第045話 『その日、見学者がやってきた』

 目が覚めると、心地よい重みを感じた。暖かいその掛け布団に触れると、プニプニと柔らかかった。このプニプニは……その感触のモノを思い出していると、やはりというか、私に乗っかる形で寝息を立てるリリちゃんだった。

 プニプニほっぺにキスをするも起きる気配がない。昨日はリリちゃんが抱き枕だったっけ? つついちゃお。ツンツン。


 ふと正面からも吐息が聞こえたので見てみると、ママが目の前で眠っていた。

 ……ママも同じベッドに?

 ……おやおや?


 もう1人の姿を探して反対側を見ると、やはり居た。そして、あまり見る機会のないアリシアの寝顔がそこにはあった。

 エルフはあまりの美形に、神の創造物とまで言われているが、この寝顔はまさに「神様ありがとう」と言いたくなる美しさだった。長いまつ毛に整った鼻、瑞々しい唇は何度味わっても極上の蜜を出す。

 こんなに綺麗でカワイイ子に慕われていることに、無性に誰とも知れない何かに感謝を捧げたくなってしまう。ありがとう!


「んぅ……」


 アリシアは身動ぎすると、ゆっくりとまぶたが開いていく。そして、美しいエメラルドグリーンの瞳が私を捉えた。


「おはよう、アリシア」

「あっ、おはよう、ございます。お嬢様……」


 まだアリシアはボンヤリしているみたい。

 ああそっか、昨日は『MPキッス』の流し込む勢いを強めにした場合、中毒性があったら嫌だし、最初は弱めにしようと思ったんだっけ。ただ、アリシアには娼婦スキルがあるしと思ってついでにディープキスをしてみたところ、魔力が全快する前に気絶しちゃったのよね。だからリリちゃんとママには普通に『MPキッス』をしたんだったわ。

 うん、思い出してきた。


 ある程度経験値のあるはずのアリシアでさえ気絶しちゃうような魔法だ。リリちゃんがこの前耐えられたのは、たまたまキスの時間が短かったからというだけみたい。今回はディープじゃない代わりに長くキスをしてあげようとやってみたら、案の定耐えられなかったわ。ママも同じく、そういう経験値が少なかったのね。

 結局その日は夜も遅かったし、そのまま皆を並べて、リリちゃんを抱き枕にして眠ったのだった。


「……あっ! お嬢様、昨晩はみっともないところを見せてしまい申し訳ありませんでした」

「カワイイ寝顔だったわ、アリシア。それにあのキスはちょっと強すぎるみたいだし、安全な場所かつ、本当に珍しいご褒美くらいにしか使わないようにするわ」

「は、はい。残念ですが、確かに外では危険ですね……」


 安心半分、残念半分と言ったところかしら? あんなものは失態でも何でもないんだけれど、メイドとしての矜持かしら。まぁ主人より先に寝ちゃうのはショッキングだったのかしら。


 その後アリシアと日課をしているところで、リリちゃんやママも起き出してきた。私達の行為に昨日の事を思い出したのか、恥ずかしそうにしているのがまた愛らしくもカワイらしかったので、2人にも軽いをした。

 その後の朝食後、皆が落ち着いて来たところで今日の予定を告げる。


「今日は午前中、また鍛冶屋に行ってつるはしとかの採掘用道具を揃えてくるわ。その後皆で鉱山に鉱石掘りに行きましょ」

「わかったの!」

「鉱石掘りだなんて、ママ達初めてだけど大丈夫かしら?」

「大丈夫よ、探査のスキルで素材の位置は丸わかりだもの」

「あっ! それもそうね。本当に便利ねぇ……、ママもシラユキちゃんとパーティを組んでいる間は使えるんだったかしら?」

「ええ、ただ私が近くに居ない時くらいしか使うタイミングはないけれどね。だからそれまでの間、ママ達には他の買い出しを頼むわね」

「わかったわ」

「お買い物してくるの!」


 リリちゃんをなでりこ。元気いっぱいでカワイイなぁ……。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「おう、待ってたぜ!」


