第047話 『その日、鉱山に入った』
「それで、メルク。この手は回収しても大丈夫かしら?」
「ああ、結局昨日と今朝の内に、このギルドは大繁盛してな。街のほとんどの連中が来たんじゃねえか? 隣の酒場と連携して大盛り上がりだったぜ」
「そう。じゃあ私達は準備が出来たから、鉱山に行ってくるわね」
「おうよ、期待しないで待ってるぜ!」
とかなんとか言っちゃって。あの顔は期待している顔ね。『探査』は今のレベルでは足元より下へは探索範囲が広げられない。鉱山の入口より下層の情報が入ってこないのだ。
なのであるかないかは結局、行ってみないとわからないというのに。全くもう。
アリシアが持つ中サイズのマジックバッグに、『テラーコングの手』を突っ込む。それでも余白が十分にある事を確認し、ギルドを出た。これも早めに、テントのコンテナに突っ込んでおかなきゃね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、リリちゃんとママはどこかなー?
パーティを組んでいれば、壁越しでもパーティメンバーのHPとMPゲージを見ることができる。ただしそれは一定距離以内に限られる。大体感覚としては50メートルくらいだろうか? そして高低差があった場合は最大10メートルまでだ。これはゲーム内でそうだったというだけで、現実化しててもそうなのかはわからないけれど。
また、このゲージが見える距離は、同時に経験値が共有される距離でもある。ゲージが見えている状態で敵を倒すと、倒した人を起点として、見えているゲージの人数分パーティメンバーでの経験値分割システムが働く。逆にパーティを組んでいてもゲージが見えなければソロで戦闘しているのと同じ扱いとなる。
これは安全圏からの育成を縛るためだと言われている。まあ、1人街中でぐーたらしているのに勝手にレベルが上がったら意味不明だものね。
そして現在、リリちゃんとママのゲージは見えていないことから、近くには2人共いないという事だ。……そう言えば、この事も思えばリリちゃん達にもアリシアにも伝えていなかった。
そして案の定、アリシアにこの事を伝えてみると……。
「見えなくなる条件があるとは思っていましたが、そういう事でしたか。分かりました、お嬢様では忘れてしまいそうですので、2人には私から伝えておきます」
と言われてしまった。……うん、信頼されてるね。ダメな意味で。
ま、まあ気を取り直して……こういう場合の探し方は、やっぱり安定の『探査』よね。
「『探査』」
2人と思われる青色の丸が2つ、少し離れた場所に並んでいる。共有も……やっぱりアリシアにしか出来ないわね。『探査』の共有範囲もゲージと同じ距離かもしれないわね。覚えておきましょ。
アリシアと手を繋ぎながら、2人がいる場所へと歩いていく。するとママも『探査』を使っていたのか、途中からはこちらへと向かってきていた。
「お姉ちゃーん」
私を見つけたリリちゃんが駆け寄ってくる。なでりこなでりこ。カワイイのう、カワイイのう。
「シラユキちゃん、用事は終わったの?」
「ええ。そろそろ鉱山に行こうと思うんだけど、2人共大丈夫?」
「ママ達はいつでも平気よ。それとね、シラユキちゃん。『探査』を使っていて思ったんだけれど、白丸って人間なのでしょう? でも、時々色合いがちょっと違う人がいるんだけど、これってどういう意味合いのものなの?」
ママの言う通り、私のマップ上でもそれらしき反応はちらほらとある。白丸は白丸でもフチが青い人がいるのだ。それも結構な数。
「そう言えば言ってなかったわ。でも、どういった意味合いの色なのか、ママなら分かるんじゃない?」
「そうねぇ……。青丸は仲間だってシラユキちゃんが言っていたから、白丸だけの人は私たちの事は知らない人で、フチが青い人は友好的な人、かしら? 今はいないけれど、もしフチが赤い人がいるなら、その人からは嫌われてるってことになると思うわ」
普段はおっとりしているし、私の行動に困り果てたり、リリちゃんのことになると全力で甘やかしてる姿ばかり見るけど、ママって結構頭の回転が速いのよね。
「正解よ、ママ!」
「お嬢様? それもかなり重要な情報ではありませんか?」
「うっ……だってぇ」
アリシアの目が若干冷たい。確かにその、さっきから言い忘れていたことが多すぎるかもだけど、わざとじゃないもん……。
いじけているとママが背伸びして頭を撫でてくれる。
「アリシアちゃん、そんなこと言わないの。シラユキちゃんも教えることがいっぱいあって、困ってるんだと思うわ。シラユキちゃんもママ達を困らせるために言わなかったんじゃない事はわかってるわ。だからそんなに落ち込まないで」
「マ、ママー!」
ママ優しい! 好き!!
