第048話 『その日、鉱石掘りを楽しんだ』
現在私たちのいる場所は大広間だった。バットとマンティスが合計で30体近くもいたし、ちょっとした規模の巣にもなっていた。
もしかしたら、今回の騒動以前から、ここは人があまり訪れる事がなかったのかもしれないわね。そしてその数の敵を倒したのだから、当然全員のレベルが上がった。
アリシアのレベルは9。ママのレベルは10。リリちゃんのレベルは14になっていた。これは職業ランクの差ね。
そして『探査』の情報には目移りしそうなくらいの鉱石の山が映っていた。宝の山ね!
私はまだ、ナマでミスリル鉱石は見ていない。だから反応しない鉱石を探したけれど……どうやらこの場所にミスリルはないみたい。だけど、鉄鉱石に関してはいくらあっても足りないわ。沢山掘るわよ!
私は部屋の四方と中央に『ライトボール』を飛ばし、部屋から暗がりをなるべく消した。長い間、人が入らず魔獣の巣になっていた場所だし、足元がデコボコしているわ。
落とし穴とかあったらたまらないし、リリちゃんがコケてしまうかもしれないもの。待ちわびたのかリリちゃんのテンションが高い。
「お姉ちゃん、鉱石いっぱいあるね!」
「そうね。ここでひとまずめぼしいものは取りましょうか。部屋の外に行かないようにしてね。あと暗がりには近づかないこと。良いわね?」
「はいなの!」
懐からリリちゃんとママの名前が彫られたつるはしを取り出した。まずはリリちゃんの分ね。
「はい、リリちゃん専用のつるはしよ。もし長すぎたり短すぎたら、調整するわね」
「わぁ! ありがとうお姉ちゃん!!」
「はい、これはママの分ね」
「可愛いお花ね。あ、リリとお揃いなのね? ありがとう、大切にするわ」
つるはしはキチンと2人のサイズに合わせたつもりのものだけど……うん。それでもやっぱり大きく見えるわね。まあいっか。
2人には鉄鉱石を主に回収するように伝えてある。他は掘れそうだったら掘るようにとも。
リリちゃんは物事に夢中になると周りが見えなくなることが多いけど、ママが一緒なら大丈夫ね。
「お嬢様、私も頑張って貢献致します!」
「あ、アリシアはちょっと待って」
「え、はい」
気合入れてるところ悪いけれど、アリシアにはこの鉱山の出来事を経て、教えたいことができたのだ。
「まず、さっきも言ったけど改めておめでとう。ちゃんと『リカバリー』を覚えたことで神聖魔法へのアプローチの仕方は、これで大体理解できたと思うの」
「ありがとうございます。そうですね、今ならもっと効果的な運用ができると思います」
「うんうん。ただ、今のままだとスキルを上げていくにも、怪我人がいないと出来ないじゃない? それはちょっと効率が悪いから別の方法でスキルをあげようと思うの」
今まではリリちゃんが経験不足からくる想定外のケガを中心に治していたけれど、リリちゃんの成長速度は速い。その内、麻痺状態の敵からの攻撃も、ちゃんと避けられるようになるはずだわ。
「別の方法……ですか?」
「そこでね、ちょっとスキル値的にまだ早いけれど『浄化』を練習していこうと思うの」
「『浄化』ですか!? あれは高位の『神官』にしか使えないと言われている魔法ですよ。いえ、確かにお嬢様は『神官』ではないですし、レベルも私とほぼ同じですけれど……」
ああ、確かに私のレベルは未だに8だし、なんならママとリリちゃんにも……というかアリシアにもさっき抜かされたわ。
「……うん? 高位の『神官』っていうのは、事実とは異なるわね。スキル値は確かに50からだけど、実際に魔法を修得して行使出来るのは、『教皇』か『聖女』から上の職業よ」
「そ、そうなのですか?」
もしかしたら、『浄化』の情報だけが伝記されていて、実際の魔法を行使できる人間がいない可能性があるわね。『浄化』の魔法が出るダンジョンはちょっとこの世界の人間からすると難易度が高いもの。
