第044話 『その日、魔法講義をした④』
「それじゃ、皆そこに並んで立って」
アリシア、リリちゃん、ママの順番で並ばせる。
「まずは魔法攻撃により発生する、体が受けるダメージの説明をするわよ。炎と雷なら火傷、風と水なら裂傷を負うわ。土なら打撲に裂傷、刺突の3種ね。氷なら4種全てあり得るわね。そしてどの属性でも阻害の状態異常を受けることもあるわ。ここまでに何か質問は?」
皆が考え始める。馴染みのある属性はすぐにわかるだろうが、身近にない属性はどういう状態になるのか想像しにくい。
そんな中、リリちゃんが一番に『シュッ』と手を挙げた。
「お姉ちゃん、水の阻害ってなーに?」
「そうね……まずは顔に張り付いたら息が出来ないわ。そして体にぶつかったらびしょ濡れにさせられて、服が重くなるわ。あと服がグチョグチョになると、すっごく気持ち悪いから集中できないわ!」
「そっか、そうだね!」
また、水で裂傷を起こすにはかなりの練度が必要だ。たとえスキルを15にしてランスを使ったとしても、突進力は得られるが刺突にまでは至らない。
練度がなければ、ただ速度が速いだけの『ウォーターボール』でしかないのだ。
「お姉ちゃん、炎の阻害ってなーに?」
「炎に囲まれるとわかるんだけど、酸欠っていって、呼吸が苦しくなるの。あと煙が目に入るとしみるわ」
「そうなんだー」
うんうん頷いている。リリちゃんは勉強熱心だなぁ。
「お姉ちゃん、風は?」
「突風が吹いてくると、踏ん張らないと転げたりするわ」
「お姉ちゃん、土は?」
「砂をかけられたら目つぶしになるわ」
「そっかー! お姉ちゃん物知りなの!」
カワイイのでなでくりなでくり。ママもアリシアも、聞きたいことをリリちゃんが代わりに言ってくれた感あるわね。
あと、リリちゃんもママも、雷はさすがにわかるわね。『サンダーウェーブ』の効果を直接、その目で見てその身で受けるまでは、雷の阻害もよくわからなかっただろうけれど、アレは1度喰らえばよくわかる。痺れたら、本当に何もできなくなるのだと。
「お姉ちゃん、氷は? リリ、お姉ちゃんが出したおっきな氷しか見たことないよ。それに触っちゃダメって言われたから、よくわかんないの」
「あー、そう言えばそうね。ママやアリシアは?」
「ママは一応、王都で氷を使った事ならあるわ。ただ、攻撃手段としては見たことはないから、いまいち想像つかないわね」
「私は先程の3種までは理解できますが……氷なのに火傷、というのと阻害は分からないですね」
「あー、火傷って括りにしちゃったけど、凍傷の事ね」
「凍傷……ですか?」
ああ、凍傷とかも氷に触れ続ける機会がないとわかりにくいか。まずは皆の前で『アイスボール』と『アイスランス』を出す。
「まずはこの『アイスボール』に触れてみたらどんなものかわかるわ」
「冷たいの!」
「ひゃっ。ずっと触るのは無理ね……」
「ふむ、硬いですね」
3人がボールをツンツン、コンコンしている。
「氷はまず、このような塊の状態でぶつければ打撲を負わせられるわ。次にランスのように鋭くさせれば裂傷や刺突が出来る。そして物質化していない状態の冷気ならば凍傷や凍結による阻害が出来るの。凍結は実験できないから、今度魔物に使って見せるとして、凍傷はそうね……。火傷みたいに、すぐに出る症状じゃないけれど、その『アイスボール』にずーっと触れ続けていれば、その内凍傷になるわね」
「なるほど……」
あまり彼女たちに触れさせ続けるわけにもいかないので、魔力に戻しておく。