 ハワードの店に着くと、ドワーフ達に囲まれた。皆小さいからこちらを見上げてきている。撫でたら怒られるわね。


「ほほっ、めんこいのう!」

「おお、本当にエルフの嬢ちゃんだ」

「新しい鍛治だけじゃなく魔法まで伝授してくれるとか。楽しみじゃのう!」

「鍛冶は人族の嬢ちゃんらしいぞ!」


 ワイワイしている。撫でたい……。

 アリシアも心なしか嬉しそう……には見えないわね。すっごい冷めてるというか、私が褒められないと嬉しくないのかしら。


「ハワード、鉄鉱石は工房かしら?」

「おう、奥に置いてあるぜ! 今日は鉄鉱石という事は、魔鉄を作ってみるのか?」


 彼が店に売り出していた生産品を見たところ、鉄製品の他にミスリルの製品もチラホラと見受けられた。ミスリルの出来は最高品質とまではいかずとも高品質な物が見受けられたので、恐らく彼の鍛冶スキルはスキル40程度はあるのだろう。

 アリシアの言っていたこの世界の最高の鍛冶屋か、それに近い位置にいるのは間違いない。ただ、『魔鉱石』を作るのには鍛冶スキルだけじゃなく『魔力』も必要になってくる。彼らは今までドワーフだから出来ないという勘違いをしていたから、作れなかったようだが……、魔力を扱えるようになったらその内作れるようになるだろう。

 スキル40以降は『魔鉱石』を素材とした専用のレシピが多数存在する。スキル上げにはあまりコスパの観点からあまり適していない物も含まれているが、今後私がこの世界の人々を鍛え上げ、人の領域を広げた際、きっと彼らが作った武器防具が人々の役に立ってくれるだろう。

 そしてその装備を身に付けた者達が新たな素材を供給し、それがまた鍛冶を含めた生産スキルの成長へと繋がるはず。この『魔鉱石』の作成方法は、その為の足掛かりだ。


「まさか。魔鋼鉄までを作るわ」

「おおおお! ぜひ、ぜひとも見させてもらうぞ!」

「見るのもいいですが、貴方は彼らにとっての先輩です。魔法を扱うためのアドバイスくらいはしなさい」

「最初だけ! 最初の1回だけ見させてくれ!」

「……仕方ありませんね。お嬢様の叡智をその目で焼きつけるのですよ」


 昨日と同じ定位置に座ると、皆が私の正面に囲むように立つ。流石に危ないので3メートルは離れてもらうが。

 一応、スキル上げをする効率としては、最初に全部『魔鉄』にしてから『魔鋼鉄』に移行するのがベストなんだけれど……。まあ作成方法を見せるのが目的でもあれば、魔力の勉強が目的でもある。

 結局どっちも取るのなら、最初の効率は無視するのも致し方ないわね……。


「それじゃあ始めるわ」


 まずはいつも通り『灼熱の紅玉』を作り出し、『鉄鉱石』を4つ放り込む。『鉄鉱石』は鉄の含有率が非常に高いので、これで『魔鉄』3個分くらいだろうか。もちろん、かさ増しすることで3個になるのであって、本来なら2個程度なのだが。

 鉄は意外と脆いものなので、魔力操作で熱を奪うときは、外のコーティングが薄いとひび割れてしまう事がある。逆にコーティングが強いと熱がなかなか出ていかないし、『魔鉄』としての質も悪くなる。

 『魔鉱石』を作る事において魔力の比率というのはとても大事な物で、比率が元の鉱石よりも少ないと『魔鉱石』足りえない。


 ミスリル未満の鉱石で『魔鉱石』を作る際、『内部魔力+コーティング魔力』対『鉱物』という比率の中で1:9で普通品質。2:8が高品質。2.5:7.5が最高品質となる。

 そして魔力との比率をそれ以上に増やしていくと、結合が維持できずに自然崩壊を起こしてしまう。内部魔力とコーティング魔力は配分が重要となるのだが、これも鉱石によってベスト配分が異なるので、もうこの辺りは慣れるしかない。そして自然崩壊を起こした鉱石は、中身がボロボロになるため、素材としての価値がなくなる。つまり、再利用することが出来ないのだ。

 ミスリル以上の鉱石には独自に内部魔力があるため、上記の計算式は適用されないので考えるのはまた今度にしよう。


 『魔鉄』に関しては今後も作ることの多い素材だし、今までも大量に生産してきた。正直、『魔鉄』に関しては視界に入れなくても寸分の狂いなく作成する自信がある。しかしスキルの上昇には『視界に収める事』が絶対条件のため、今はそんな大道芸をする必要はない。やめておこう。