そして『リカバリー』の魔法が生産されないのなら、『浄化』なんてそれ以上に生産されるわけがない。
あと、見様見真似魔法なら、どの職業で使っても効果の最大値は同じだしね……。
「本当はスキル0からでもスキル上げには使えない事は無かったのだけれど、神聖魔法の使い方というか、扱い方を覚えていないと上げることが難しいのよね」
「確かに、『リカバリー』を覚えているのといないのとでは他の魔法と言われてもピンと来ませんね」
「『浄化』は実用面でもスキルの上げやすさでも優秀なの。だからいつか、アリシアが『聖女』の職業に就いた時、使えるようになっていた方が貴女の為になるわ」
「そうなのですね……ではお願いします。あ、お嬢様を傷つけるのはダメですよ」
「わかってるわ。私も痛いのは嫌だもの」
座り込み、アリシアの両手を私の手に重ねた。アリシアの本来の手は、柔らかくて良い匂いがして、手入れの行き届いた綺麗なモノである。
しかし、鉱山での活動と魔獣の解体などにより、今は煤とか血で、赤く汚れていた。
「よおく見ていなさい。……『浄化』」
彼女の綺麗な手をイメージし、まとわりついた『汚れ』を『穢れ』と認識し、神聖魔法の力で包み込む。そうすると、彼女の手からは汚れが見る見る剥がれ落ち、元の彼女の手に戻っていった。
「これが『浄化』よ。術者にとって『穢れ』と感じたもの全てを神聖魔法の力で濯ぎ落とすの。これは実際の汚れではなく、体の中の異常を『穢れ』と認識したり、『穢れ』そのものである邪気や瘴気を取り除く事が本来の使い方ね」
ただの汚れを落とす程度の『浄化』は、本来の『浄化』には遠く及ばない効果だ。そのため使用可能スキル値の50より上へと引き上げるには、本来の機能である『穢れ』そのものの『浄化』をしなければスキルを上げることは出来ない。
この作業では私はスキルを成長させることが出来ない。でもスキル値がまだ10にも満たないアリシアには適している。
アリシアは綺麗になった自分の手をまじまじと見つめている。そういえばアリシアに、直接『浄化』を使ったことは今まで無かったわね。
「さあ、次は私を綺麗にしてくれるかしら」
「は、はい! お嬢様を綺麗に……!」
なんだかアリシア、火がついたみたい。私に対してアプローチを行う育て方が、アリシアにとって一番身が入りやすいのかしら。次回からそっち方面で考えていきましょうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ママ、いっぱいあるね!」
「そうねえ、本当ならどこかアタリを付けて掘り続けるものなんでしょうけれど、この『探査』なら一目瞭然ね。本当に便利だわ」
冒険者時代にこれがあれば、どれだけ楽だったか……ううん、ダメね。あの時の苦労があったからこそここまで来られたんだし、自分で言ったじゃない。私自身の感覚も忘れないようにしなきゃ。
それにシラユキちゃんも可能ならばこの力を広めようと思っているみたいだし。本当にシラユキちゃんは、どこからこんな知識を持ってきたのかしら。良い子なんだけれど、不思議で仕方ないわね。
「ママ達はつるはしを使うの初めてだから、まずは手前の方にある物から狙っていきましょ」
「うん! えっと、近いのは……これかな? なんて読むの?」
「あら、鉱石は全部漢字で書いてあるのね。……これはそうね、銅鉱石ね」
そういえばパーティ名も漢字だったわね。シラユキちゃん、髪の色は全然違うけど、和国の人なのかしら?
ポルトにも和国からの船がたまに来ていたけれど、あの国の人達って独特の服装をしているわよね……。シラユキちゃんも価値観が独特だけれど、何か関係があるのかしら……?
「ママ、すごいの! 簡単に掘れるの!」
リリの声に『ハッ』となる。いけないわ、すぐに暴走しちゃうこの子をちゃんと見ておかないと。……あら? 本当にポロポロ掘れるのね?