「さて、これらの症状が発生してしまうので、結局のところどの属性の魔法でも、防御策としての最善はやっぱり当たらない事よ。それでもどうしても避けられない場合に使うのが魔力防御になるわ。ここまでは理解したかしら?」
3人とも頷いてくれる。
それぞれの属性には、被弾することで発生する状態異常やダメージの種類がある程度決まっている。
必ずしもそうなる、というわけではないのだが、属性魔法に付随する効果を知っているか否かで、被弾時の動き出しが違うはずだ。少なくとも混乱は抑えられるだろう。
こういった面倒なダメージを負わないためにも、可能な限り相手の魔法は回避する必要がある。
いつしかのゼルバからの隷属の首輪も、避ける事さえできればあんなピンチにはならなかっただろう。ただあの場は回避するわけにもいかなかった。
しかし、次点の対処方法である魔法防御も、結局あの場での最良ではなかったのだが……。本当に必要だったのは第3の手というわけだが、それは咄嗟のアドリブ力が要求されるので、私にはまだまだ難しい……。
というかあれは例外だろう。あんなことが毎度起きてたらたまらない。
また魔法が、素直に相手から発射されるというのも序盤に限られてしまう。なので、『見てから回避余裕でした』は中盤以降の魔法だと厳しい。高位の魔法は自分から離れた場所に突然出すことが出来る。
ウォール系しかり、『ハイサンダー』しかり、『
「魔法を避ける修業はまた、別途するとして……アリシアは魔力防御はしたことある?」
「いえ、ありません。ですが、単語から連想できる通りの物でしたら、恐らくできると思います」
「そう? じゃあやってみて」
アリシアの前に『ウィンドボール』を作り出す。当然切断力ゼロの、中に指を突っ込んでもそよ風しか感じない程度の無害なものだ。
『ウォーターボール』でも良いんだけれど、破裂させてしまうと部屋の中がびしょ濡れになってしまう。『水にぬれた部分』を汚れとして認識して『浄化』するのは、想像できない事もないが神経を使うので、やりたくない。
「このボールを壊してごらんなさい。勿論、触れても痛くないようにしているわ」
「はい」
アリシアの魔力が腕全体に流れるのを確認する。そしてじんわりと腕の周りに魔力がにじみ出てきて、腕全体に纏わりついた。
「行きます!」
魔力でコーティングさせた腕を振るい、『ウィンドボール』を殴りつけた。
『ウィンドボール』はその衝撃に耐えきれずはじけ飛ぶ。
アリシアの周囲で微風が吹き荒れた。あー、顔に扇風機の弱設定レベルの風が来たー……。
「見事ね。強いて言えば、今回アリシアは腕全体をカバーしたけれど、殴りつけるときに当たる部分とその周囲にだけ纏う事で、魔力消費を抑えられるわ」
「ありがとうございます!」
「じゃ、それが完璧に出来るまでご褒美はお預けね」
「!?」
アリシアは魔力操作が上手いので最初からそこまで出来るのであれば、もう1段階上を出来るようにならなければ、練習とは言えない。
アリシアの眼前に、大小様々な『ウィンドボール』を20個ほど浮かせる。
「素早さはこの際は二の次よ。まずは消費する魔力が無駄にならないように。この20個を使って出来るようにしてみせなさい。終わったときに、その完成度でご褒美を検討するわ」
「か、畏まりました」
アリシアはあとは放置で良いだろう。『ウィンドボール』の維持も、20程度なら視界外でも特に問題はない。距離が空いたら維持は大変だが、同じ部屋なので大丈夫だ。
「それじゃ、リリちゃんとママは……まず、この魔法防御がどういったものかわかる?」
「「なんとなく」」
ハモりがカワイイ。もう修行とかどうでも……ああ、ダメね。家族が傷つかないようにするためだもの。絶対必須の技能よ!