ママの胸に飛び込むとナデナデしてくれた。えへへ、安らぐ……。
「そ、それもそうですね……。私自身の無知を棚に上げお嬢様を責め立てるなど、従者としてあるまじき行為でした。申し訳ありません、お嬢様!」
ショックを受けたアリシアが土下座する勢いで頭を下げたが、私の耳には届いていなかった。
「えへへ、ママー」
「よしよし、良い子良い子」
「お、お嬢様……」
「アリシアちゃん、聞こえていないみたいだからもう少し待ってあげてね」
「……はい」
そして癒され終わった私は、その後アリシアに泣きながら謝罪された。しかしママに癒された結果、嫌なことをすべて忘れ去っており、何のことで謝られているのか、しばらく思い出せなかったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
4人で昼食を取り、街から少し離れた場所にある鉱山へと辿り着く。石切り場にトロッコ、打ち捨てられたつるはし……うん、廃鉱山1歩手前のような様相ね。
ドワーフの人達がなにやら入り口近くで話し合っていなければ、無人すぎて不気味さが増していたことだろう。
「お、シラユキの嬢ちゃんではないか。お主も鉱山に入るのかの?」
話しかけてきたのは……うん、このお髭は腕相撲した内の1人ね。ドワーフは体型がほぼ一緒だし、顔つきも皆似てるから、お髭の形状とカラーリングで覚えるしかない。
ドワーフにはきっと識別出来ているんだろう。基本自分の種族以外は、区別が付けにくいものだ。
「ええ。あなた達も鉱山に入るの?」
「そのつもりだったんじゃが、長らく放置された結果じゃな。魔獣どもがウジャウジャといてのう。厄介な奴も目撃されとるみたいだし、どうするか相談しておったんじゃ」
鉱山はある意味自然のダンジョンのようなものだ。上位の鉱石には魔力が宿るため、奥の方は魔力が溜まりやすい地形となっている。その為自然と魔物が寄り付きやすく、発生も早いとか。
そう考えれば、もっと長引けば溢れかえっていたかもしれないわね。なら1年後にはアンデッドに囲まれた結果、鉱山にいた魔物もアンデッド化したりして。その結果アンデッドの腐敗効果により鉱山も姿が変わっていったのかもね。全部推測だけど。
「なら私達が中で適当に間引いてくるわ。流石に全部は狩れないから期待はしないでね」
「おお、すまんのう。ワシらも準備が出来次第入るつもりじゃ。中で出会ったら宜しくのう!」
ニコニコ笑顔の鉱夫達と別れ、鉱山へと入っていく。中は灯りなどがなく、油の切れたカンテラが風に揺られていた。そう言えばカンテラとかの灯りを灯す道具のことは完全に頭に入ってなかったなぁ。まぁ、魔法があるならその選択肢はそもそも無いか。
「『ライトボール』『探査』」
神聖魔法の『ライトボール』はそのまま光の球だ。効果はただ周囲を明るくするだけ。特に魔力を籠めたからって光量が増したりする訳ではないので、これでスキルを上げることができない。
『探査』により鉱山内部の素材、及び魔獣の配置が丸分かりになる。足下よりも低い位置は、現在のスキルでは届かない為分からないが、それでも膨大な情報が流れてきた。
改めて見ると、確かに鉱夫のおじさんが言うように、各広間と思える場所には赤い点が密集していた。場所によっては通路にも集まっている。この状態でいる鉱山の魔獣といえば……うん、リリちゃんなら一網打尽に出来ると思うわ。一応強さは、先に確かめる必要があるけれど。
「アリシア、不便をかけると思うけど、『神官』に変更しておくね」