 問題なく3つの『魔鉄』が出来上がった。……念のため見ておこうかな。

 

*********

名前:魔鉄のインゴット

説明:最高品質で作り上げられた、魔力が込められた鉄のインゴット。魔力伝導率が高く、様々な素材と組み合わせることで装備にステータス上昇効果をもたらす。

**********


「……最高品質ね。一応見ておく?」


 『灼熱の紅玉』は魔力に戻し、そう観客に向け告げる。完全に熱気を奪い去り常温となった『魔鉄』をよく見えるように振ってみた。


「「「「「見る!」」」」」


 興奮した子供にオモチャを分け与えるように、5人のドワーフによく見えるよう丁度いい高さのスツールに『魔鉄』を並べた。

 スツールを取り囲んだドワーフ達はわいのわいのと盛り上がっている。アリシアが耳打ちしてきた。


「さすがですね、お嬢様。……魔鉄は、いまだ作成の成功例がないと言われた魔鉱石です。今までの産出物は全てダンジョンからとなります」

「そう……。まぁ今日は、それよりもう1段階上の魔鋼鉄を作って、更に加工して人数分のつるはしにしちゃうんだけどね」

「ああ、素晴らしいです、お嬢様。……え、人数分という事は、私にも使わせていただけるのですか?」

「使わせるって、何言ってるのよ。同じ物を4つ作っても仕方がないじゃない。ちゃんと、貴女の名前入りのつるはしも作るわよ」

「お嬢様……!」


 久しぶりのお祈りポーズが出たので抱きしめておく。まだドワーフ達の興奮が終わらないみたいだし、冷めるまではひんやりボディーのアリシアで涼んでおきましょうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「あなたたち、いつまでソレで遊んでいるつもりです。その先にある未知の魔鉱石を見なくて良いのですか?」


 5分10分経ってもオモチャが返ってこないので、もう『魔鉄』を続けて作った方が早かったなぁと思い始めたところで、アリシアが苦言を呈した。


「おお、そうだった! すまんな、ワシらも興奮しちまった!」

「すまんのう、娘っ子。こんな良い魔鉄は初めてじゃったからのう!」


 楽しそうにする彼らを見るとホッコリしてしまうが、今日はお昼から予定があるのだ。


「それじゃ、お待ちかねの魔鋼鉄の作成を始めるわね」

「「「「「おおおお!!!」」」」」


 本当にお待ちかねだったみたいね。

 まず用意する素材は先ほどの『魔鉄』に、昨日作った『魔合金のインゴット(銅)』だ。

 この世界で鋼鉄を作るには色々と方法があるが、中でも一番お手軽なのは他の合金と混ぜ合わせて更に合金にするというものだ。まぁ、鉄は下から数えた方が早い鉱石なので、素材に使っても勿体ないと感じない合金も、その分少ないのだが。


 『魔合金のインゴット(銅)』を1/8程度にスライスし、いつもの『灼熱の紅玉』に『魔鉄』3つと一緒に放り込む。あとは混ぜるだけなのだが……。先ほどの通り『魔鉱石』の作成は、魔力と鉱石の比率が何より重要になる。

 今回は素材の両方が魔力を有しているため、難易度が割と高い。お手軽と言ったが、それは単に素材を用意するのが一番お手軽なだけで、要求される知識と腕は別格だ。その分、スキルの上昇判定も多いため今回のような時には、本当に役立つのだが。


 2つの素材どちらにも、最初から魔力が宿っており、更には最後にコーティングで覆うのならば、そのまま作れば確実に魔力と鉱物の『2.5:7.5』の比率をオーバーしてしまうだろう。