「リリちゃんやママにも、説明したかもしれないけれど改めて言うわね。魔力は、手からしか出せないわけではないわ。腕でも肩でも、頭でも足の先でも、どこからだって出すことが出来るわ。勿論、元の魔力塊から運ぶ必要はあるけれどね。そして魔力を体に纏わせることで、本来触れる事の出来ない相手の魔法にも触れることが出来るの。そして相手がその魔法に籠めた魔力よりも、多い魔力でぶん殴ったりすることで相手の魔法を払い落とすなり、打ち壊したりすることが出来るわ。わかるかしら?」
「理屈だけではわからなかったけれど、さっきのアリシアちゃんを見た上なら理解出来たわ」
「はいせんせー!」
「はいリリちゃん!」
元気よく手を挙げるので、こちらも『ビシッ』と指さす。
「魔法にこもってる魔力の多さって、どうやって確認するの?」
「そこはね、カンよ」
「ええー!?」
「ふふ、冗談……と言いたいところだけど、割とマジよ。魔法を扱う事に慣れてくるとね、その魔法にどのくらい魔力が籠っているのか、それがなんとなくわかるようになってくるの。何ていうのかしら、魔法そのものから圧力を感じる、と言えばいいかしら。だから今のリリちゃんには難しくても、沢山魔法を使えば何となくわかってくるわ」
アリシアに作った20個の『ウィンドボール』も、実は魔力配分はバラバラにしている。少ないコーティングでは自分の手がはじかれるし、多くコーティングすれば自分の魔力が無駄になる。見極めが大事だ。
アリシアはエルフなんだから、もう何十年と魔法と身近に接している。ある程度の魔力差は感じられるはずだろう。
「リリ、ちゃんと解るようになるか不安なの……」
「ママも不安だわ……」
「そうねぇ」
今まで論理的に説明してきたのに、いきなり『ふわっ』とした感覚的な説明だから不安にもなるか。
……よし! 私は自分の手の上に、今日一番活躍した『灼熱の紅玉』を出した。魔力も加工時よりも増し増しだ。
「リリちゃん、この魔法、何か感じることはある?」
「えっと……すごく熱そうで、お肌がビリビリするの」
若干身をすくめて、ママにすり寄っている。ママもちょっとビビってる感じがする。
「そう。なら、ちゃんと成長しているわ」
「え?」
「だってリリちゃん、初日に会ったときは、この紅玉が綺麗だからって、手を伸ばして触ろうとしていたのよ? その時何も感じなかったのなら、ちゃんと今は、魔力の圧を感じられるようになっているという事だわ」
リリちゃんはあの時の事を思い出しているようだ。たった1週間ほど前の話だ。記憶も鮮明に残っているだろう。
「気付かなかった? コレ、あの時と全く同じものなのよ」
「気付かなかったの! 今はそれに近づきたくないの」
「ママもその魔法は怖くて仕方がないわ」
うんうん、ちゃんと危険な感じだと肌で理解してくれているみたい。本来この、魔法に対する圧力っていうのは理解するのに時間がかかる。ゲームでもプレッシャーのような何かを感じることはあったが、ちゃんと理解するまでに1ヵ月は掛ったかもしれない。
この感覚はスキルとは別だから、どれだけスキルを上げても身につくものではない。何せ、魔法防御が上手くなったところで、何か具体的にスキルが上昇したりはしないもの。
……もしかしたら、魔力が非常に多い私が常に近くにいるから、魔力に関して皆の感覚が鋭敏になっているのかもしれないわね。
とりあえず『灼熱の紅玉』は危ないので魔力に戻しておこう。
「それじゃあ早速、2人も魔力を纏ってみましょうか。とりあえず右手をギュッと握って、拳全体に纏ってみて」
2人が右の拳に行き渡らせようとするが、維持が出来ずに外へと流れていってしまっているようだ。
「お姉ちゃん、リリ出来ないの……」
「ママも出来ないわ……」
リリちゃんもママもしょんぼりしている。カワイイ。……ヒントをあげましょうか。
「安心して。ゆっくり覚えていけばいいわ。まずはそうね……魔力は今までの練習で、自分の体内なら自由に動かせるようになったと思うわ。そしてそれは、やろうと思えば体の外でだって動かせるの」