「ここの壁、とっても硬そうに思えるんだけれど、そんなに簡単なの?」
「うん、『リト草』を掘り返してた頃より簡単に掘れるの。見ててね!」
リリがつるはしを振りかぶり壁に打ち付けると、つるはしの刃が小気味良い音と共に、壁の中へとすんなり入っていった。
引っ張れば簡単に抜け、もう一度叩けば大粒の石がバラバラと壁から崩れ落ちていく。
「す、すごいのね……」
さっきシラユキちゃんに渡されたばかりの、このつるはし。名前が彫られているという事はオーダーメイドよね?
それに一見武骨なつるはしも、花の模様で可愛らしく出来上がっているし、シラユキちゃんが昨日から鍛冶場に通っていたのも知っている。用意するとは言っていたけど、もしかして、シラユキちゃんが作ってくれたのかしら?
ママ達聞いてないんだけれど……。あとで聞いておかなきゃね。
シラユキちゃんとはまだ付き合いは短いけれど、わかってることはある。
それは生産に対しても魔法に対しても、手抜きをしないこと。勿論不慣れな私達に対して、完璧に出来るよう強要はしてこないけれど、それでも完璧に至るための道筋はきちんと用意してくれる。
そんなあの子が用意したこのつるはし。一般的な市販品と同等であるはずがないわ。きっと、現時点でシラユキちゃんが用意できる最高の物に違いないわね。
だって初めてつるはしを振るうリリが、いともたやすく壁を掘れるなんて、本来考えられないもの。屈強なドワーフさん達が汗水たらして必死に掘るものだって、昔聞いたことがあるし……。
さっきからリリがガンガンと掘り進めていき、目当ての銅鉱石のみならず、隣に埋まっていた錫鉱石も掘り出したみたい。
ああ、リリったら、すっごく楽しそう。ママもこのつるはしで沢山掘ってみたいわ!
「リリ、ママはここの鉱石を掘るわね」
「うん、リリはこっちの鉱石を採るね!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
アリシアが『浄化』を始めてから30分後。休み休み使ってきたが、私の近くでもMPが枯渇してきたので、一旦休憩する事に。
「少し綺麗になったと思うわ。ありがとう」
体の表面的な汚れを取る場合、まずは本人からではなくその周辺の空間ごと綺麗にした方が効率が良かったりする。しかし、その発想とか『浄化』そのもののコツとか、アリシアは自分で見つけたがるので黙って見守っていた。
案の定初めての事だったので上手く行くことはなかったが、少しだけ。気持ちほんの少し綺麗になったのでとりあえず褒めておく。
「難しいですね……。ただ、何度か方向性を変えていると、途中スキルが上がりやすいポイントがあったので、しばらく重点的に試していきたいと思います」
「そう、頑張ってね。あ、15になったら教えてね。ランスの魔法書作るから」
「はい!」
アリシアのMPを回復させるために抱きしめていると、煤まみれになったリリちゃんが駆け寄ってきた。
「お姉ちゃんお姉ちゃん。見て見て、いっぱい掘れたよ!」
「どれどれ」
銅に錫、鉄鉱石もまばらにある。だいたい2キロ、3キロ、5キロといったところだろうか。順調みたいね。
10キロの鉱石を抱えて走ってくる幼女。うーん、改めてステータスってすごい。
「頑張ったわねリリちゃん」
「えへへ」
なでりこなでりこ。
撫で終わると、リリちゃんは鉱石を私のマジックバッグに詰め込み、ママのところまで戻っていった。元気だなぁ……。
「さて、私達も掘りましょうか」
「そうですね、リリに負けていられません」
それぞれ近場の鉄鉱石に近づき掘り進める。うん。『サクッ』という小気味良い音と共に、つるはしの刃が壁に入っていく。まるで砂浜にスコップを突き立てたかのような抵抗のなさだ。
さすが魔鋼鉄製のつるはしね。この硬度なら、付与はいらなかったかもしれない。
「お嬢様。このつるはし、すごい鋭さですね……。まるで抵抗を感じません」
「そうねぇ。やっぱり作ってよかったわ。これが市販のつるはしなら、1個掘るのにも疲れてしまいそうだもの」
「確かに……。それに素材の場所が分かるというのも大きいですね。良いのでしょうか、こんなに簡単に採掘が出来てしまって」
