


「『ウィンドソード』」


 風をひたすら圧縮した剣を顕現させた。

 スキルレベル40の魔剣士用魔法である『ウィンドソード』や『アイスソード』などにもレベル2版が存在する。必要スキルは90のため、あと1レベルなのだ。早くレベルを上げてしまいたい。


「さようなら」


 地面に張り付き、のたうち回る事すら叶わない彼らの首を落としていく。絶命し反応が無くなったのを確認してから魔法を解いた。


「……レベルは、上がらないか。ざんねん」


 必要経験値が分からないとはいえ、最近はリリちゃん達のおこぼれを貰っていた。でも、今の私から見たら弱い個体ばかりだったし……あまり経験値が溜まっていないのかな? こいつらも一応、レベル的には軍隊蟻の翡翠級くらいはあるはずなんだけど。

 やっぱりボス級やネームドクラスの化け物を狩らないと駄目なのかもしれないわね。

 とにかく、こいつらマンイーターは出現が珍しい以上素材としての価値もまた高い。質が落ちる前に手早く回収しなければ。


 アリシアを呼ぶために、再びテントの中に入った。


「あ、お姉ちゃんだ」


 ベッドから身を起こし、ママと抱き合っていたリリちゃんと目があった。


「あ、リリちゃん!! もう起きても大丈夫なの?」

「うん、平気だよ」


 ベッドから飛び降り『トテトテ』と走り寄ってきた。休んでいてもいいのに……。


「巻き込んじゃってごめんね。私、ちょっと調子に乗ってたみたい」

「いいの! リリが弱かったから、お姉ちゃんの足を引っ張っちゃっただけなの。だからお姉ちゃんは悪くないの」

「それは違うわ、もっとちゃんとお話をしていればこんな事故は防げたと思うの。でもありがとう、リリちゃんはいい子ね……」


 リリちゃんを優しく抱きしめた。ほんと、親子揃って天使すぎる。


「えへへ。リリね、いつかお姉ちゃんみたいな立派な魔法使いになるの。だから、怖くても頑張るの」

「リリちゃん……」


 よし決めた。この子が将来『大賢者』になれるように全力で支援するわ。あと、ちゃんと反省しよう……。

 リリちゃんに愛情たっぷりのキスをする。


「んっ。リリちゃん、貴女は今日とても頑張ったわ。私としては貴女をいーっぱい褒めて、たくさん甘やかしてあげたいところなんだけど、ちょっと先客がいるの。先に、貴女に手を出した愚か者をぶちのめしてくるわ」

「うん、わかったの。リリ、お留守番してるね」

「ええ、休めるときに休んでおくのも、立派な魔法使いになる為の重要な要素よ」


 もう一度リリちゃんにキスをしてママのところへと向かわせた。こんな良い子を怖がらせるなんて……絶対に許さないわ。


『ぶちのめしてあげるわ!』

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