「畏まりました」
『職業神殿』からレベル1の『神官』へと変えておく。『テラーコング』に手も足も出ない人たちが、普段の生活で入る鉱山だ。魔獣が増えたからと言っても、大した危険はないだろう。そんな人達が厄介扱いする魔物なんて、何がいただろうか? ま、私も付いているし問題ないわね。
アリシアは私を信頼してくれているのか落ち着いた様子だ。
リリちゃんは初めての鉱山にワクワクが隠し切れないようだ。それでもきちんと魔力は出せるように身体中を巡らせている。教育の賜物ね。
ママは弓のチェックをしながらも魔力を全身に流し準備万端みたい。ママって戦闘準備から戦闘終了までは、顔付きが『キリッ』としていて狩人の顔になるのよね。職業的意味合いの『狩人』じゃなくて、獲物を狩る為のハンターと呼べるような顔付きだ。
この状態のママも格好良くて好き。抱き締めると『ふわっ』と戻っちゃうけど。
入り口を進むと、最初の広間の手前で止まる。中には『探査』の情報通りウジャウジャといるわね。目視で見えた範囲だと……。
**********
名前:マインズバット
レベル:4
説明:鉱山に住うコウモリ。普段は暗がりに隠れ、天井にぶら下がっている。採掘者が現れるとつるはしの音を頼りに集団で襲いかかってくる。
**********
名前:マインズマンティス
レベル:5
説明:鉱山に住むカマキリ。雑食でマインズバットを主食としているが人にも襲いかかる。要駆除対象。目は退化し、音に敏感。
**********
やはりと言うか、弱い。そして『探査』にも情報が反映され、部屋にいるのはこの2種類のみということが確定した。
しかしながらその数は多く、マンティスは3体、バットは7体と言ったところだろうか。しかも奥に行けば行くほどその数は増していく。
これは確かに、軽い気持ちで踏み込んだら引き返したくもなるか。
私はリリちゃんとママにジェスチャーで合図を出す。魔物の前で口に出して指示など危険極まりないため、事前に決めておいたのだ。
2人共こういうジェスチャーでのやり取りが楽しいのかすぐに覚えてくれた。ママに関しては冒険者生活の中で、既に指示を出す側として経験していたらしいけど。
アリシアには、特に指示はない。彼女は何も言わずとも臨機応変に動いてくれる為だ。仲間外れ感があったのか寂しそうな顔を覗かせたが、信頼している事を伝えると花が咲いたように満面の笑みを浮かべるのがまたカワイらしかった。
「『ウォーターウェーブ』」
ママが小さく呟き、部屋の中へと霧をゆっくりと広げていく。魔力操作をすることで『ウェーブ系』の魔法はその様相をガラリと変える。水の波を起こす『ウォーターウェーブ』も、緻密な操作を行う事で、起こす波を大量の水滴に。更に水滴を細かくし、霧へと姿を変えていく。
さすがにまだ、閉鎖的空間内で霧を発生させるにとどまり、遠くに雲を作り出すという芸当までには至っていないが、それでも十分だろう。
一気に噴射すればその分スピーディに次の段階に移れるが、こういうのは焦ってはダメだ。まだ覚えたてだし急ぐ必要もない。ゆっくりと覚えていけばいい。
また、水滴を敵に当てる必要はない。ただ、部屋を出来るだけ満たし、
ママが頷く。準備が出来たのだろう。
リリちゃんは魔力を両手に集中させ、腕をまっすぐに伸ばした。
「……『サンダーウェーブ』!!」
リリちゃんの両手から飛び出した雷の力がまっすぐに飛んでいき、部屋に満たされた水滴に触れると、様々な道を通り縦横無尽に広がっていく!