「いいのよ。いつか私が世界に還元していくんだから、きっとみんな許してくれるわ」
どこのみんなかは知らないけれど。
「お嬢様……」
またアリシアが目を潤ませている。ええー? アリシアの感動ポイントがたまによくわからないわ……。
そういえばゲームでは、採掘した素材とかはリポップしたりしたけれど、この世界ではどうなのかしら。リポップしたらおかしなことになるけれど……。
ダンジョンなんてものがあるからなぁ……。素材に関しては、無限に近い有限と考えておきましょうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その後は、アリシアと2人で部屋の1面部分に密集していた鉱石を根こそぎ回収した。
そしてその付近に残っているのは、少し奥まった部分に鉄の鉱脈があるのみとなった。
「少し深いですね……これではいくら掘るのが簡単でも、骨が折れそうです」
「そうね。こういう時はつるはしを使わずに掘り進めるのが楽ね」
「つるはしを使わずに……ですか?」
「ええ。『リト草』を採るときに使った方法の応用ね」
土に魔力を流して解したように、石壁に魔力を流して解す。
ただ今回は足元ではなく側面だ。ただ解すだけでは崩落しかねないため、特定の箇所は逆に固める必要がある。
「……まさか、先ほどからお嬢様の採掘速度が速かったのも、その方法を使われていたからですか?」
「あら、気付いていたの? よく見ているわね」
見ていたのは掘り方か、それとも私自身か。
つるはしを私の体の一部のように扱い、魔力を通して岩に打ち付ける。そして、その付近の壁のその結合を解していたのだ。
そうすることで抵抗なく、スコップで掘り返すようにザクザクと掘っていたのだ。流石にこの掘り方は、魔力がほぼ無制限に使える私にしかできないやり方だろう。
「それじゃあいくわね」
壁に手を当て、人間1人が通れれば十分の高さと幅の穴を開ける。
さすがに岩壁の中身は空洞だったりスカスカだったりするわけがないので、広げる際に邪魔になった砂利は、どんどん排出され外へと流れていく。
土の魔力を使って岩の連結を解して砂利に変えていく作業、崩落させないように固める作業、砂利を外へと流動させる作業、壁の形を整える作業。これらを並行する事でスキルは磨かれる。まぁ現在上限の80だからこれ以上は上げられないけれど。
なんだかもったいない事をしている気がしてくるわね。早くレベル上げたいなぁ。どっかに竜とか落ちてないかしら。
かなりの騒音を出しながら、壁の中に道が出来、鉄の鉱脈が露わになる。
うん、40キロから50キロくらいの鉱脈かしら。そこそこ取れそうね。
「さあ、掘るわよ!」
「は、はい!」
2人で協力して鉱脈から鉄を掘りつくしたので、成果をマジックバッグへと詰め込む。
うん、結構いっぱいになったわね。一度ここにテントを出して収納したほうが良いかもしれないわ。そろそろ『テラーコングの手』が邪魔でしょうがないし。
そう考えているとアリシアが呟いた。
「先ほどの音、かなり鉱山内に響いていましたし、魔獣たちが忙しなく動いていますね」
アリシアの言う通り、『探査』に映る赤い点が忙しなく動き回っている。
「まあ、ここの魔獣は目が悪い分、音に敏感だものね。眠っていたら耳元で叫ばれたのと同じくらい煩かったんじゃないかしら」
「それはそれは……同情しますね。しかしそれでは、魔獣たちに先手は取れなくなりそうですね」
「そうね。私としては皆のレベルも上がったし、次は正面から戦うのもアリだと思うの。先手必勝で得られるのはレベルを上げるための経験値だけで、実戦の経験値は得られないからね」
「流石です、お嬢様!」
その時の私は、そんなことを考えていた。
敵がいくら目覚めようと、私が見守っているのだから、なんとか出来るだろうと。……
「やっ、ママ!!」
「リリ!!」
「「!?」」
リリちゃんとママの悲鳴に似た叫び声を聞き、慌てて振り返った。
そこには手を伸ばすママと、赤黒い何かによって、地面に引きずり込まれていくリリちゃんの姿があった。
『え? 何が起きたの?』
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