 なら、話は簡単だ。溶かしてドロドロになった素材の魔力を、適宜抜いてやればいい。

 他人が作った『魔鉱石』なら、操作するのも多少の苦はあるだろうが、全てが私の自作の素材だ。私が操作できない道理はない。


 それぞれの成長限界値としては、『鉄のインゴット』が22で、『魔鉄のインゴット』が27だ。そして『鋼鉄のインゴット』が30で、『魔鋼鉄のインゴット』が35となる。

 そして今日の開始時点でのスキルは15だ。スキルは成長限界の数値よりも低ければ低いほど作成時の失敗率が急上昇する。

 5程度ならば、多少のミスでも低品質は作れるだろう。しかし10も離れれば、普通品質程度の精度でも失敗となり、20も離れれば最高品質を作るような、一寸の狂いも許されない精度で作成をしないと、失敗となってしまう。相当腕と知識に自信がなければ、このスキル上げ方法は真似できない。

 本来、このシステムはスキル値が足りないならチャレンジしないようにするための措置のはずなのに、なんだか今では、まるで2周目前提のようなシステムに感じてしまう。……気のせいよね?


 とにかく私にとって『魔鉄』と『魔鋼鉄』は、利用頻度の高い素材だったため、考え事をしながらでも体が勝手に正しい順路を辿れるほどに動きが体に染みついている。失敗する要素は微塵もないわね。

 結果、当然と言えるが『魔鉄のインゴット』3つは『魔鋼鉄のインゴット』3つにグレードアップした。品質は見るまでもない。失敗しなかったのだから最高品質は確定だ。


「出来たわ。最高品質の魔鋼鉄よ」

「「「「「うおおおおお!!!!」」」」」


 先ほどのスツールに並べて先ほど以上に大興奮なドワーフ達を見つめる。うーん楽しそう。

 アリシアが心配そうに駆け寄ってきた。


「お嬢様、凄い汗ですよ。大丈夫ですか?」


 アリシアに汗を拭われようやく気付く。確かに汗がダラダラ出てるし呼吸も荒い。熱気……じゃないわね、これは疲労か。


「ああ、そっか。さすがにスキル値の差が20もあると、すっごい疲れるんだったわ。完全に忘れてた。『ハイリカバリー』」


 『ハイリカバリー』で回復すると疲労が取れ、元気100倍になった。これは24時間働けそう!

 ……そんなのブラックを超えて、もう暗黒物質ダークマターだわ。絶対にヤダわ、そんな職場。

 とりあえず鉄鉱石を全部『魔鉄』に変えさえすれば、ある程度スキルの差は埋められるだろう。それでこの疲労ともおさらばだ。既に先ほどの作成でスキル値は15から18へと上がっている。

 差があればあるほどスキルの上昇幅は高い。その上最初の壁である20にも到達していないのだ。これくらい早くなくては。


「もう……お嬢様の考えていることはなんとなく察せられますが、無茶はなさらないでくださいね?」

「うん、ありがとアリシア。ほどほどに頑張るわ」


 その後はまたしてもアリシアの苦言で解散となったドワーフ達は、ようやく魔法の授業を始めた。

 『魔鋼鉄』の加工が見たいと言っていたが、『魔鋼鉄』を作るのでさえ35のスキルが要求されるのだ。それを使った加工レシピなど、更にその上をいくに決まっている。今やると絶対疲れるので、最後に回した。


 案の定10キロ程度しかない鉄鉱石では、『魔鉄』への変換でもスキルは22程度に留まった。

 『魔鋼鉄』への変換も2、3回作成するごとに休憩を入れつつ作成する事になったが、元の素材数の量の少なさからスキルは24で止まってしまった。流石に20を超えてから上昇率が『ガクッ』と下がった。

 それでもまぁ24もあれば、スキル40前後の『魔鋼鉄のつるはし』の作成には問題ないだろう。


 休み休み作ったからというのもあるが、アリシアもある程度慣れたのだろう。1日だけ先輩のハワードのアドバイスもあり、私が作り終えるころにはハワード以外の4人のドワーフ達も魔法が使えるようになっていた。


「お疲れ様、アリシア。……魔力回復は一旦お預けね。『ハイリカバリー』」

「……ふぅ、ありがとうございますお嬢様。楽になりました」

「その代わり、私に抱き着いていなさい。私に触れているだけでも、魔力は回復していくから」

「はい、では失礼して……」


 アリシアを正面から抱きしめる。魔法が使える事に楽しそうに笑うドワーフ達を目にし、改めてアリシアの頑張りを、頭を撫でることで、褒めてあげることにした。


『ああ、アリシアの幸せそうな顔。カワイイわね』――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


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