空中を閃光が暴れ回り、地面や天井を電撃が這っていく。放電した時間が短かったのもあってか、すぐに現象は収まるも、ところどころむき出しになった鉱石は、帯電したのかバチバチと音を立てていた。
地面に居たマンティスはひっくり返り、天井にぶら下がっていたバット達は地に落ちている。
絶命しているものも居るようだが、何匹かはまだ息があるようだ。『探査』はウソをつかない。
「次、トドメに入って」
「「了解!」」
リリちゃんは左から、ママは右から近くの獲物から順番に絶命させていく。リリちゃんは魔法使い用の棍棒で。ママはサブウェポンである短剣で。
生き残った魔獣は、全て痺れて動けなかったため、処理もすぐに完了した。
すると、パーティでの戦闘は敵が全滅してから経験値がなだれ込むシステムのため、レベルアップ通知が同時に来た。
『アリシアのレベルが2になりました。各種上限が上昇しました。超過経験値発生。アリシアのレベルが3になりました。各種上限が上昇しました。超過経験値発生。アリシアのレベルが4になりました。各種上限が上昇しました』
『リーリエのレベルが7になりました。各種上限が上昇しました』
『リリのレベルが8になりました。各種上限が上昇しました』
「おめでとう、皆あがったわね。それにママもリリちゃんも、練習通り出来たじゃない。よくやったわ」
「やったの!」
「ありがとうシラユキちゃん。上手くできて良かったわ」
「良いのでしょうか、何もしていないのに上がってしまって」
「いいのよ。回復力が上がれば今後皆の助けになるんだから、先行投資と考えれば。さて、時間がもったいないわ。こいつらの素材を回収しちゃいましょう」
マンティスは両手の鎌が討伐証になるが、素材になるものがない。
バットは牙が討伐証になり、翼が錬金術の素材になる。最初は不慣れなママとリリちゃんに任せて、慣れさせたら全員で手伝う。
「討伐証はいつも通りママのバッグで。素材は私のマジックバッグね」
「はいなの。お姉ちゃん、早速鉱石掘るの?」
ワクワクしているリリちゃんからバットの翼を受け取りつつ、『探査』の素材状況を確認し指でなぞっていく。
「ここは入り口だからほとんど鉱石は採れそうにないわ。そうね……この辺りの、素材が密集している場所に行きましょ」
「頑張るの!」
「わかったわ」
「アリシア、敵が多い時はトドメに回っても良いからね」
「はい、頑張ります!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、密集した魔獣を通路や小部屋で殲滅し、素材の回収を繰り返すこと数回。1度目視しないと、『探査』の地図には道として浮かび上がらない性質の為、あっちにフラフラこっちにフラフラと蛇行しながら、なんとか目的の鉱石密集地へと到着した。
そしてその部屋にいた魔獣の群れを討伐し終えたところで、アリシアのレベルは7。ママのレベルは9。リリちゃんのレベルは11になっていた。
道中、何度かリリちゃんが麻痺状態の弱い魔獣から反撃を食らってしまった。ママは咄嗟に回避が出来てるみたいだけど、リリちゃんはまだそういう反射が弱いみたいね。
これはもう長年の経験の差ね。結果、その度アリシアが回復をすることにより、アリシアも神聖魔法のスキルが5を超え、ようやくアリシアも『リカバリー』を修得した。魔法を覚えたら今後の成長が早くなるわ。
「さすがに、弱いとは言えここまで数が多いと、ポンポンレベルが上がるわね」
「そうね、油断をしちゃいけないのはわかるけれど、こうも簡単に上がってしまうとママも拍子抜けしちゃうわね」
「リリは、だめだめなの……」
リリちゃんが落ち込んでしまっている。リリちゃんには申し訳ないけれど、アリシアが魔法を覚える手伝いになったからありがたかったんだけど……それを口に出すのがマズイ事は、私もわかるわ。
「リリ、そんなことはないわ。麻痺して動けなく出来ているのはリリの力だし、恐る恐る時間をかけて倒していたら麻痺の状態も治ってしまうわ。難しいところだけれど、リリはよくやっているわ」
「ママ……」
「リリちゃん、こういうのは何度も繰り返して覚えていくものよ。慣れてしまえば相手がどの程度痺れているかも体感でわかってくるようになるわ。だからめげずに頑張りなさい」
「お姉ちゃん……。うん、リリ、頑張るの!」
ママと2人でなでくりなでくり。リリちゃんは頑張ってるもの。叱る必要なんて無いわ。リリちゃんは褒めて伸ばす!
その間、アリシアは健気に討伐証と素材を刈り取ってくれていた。有能!
『みんな順調に育ってるわね。マスターは変化してないけど』――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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