「うーん、シラユキちゃんがママの中で魔力を動かしていたみたいに?」
「そうよ、ママ。イメージとしては……こんな感じね」
アリシアが纏った魔力がどういった形状になっているのか、それが実際に視えるのは、『魔力視』を持った私と、操作している本人だけだ。だから2人には、魔力がどういった状態で拳にくっついているのか、イメージ出来なかったのだろう。
だから私は水の魔法を使い、拳全体に水を纏わせ、視覚的にどんな感じになっているのか見せてみる事にした。
「こんな感じで魔力を纏うの。やってみて」
2人が私の右手の状態を見ながら、自身の魔力を操作していく。ちょっとイメージが不安定なのか、形が安定していないが……何とか纏う事が出来たようだ。
形状に安定性、速度に魔力の浪費は今後の改善点だが、一旦はこれで良いだろう。
「よし、一応出来たわね。あとはもう少し綺麗に出来たら完璧だけど、これは今後も練習しましょう。それじゃ、最後の締めにコレを殴ってみて」
2人の前に最初にアリシアに壊させたのと同じ、微風の『ウィンドボール』を作り上げた。
「行くの!」
「行きます!」
2人が同時に拳を突き出した。少量の魔力で存在を保っていた『ウィンドボール』は即座に破裂し、微風をまき散らす。
あー、扇風機の弱が2方向からやってくるー。
「リリ、ちゃんと壊せたの!」
「おめでとう。今日の訓練はこれでおしまいね」
「ありがとうシラユキちゃん、魔法を叩くのって楽しいわね」
「そうでしょ? これが戦闘中に出来るようになったら気持ちいいのよね! それにね、武器にも纏わせることが出来るから、慣れてくれば矢に溜めて、遠距離から壊すことも出来るわ」
「わぁ、すごいのね……! ママ頑張るわ!」
実際にそんな曲芸じみたことが出来たプレイヤーはほんの一握りだったが。私も、ミーシャに教えてもらって出来るようになったのよね……。懐かしいなぁ……。
「あと、魔力を纏っていれば物理攻撃にもある程度耐えられるわ。お腹に魔力を纏って、剣での刺突に耐えたりとかね」
「ママにも出来るかしら……」
「痛いのやだから覚えるの!」
「頑張ってね」
母娘の頭を撫でていると、後ろから何度か届いていた風が止んだ。
「お嬢様っ! 終わりました!」
アリシアが『ふんすっ』と気合を入れている。そんなにご褒美欲しいのかしら。
それとも途中から楽しくなっちゃったかな? 魔法を自分の攻撃で壊すのって、結構脳汁がドバドバ出るのよね。
「見せてごらんなさい」
彼女の前に魔力をそこそこ籠めた『ウィンドボール』を出現させる。これは扇風機でいうところの『強』レベルだ。
アリシアがゆっくりと『ウィンドボール』に籠められた魔力を測りながら、自身の両脚に魔力を流す。お、これは……。
「行きます!」
彼女のキワキワのメイド服から、綺麗な脚が飛び出し、『ウィンドボール』にハイキックをかました。『ウィンドボール』は弾け飛んだ。
包まれていた風が荒れ狂う嵐のように、彼女の周りに一瞬吹き荒れた。髪がなびき、メイド服がはためく。
振りぬいた脚が美しい……ハッ!
あまりの美しさに、扇風機でお馴染みの「われわれはー」をやりそこねてしまった。いや、そうじゃなくて。
こういう場合に色々見えるのは芸術点高いわ。あと、軸となる脚に魔力を流したのは、吹き飛ばされないよう踏ん張るためね?
魔力の消費は、多少多めだったけれど失敗するよりは全然いいわ。
「合格よ。こっちへいらっしゃい」
「はい!」
さすがに22回も打ち払ったから、残り魔力は3割を切っているし、呼吸も荒いわね。『ローグ』って普通に前衛職だし、そんなにMPもないのよね。
『じっ』とアリシアを見つめているとソワソワしているのがよくわかる。あんまりお預けさせ続けるのも可哀想ね。
私はアリシアの体を抱き寄せ、そのまま一緒にベッドへと倒れ込んだ。
「あっ、お嬢様……?」
「ご褒美よ。受け取りなさい」
「んむっ……ん!」
『風になびくエルフの綺麗な髪……まさに芸術的カワイさだったわ!』
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